虫ん坊 2014年12月号 トップ特集1特集2オススメデゴンス!コラム投稿編集後記

虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

 沖縄の地で手塚マンガに描かれた風景を訪ね歩く夏の虫さんぽ、いよいよ本日が最終日です! 今回は手塚治虫先生が展示プロデューサーを務めた沖縄国際海洋博覧会(EXPO'75)会場の跡地を皮切りに、手塚マンガに登場した美しい沖縄の風景を探して歩きます。遠い夏の日のアルバムを繰るように、あのころ手塚先生が見た沖縄の風景を追体験しに出かけましょう〜〜〜〜〜!!!



◎レンタカーで向かうのはあの公園!!

虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

沖縄さんぽ3日目。通りすがりで見かけたシーサーに旅の安全を祈願する

 沖縄さんぽ最終日。接近するW台風の影響か、それとも南国特有の天気なのか、快晴なのにときおりザッと雨が降ってすぐまた晴れる。そんな気まぐれな天候の中、レンタカーで北谷(ちゃたん)町のホテルを出発、今日は沖縄自動車道で一気に北を目指します。
 目的地は本部(もとぶ)町の北端にある国営の海洋博公園である。
 と、その前にゲストコメンテーターをご紹介いたします。前編・中編の解説で皆さまにもすっかりおなじみになったと思います。『手塚治虫のオキナワ』(2010年春秋社刊)の著者で現在は文教大学国際学部国際理解学科教授・本浜秀彦先生です。本浜先生、今回も解説よろしくお願いします!
 「こちらこそよろしくお願いします!!」
 


◎名護市手前の急カーブ。その先にあるのは……!!

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名前も知らない花の周りを名前も知らない蝶が舞って一心不乱に蜜を集めていた。この蒸し蒸しした逃げ場のない暑さも、沖縄の生き物たちにとってはご褒美なんでしょうかね

 さてぼくは片側2車線の沖縄自動車道を快適にドライブする。
 やがてまっすぐだった道が名護市の手前で大きく左へカーブする。このカーブの北東方向に、現在、基地移設問題で注目が集まっている辺野古(へのこ)の海がある。ただし残念ながら、道路の両側には樹木の植えられた高い土手が続いていて周りの風景はまったく見えない。地図によればこのあたりは米軍演習場のど真ん中を突っ切っているようだ。
 このカーブを過ぎると有料道路は間もなく許田(きょだ)で終点、ここからは名護湾を左に見ながら海沿いの国道を北上する。浦崎で左折して県道114号線に入れば目的地の海洋博公園はもうすぐだ。


◎未来の海上都市を手塚先生がデザイン!?

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海洋博公園に到着し、車を降りるとさっそく湿気でレンズが曇ってしまった。精密機械には厳しい環境です

 今からちょうど40年前の1975年7月、ここ本部町で沖縄国際海洋博覧会(EXPO'75)が開催された。世界中から36ヵ国、3国際機関、1自治体が参加し、開催期間はおよそ半年。総額325億円をかけた一大国家プロジェクトだった。
 その海洋博のメイン施設でありシンボル的存在でもあったのが、海に浮かぶ“未来の海上都市”「アクアポリス」である。
 アクアポリスは縦横各100m四方、高さ32mという巨大な人口島で、荒天時には海中に半分沈み込むという、当時世界最大にして世界初の海上実験都市だった。総工費は123億円。
 手塚先生は1973年、このアクアポリスの展示プロデューサーに就任した。


◎手塚先生が描く“海洋都市”のイメージとは!!

 本浜先生、手塚先生がアクアポリスでプロデュースした企画というのはどんなものだったんですか?
「アクアポリスへ向かう入館者が乗るエスカレーターの周囲に映し出される海中映像の演出です」
 当時の公式プログラムにも載っています。「マリノラマ」という名前で沖縄の海中散歩が疑似体験できるアトラクションだったようですね。
「そうなんですが、残念なことに予算がほとんど付かなかったようで使えたのは一億円程度だったといいます。アクアポリス全体の1パーセント以下ですよね。しかも数千万円かけて制作した大ダコの装置はうまく動かず単なるオブジェになってしまったりして、手塚先生がイメージされたものの何分の一も実現できなかったんじゃないでしょうか」
 そうだったんですね。手塚先生は本当はどんな夢のあるアトラクションを構想していたんでしょうか。
「じつはそのヒントとなるイラストがあるんです。手塚先生が1972年8月に全日空の機内誌に発表した『オキナワ─海洋都市アクアポリス』というイラストがそれです」

 おお、この絵ですか! まさにぼくらアトム世代がイメージする海洋都市というのはこれですよね。あの要塞みたいなごっついアクアポリスじゃなくて。
「前回も少し話しましたが、手塚先生が沖縄海洋博のプロデューサーに正式就任したのは1973年ですが、私の推論ではこのイラストを描いた1972年の夏前にはすでに非公式な打診を受けて沖縄を訪れていたのではないかと思っているんです」
 それで手塚先生はさっそく沖縄の海洋都市のイメージを絵にされたんですね。そして前回紹介した、沖縄を舞台とした短編『イエロー・ダスト』を描いたと。
「そういうことです。手塚先生はアクアポリスのプロデュースでは残念ながらその才能を存分に発揮することはできませんでしたが、手塚治虫を沖縄と出会わせたという意味で、手塚先生がこの仕事をやられたことには大きな意味があったと私は思っています」
 なるほど! そのあたりは後ほど詳しくうかがいます!!


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海洋博公園。開園時間10-2月 8:00-19:00、3-9月 8:00-20:30。休館日12月第1水曜日とその翌日。公園自体の入園料は無料ですが、熱帯ドリームセンター、海洋文化館、沖縄美ら海水族館などはそれぞれ別途入館料が必要で開館時間もまちまちですので事前に確認してください。問い合せ:海洋博公園管理センター 0980-48-2741


◎巨大海上都市アクアポリスのその後

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海洋博公園の中にある海洋文化館。受け付けのお姉さんによれば海洋博当時の建物はここ海洋文化館だけだということだ。館内には海洋博に展示されたタヒチのカヌーも展示されている。開館時間 10-2月 8:30-17:30、3-9月 8:30-19:00、入館料大人(高校生以上)170円、小人(小・中学生)50円。休館日12月第1水曜日とその翌日。問い合せ:海洋博公園管理センター 0980-48-2741

 沖縄海洋博は1976年1月に閉幕。翌1977年8月にその跡地にオープンしたのが国営の海洋博公園である。
 駐車場に車を止めて公園へ入る。駐車場は八割方埋まっていてお客さんもけっこう来ているようだが、何しろ広大なので写真を撮っても人はまばらにしか写らない。
 案内所があったので、海洋博当時の建物などが残っていないか聞いてみたところ、唯一、海洋文化館は当時のままの建物だというが、それ以外に当時の施設は何も残っていないという。
 本浜先生、アクアポリスももうないんですよね。
「アクアポリスは海洋博の開催期間中に約203万4000人が入館したもっとも人気のあった施設でした。しかし閉会後は使い道が見つからないままずっと海上に係留されていましてね。
 その後那覇市が観光用に購入を検討した時期もあったんですが、採算が合わないということで結局断念をしました。そして最後は2000年にスクラップにして廃材利用するというアメリカの企業に1,400万円で売られて中国へ運ばれたんです」
 祭りの後の寂しさを感じるお話です。
 


◎アクアポリスの縮小版を発見!?

 このアクアポリスが係留されていたのは会場の南寄りにある「夕陽の広場」の沖合だった。夕陽の広場の名前はそのまま残されているが、丘の上に立って見渡してみても、目の前には青い海が広がっているだけで、当時の名残は何もない。
 残念に思いながら視線を落とすと、遠くにアクアポリスっぽい形をした施設が見えた。何だろうと近づいてみると、それは「アクアタウン」という名称のジャングルジム的な児童遊具だった。実物の50分の1くらいの大きさだろうか、けっこう細部まで凝って作られていてシルエットはまさにアクアポリスそのものだ。
 子どもなら興奮して遊びそうな場所だけど、暑いので遊んでいる子はひとりもいない。というか周りに子どもどころか人っ子一人いない! 警備員さんがたったひとり手持ちぶさたな感じで遊具の周辺を警備していました。


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海洋博開催直前の昭和50年6月に講談社から発売された沖縄海洋博公式ガイドブック。そのアクアポリスのページには、手塚先生がプロデュースしたという「マリノラマ」のイメージ図が掲載されている(右上のイラスト)。だが残念ながら記事には手塚先生の名前はひとことも書かれていない

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全日空の機内誌『翼の大国』1972年8月号に掲載された手塚先生のイラスト。もしも海洋博でこの通りのものが作れたらアクアポリスはもっと歴史に残っていたんじゃないでしょうかね? 無理か(笑)


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海洋博のお土産品だったアクアポリスのオブジェ。プラスチックと亜鉛合金で作られていてズッシリと重い。だけど正直言うとこのカタチはあまりオブジェには向いてないような……

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海洋博の記録映画を納めた8ミリフィルム。この当時はまだビデオも普及していませんでした。当時海洋博へ行かれた人も、8ミリフィルムに思い出が記録されているのでは?


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1976年9月に公開された公式記録映画「沖縄海洋博」のチラシ。上映時間151分の大作で監督は『名もなく貧しく美しく』などで知られる松山善三。主題歌を森山良子が歌っていた

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海洋博の沖縄ブームを当て込んで発売された琉球民謡のレコード。中編で少しだけ名前が出た『安里屋ユンタ』も収録されている


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夕陽の広場近くで見つけた“政府出展 海浜公園”と書かれたコンクリート柱。恐らく海洋博当時から建っているものだろう。いちばん下の“園”の文字は半分地面に埋もれかけていた

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夕陽の広場を見下ろす高台に建つお菓子のような渦巻き状の奇妙な建物。これは熱帯ドリームセンターである。温室の中に2000株以上のランと熱帯・亜熱帯の花々が咲いているという。入館料:大人690円 小人350円。開館時間 10-2月 8:30-17:30、3-9月 8:30-19:00。休館日12月第1水曜日とその翌日。問い合せ:海洋博公園管理センター 0980-48-2741


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夕陽の広場の丘の上から海を見渡す。遠くに見えるのは瀬底島。アクアポリスは“夕陽の広場”と書かれた標柱と瀬底島のちょうど間あたりに浮かんでいた

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その場所から視線を下に下ろすと何やらアクアポリスに似た構造物が見えた。何でしょうかねあれは……


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近づいてみると「アクアタウン」というかなり大きな児童向けの遊具だった。それにしてもアクアポリスにそっくり。内部はジャングルジムのようになっていて、子どもが中を縦横に歩いて遊ぶことができる。四角い屋根の1辺の長さはおよそ14〜15mくらい。実物の約50分の1といったところか?


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夕陽の広場からの帰り際、岩場にきれいな鳥が留まっていたので写真におさめた。最大にズームしているのでかなり距離があるんだけど、鳥さんはこちらをビンビンに警戒している様子。あまり人には慣れていないんでしょうね


◎沖縄を象徴する姉弟の物語

 車に戻ったぼくはいま来た道を引き返し、いよいよ今回の沖縄さんぽ最後の目的地である那覇市の首里城公園へと向かう。
 首里城公園でぜひ見たいのは沖縄のシンボル「守礼門」だ。
 ファーストカットがこの守礼門から始まる手塚マンガがある。雑誌『週刊少年チャンピオン』1973年9月17日号に発表された読み切り作品『海の姉弟(きょうだい)』である。
 主人公は沖縄の海でオニヒトデを採ってひっそりと暮らす比佐子と良平のふたりの姉弟。ふたりは日本人の母が戦後、沖縄に駐留してきた米兵に暴行されて生まれたハーフという設定である。しかもそれぞれ父親が違う異父姉弟なのだ。
 本浜先生、この作品はいきなり重い設定から話が始まりますね。
「はい。物語の中にふたりの年齢は出てきませんが、そろそろ結婚を考える年頃の姉は22〜23歳くらい、思春期の弟は15歳くらいでしょうか。この作品が発表されたのが1973年ですから、姉弟の設定に無理はありません。むしろ戦後沖縄のリアリティーを取り込んで造形されたものと言っていいでしょう。
 しかもふたりの母親は、太平洋戦争中の沖縄戦で上陸してきた米兵に村の場所を教え、そのせいで多くの村人が犠牲になったとして戦後は村八分にされていました」


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那覇市へ戻り首里城公園に到着。海洋博公園の「勝手に散歩してください」的なそっけない雰囲気から、一転してこちらはかなり俗っぽい観光地の雰囲気になるが、それもまた旅の楽しさなので良し!!

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ようやく対面した「守礼門」。門自体は立派だが、もっと広々とした高台のような場所に建っていると思っていたのでちょっと意外でした。守礼門は琉球王朝時代(1527-1555)に創建されたが、沖縄戦で焼失。現在ある守礼門は1958年に再建されたものである


◎手塚先生の沖縄への関心が再燃!!

 沖縄海洋博も話題に出てきますね。本土からやってきた姉の婚約者が大企業の社長で、彼が沖縄へ来た目的は海洋博を当て込んで海を埋め立て、そこにリゾートホテルを建設することだったという話で……。
「そうなんです。まさに戦中から戦後にかけて沖縄が歩んできた歴史と1973年当時の沖縄をそのまま描いた内容になっているんですね。
 沖縄さんぽの前編で『どんぐり行進曲』(1959年)という作品を紹介しましたが、手塚先生は恐らく1950年代後半ごろから沖縄への関心が芽生えたのだと思います。その後、その回路はしばらく閉じていましたが、沖縄海洋博をきっかけに再びその回路が開き、結実したひとつがこの作品『海の姉弟』だったのではないでしょうか」
 本浜先生のおっしゃる通り、そう考えるとしっくり来ますね。手塚先生は沖縄海洋博という“お祭り”に関わっても、そこに潜むマイナスの面や歴史の影というものもしっかりと見詰めていたということが、このマンガを読むとよく分かります。
「実際に海洋博も、当初は沖縄の経済的な自立の起爆剤として大いに期待されたんですが、道路などのインフラ整備は整ったものの、乱開発や閉幕後の不況、大型倒産などで期待は大きく外れてしまいました」
 先ほどお聞きしたアクアポリスのその後の運命が、いみじくもそれを象徴していますね。


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雑誌『週刊少年チャンピオン』に掲載された読み切り短編『海の姉弟』のトビラとカラーページ。ぼくにはこの守礼門のイメージがあったんですよ。※画像は『別冊太陽 手塚治虫マンガ大全』(平凡社刊)より引用


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姉弟はサンゴを食い荒らすオニヒトデを捕獲し、そのわずかなお金で生計を立てている

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太平洋戦争の終戦後、母親を襲った2度の悲劇。米兵に乱暴されて身ごもったのがふたりの姉弟だった


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姉は本土から来たフィアンセの男がじつは海を壊しに来たのだと知り、それを阻止しようとするのだが……


◎首里城の片隅でひっそりと歴史を伝える戦争遺跡

 観光客で賑わう首里城にはもうひとつ、手塚スポットではないが、ぜひ立ち寄りたい場所があった。守礼門をくぐったら首里城へは向かわず、その左側にある石段を降りてゆく。すると舗道の片隅に色あせた古い案内板がひっそりと立っている。看板には「第32軍司令部壕」とある。
 沖縄さんぽ前編では豊見城岳陵に残る旧海軍司令部壕を歩いたが、ここ首里城の地下にも旧陸軍の司令部壕があった。
 地下壕の掘削が始まったのは1944年12月。空襲が激しくなった1945年3月には旧陸軍の第32軍司令部がここへ移転してきた。総延長1,000数百mほどの地下壕に一時は1000人以上の将兵や軍属、学徒たちが雑居していたという。しかし2ヵ月後の5月22日、司令部は撤退を決め、壕の主要部分と坑口は破壊された。軍民混在の逃避行は苛烈を極め、多くの将兵と住民が命を落したという。それから70年、壕はさらに崩壊が進んでおり中に立ち入ることはできない。
 2000年12月「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された9つの史跡の中でももっとも有名な首里城ですが、その地下には太平洋戦争が遺した悲しい負の遺産があることをぼくらは忘れてはいけませんね。


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首里城の一角にある第32軍司令部跡のプレートとその入口。入口は金網で塞がれていて中に入ることはできない


◎手塚治虫が沖縄で見出したテーマとは

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本部町の海。晴れると海が空の色を映してエメラルドグリーンに輝く

 本浜先生、いよいよ沖縄さんぽもここ首里城でゴールとなりますが、『海の姉弟』を発表して以後、手塚先生は沖縄をどう描いてきたんでしょうか。
「注目すべきは『ブラック・ジャック』で描かれた沖縄を舞台とした3つのエピソードですね。『ブラック・ジャック』では前回も紹介した第81話『宝島』のほかに、第131話『青い恐怖』、そして最終話となった第241話『オペの順番』でも沖縄が舞台として描かれています。 
 そしてこの3つのエピソードに共通しているのはかけがえのない自然というものがテーマになっているということなんです。手塚先生にとって反戦と地球環境の保護は生涯にわたる作品のテーマでした。そうした中で1970年代に海洋博に関わったことで手塚先生は沖縄の戦争の歴史と今、そしてあふれんばかりの自然に出会ったんですね。それで沖縄に自身のテーマを託そうと考えてこの3つのエピソードを描いたのではないかと思うんです」
 確かに『ブラック・ジャック』は最初は短期連載で始まったためにこまかい設定は考えていなかったと手塚先生は語っています。
 ところが人気が出て連載が長期化すると、BJは稼いだお金をいったい何に使っているのか、当然読者も気になってきます。それに対する答えが第81話『宝島』だったんですよね。BJは沖縄の自然を買っていたと! このお話のラストシーンでのBJの叫びは心に刺さります。
 そして『青い恐怖』ではその沖縄の海でたくましく生きる漁師の父と息子の姿を描きました。最終話でふたたび沖縄の海を描いたのも本浜先生がおっしゃるように象徴的なことだったと思います。


虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

『ブラック・ジャック』「宝島」(1975年)より。BJの隠し財産が眠っていると思い込んだ悪党たちがBJを拷問し自白させた場所。そこは沖縄の孤島だった。だがそこに財産などはなく沖縄流のお墓・亀甲墓がひっそりとあるだけだった……というのは前回紹介しましたね


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海洋博公園へ向かう途中で撮影した海。青空と青い海。同じ青だけど無限の色調がある


虫ん坊 2015年8月号:虫さんぽ 第41回:沖縄さんぽ(前編)手塚マンガの戦争を振り返りつつ沖縄戦跡を訪ねる!!

虫ん坊 2015年8月号:虫さんぽ 第41回:沖縄さんぽ(前編)手塚マンガの戦争を振り返りつつ沖縄戦跡を訪ねる!!

虫ん坊 2015年8月号:虫さんぽ 第41回:沖縄さんぽ(前編)手塚マンガの戦争を振り返りつつ沖縄戦跡を訪ねる!!

『ブラック・ジャック』「青い恐怖」(1976年)より。BJの所有する島で漁師を営む父と息子。その息子が岩場で巨大なシャコ貝に足をはさまれてしまった。やがて潮が満ちてきてピンチに……!! 青い海は決して美しいだけではないという大自然の力を描いたお話だ


虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

北谷町の海。手前では地元の子どもたちが遊んでいる。海の深さによって色が違うことが分かりますね



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虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

『ブラック・ジャック』「オペの順番」(1983年)より。西表島から帰る船の中で、イリオモテヤマネコ、赤ん坊、代議士のふたりと1匹が同時に手術が必要な状況が起こった。そこでBJが決断したオペの順番は……!?



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「オペの順番」より。ラストシーン近くでBJが沖縄の自然について語るセリフは印象的だ

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「宝島」でBJが怒りを爆発させる名シーン。沖縄の自然を愛したBJの魂の叫びに耳を傾けろ!!


◎沖縄さんぽで感じた手塚先生の思い

「黒沢さんは今回、手塚先生の足跡をたどって沖縄を歩いてみてどう感じられましたか?」
 沖縄には基地問題もあり、いまだに戦争が終わっていないということ、それからあの悲惨な戦争を決して忘れない、二度と起こしてはいけないと考える人たちが今もたくさんいるということですね。
 その一方でひとたび沖縄の海や自然に目を向けると、それらはどこまでも美しくやさしく静かなんですね。70年前にここが悲惨な戦場になったなんてまるで信じられませんでした。
 だけど大阪で空襲を経験された手塚先生にとっては、その両方がぴったりと結びついたんでしょう。透き通るような沖縄の海を眺めながら、この自然を壊してはいけない、戦争なんて二度と起こしてはいけない。手塚先生はきっとそんな思いを心に刻んで、沖縄を舞台とした作品群を描いたのだと思います。


◎ブラック・ジャックは沖縄から旅立った!!

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ということで那覇空港。3泊4日の旅はあっという間でした。またいつの日か、心が疲れたら、再び手塚先生の足跡を訪ねて沖縄へ来ようと思います

 それでは最後に、本浜先生の著書から手塚先生と沖縄との関係を語った文章を引用させていただいて、沖縄さんぽを締めくくりたいと思います。
 本浜先生は、手塚治虫が最初の単行本『新寶島』など初期作品のころから“島”に対して憧れを持ち、そこに冒険心や夢を託してきたということを語り、それに続けてこのように書かれています。
「手塚は、そして手塚マンガは、戦後という時代空間と不可分である。その時代を、マンガとともに手塚は生き抜いた。(中略)。『戦争で生き残った』手塚が、戦争の傷跡がまだ生々しく残っていた一九七二年頃の沖縄に、海洋博を通して関わったのは、紛れもない『出来事』だったのである。 『沖縄』経験以後の手塚マンガでは、『物語』を産み出す装置としての『島』は、もはや実体化した『島』のリアリティーの後ろに追いやられたのではないか。そして実体化した『島』と『海』とともに、新たなイメージを膨らませていく。『海の姉弟』の後に連載を開始する、医者にならなかった手塚の“分身”が主人公の『ブラック・ジャック』シリーズで、手塚マンガは、新たに息吹いたのである。」(本浜秀彦著『手塚治虫のオキナワ』より)。
 本浜先生、3回にわたって研究者ならではの的確な解説をありがとうございました。
 また3泊4日の沖縄さんぽにおつきあいくださった読者の皆さんもお疲れさまでした。では那覇空港で現地解散といたします。次回の虫さんぽにもよろしくおつきあいください。解散っ!!

(今回の虫さんぽ、5時間23分、2327歩)


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今回のおまけその1。左は『ゴブリン公爵』にチラッとだけ出てくる沖縄(の小島)の風景。右は本部町近くの今帰仁村の並木道だ。道の雰囲気がとても良く似てるでしょ


虫ん坊 2015年10月号:虫さんぽ 第43回:沖縄さんぽ(後編)祭りの“跡”と手塚マンガに描かれた青い海、輝く自然を訪ねる!!

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今回のおまけその2。こちらも『ゴブリン公爵』に登場する海底油田の掘削プラットフォーム。しかし沖縄海洋博のアクアポリスを先に見ていると、どう見てもアクアポリスにしか見えません



取材協力/本浜秀彦(敬称略)


黒沢哲哉
 1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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