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虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

“中二病”という言葉をご存知だろうか。自分はこの世で最強の存在であると信じ込んでしまったり、自分には他者にない特殊能力が備わっていると公言してしまったり。自我が目覚める10代前半のころにありがちな“痛い”妄想に溺れること──それが中二病だ。この言葉が広まり始めたのはおよそ3〜4年前ごろからだけど、実は手塚マンガの歴史にも中二病の時代があった……!? 今回は手塚マンガの中の中二病を振り返る「あの日あの時」をお送りしよう。ううッ! 俺の……俺の第三の目が疼き出したッ!! ぐああッ! 静まれッ!!



◎“無”の空間に自分の部屋だけが浮かぶ!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

ぼくの中二病的手塚治虫ワールドの原点となった読み切り短編作品『7日の恐怖』!! この“7日”というのは、旧約聖書の『創世記』で、神が天地創造するのにかけた日数のことである

 手塚治虫の短編コミックに『7日の恐怖』という作品がある。1969年、『デラックス少年サンデー』という『週刊少年サンデー』の増刊号に掲載された読み切りだ。
 ある日、中学生くらいの少年が部屋で目覚めると、彼の部屋だけを残し、すべての世界が消滅していた。
 霧の立ちこめたような“無”の空間に、少年の部屋だけがポツンと浮かんでいたのだ。
 やがてその世界に大地ができ、海が現れ、生物がうごめき始めた。
 少年の住んでいた世界は一度“無”に返り、“神”による再びの天地創造が始まっていた。たまたまひとりだけ生きのこってしまった少年が、それを目撃していたのだ。



◎手塚治虫は“中二病”だったのか!?

 どこにでもいるごく平凡な少年が“たまたま”この世の消滅からまぬがれ、彼の双肩に“人類の命運”が託されてしまう!!
 この作品が発表された当時はもちろん“中二病”という言葉はなかったが、これはまさに中二病的作品と言っていいだろう。
 手塚の作品リストを見渡してみると1960年代後半から70年代にかけて、こうした“中二病”的な作品が数多く発表されていることに気づく。果たして手塚はこのころ“中二病”だったのか!?
 今回の「あの日あの時」は、そんな手塚マンガの中二病時代を振り返ろう。



虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

『7日の恐怖』より。すべての世界が消滅し、主人公の少年・大林三郎の部屋だけが何もない空間に浮かんでいた!! このプロローグ、当時は今よりもっと衝撃的なものに感じました

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

そして三郎は、新たに大地や生命が形作られていく様子を目の当たりにするのだった。これは3日目、三郎が植物の繁殖を目撃した場面だ ※以上3点の画像は、1971年虫プロ商事刊『ベストコミック』の再録版より


◎“中二病”とは何か!?

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

今回の参考文献『中二病取扱説明書』(塞神雹夜著、2009年新紀元社刊)。中二病にありがちな傾向が箇条書きでリストアップされている。あくまで読み物で、これを読んで中二病を理解しようと思ったらやはりよくわからないかも知れません

 “中二病”という言葉の定義は、最近はかなり意味が拡散してしまい、なかなかひとことでは説明しにくくなっている。
 だけどもともとは、10代前半の少年少女にありがちな「痛い思考や行動」を意味していた。
 ようやく社会に目が開け、自我が目覚め始めたばかりのこの世代の少年少女たちは、この時期、“自己”と“他者”という認識に大きく戸惑う。
 自分とはいったい何なのか、他人とどう違うのか。なぜ“自分”という意識は“自分”の中にしか存在しないのか!?
 そんなことを考えつつマンガや小説を読んだりアニメを見たりしていると、やがてフィクションの主人公と自分とが頭の中で一体化してくる。そして、自分はもしかしたらこの世でただひとりの特別な存在なのではないかと思い込むようになってくる。これが中二病の初期症状である。



◎中二病の3つのタイプ!

 中二病が進行すると、いくつかの症状が現れてくる。
 『中二病取扱説明書』(塞神雹夜著、2009年新紀元社刊)ではその症状を“邪気眼系”“DQN系”“サブカル系”の3つのタイプに分けている。その各タイプをぼくなりに解説してみよう。
 まずひとつめが“邪気眼系”。邪気眼系とは、“自分には特殊能力が備わっている”と信じて、たまにそれを周りの友人にポロッと漏らしてしまったりする症例を言う。
 ネットで検索すると、これは巨大掲示板「2ちゃんねる」発の症例で「自分には邪気眼という呪われた力があり、その力がときどき自分の意志を越えて発動してしまう。そのことに自分は苦しんでいる……」という書き込みが発端となっているという。
 続いて“DQN系”。DQNもネットの俗語で「ドキュン」と読み、世の中の常識に背く反社会的行動をする、いわゆる不良やチンピラのことである。
 ただし中二病の症例としてのDQN系は本物のDQNとは別物である。むしろDQNのターゲットになりそうな、内気ないじめられっ子タイプがかかりやすいのがこの症状なのだ。
 本当は弱い自分を最強だと妄想し、ケンカや勝負に勝った自慢をする。ただし聞いてる方はすぐにウソだとわかるので、痛さも10倍だ。
 “サブカル系”は別名“マイナー系”ともいうべき症状で、世の中で流行しているものを否定し、マイナー系のサブカルを評価するというものだという。ただし本心からそのマイナー系を好きなわけではなく、“人とは違う自分を見て欲しい”というアピールに過ぎないところが、本物のマイナー系と大きく違う“痛い”ところなのである。


◎ぼく以外の世界はすべてニセモノだ!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

講談社版手塚治虫全集第80巻『SFファンシーフリー』。本文で紹介した、手塚の中二病的SF短編『7日の恐怖』と『赤の他人』を収録している

 話を手塚マンガに戻そう。『デラックス少年サンデー』に『7日の恐怖』が掲載された3ヵ月後、手塚は同誌にふたたび読み切りを発表した。題名は『赤の他人』。
 物語は主人公の少年の何気ない日常風景から始まる。どこにでもある新興住宅地に暮らす少年は、ある日、自分以外の周りの世界がすべて作り物であることに気がついてしまう。
 少年は言う。家も人もモノも、さらに親友や家族まで、すべてがニセモノだと!
 家族や友人たちはもちろんそれを否定し、少年の妄想だと言って彼を説得しようとするのだが、果たして真実はどちらに……!?
 当時、小学校6年生だったぼくは、このふたつの短編を読んで、このマンガの主人公はぼく自身だと思った。
 ぼくが、そのころ漠然と考えていたことをこのお話がズバリと言い当てていたからだ。
 今にして思えば、このときぼくは明らかに中二病を発症していたのである。
 翌日から、ぼくには世の中がまるで違って見えた。学校へ行っても、無邪気に笑う友人たちが幼く見える。「みんな幸せそうだな。だけどこの世界がニセモノであることを知っているのはぼくだけなんだ」そんなことを考えてみるだけで、なぜか自分だけが最強になったような気がした。
 あー、いま思い返してみてもやばいです。こちら邪気眼系の中二病の典型的な症状です。本当にありがとうございました。お薬出しときましょうね。


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虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!


『7日の恐怖』と同じく『デラックス少年サンデー』1970年2月号に掲載された読み切り短編『赤の他人』より。ある日、自分以外の周りの世界がすべてニセモノだと気がついてしまった少年の孤独と不安! こちらは『7日の恐怖』よりもさらに中二病的が進行した内容となっている


◎オオカミに変身する少年

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

『別冊少年サンデー』(1967年4月号「バンパイヤ特集号」)の表紙。何かのきっかけで獣に変身してしまう呪われた一族……という設定がもうね、生まれながらの宿命に苦しむネガティブヒーローのハシリとして、当時の中二病的青少年の心をグッとつかんだわけです。いまの人たちが読んでもこの設定はかなり惹きつけられるに違いない

 前出の『中二病取扱説明書』の分類に従うと、手塚マンガに見られる中二病は、ほとんどがこの邪気眼系ということになる。しかも冒頭で書いたように、こうした傾向の作品は、ある一時期に集中して描かれているのだ。
 ではその最初の作品は何か!?
 そもそも“中二病”という言葉の定義が曖昧なんで断定するのは難しいけど、あえて言うならズバリ『バンパイヤ』だと思いますね。
 『バンパイヤ』は1966年から67年にかけて『週刊少年サンデー』に連載された作品だ。
 主人公は、オオカミに変身する能力を持った少年・トッペイである。彼は何かのきっかけで獣に変身する呪われた種族・バンパイヤ一族だった。
 物語はこのトッペイが、山奥からたったひとりで都会へ出てきたところから始まる。
 トッペイは手塚治虫の経営するアニメスタジオ「虫プロ」へ入社するが、帰宅時に満月が出ていると目隠しをして道を歩くなど、常人と違う奇妙な行動を繰り返す。
 そしてある日、手塚治虫はトッペイがオオカミに変身する姿を目撃してしまうのだった! うおおっ!!
 トッペイは自分の呪われた運命に悩みながらも悪人・ロックを倒そうとするが、ずるがしこい彼に、逆に利用されてしまうのだった!! ああ……!!
 当時、少年誌の連載作品で、悪をここまでリアルに真正面から描いたマンガはなかったから、読者はものすごい衝撃を受けたのだった。


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虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!


同『別冊少年サンデー』より『バンパイヤ』の一場面。作中人物として登場している手塚治虫が、主人公トッペイの変身姿を目撃してしまうシーンだ。「先生、みたんですね、ぼくを……」という言葉が、トッペイの背負っている宿命を端的に現わしている。『バンパイヤ』は、講談社版全集では第142〜144巻の全3巻に収録。さらに続編が第320巻『バンパイヤ』第4巻に収録されている


◎あなたは人形なのよ! ズガーン!!

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講談社版手塚全集第77巻『グランドール』。ある日、主人公の少年・テッチンが街角で拾った奇妙な人形……それはさまざまな生き物に変身する怪物人形「グランドール」だった! 名作『バンパイヤ』の設定をさらに突き詰めた異色のSFコミックだ

 そして『バンパイヤ』の連載が終了した翌年の1968年、手塚が月刊誌『少年ブック』に連載した『グランドール』もまた、中二病的な作品だ。
 主人公の少年・テッチンは、ある日、世の中に“グランドール”と呼ばれる人間そっくりのコピー人形が数多く入り込んでいることを知ってしまう。
 グランドールは知らぬ間に人間と入れかわり、何食わぬ顔をして社会生活をしながら、政治や世論を動かし、人間社会を少しずつ侵略しているのだ。
 一見、何ごともなく平和に見える社会。ところがその裏ではとんでもない出来事がひたひたと進行している。それを知るのは主人公のテッチンただひとり!
 しかも彼はグランドールの少女から「あなたも人形なのよ」という衝撃の事実を告げられる。


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

『グランドール』より。ごくありふれた日常の現実世界が、知らぬ間に人形に乗っ取られていく……そんな恐怖が忘れられない隠れた名作です

 本当に自分もグランドールなのか? テッチンは悩みながらも侵略者たちとの孤独な戦いを始める!
 『グランドール』は、手塚マンガの中ではあまり知られた作品ではないけど、今回の中二病というテーマに沿って作品歴を見渡すと『バンパイヤ』に次いで重要な作品であることが見えてきます。興味を持たれた方はぜひ手に取ってみてください。


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!


テッチンは、グランドールの少女から「あなたも人形なのよ」と言われ、激しく動揺。つい授業中にあらぬことを叫んでしまう。ハタから見れば、彼こそがまさに中二病である


◎ばんそうこうの下に秘められたものとは!?

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

1969年から70年にかけて『週刊少年チャンピオン』に連載されたSF&ミステリーの読み切り連作リーズ『ザ・クレーター』。ここに収録された、オクチンという少年が主人公を演じた3つのエピソードも、これまたまさに中二病的なお話でありました。

 1969年から70年にかけて発表された読み切り連作『ザ・クレーター』にも、『グランドール』のテッチンとよく似たオクチンという少年が登場する。
 そのオクチンは、「オクチンの大いなる怪盗」というエピソードでは、世をすねて大人に反抗を繰り返すキャラを演じ、その気持ちをアピールするために、ほっぺたに“過去 未来 ご意見無用”と書いた大きなばんそうこうを貼っている。
 中二病にありがちな症状として、けがをしているわけでもないのに包帯をして、その包帯には曰くがあることをほのめかす、というものがある。オクチンのこのばんそうこうも、まさにそんな意味合いを感じます。
 それにほら、ばんそうこうと言えば、手塚ファンの皆さんご存知のあの! いやいやいや、その名前はもう少し伏せておきましょう(笑)。


◎「おれは苦しいんだ!!」

 そしてぼく自身の中二病歴を振り返るときに忘れられないのが、1973年から74年にかけて発表された『ユフラテの樹』だ。
 『高一コース』でこの作品の連載が始まったのが、ぼくが高校へ入った年だったため、ぼくはまさにリアルタイムでこの雑誌を購読していた。
 ふとしたきっかけで超能力を手に入れた3人の高校生男女。だがその超能力は人を幸福にすることは決してなかった!!
 3人のうちのひとりである鎌が「おれは苦しいんだ!!」といって、超能力を持ったことの苦しさを吐露する場面なんてもーね、思春期の悩める高校生にとって、まさにツボと言っていいでしょう。
「おれは苦しいんだ!」
 うおお、かっこいいぜえええっ!!


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

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『ユフラテの樹』は、ぼくが高1のときに、学研の『高1コース』で連載が始まった。画像は連載第1話を収録した同誌の1973年4月号と第1話のトビラ


◎ヒーロー不在の時代!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

 それにしても1960年代末から70年代にかけてのこの時期、手塚はなぜこのような中二病的作品を相次いで発表したのだろうか。それは60年代末という時代を振り返ると見えてくる。
 『バンパイヤ』の連載が始まった1966年、中国では文化大革命が始まっている。毛沢東、林彪ら極左勢力の台頭に中国は大きく揺れていた。
 そして『グランドール』のプロローグは、まさにその揺れる中国で、通信社の特派員であるテッチンの父親が、文化大革命を取材している場面から始まっているのである。
 一方、日本では若者が安保闘争に明け暮れていた。彼らは反戦、反米軍基地、反公害、反差別などを訴えてデモを繰り返し、一部の過激派はテロなどの非合法活動に走った。
 『7日の恐怖』や『ザ・クレーター』が描かれた1969年の春には、東京新宿で“フォークゲリラ”という活動が自然発生的に始まった。
 新宿駅西口の地下通路に最大7000人もの若者が集まり、フォークソングを熱唱しながら反戦を叫ぶというものだ。
 だが7月、通路を管理する東京都は機動隊を動員し、若者たちを強制排除してしまった。
 このころ、若者はさまざまな不安や不満の中に生き、閉塞感の中でもがいていたのだ。
 ヒーロー不在の時代。ふと気がつくと、手塚マンガの中にも「正義」をうたうまっすぐなヒーローというものは久しく登場しなくなっていたのだ。
 『バンパイヤ』のトッペイや『グランドール』のテッチンなど、逃れられない宿命を背負った悩めるヒーローたちは、こうした時代に誕生したものだったのである。


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

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『ユフラテの樹』より。ある孤島で食べた木の実が、3人の高校生に超能力をもたらす。3人は、一度はその超能力を隠そうと約束するが、それぞれがその悪魔的な力に魅せられ、約束を破ってしまう……!! 柔らかいタイトルからは想像もつかない、重すぎる運命を背負った少年たちの行方は……!!


◎20世紀初頭のイギリスにも“中二病”があった!?

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

24年前、当時のオタクブームを語った神足裕司のコラム。その中に、現代の中二病的志向を予見しているかのような記述を発見した! しかもそのルーツを20世紀初頭の英国騎士道精神ブームに見ているというのが面白い。『週刊SPA!』1989年11月22日号より

 ところで、こうしたヒーロー不在の時代に、若者が自分自身をヒーローに見立ててしまう現象は、どうやら昨日今日に始まったことではないようだ。
 今回、資料として読んだある古い雑誌で、こんな記事を見つけた。
 それは1989年に発行された雑誌『SPA!』に載ったコラムニスト・神足裕司の『TV無差別級』という連載記事だ。
 「オタクと騎士道精神の年の差なんて、んっ?……の巻」と題されたその記事の中で神足氏は、20世紀初頭のイギリスで「騎士道精神」というものがオタク的に流行した時期があったと紹介している。
 神足氏によれば1912年、英国演劇の世界では、すでに廃れたと思われていた騎士道賛美が復活したという。
 そして同年、タイタニック号の沈没事故が起きたときには、男性客らが率先して我が身を犠牲にし、「婦人と子どもを優先」するという騎士道精神を発揮したのだった。
 また同年、南極点を目ざしたスコット大佐は「ジェントルマンらしく死ぬつもりです」という遺書を残し、その言葉通りに死んでいった。
 またこれらは文学や絵画となって当時の青少年に影響を与え、いわゆる「現代英国のジェントルマン像」の基礎になったと神足氏は書いている。
 この記事が掲載された1989年当時は、連続幼女誘拐殺人事件にからめて“オタク”が世間で注目を集めた時期であり、神足氏はそのことにからめてこれを語っている。だがその“オタク”を現代の“中二病”に置きかえて読んでも、ほとんど違和感のないものだ。


◎手塚マンガの“中二病”真打ち登場!!

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

そして手塚マンガ究極の邪気眼系中二病コミックと言えばもちろんコレ!『三つ目がとおる』でしょう。講談社版手塚全集では第101巻〜第113巻の全13巻に収録されている。画像はそのうちの第8巻の表紙

 さて、1966年の『バンパイヤ』から始まった中二病的手塚マンガの系譜は、1974年夏、ひとつの頂(いただき)に達する。
 そう、皆さんお待ちかねのアノ作品、すなわち『三つ目がとおる』である!
 三つ目族の子孫である主人公・写楽保介は、おでこに第3の目を持っている。この第3の目は、ふだんはばんそうこうで隠しているが、ひとたびそのばんそうこうをはがすと、彼は恐るべき超能力を発揮するのだった!!
 邪気眼系の中二病にとってはまさにごちそう!? ぐわあっ、やめろっ、俺のばんそうこうをはがすと大変なことにーっ!!


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

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ふだんはへなちょこでいじめられっ子の写楽クンが、ひとたび額のバンソウコウを取ると超能力を駆使するダークヒーローと化す!! それにともなって、普段は写楽のお守り役を務める同級生の和登さんも、変身後の写楽にはただ従うだけとなるのだ


◎あなた的“中二病”手塚マンガはどれ!?

虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

和登さんが写楽に対するフクザツな思いを吐露した珍しいシーン。和登さんって中二病フェチだったのか!? 『三つ目がとおる』第2話「第3の目の怪」より。講談社版手塚全集では第107巻『三つ目がとおる』第7巻に収録

 っつーことで今回は、手塚マンガの中に中二病を見た! というテーマでお送りいたしました。
 時が流れ、人びとの好みや流行は大きく変わってゆきます。でも手塚マンガは決して色あせることはありません。むしろその時代時代に応じて違った読まれ方をするし、また新たな輝きを放ち始めるのです。今回のテーマは、まさにそのその好例でしょう。


虫ん坊 2013年9月号:手塚マンガ あの日あの時 第30回:手塚マンガの中の“中二病”を読む!!

参考になるかどうかは保証できないが中二病関連の本を集めてみた。左右の2冊はコミック、中央の新書のみ活字本だ。左から『中二病狂詩曲 ブレイブ オブ リベリオン』(塞神雹夜編、2011年メディアパル刊)、『中二病あるある』(円卓会議編、2013年コアマガジン刊)、『中二病取扱説明書コミック』(2009年新紀元社刊)

 今回紹介した中二病的手塚マンガはほんの一部に過ぎません。自分は中二病だと思われている方、ぜひあなたの気持ちにぴったりな手塚マンガを探してみてください。
 それでは、今回も長々とおつきあいくださってありがとうございますっっ! 次回のコラムでまたお会いいたしましょう〜〜〜っ!!



黒沢哲哉
 1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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