ここ数年、手塚マンガの復刻本が複数の出版社から立て続けに刊行されている。古書市場で目の玉が飛び出るような値段の付いた幻の単行本が当時のままの装丁で読めたり、コミックスではカットされてしまった雑誌連載時のエピソードやカラーが当時のままに再現されていたり。少し前までは想像すらできなかったこの復刻ラッシュ。今回は、この手塚マンガ復刻本製作の現場でいったいどんな作業が行われているのか。代表的な出版社に直撃して編集者たちの熱い思いをうかがい、復刻出版の“現在”を探ってきた!!
最近の手塚治虫マンガの復刻ラッシュ、すごいですよね。これについて手塚ファンの皆さんはどう考えておられるのでしょうか。うれしい? 出し過ぎ? はたまた……!?
ぼく(黒沢)の個人的な意見を言うと、おサイフにはチョー厳しいですが、中には涙がチョチョ切れるほど喜んだ復刻も多々あるので、全体的には「いい時代が来たなぁ」としみじみ思っています。
中でもここ数年の復刻で最大の衝撃だったのは『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』全7ユニット(2009年9月〜2011年4月、ユニット1〜3=ジェネオン エンタテインメント、ユニット4〜7=復刊ドットコム)ですね。
雑誌『少年』での連載当時、毎月胸を熱くしながら夢中で読んでいた本誌の美麗な4色カラーページや2色刷りページ、別冊付録のザラ紙のあの手ざわり。それがそのままに甦るというんだから、最初にニュースを聞いたときのワクワク感たるや、言葉では言い表せない感動がありました。
そして実際に刊行されたものを手に取って見て、その再現度の高さにまた涙、涙! ああ……!!
これまでの手塚治虫関連の全出版物の中でも間違いなくベスト3に入る労作でしょう。
ということでまずお話をうかがったのは、このウルトラ超大作『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』の企画と編集を手がけた復刊ドットコム編集長の
森さんはかつてビデオメーカーのジェネオン エンタテインメント(旧・パイオニアLDC)に在籍し、『手塚治虫美女画集 ロマネスク』の刊行を皮切りに、復刻漫画作品では、2004年に『リボンの騎士 少女クラブ カラー完全版』で先鞭を付け、以降、手塚プロ資料室長の森晴路氏と二人三脚で、『手塚治虫 カラー秘蔵作品集』(2005年)、『ぼくのそんごくう オールカラー版』(2006年)、『手塚治虫 予告編マンガ大全集』(2009年)などの復刻本を次つぎと手がけた。
そして、1年間にわたる調査・準備期間を経て、いよいよ2009年9月より、『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』の刊行を開始した。
ところがこのシリーズがユニット3まで刊行された時点で、ジェネオン エンタテインメントが少し前から外資系映画会社の傘下に入っていたことから、出版事業がクローズされ、刊行の継続が困難になった。そこで森さんは、悩みに悩んだ末に、20年馴染んでいた会社を自ら離れ、同シリーズごと引っ越す形で、現在の復刊ドットコムへと移籍したのである。
移籍後、森さんが復刊ドットコムで編集を手がけた手塚治虫作品については別表を参照していただきたい。
森さん初めまして。森さんは現在のように手塚マンガの復刻が花盛りとなる前から手塚作品の復刻を多数手がけておられますが、復刻に際してこだわっていることはありますか?
「ぼくがこだわっているのは、オリジナルの判型と色、当時の質感、そして、装丁と資料性の全部ですね。復刻にもいろいろなタイプがあって、原本を丸ごと再現するものもあれば、モダンなデザインでラッピングしたり、いろいろやってきましたが、いずれの場合でも、当時のトビラ絵や告知、広告ページなども含めて、できる限り初出に近い編集を行いたいんです。理想としては、当時、雑誌を読んでいたときの読者のページアクションをそのまま再現したい。単に作品を読むだけではなく、あたかもその時代へタイムスリップしたかのような、“読書体験”を提供したいんです」
『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』がまさにそうでしたね!
「ええ。あれはたしかに極端な例ですが、内容的にも、物量的にも、大変苦労しました。おこがましい言い方にはなりますが……今思うと、よくやれたものだと自分でも呆れます。今、もう一回同じ作業をやれと言われても、ちょっとご勘弁願いたいですね(笑)。
特に『アトム』では、雑誌のページを丸ごと復刻するために、ページの隅っこに入っている小さな広告などもひとつひとつすべて掲載許可を取りましたが、これが難儀でした。今も現役の大企業とかなら、まだ話が早いんですが、もうなくなってしまった全国各地の小さな玩具メーカーとかだと、連絡先をようやく探し当てて電話をしても、事情をよく理解されていないお年寄りが出られて、警戒されちゃいましてね。何か売りつけられるんじゃないかと(笑)。すぐに電話を切られてしまったのは、しょっちゅうでした(笑)」
原本の修復というのは、具体的にはどのような作業をされるんでしょうか。
「原本をスキャンしてコンピュータに取り込み、こちらの修正指示に従って、劣化した色や線をデジタル技術によって、オリジナルの状態に限りなく近づけてレストア(修復)していきます。今ではどこの出版社でもデジタルを使っていますが、ぼくは、2002年の『手塚治虫美女画集 ロマネスク 限定版』のときから、当時はまだ非常に高価だったデジタルレスポンス技術を研究し、導入していますので、時期的には、かなり早かったんじゃないでしょうか。
実はね、秘密を言うと……当時組んでいた印刷所は、1960年代ごろからレコードジャケットを得意としていた会社で、女性歌手の肌や顔とかのレスポンスには長年慣れていて、しかも、大手の印刷所よりも割安だったんですよ(笑)。
それと、当時ぼくは、映像や音楽ソフトの制作が本業でしたから、新参者として出版に乗り出すからには、何か、耳新しい言葉を旗印にしたいなと思い、それらのソフト業界の用語を借用して、このレストア復刻のことを、『デジタル・リマスタリング』という、宣伝・販促上の呼称にしたんです。
ただ、技術について教えてくれる人もいないし、ノウハウが何もないところから始めましたから、最初は真っ白な雪原に足を踏み入れていくような、そんな緊張した気持ちでした。
今はデジタル技術も進歩したし、こちらもノウハウを蓄積してきましたから、直し漏れも減り、また、直し過ぎにも注意して、品質もかなり向上したのではないかと思います」
レストアでとくに難しいのはどこでしょう。
「うーん……一口ではとても言えませんが、強いて言えば、色の再現でしょうか。一般的な4色印刷というのは、シアン(青)、マゼンダ(赤)、イエロー(黄)、ブラック(黒)の4色のインクを重ね合わせてさまざまな色を表現していますが、40年、50年と長い年月が経過した印刷物は、大まかに言うと、最初にシアンが退色してくる。次に退色するのがイエローで、最後にマゼンダとブラックが残る。絵が全体的に、赤茶色っぽくなってしまうんです。それをデジタル技術を使って青々とした本来の色に戻していくわけです。
しかしそれも、ただ青くすればいいというものではなく、その加減が重要になります。森晴路さんの監修を受けたり、印刷所と相談したりして、いつも、何度も色校正を出しています。
あと、せっかく復刻した本がすぐに褪色してしまっては意味がないので、コスト高にはなりますが、普通の漫画用紙ではなく、ヤケに強い中質紙----ブライトソフトやペガサスなど----上質の紙を必ず使っていることもポイントです。さきほどお話ししたレストアの費用も膨大にかかりますし……。漫画のストーリー自体は、文庫版でも読めるわけですから、復刻版は部数が多く出るわけでもない宿命を背負っていて、まるで工芸品を作っているようなものです。なので、そのぶん、どうしても一冊あたりの価格が高くなってしまうのは、読者の皆様に本当に申し訳ないのですが……。
先月(2014年12月)からは念願だった『長編冒険漫画 鉄腕アトム [1956-57・復刻版]』全3巻(原本は光文社発行)の刊行を開始しましたが、ここでも、2色カラーの再現が非常に難しかったです」
2色カラーというのは赤と黒など、2色のインクを使った疑似カラー表現ですね。昔のマンガ雑誌や単行本では良く使われていました。
「そうなんです。その2色カラーの当時の色がなかなか出せなくて、今度ばかりは、森晴路さんに何度もダメ出しをされましてね。森(晴路)さんはよく、当時の本にある赤を“柿色”と表現されるんですが、そのきれいな柿色がどうしても出ない。それから、1色ページ部分のグリーンも難しかった。暗すぎたり、明るすぎたり。
最後には、『あとは森(遊机)さんにおまかせします』と言われたんですが、ぼくも中途半端なものは出したくないという意地がありますから、どうしても納得してもらいたくて、印刷所にかけあって再三、色校正を出してもらい、『今度はどうですか!?』と。それで、なんとかお互いが納得できる色に近づけることが出来たんです。それは、100%万全ではないかもしれませんが……」
想像を絶する大変さですね。
「いや……本来、“気さくなメディア”であるべき漫画の復刻について、そんなにムキになるのもどうかと、正直思いますけど(笑)、各作品にとって、復刻の機会はそうそう何度もあるわけではないでしょうし、高額化がやむをえないとすれば、買ってくださる読者のためにも、出来る限りのことはしたい。それから、復刻した書籍を「後世に遺す」というミッションも同時に発生すると思うと、やはり、プレッシャーは感じるわけです」
なるほど、よく分かりました! ところで、そんな森さんの今後の手塚マンガの刊行予定はありますか?
「今年2015年の3月から、『青いトリトン《海のトリトン オリジナル復刻版》』上下巻の刊行を予定しています。もちろん、サンケイ新聞に掲載されたままの、原寸オリジナルサイズです。ほかにもいろいろと企画は温めていますので、気力、体力、時間の続く限りは(笑)、ずっと出し続けたいと思っています」
森遊机さんありがとうございます。森さんのお言葉は後ほどまた引用させていただきます!!
続いてぼくは地下鉄で千代田区神保町へ。この交差点にほど近いところにある出版社が小学館クリエイティブだ。この会社も2008年に刊行された『おもしろブック版ライオンブックス』全2巻の刊行から始まって、最新刊『GAMANGA BOOKS 火の鳥』全11巻(2013〜2014年)まで膨大な数の手塚マンガの復刻を手がけている。小学館系列の会社ということで、小学館の『週刊少年サンデー』に連載された作品を数多く復刻しているほか、『手塚治虫の創作ノートと初期作品集』や『手塚治虫デッサン集』など未発表資料の複製にも力を入れている(※別表参照)。
ここでは同社コミック部 副編集長の
日下さんはこちらの会社に入られる前はパンローリングという会社で復刻マンガの製作に携わっていた。パンローリングは『マンガショップシリーズ』というB6判の復刻マンガを多数出版しており、日下さんはそこで桑田次郎や一峰大二の復刻マンガの編集をされていたという。
その後2012年10月に小学館クリエイティブへ移籍し、最初に手がけた手塚作品が『手塚治虫デッサン集』だった。なので日下さんは「それ以前の事情はあまり詳しくないのですが……」と控えめに前置きされながらも復刻マンガに対する思いを語ってくださった。
「パンローリングではどの復刻本も同じ判型にそろえてカバー以外はカラーも使わないことで製作コストを抑え、その分、多くの作品を刊行するというスタイルを取っています。完全復刻というよりは未収録作品を収録することに重点を置いているんですね。
一方、小学館クリエイティブの復刻はオリジナル通りのカラーを再現したり、原稿の復元の質にもこだわっていて、じっくりと手をかけて作っているという印象ですね」
ここで日下さんにも、復刻に対するこだわりは何かをうかがってみた。
「いまぼくが大切にしているのは刊行当時の色合いや“匂い”ですね。当時のインクの色や線のかすれ具合が正確に再現できたら、そのマンガが当時持っていた勢いとかまで再現できると思うんです。
ただ難しいのはどこまで手を加えるかということですね。例えば経年変化してしまった色をどこまで補正するかという問題があります」
おー、こちらでもやっぱり難しいのは色なんですね!
「はい。果たして当時の本当の色はどうだったのか。手塚プロの森晴路さんに相談したり、ほかの色から類推したりしながら慎重に補正していきます。それもただ退色した色を鮮やかにすればいいというものではないんですね。あまり鮮やかにし過ぎると当時の空気感まで消えてしまいますので。実際、当時の本や雑誌をお持ちの方から『色が違うのでは』というご指摘をいただいたこともありますよ。だからそうした時代の雰囲気を残しながら補正をしていくというのは美術品や絵画の修復に近い作業なんですよ」
日下さん、ありがとうございます!!
最後におじゃましたのは、今年6月に『フィルムは生きている』の復刻本を刊行された国書刊行会である。
国書刊行会は2009年に『手塚治虫オリジナル版復刻シリーズ』全3巻を刊行したのを皮切りに手塚マンガの復刻を次つぎと手がけるようになり、現在では10タイトルが刊行されている。詳しくは別表を参照していただきたい。
こちらでお話をうかがったのは、これら全てのタイトルの編集を担当された同社編集部
樽本さん、御社は学術資料や古典文学など固い本を出されているという印象がありますが、手塚マンガの復刻を始められたきっかけは何だったんでしょうか。
「きっかけはアンソロジストの
(※ちなみに別表にある通り、同社は1985年に手塚作品1作を含む『(別冊)付録漫画傑作選』という復刻本の10冊セットを出しているが、これは単独のセットでシリーズ化はされなかった。担当者も樽本氏ではない)
樽本さん、その復刻の意義というのは、具体的にはどのあたりになるのでしょう。
「実際に本を手に取っていただければ分かりますが、1ページ1ページがとても豪華なんです。特にこの『オリジナル版復刻シリーズ』(第1期、第2期)に収録した作品はいずれも1950年代に雑誌に掲載されたもので、まだ日本が決して豊かな時代ではなく紙も悪いし印刷も粗末だった時代です。でも、それでも少しでも読者に喜んでもらおうという工夫に満ちあふれているんですね。4色カラーや2色カラーのページはもちろんきれいですが、1色ページでもインクの色をページごとに変えたりして読者を楽しませたいという制作者側の気持ちがはっきりと出ています。
第2期に収録した『ナスビ女王』のある回では2色ページのトビラに4色カラーの絵が貼ってあるんです。これももちろんそのまま再現していますので、ぜひ手に取って見て当時の味わいや心の豊かさをそのまま感じていただきたいですね」
手塚マンガの復刻で苦労されたところはありますか?
「『手塚治虫トレジャーボックス』は原本の修正が大変でした。当時の週刊誌はインクの裏写りがひどいんです。こちらに修正前の原本と修正後のデータを並べたものがありますのでぜひ見くらべてみてください。
どこまでがマンガの線でどれが裏写りしている線なのか、黒い点はゴミなのかそうではないのか、線がかすれているのは印刷のかすれか効果としてそう描かれたものなのか。それらをひとつひとつ吟味しながら修正していくわけです」
うわあ、これを1ページ1ページ修正していくのは気が遠くなりそうな作業ですね。
「幸い、優秀な技術者におまかせしていますから仕上がりに心配はなかったのですが、時間は膨大にかかりましたね」
今後、予定されている手塚作品はありますか?
「まだ具体的には発表できないんですが、カラーをメインにした復刻本を企画していますのでご期待ください」
うわあ何だろう、楽しみです。樽本さん、ありがとうございました!!
さて、ここまでで3社の手塚マンガ復刻担当者に復刻にかける思いと苦労をお聞きしてきたが、最近の手塚マンガの復刻事情について、ぼくにはまだ知りたいことがあった。それらの疑問について再びお三方にコメントをいただこう。
ぜひ知りたかったことのひとつ、それはどの出版社がどの作品を出すかという振り分けについてだ。これはいつ、誰が提案しどのように決まっているのだろうか。
まずは国書刊行会の樽本周馬さんから。
「決定しているのはもちろん手塚プロダクションですが、振り分けというよりも、それほど各社で企画がかぶらない、という感じがします。
そんな中でうちは復刻専門の出版社として、他社さんが出さないようなマイナーな作品でかつ資料性の高いもの(カラーページや後の単行本で改変されたページがあるなど)を中心に企画しています。
『手塚治虫トレジャーボックス』は3巻とも小学館の『週刊少年サンデー』に連載された当時の人気作品ですから、本来ならば小学館クリエイティブさんがやるべき作品だと思うんです。それでもうちで出せたということは、手塚プロダクションと小学館クリエイティブの当時の担当者である
なるほど、そのあたりの出版社同士の横のつながりも興味深いですね!!
続いて小学館クリエイティブの日下宏介さんは、
「小学館クリエイティブが手塚マンガの復刻に本腰を入れ始めたのは2009年の『新寶島』からですので、当初は有名な作品でかつオリジナルの形で入手困難なもの、という基準で作品を探して手塚プロに企画を提案していたようです。
しかし復刻が軌道に乗ってきてからは視野を広げて『手塚治虫の創作ノートと初期作品集』や『手塚治虫アニメキャラクター設定画集』など未発表資料の発掘にも力を入れるようになりました」
『創作ノート〜』第2集では、ぼく(黒沢)も小冊子の解説記事を書かせていただきましたが、ものすごく貴重な資料で新たな発見がいくつもありました!! 創作ノートシリーズは本当に意義のある出版だったと思います。
そして復刊ドットコムの森遊机さんは……、
「『アトム』や『火の鳥』、『ブッダ』もそうですが、オリジナル版を復刻する意義があり、また、誰もが手を出さないエベレスト山のような、壮大なボリュームのものを手がけていきたいです。明らかに作業が困難で、リスクが高いと思われるものを、新しい工夫や技術で、一つ一つ突破していく喜び……。そういう気持ちは、自分の中で、パイオニアLDC時代から何ら変わっていないと思います。たまに、手塚プロさんから『これを出しませんか』と企画を提案される場合もあります。2009年に『手塚治虫 予告編マンガ大全集』という本を出したのですが、これは森晴路さんが前々から温めていた企画だったんです。でもあまりにマニアック過ぎるから、どこの出版社も手を挙げなかったみたいで、『森(遊机)さん、これ出してくださいよ』と何度もお願いされました。
ぼくも最初は『さすがに、これは売れないのでは……?』と言ってお断わりしてたんですが、森(晴路)さんがどうしても出したいと……、確かに手塚先生の予告マンガはどれも工夫があって面白いんです。単なる予告カットではなく、ちゃんとしたマンガになっているものも多い。それらが埋もれているのはもったいないと。それで、今後も他社では出さないだろうし、「それならうちがやるしかないか!」ということで、2000部完全限定という低いハードルで出版したんです。結果は、意外にも、あっという間に完売してしまいました」
ぼくもすぐに予約注文して買いました!!
さて今回のコラムもそろそろまとめに入るわけだけど、こうして各社が競うように毎月復刻本を出していると、いくら熱心な手塚ファンでもとても買い切れなくなってくる。正直、一部のファンからは「出し過ぎだ」という声も聞こえる。そして実際、ぼくも冒頭であれだけ持ち上げた『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』を全巻は持っていないのだ。だって、とても財布が持ちましぇーん(号泣)。
それについてもお三方から率直なご意見をいただいた。
復刊ドットコムの森遊机さんは、
「手塚先生の作品に限らずですが、近年、復刻が出過ぎだというのは、たしかに、ユーザーの立場からすれば同感ですね。ぼく自身もコレクターですから。これだけ各社が無作為にどんどん出していたら誰だって買えないですし、クオリティ・コントロールの面でも、やや心配があります。また、復刻というのは、ブームだからと安直に参入すると必ず壁に突き当たるという、ある意味で、大変こわい世界でもあります。
もちろん、ビジネスにはいろんなスタイルがあっていいとは思いますが、個人的には、1ページずつ、1コマずつ、編集者が校正ゲラに正面から向き合って、紙の向こう側にいる作者と“対話”してこそ、作品の中身、本質に深く入り込んだ復刻ができるのでは……と考えています。たとえば、手塚先生の場合、何本もの流線の描き始めの箇所に、ポツリと、点を一つ描く癖がある。最初はゴミかなと思っていましたが、違うんですね。だからそれを消してはいけない。そんなふうに、自らがやっているからこそ、わかってくることもいっぱいある。復刻作業の醍醐味とでも言いましょうか。
それで、これはまったくの笑い話ですが、旧い漫画の復刻を手がけていると、ひと月に、赤と緑のボールペンを3本ずつ使い切ってしまうんですよ。なぜ赤と緑かというと、赤は普通に校正(ゲラに修正の赤字を入れていく作業)に使い、緑は2色製版の朱赤がメインになったページの校正に、反対色として使うからなんですが、実は、もう一つ理由があります。毎月毎月、何百ページものゲラを、初校から念念校まで、合計4回くらいチェックしていると、赤いボールペンの色が、見るのも嫌になってくるんですよ。何かで気分を変えないと、作業がしんどい。だから、印刷所の現場の方々には迷惑な話なんですが、グリーンの、明るい色を使うことで、気分が少しだけ爽やかになる(笑)。そんなふうにして、一歩ずつ、エベレストに登っていく……。いや、きっとバカな話だと笑われるでしょうけど、復刻というジャンルの編集には、どうしても根気と精度を要求されますから、そうした自分なりの対処法があったほうがいいのかもしれませんね」
国書刊行会の樽本周馬さんは、
「復刻本が短期間に出過ぎだというのは理解しています。復刻本はどうしても高価になってしまいますから、読者にご負担をおかけしているのも申し訳なく思っています。しかし復刻というのはできるときにやっておかないと、タイミングを逃したら二度と復刻の機会は巡ってこないものなんです」
それは原本の入手が難しくなるとか、世の中のニーズがなくなって出せなくなるとか、そういう意味ですか?
「まさにその通りです。復刻というのは幻の作品をファンに届けるという意味のほかに、失われかけている作品をオリジナルに近い状態で後世に残すという意義もあるわけです」
最後に小学館クリエイティブの日下宏介さんは、
「うちは昨年、『GAMANGA BOOKS 火の鳥』全11巻という大作が完結してひと段落ついたので、今は焦らず次に出すべき企画をじっくり探っているところです。
そうした中、現在『手塚治虫デッサン集』と『手塚治虫アニメキャラクター設定画集』のアメリカ版を出す話が進んでいます。海外でも手塚マンガやアニメの研究が進んでいる中で、どちらも貴重な研究資料になるはずです」
それは素晴らしい! それを発展させて復刻本の海外版を出すというのもいいですね。歌舞伎にしても浮世絵にしても大衆芸術というのはそれが生まれて発展していった時代背景と切り離せないものですからね。海外の人にも手塚マンガを初出当時の状態で読んでもらえば、より正当な評価が得られるだろうし、そこから新たな発見があるかも知れません。日下さん、ぜひ企画してください!!
「わかりました、検討いたします(笑)」
今回は手塚マンガの復刻に取り組む3つの出版社の各社各様の思いや苦労をうかがってきました。皆さんはどのような感想をお持ちになられたでしょうか。
ぼくも長年出版業界で仕事をしているので、楽な作業ではないだろうな、というのは十分理解しているつもりでしたが、実際に話をうかがってみて、ここまで大変な作業だとは、正直驚きました。
さて次回は時間をぐぐっとさかのぼり1970年代へと飛びます。手塚マンガの復刻はいったいどのようにして始まったのか。次回も貴重な書影を見ながら復刻の歴史を振り返ってみたいと思います。お楽しみに!!
取材協力/復刊ドットコム、小学館クリエイティブ、国書刊行会(順不同・敬称略)
森遊机さんが編集を手がけた手塚治虫作品
パイオニアLDC
『手塚治虫美女画集 ロマネスク』 | 2002年10月 |
『手塚治虫SFヒーロー画集』 | 2002年10月 |
ジェネオン エンタテインメント
『リボンの騎士 少女クラブ カラー完全版』 | 2004年9月 |
『手塚治虫カラー秘蔵作品集』 | 2005年8月 |
『手塚治虫 予告編マンガ大全集』 | 2009年3月 |
『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』 ユニット1〜3 | 2009年9月〜2010年3月 |
復刊ドットコム
『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』 ユニット4〜7 | 2010年7月〜2011年4月 |
『火の鳥《オリジナル版》復刻大全集』 | 2011年6月〜2012年7月 |
『リボンの騎士 少女クラブ カラー完全版』 | 2012年11月 |
※2004年にジェネオン エンタテインメントから限定発売された本の新装復刊 | |
『ブラック・ジャック大全集』 | 2012年9月〜2013年11月 |
『ブッダ《オリジナル版》復刻大全集』 全10巻 | 2014年1月〜10月 |
『手塚治虫美女画集 ロマネスク [増補新装版]』 | 2014年9月 |
※2002年にジェネオン エンタテインメントから限定発売された本に新たなヒロインを追加した増補新装版 | |
『手塚治虫 復刻こども絵本』 全3巻 | 2014年10月〜2015年2月予定 |
※森遊机氏とは別担当者の作品 | |
『長編冒険漫画 鉄腕アトム [1956-57・復刻版]』 全3巻 | 2014年12月〜2015年4月予定 |
小学館クリエイティブの手塚治虫作品
『おもしろブック版 ライオンブックス』 全2巻 | 2008年3月〜5月 |
『花とあらくれ』 | 2008年7月 |
『新寶島』豪華限定版 | 2009年3月 |
『新寶島』 | 2009年3月 |
『漫画少年版 ジャングル大帝』豪華限定版(2冊函入り) | 2009年12月 |
『漫画少年版 ジャングル大帝』普及版 全2巻 | 2010年3月 |
『黄金都市』(原作・手塚治虫、作画・横山光輝) | 2010年6月 |
『手塚治虫 漫画教室』 | 2010年11月 |
『手塚治虫創作ノートと初期作品集』 | 2010年12月 |
『少年サンデー版 0マン 限定BOX』 | 2011年5月 |
『手塚治虫SF三部作完全復刻版と創作ノート』 | 2011年9月 |
『ロック冒険記 限定BOX』 | 2011年10月 |
『初期名作完全復刻BOX』 全2巻 | 2011年11月〜12月 |
『手塚治虫創作ノートと初期作品集2』 | 2012年1月 |
『少年サンデー版 キャプテンKen 限定BOX』 | 2012年2月 |
『少年サンデー版 白いパイロット 限定BOX』 | 2012年3月 |
『少年サンデー版 勇者ダン 限定BOX』 | 2012年4月 |
『GAMANGA BOOKS 三つ目がとおる』 全10巻 | 2012年5月〜8月 |
『手塚治虫レアコレクション -東光堂作品集』 | 2012年6月 |
『カラー版鉄腕アトム限定BOX』 全5巻 | 2012年6月〜10月 |
『少年サンデー版スリル博士 限定BOX』 | 2013年2月 |
『手塚治虫デッサン集』 | 2013年5月 |
『手塚治虫創作ノートと初期作品 新発見編』 | 2013年6月 |
『GAMANGA BOOKS 火の鳥』 全11巻 | 2013年11月〜2014年4月 |
『手塚治虫アニメキャラクター設定画集』 | 2014年2月 |
国書刊行会の手塚治虫作品
『(別冊)付録漫画傑作選』 | 1985年3月 |
※手塚治虫の『38度線上の怪物』を収録 | |
手塚治虫オリジナル版復刻シリーズ第1期 全3巻 | |
『冒険狂時代・ピピちゃん』 | 2009年10月 |
『サボテン君+快傑シラノ』 | 2009年12月 |
『ケン1探偵長』 | 2010年2月 |
手塚治虫オリジナル版復刻シリーズ第2期 全3巻 | |
『旋風Z・ハリケーンZ』 | 2010年10月 |
『銀河少年 -手塚治虫少年漫画作品集』 | 2010年12月 |
『ナスビ女王 -手塚治虫少女漫画作品集』 | 2011年2月 |
手塚治虫トレジャー・ボックス 全3巻 | |
『W3 ワンダースリー』 | 2012年3月 |
『バンパイヤ』 | 2012年8月 |
『どろろ』 | 2013年3月 |
『フィルムは生きている』 | 2014年6月 |