「アトムくんが好き!」「私の恋人はアトムくんだけ!」そんな熱烈な女性手塚治虫ファン(というよりアトムファン)にぼくは過去、何度も会ってきた。じゃあもし目の前に本物のアトムくんが現われたら、あなたは彼を恋人にできますか!? AIの進化によって、そんな未来もいずれ現実になるかもしれない現代、人間とロボットの恋愛は可能なのか、ロボットが人間に恋をすることはあるのか。今回はそんな難問のヒントを『鉄腕アトム』を読みつつ探りたいと思います。ここはひとつ3次元のリアルなアトムをイメージしながらお読みください!!
ここ10年ほど、自動車の自動運転技術の進歩がすさまじい。ぼくらが子どものころにマンガで読んだロボットカーにどんどん近づいているようだ。
だけどこの技術がさらに進み、運転を完全に車まかせにするようになると様々な問題も起きてくる。すぐに思いつくのは事故を起こしたときの責任は誰が負うのかということだろう。メーカーの責任なのか、あるいは車の所有者の責任なのか。それとも、もっとSFチックにロボットカーを裁く法律が作られるとか!?
手塚治虫は、ロボットなんて夢のまた夢でしかなかった昭和20年代以前から、人間とロボットが共存する社会が果たしてどんなものになるのか、そこにはどんな問題が潜んでいて、どんな解決方法があるのか。それらを真剣に考え、それをマンガとして表現してきた。その代表作が『鉄腕アトム』だ。
ということでこのコラムでは今後何回かに分けて、手塚の描いた「人間とロボットとが共存する未来」について、現代の視点から振り返ってみたいと考えている。
今回はその第1弾として「人間とロボットとの恋愛」を取り上げた。少子化と晩婚化が進む現代日本で人間とロボットが結婚する日はやってくる? ロボットが人間と見分けがつかないほど精巧になったとき、あなたはロボットを恋人にする? さて、人間とロボットとの恋愛を手塚マンガはどのように描いていたのだろうか……。
それではさっそく『鉄腕アトム』から、人間とロボットとの恋愛を描いた作品を見ていこう。
雑誌『少年』1953年8月号別冊付録として発表された「海蛇島の巻(初出時タイトル:アトム赤道をゆく)」は、アトムが唯一、人間の少女に恋をするお話として知られているので読まれた方も多いだろう。
物語は8月号らしく夏の海辺から始まる。海へ遊びに来ていたアトムたちが、海底に助けを求める手紙の入ったビンが大量に沈んでいるのを発見した。
その手紙は、はるか南の海底にある人工島でとらわれの身となり、重労働をさせられている少女・ルミコが出したものだった。
ひそかに日本を脱出しロボットであることを隠してその島へ潜入したアトムは、無事にルミコとその父親を助け出すことに成功する。
ところが3人が島を脱出した直後、アトムは、美しい首を集めるのが趣味だという現地人の女に首を斬り落とされてしまう。
ショックで気絶したルミコを前に、首を失ったアトムは、ルミコの父親にこう言い残し、逃げるようにその場から立ち去るのだった。
「おじいさん ルミコさんにぼくがロボットだって…いわないでください!」
アトムは誰に学んだわけでもなく、ロボットと人間とは結ばれない運命にあることを理解していたのだろう。ラストシーンでアトムはもう一度、ルミコと再会するチャンスを得るが、そこでもあえてそれを自ら拒み、永遠の別れをするのだった。
『鉄腕アトム』には、アトムがロボットであることを知りながら、彼を好きになる人間の女性も登場している。
1967年から69年にかけて『サンケイ新聞(現・産経新聞)』で連載された『アトム今昔物語(初出時タイトル:鉄腕アトム)』の中に登場するスルメという女性だ。
このお話はアトムが大爆発に巻き込まれていきなり1969年の過去へ飛ばされてしまったという設定から始まっている。
その過去の世界でアトムを救ってくれたホームレスの少年・山中信吾が24年後の1969年には大会社の社長となっており、その娘がスルメという女性だった。
だがこのときアトムのエネルギーはわずか24時間しか残っていなかった。
出会いから別れまでたった24時間。このわずかな時間の中でアトムは彼女の自分に対する思いを察していたが、やはりこのときもアトムは自ら彼女の思いを振り切って飛び去るのだった。
さらに『鉄腕アトム』からもう1話、ロボットと人間の悲劇の恋愛を描いたお話を紹介しよう。1970年に雑誌『別冊少年マガジン』に掲載されたアトムの後日談を描いた「アトムの最後」という読み切り作品だ。
物語の舞台はアトム誕生からおよそ50年後の2055年。世界は完全にロボットに支配され、人間はロボットに飼育されていた。そんな中で、ロボットに対して反乱を起こし、恋人を連れて街から逃亡を企てるひとりの青年がいた。
青年は逃亡の途中で博物館に保管されていたアトムを目覚めさせ、自分の味方になってくれるように頼み込む。
アトムはふたりに対して協力を約束。ふたりに希望が見えてきた矢先、アトムの言ったこんな言葉に衝撃を受ける。
「あなたたちみたいに心の底から愛し合ってたら心配いりませんけどね」
「たとえ人間とロボットでも……」
じつは青年が愛した恋人の女性はロボットだったのだ。
青年はそれに絶望し恋人を銃で撃ち殺してしまう。そこへロボットの軍勢が押しよせ、青年もアトムも悲劇的な最後を迎えるのだった。
このように紹介してくると、手塚は人間とロボットの恋愛に悲観的だったのかなとも思えてくるのだが、『火の鳥』「復活編」では、ロボットに恋した青年が数々の障害を乗り越えて、その恋愛を成就する姿が描かれている。しかもこの物語が奥深いのは、ふたりの間に子孫が誕生していることだ。
今後ロボットがさらに進化して人間との差が縮まったとしても、ロボットは絶対に生物として認められないという。専門家による生物の定義とは、自身が成長することと子孫を残す能力があることだからだ。ロボットにはその2つが備わっていないため、その行動や知能がどれだけ人間に近づいたとしても、決して生物にはなり得ないのである。
では『火の鳥』「復活編」のふたりがどのようにして自らの子孫を残したのか。それはぜひマンガ本編をお読みいただきたい。
1970年代のある時期、手塚にとって人間とロボットとの結婚は大きなテーマだったようで、『火の鳥』「復活編」の連載が始まるおよそ10ヵ月前の1970年1月、雑誌『プレイコミック』にもこんな短編を発表していた。
『聖女懐妊』と題されたこの物語は、土星の小惑星が舞台である。そこで通信員をしている南川という男と助手のマリアというロボット。ふたりはやがて恋に落ち、何とふたりの間に愛の結晶が誕生するというお話である。もしかしたらこの時得たヒントがふくらんで、『火の鳥』「復活編」の、さらに深い意味での人とロボットの結婚へとつながっていったのかも知れない。
ロボットが人間に限りなく近づいていき、人間と見まがうほどリアルになってくると、生物としては認められずとも、ロボットに愛情を寄せる人は数多く出てくるに違いない。それは、多くの人が命を持たないぬいぐるみや人形に愛情を注ぎ思いを寄せるのと同じである。
ところが、ロボットが人間に近づいていったとき、そこには大きな問題が浮上してくる。それが「不気味の谷」という現象だ。これはロボット工学やSF小説などに興味のある方ならば、どこかで聞いたことがある言葉かも知れない。
ロボットが人間に近づけば近づくほど、人はロボットに親しみを感じるようになる。その究極の到達点(ゴール)が、仮にヒトとまったく見分けがつかなくなることだとした場合、そこに至る人間の感情を曲線グラフにすると、曲線はゆるやかな右肩上がりのカーブを描いて上昇していくことが予想される。
ところがである。実際の曲線はそうはならないのだ。ゴールに至る直前で人がロボットに抱く親近感のカーブはなぜか急激に下降し、嫌悪感へと逆転してしまう。これが「不気味の谷」と呼ばれる現象である。
この言葉を最初に使用したのはロボット工学者の森政弘氏で、同氏が1970年に発表した科学エッセイの中でのことだった。当時は特にこの言葉が話題になることはなかったというが、ロボットが進化するにつれて次第に注目されるようになっていった。現在ではヒト型ロボットを作る際には必ず直面する問題として知られている。
この「不気味の谷」という現象がなぜ起こるのか。人間のどのようなメカニズムが働いているのか。アトムの恋愛からはやや脱線するが、あの日あの時編集担当のT井が「不気味の谷」現象に強く興味を持っているようで詳しく説明して欲しいというリクエストをもらったので、専門家ではないが分かる範囲で紹介を試みよう。
この「不気味の谷」現象に真正面から取り組んでいる研究者のひとりが、大阪大学教授でロボット工学者の石黒浩氏である。石黒氏はヒトに酷似した外観を持ち、ヒトに近い仕草をするヒト型ロボット=アンドロイドを“ジェミノイド”と呼び、自分自身をモデルとしたジェミノイドHI-2や女性タイプのジェミノイドFなど数々のジェミノイドを製作している。
そして今年1月には、大阪大学の研究グループがジェミノイドを使った実験を行い、「被検者がアンドロイドを見た時の方が、モデルの人間を見た時に比べて、右視床下核の活動が強かった」という結果を得た。その結果、「不気味の谷」現象には脳の視床下核が関係している可能性があるという結論に至ったという。
また昨年、九州大学が行った実験では、被験者に13種の人間と人形の合成写真を見せる実験を行い、未知への不安を抱きやすい人ほど分類困難な対象に不気味さを感じやすいことを明らかにした。
参考リンク:(外部リンクのためリンク切れする可能性があります)
・ロボットに対する「不気味の谷」、反応する脳の部位が判明(日経BP社「CIO」2018/01/18の記事)
・ロボットの「不気味の谷」現象は「誰が」感じるのか 九州大学が実証(「大学ジャーナルオンライン」(2017/10/31の記事)
「不気味の谷」現象を解明しようという試みはこのように世界中で行われているが、いまだにその謎は解明されていない。
そんな中、石黒氏は人間の持つ「側抑制」効果が関係しているのではないかという仮説を立てている。またまた新しい言葉が出てきて混乱してしまうが、側抑制とは簡単に言うとこういうことらしい。
人間の目にはエッジ(境界線)を検出する機能がそなわっていて、ある物を見たときに境界線を認識すると、その周辺の視覚細胞の知覚が抑制されて、境界線がことさらに強調される。これを側抑制と呼ぶのだそうだ。
例えばある知人の顔を認識するとき、人はその知人の顔の全ての特徴を確認しているわけではない。例えばメガネであるとか髪型であるとかをざっくりと捉えて、その人が知人であることを認識している。これが側抑制効果である。
つまりこのように「人の顔を認識する際に側抑制効果があるなら、人間とにんげん以外の物を区別するときにも側抑制効果が働くはずである。人間には敏感に反応するが、人間と少し違うもの、たとえば人間らしい姿形を持ちながらロボットのように動くものに対しては、非常にネガティブな反応を示すという側抑制効果が、想像できる」(石黒浩著『ロボットとは何か─人の心を映す鏡』(2009年、講談社刊より)
石黒氏はこの仮説にかなり強い確信を持っているようで、いずれ「不気味の谷」のメカニズムが解明される日もやってくるのかも知れない。
先ほど紹介した「アトムの最後」で、愛していたはずの恋人がロボットだったと知ったとき、それまで命がけで愛を誓っていた青年が、その恋人を破壊するほど嫌悪したのも、もしかしたら「不気味の谷」の影響だったのかも知れない。
また『アトム今昔物語』には、若き日のお茶の水博士が、首を取り外したアトムの姿に仰天して腰を抜かすシーンがある。同じ作品の少し前のページでは一般人がこれと同じように驚いている姿が描かれているけれど、ロボットの専門家であるお茶の水博士でさえ、人間だと思っていたアトム少年がロボットだと知った瞬間には、やはり激しく恐れおののいていたのだ。
現実問題として、将来、人間とロボットが愛し合うためには、生物としての定義云々より先に、この不気味の谷現象を克服する方法を見つける必要がある気がいたします。
そういえば今回のテーマを決める手塚プロの企画会議の席でも、こんな会話がされていたのだった。
「もしアトムがここに突然現われたら怖いかな?」
ぼくがそう言うとT井はこう即答した。
「それは怖いですよ。マンガだから可愛いけど、実際にあの姿のまま目の前にいたらやっぱり怖いです。アトムは」
そこで思い出すのは、ぼくが幼いころ、アトムの妹・ウランが大好きだったことだ。わがままだけど無邪気で素直なウランは、あのころの少年読者のアイドルだったのだ。
『鉄腕アトム』「地上最大のロボットの巻」で、戦うためだけに造られたロボット・プルートウが、ウランのけなげな態度に心を動かされ、友だちになりたいと願うシーンは忘れがたい名場面だった。だからぼくはこう反論した。
「確かにアトムは、あのパワーでいきなり暴れ出したらと思うと怖いかも知れないけど、ウランちゃんなら怖くないね」
しかしI藤プロデューサーはすぐにこう切り返した。
「じゃあ黒沢さん、ウランちゃんの頭が、いきなりパカッと2つに割れたら怖くないですか?」
「えっ、そ、それはその……」
ぼくは思わず絶句した。I藤プロデューサーがたとえとして出したのは、1960年に発表された『鉄腕アトム』「ウランちゃんの巻(初出時タイトル:1/2人間)」に出てきたエピソードだ。このお話の中でウランはマッドサイエンティストの雪杉(ゆきすぎ)博士にだまされ、体が2つに分離するように改造されてしまうのだ。ベッドから起き上がったウランの頭がいきなりパカッと割れる場面は、確かに子どものころに読んで衝撃を受けたトラウマシーンだった。
ウランちゃんの頭がパカッと割れても恐怖しない心を養わない限り、ぼくは彼女とは永遠に恋人にはなれないのである。
それにしても手塚は、このお話でなんでわざわざかわいいウランを改造する展開にしたのだろう。もしかしたらこれは手塚なりの「不気味の谷」を乗り越えるための実験のひとつだったのだろうか。
昨年2017年4月、講談社からパートワークマガジン『週刊鉄腕アトムを作ろう!』が創刊された。全70巻で本格的なコミュニケーションロボット「ATOM」が完成するというものだ。完成したアトムは二足歩行し、歌い、踊り、最大12人の家族を認識し、それぞれを見わけて会話をするという。チラシのコピーは「アトムが、わが家にやってくる。」である。ではこのアトムを買って我が家へ迎えた人は、果たして彼を恋人として、あるいは友だちとして愛情を注いでいたりするのだろうか。
じつは手塚ファン仲間のひとりである土田征三さんが、このシリーズを購入して目下製作中だと聞いていたので、電話で製作状況と感想などをうかがってみた。
もしもし土田さん、現在、製作はどこまで進んでいるんですか。
「この正月でようやく半分くらいまで来ましたね。でもまだ腕とか脚のパーツを作っている段階なので、ATOMの形になってくるのはもう少し先ですよ」
途中段階で動作テストはやるんですか?
「ATOMの上半身の形をしたテスト用基板の付いた装置が最初に届きましてね、組み立てたパーツをそこにつないで、肘の関節や膝の関節の動作テストなどをその都度やるんです」
思い通りに動くと、かわいいとか親近感を抱いたりとかするものですか?
「いやあ、全然そういうのはないですね(笑)。私は単に工作としてコツコツと作るのが楽しいので、ロボットに愛情とか思い入れを持つタイプじゃないんです」
ところで土田さんは、じつは2013年に発売されたデアゴスティーニのパートワークマガジン『週刊ロビ』も買って完成させていた。
土田さん、出来上がったロビに対しても特に思い入れることはありませんでしたか?
「ありませんでしたね。作る過程を楽しんで、完成したら『ああ、完成した』と思ってそれで満足する、という感じです」
なるほどー、やはり土田さんの場合はロビでもATOMでも、割り切ったお付き合いをされているということですね。
「本当は(作っているうちに)ATOMくんがかわいく見えてきたとか、そういう答えをした方が、黒沢さん的にはいいんでしょうけどね(笑)。私には全然、そういう感覚はないんですよ」
いえいえ、無理に企画に合わせていただく必要はまったくありません。人間とメカとのある意味正常なつきあい方だとおもいます。土田さん、写真までお送りいただきましてありがとうござます!!
ちなみにこの講談社の『週刊鉄腕アトムを作ろう!』ですが、興味があったけど出遅れてしまったという方のために、今からでも間に合う「超高速版 おまとめセット」というものが発売中だそうです。通常の定期購読では1週間に1号ずつ組み立てを進めるところ、この「超高速版」では月に5~10号ずつのセットが届き、ほぼ2倍のペースで組み立てられるんだとか。ATOMくんと友だちになりたい人も、プラモ感覚で工作を楽しみたい人もまだ間に合う! さあ急げっ!!
参考リンク:『週刊鉄腕アトムを作ろう!』公式サイト
今回のコラム、いかがだっただろうか。人間とロボットの差など愛があれば簡単に乗り越えられるという結論に持っていきたいと思って書きはじめたが、現実は思いのほか厳しいということがよく分かりました。
やがて来る……かも知れない人間とロボットとの共存社会──。その時もしもあなたの親しい人がロボットに恋をして悩んでいたら、ぜひとも『鉄腕アトム』を読むように薦めてみてください。
ではまた次回のコラムでお会いいたしましょう!!
取材協力/土田征三(敬称略)