虫ん坊 2010年1月号 トップ特集1特集2オススメデゴンス!コラム投稿編集後記

コラム:虫さんぽ 第12回:神奈川県鎌倉・河童と大イチョウとフクちゃんに会いに行こう!

コラム:虫さんぽ 第12回:神奈川県鎌倉・河童と大イチョウとフクちゃんに会いに行こう!

今回の虫さんぽは、鎌倉だっ! 鎌倉といえば歴史の町であり寺と神社の町である。また昔から多くの文豪に愛された文学の町としても有名だ。ここに暮らしたことのある作家には、川端康成かわばたやすなり芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ夏目漱石なつめそうせきなど、そうそうたる名前が並ぶ。だけどここが実は漫画にもゆかりが深い町だったってコトを知ってましたか? 今回はそんな漫画の町鎌倉に手塚先生の足跡を訪ねます!!



◎ 古木の倒壊で思い出す手塚マンガは……

 今回の散歩はJR横須賀線鎌倉駅よこすかせんかまくらえきからスタートだ。この日はあいにく曇りで午後から雨の予報だったけど、雨の鎌倉散歩も風流でいいじゃないか、ということでいざ出発!!
 東口を出ると、すぐ目の前が、細い路地におみやげ屋さんや食べ物屋さんがひしめく小町通りである。「鎌倉へ来るのも久しぶりだなァ〜」なんて観光客気分でお店を冷やかしていたら、いつの間にか女子高生の大群に取り囲まれていた。どうやら修学旅行生らしい。そういえば平日だというのに、けっこうな人出である。

 

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今回の散歩は鎌倉駅東口からスタート。駅舎の屋根の時計塔が目をひくが、これは旧駅舎にあった時計塔を模したものだ。そのオリジナルの時計塔は、現在は西口駅前の広場に移築して保存されている

 

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小町通りは平日なのにこの賑わい! 街角に立って観光客に熱い視線を送っている日焼けしたイケメンのお兄さんたちは、観光人力車の車夫だ


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鶴岡八幡宮。石段の左横のしめ縄で囲まれた部分が大イチョウが立っていた場所。折れた木は根元だけを残して高さ4メートルの部分で切断し、向かって左横に移植された。この幹の方からもひこばえが芽吹いているのがわかる

 風流とはほど遠い雰囲気で、もみくちゃにされながらなんとか大通りへ出て、まずは鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうへお参りに行く。
  本殿へ向かう長い石段の向かって左横に、しめ縄で囲まれた一角があり、その前に人が集まっている。今年2010年3月10日、ここに立っていた樹齢1000年といわれる大イチョウが強風で根本からポッキリと折れて倒れてしまった。当時、ニュースでも大きく報じられたのでご記憶の方も多いだろう。
  あれからどうなったのか。なんと折れた木の根元からは“ひこばえ(新芽)”が元気よく芽吹めぶいており、大イチョウの命が確実に次の世代に受け継がれたことを示していた。地元の人たちもホッと胸をなでおろしたことでしょう。


 ところで古木の倒壊といえば、手塚ファンなら『陽だまりの樹』を思い出す人もいるかも知れない。『陽だまりの樹』の中で、水戸学者・藤田東湖ふじたとうこの家の庭に立つ桜の古木が、安政の大地震で倒壊するシーンがあった。手塚先生はこの桜の古木に、崩壊へと向かいつつある江戸幕府の行く末を重ねて描き、印象的な場面になっておりました。


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『陽だまりの樹』の藤田東湖と桜の老木のエピソード。講談社版全集では第327巻『陽だまりの樹』第2巻に収録されている


 また中編『アリと巨人』や短編『モモンガのムサ』にも、それぞれクスノキの古木が重要な役割をになって登場していた。手塚マンガにおいてはこうした植物も、物語を描く上で欠かせない大切なキャラクターなんですね。

 

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『アリと巨人』(1961年)。ある田舎の辻に立つクスノキの老木が人間たちのいとなみを見守っている。講談社版全集では第72巻『アリと巨人』に収録

 

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『モモンガのムサ』(1971年)。樹齢1200年の老木と、そこに生きるモモンガの物語。講談社版全集では第62巻『ライオンブックス』第2巻に収録


◎ 神社の境内けいだいにアトム河童がいる!?

 さて、次は鶴岡八幡宮を出てすぐの県道204号線を左へと向かう。細い路地を入って7〜8分ほど歩くと見えてくるのが荏柄天神社えがらてんじんしゃだ。創建は、源頼朝みなもとのよりともが鎌倉幕府を開くより前の1104年(長治ちょうじ元年)と伝えられる古い神社である。
 ここの境内には高さ3メートル、直径1メートルというブロンズ製の大きな絵筆塚がまつられていて、その表面には、何十人もの漫画家による河童をモチーフにした絵が並んでいる。そしてその中には我らが手塚先生が描いたアトム河童の絵もあるのだ!!


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荏柄天神社。この本殿は国の重要文化財に指定されている。菅原道真すがわらのみちざね公を祀り、現在は、学問の神、正直者・努力をする者を助ける神、厄払いの神として知られる。開門時間 8:30〜16:30、問い合わせ 0467-25-1772


 いったいどんないわれでここに絵筆塚がまつられているのか。荏柄天神社の権禰宜ごんねぎである安藤孝史あんどうたかしさんにお話をうかがった。

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絵筆塚は本堂横の小高くなったところに立っている。ここに河童絵を寄せている漫画家のヒサクニヒコ氏に電話で取材したところ、イラストはハガキに書いて送ったということだ

「この絵筆塚が建立されたのは1989年の10月ですが、漫画家さんと当社とのご縁は、さらに昔にさかのぼります。長く鎌倉にお住まいで河童の漫画を描き続けておられた漫画家の清水崑しみずこん先生が、1971年に長年愛用した絵筆を当社に奉納ほうのうされて、かっぱ筆塚を建立こんりゅうされたんです」
 そのかっぱ筆塚というのが、絵筆塚の手前に、しめ縄を巻いて祀られているおにぎりのような形の石だ。40年近く風雨にさらされて表面が削られ、ちょっと目を凝らしてみないと分かりにくいけど、確かに清水崑氏の河童の絵が刻まれている。
 引き続き、安藤さんのお話。「その後、昭和49年に清水先生が亡くなられまして、鎌倉にお住まいの漫画家・横山隆一よこやまりゅういち先生と、同じく漫画家の小島功こじまこお先生が発起人ほっきにんとなって、清水先生の遺志をくんで新たな絵筆塚を建立しようという話が持ち上がったんです。それに漫画家協会も賛同してくださり、協会に所属する漫画家の先生方が絵を寄せてくださって絵筆塚が完成しました」


 以来、荏柄天神社では毎年10月の日曜日に絵筆塚祭というお祭りを行っていて、今年2010年の絵筆塚祭は10月10日に開かれる。つまりこの記事を公開直後に読まれた方ならまだ間に合う! ぜひこの機会に秋の鎌倉を散策しつつ、アトム河童を見に行かれてはいかがだろう。

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手塚先生の描いたアトム河童のプレート(左)とその元絵。絵筆塚のどこに貼られているかは実際に行って探してみてください。また手塚先生のほかに、藤子・F・不二雄ふじこ・F・ふじお藤子不二雄AふじこふじおA両先生や、石ノ森章太郎いしのもりしょうたろう先生などなど……どんな人の絵があるか、いつまで見ていても飽きない


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1989年8月、絵筆塚が境内に運び込まれたときの様子。重さが800キログラムもあり、搬入も設置もかなり大変だったということだ(画像提供/荏柄天神社)

 ところで冒頭にこの日は雨の予報だと書いたけど、ちょうど荏柄天神社の鳥居とりいをくぐったあたりから、いきなり本降りの雨となってしまった。そのため、ずぶ濡れになりながらの取材となったが、権禰宜の安藤さんはひとこと。「きっと河童が歓迎してくれたんでしょう」と。いやはや手厳しい歓迎ではありました(笑)。


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かっぱ筆塚(左)とその拓本。奥多摩産の自然石が使われており、てっぺんにくぼみがあって、雨が降ると、そこに河童のように水がたまる。裏側の「かっぱ筆塚」という文字は鎌倉在住で清水崑氏らとも親交のあったノーベル賞作家・川端康成氏によるものだ。(拓本の画像提供/荏柄天神社)


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写真(左)今年2010年の絵筆塚祭は10月9日〜10日の両日にわたって行われる。境内には漫画絵の入った行灯がおよそ100灯ともされ、10日の午後1時からは筆供養などの神事がとりおこなわれる。写真は過去の絵筆塚祭の様子(画像提供/荏柄天神社)。
写真(右)毎年、絵筆塚祭の記念品として作られる、漫画絵入りの扇子。寄付をした方などに配布される非売品だ


◎ 車で来る場合はパーク&レールライドがおすすめ

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海水浴シーズンをはずれた雨の由比ヶ浜は、人影も少なくひっそりとしていた。ここで「♪今はもう秋〜」と口ずさんだ人はぼくと同世代

 雨も小降りになってきたので、ここで少し足をのばして海まで出てみることにした。鶴岡八幡宮の前の若宮大路わかみやおおじをまっすぐ下ると由比ヶ浜ゆいがはまだ。かつては青春ドラマの舞台としてたびたび登場した場所で、ぼくらの世代はここへ来るとつい「バカヤロー!」とか「おれは男だーっ!!」などと叫んで走り出したくなってくるんだけど、それはやめておいた(笑)。
 ちなみに今回の虫さんぽもそうだけど、鎌倉の観光スポットはけっこう距離をおいて点在しているので、効率よく回るにはレンタサイクルショップで自転車を借りるのもひとつの手だ。坂道が多いので電動自転車ならモアベターである。また車で来る場合は、若宮大路沿いの駐車場はすぐに満車になってしまうから事前に裏道の駐車場をチェックしておこう。観光のハイシーズンにはそれでも混雑するので、由比ヶ浜や七里ヶ浜の駐車場に車を駐めてパーク&レールライドを利用するのもいい。


◎ 虫さんぽの目的地がスターバックス?

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ギャラリーヨコのエントランス。正面奥に見えるユニークな形の鉄柵は横山隆一氏のデザインによるもの。ギャラリーヨコ 営業時間水〜日曜11:00〜18:00(月、火休館)。問い合せ 0647-22-2418

 潮風を浴びて気分がリフレッシュしたところで鎌倉駅方面へ戻り、こんどは西口へと向かう。駅前の道を250メートルほど歩くと、右側に『ギャラリーヨコ』という小さなギャラリーと、一風変わった外観のスターバックスコーヒーが仲良く並んで建っているのが見えてくる。
 実はここはかつて『フクちゃん』で知られる漫画家の横山隆一先生の私邸と仕事場があった場所だ。横山先生が健在だったころ、毎年春にここで漫画集団の仲間を招いてお花見会が開かれ、そこに手塚先生も参加されていたという。漫画集団というのは昭和7年に結成された歴史ある漫画家の集まりである。詳しくは虫さんぽ第10回の銀座編を参照していただきたい。


 さて、その横山邸のお花見会について、今回は、横山隆一先生の三女で、ご自身も画家・さし絵画家として活躍されている横山ふさ子よこやまふさこさんに、ギャラリーヨコでお話をお聞かせいただいた。

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横山ふさ子さん。取材当日は、ギャラリーヨコで、ふさ子さんの「犬」をテーマとした絵の展覧会が開かれていた

「父・隆一が最初に鎌倉に家を借りたのは、戦前の昭和12年ごろだったと聞いてます。その後、昭和24年にこの土地を買って家を建てました。今のスターバックスのところに母屋おもやがありまして、このギャラリーの場所には父の仕事部屋がありました」
 かつて横山先生が仕事をされていたという場所から中庭を見下ろすと、桜の木と藤棚ふじだなに囲まれたプールが見える。ふさ子さんによれば、このプールや桜の木は当時のままだという。
「父がこのプールを作ったのは昭和34年です。当時、父は『おとぎプロ』というアニメーションの製作会社を主宰しゅさいしておりましてね。夏になると撮影の照明でものすごく暑くなるんだそうです。それでみなさん総出で穴を掘って、およそ1ヶ月で作ったそうです(笑)。そのメンバーの中には鈴木伸一さん(現・杉並アニメーションミュージアム館長)もおられました」
 コンクリートはプロに打ってもらったにしても、穴掘りは横山先生たちがやったなんて、このプールにもマンガとアニメの歴史が詰まっているんですね。


◎ 漫画家・横山隆一邸でのお花見会

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ふさ子さんの著書『えとじのたまごとじ』(フレーベル館)

 引き続きふさ子さんのお話。
「お花見会は、私が物心ついたころにはもうやっておりました。最初は新年会だったそうですが、だんだん年配の方が増えてきたので冬にお招きするのは心苦しいということで、昭和30年ごろからお花見会に変えたそうです。
 手塚先生はお忙しいでしょうに、ほとんど毎年出席されていましたね。私は子どものころ、手塚マンガの大ファンでしたから、手塚先生が来てくださるのがとてもうれしかったのを覚えています。
 それでそのとき驚いたのは、手塚先生がうちの父に対してとても礼儀正しく接してくださっていたことです。私はそれを見て「あの手塚先生が父を立ててくださるなんて、父はすごい人なんだと、あらためて父を尊敬するようになったんです(笑)」


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横山隆一先生の自伝『わが遊戯的人生』(日本図書センター)と、代表作『フクちゃん』のカット ※カットは『現代漫画 横山隆一集』(筑摩書房)より引用


 この土地にスターバックスコーヒーとギャラリーヨコがオープンしたのは2005年10月である。
「2001年11月に父が亡くなって、その後も私はここに住んでいたんですが、ときどき、お庭を見せて欲しいという方がおりましてね。それで、コーヒー店なら誰でも気軽に立ち寄ってお庭を見ていただけるのではないかと思いまして、知り合いのスターバックスの方に相談をしたんです。お貸しする話が決まってからは、この場所の特徴が生かせるようにしようと、うちが建築チームに依頼をしてあの建物を建てました」

◎ 行列のできるプール側テラス

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スターバックスのテラスから見たプール。青々とした木々に囲まれた心なごむ風景だ。プールの奥の柵の向こう側には、所有者は変わっているが、かつておとぎプロのスタジオだった建物が今もある

 ということで、ここでふさ子さんとお別れして、スターバックスへと向かった。案内してくれたのは、スターバックスコーヒージャパンPR担当の西垣友裕にしがきともひろさんだ。


「この横山隆一先生宅跡に作られた「鎌倉御成町店」は通常の店舗とはひと味違ったコンセプトストアのひとつで、鎌倉という土地柄や景観が最大限に生かされている店舗だと思っています。傾斜した長い屋根が特徴ですが、これは建築家の方が、後ろにある山の稜線りょうせんと調和するように考えたデザインだということです。特にプールが見える中庭側のテラス席は人気でして、天気のいい日には、そこへ座るための順番待ちの列ができるほどです。平日は地元の方たち、休日は観光客の方たちにご利用いただいています」

 

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スターバックスコーヒー鎌倉御成町店。営業時間 8:00〜21:00、定休日 不定休、問い合せ 0467-61-2161

 

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スターバックスの皆さん。右からマーケティング本部の西垣友裕にしがきともひろさん、鎌倉御成町店ストアマネージャーの鯨岡亜矢子くじらおかあやこさん、鎌倉御成町店スタッフのおふたり


 かつて漫画家たちの笑い声であふれた場所に、今は毎日たくさんの人が訪れ、コーヒーの香りとともに、中庭に移ろいゆく季節の景観を楽しんでいる。横山先生や手塚先生もきっと喜んでおられることでしょうね!
 ではまた次回の散歩でお会いいたしましょう!!


(今回の虫さんぽ、6時間55分、6451歩)



取材協力/荏柄天神社、ヒサクニヒコ、横山ふさ子、ギャラリーヨコスターバックスコーヒージャパン(株)(順不同・敬称略)


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黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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