今回の虫さんぽは、高田馬場と並ぶ手塚治虫ファンの聖地、埼玉県新座市を歩きます! 新座には1986年に完成した手塚プロ新座スタジオがある。虫さんぽでも当然いつか行くことは決めておりました。が! この連載が始まって丸4年、今まで「あえて」行かずにいたのです。何しろとっておきの場所ですから! しかし「新座を歩いてほしい」というリクエストの声と「もったいぶらずに早く行け」というお叱りの言葉は日に日に高まり、今回ついにその新座を歩くことにしたのです。さんさんと降りそそぐ強烈な初夏の紫外線を浴びながら、新座さんぽ、いざスタートです! いや〜んお肌がシミになっちゃウ〜ッ!!
平日の午後、ぼくはJR武蔵野線に揺られて埼玉県の新座駅へ降り立った。この日は蒸し暑い日だったけど、ホームに沿って涼しい風がサーッと吹き抜けた。今日も楽しい散歩になりそうだぜ〜〜〜っ!!
よし、さっそく改札を出て散歩を始めよう……と思ったあなた、ちょっと待ったーーっ! あわててはいけません。今回の虫さんぽは電車を降りた瞬間からもう始まっているのです。
まずは電車を降りたらほんの少しだけ足を止めて、駅のホームのスピーカーに耳をかたむけてください。人の乗り降りが済んで電車が発車する直前、スピーカーから流れ出したのは、そう! 誰もが知っている『鉄腕アトム』のメロディ!! ここ新座駅の発車チャイム音は『鉄腕アトム』のメロディなのです。
新座駅の発車チャイムに『鉄腕アトム』のメロディが使われるようになったのは2004年4月11日から。この前年の2003年にアトムが新座市に特別住民登録され、その一周年を記念して発車メロディが『アトム』になったのだそうだ。ちなみにアトムの特別住民登録については、あとで詳しく紹介しますね。
さて『アトム』の発車メロディといえば、虫さんぽ第1回「高田馬場(前編)」と第2回「高田馬場(後編)」編で歩いた手塚プロ本社のあるJR山手線高田馬場駅もそうでしたよね。
しかし新座駅の発車チャイムは上下線とも高田馬場駅とはまた違うアレンジがされているので、ここは自動販売機で缶ジュースでも買って、ゆっくりと上下線の発車メロディを聴いてから改札口を出ましょう。
新座駅の改札をぬけたら左に折れて南口へ出よう。国道254号線・川越街道へ出たら東へ向かって歩く。
川越街道の歩道を7〜8分ほど東へ歩くと、手塚プロ新座スタジオへと向かう横道があらわれる。だけどここへ向かう前に行きたい場所があるので、この路地はひとまず通過する。
さらにしばらく歩くと大型ディスカウントスーパー「ドン・キホーテ」が見えてくる。この角を右折、新座市役所のある交差点を左折して300メートルほど歩くと、左側にグレーのカステラのような形をした3階建ての建物が見えてきた。
今回ふたつ目の目的地がここ「新座市商工会館」なのだ! 新座駅からは、のんびり歩いておよそ30〜40分ほど。散歩にはちょうどいい距離だけど、途中に日陰や休憩できる公園などはないので、これからの季節に歩く場合は、熱中症対策には充分注意してくださいね。
「新座市商工会館」の正面玄関を入ると、目にまず飛び込んできたのは、おお〜〜〜っ! 力強くガッツポーズをしたほぼ等身大の鉄腕アトムの立像ではないか!! 「アトムく〜〜〜ん、さっき駅できみのテーマソングを聴いてきましたよ〜〜っ!」
さらにそのまま左を向いてカウンターの一角に目をやると、そこには手塚グッズの販売コーナーがあった!! ええっ、このアトムのステッカー、見たことないんですけど……これって新座市限定のオリジナル商品なの? マジですか!? うおお〜〜っ!!
──と、建物に入るなり騒ぎ出した不審者なぼくの前に、奥から3人の男性が現れた。ああっ、ごめんなさい!!
思わず謝ってしまったが、3人はニコニコとやさしい笑顔をたたえており、どうやらぼくを拉致ろうという意図はないようだ。
それもそのはず、出迎えてくださったのは新座市商工会の皆さんなのだった。
そうなのだ。玄関でアトムくんと出会って舞い上がり、すっかり目的を忘れかけていたが、ぼくは手塚先生と新座市との関わりについて話をうかがうためにここを訪れたのだった。
ということで、あらためてごあいさつをさせていただいた。今回お話をきかせてくださったのは、新座市商工会の事務局長・山野辺範一(やまのべのりかず)さん、副会長・金子和男(かねこかずお)さん、経営支援課課長補佐の梶原淳(かじはらあつし)さんの3人である。皆さん、よろしくお願いします!!
まずは金子和男さんから、新座市と手塚先生とのご縁について話をお聞きした。
「手塚先生と新座市とのご縁の始まりは、1986年の4月に、現在の場所に手塚プロ新座スタジオが建った時からですね。
その前の年まで、あのビルはずっと空き屋になっていたんです。それが年明けごろから工事の人が入って改装が始まりまして。「何かの会社が入るんだな」と思って見ていたら、ある日突然、建物の外壁に鉄腕アトムの看板が掲げられたんです。
それで初めて、あの建物がマンガ家の手塚治虫先生の仕事場になると知ったんです」
やっぱり驚きましたか?
「そりゃあ驚きましたよ。それにうれしかったですね。『鉄腕アトム』はわたしも夢中で見てましたから、その先生がこの街へくることになったんですから」
そこから手塚プロとの交流が始まったわけですね。
「1986年当時、わたしは新座市商工会青年部の副部長をしていまして、この年がちょうど商工会青年部の設立15周年の年だったものですから、記念事業のひとつとして手塚先生に講演をお願いできないかと、手塚プロへ相談にうかがったんです」
講演は実現したんですか?
「それが……手塚プロさんからは大変前向きなお返事をいただいたんですが、「日程についてはしばらく待ってほしい」ということで具体的なスケジュールはすぐには出していただけなかったんです。そうこうするうちに年末になってしまいまして、そこで初めて手塚先生がお体の具合が悪いということをお聞きしたんです」
そのころは手塚先生はご病気で入退院をくりかえされていたころでしたね……。
「そうなんです。でも当時は我われは、そんなことはまったく知りませんでしたから、講演の日程が決まらないのも、手塚先生がものすごくお忙しいからだろうと思っていました」
その後はどうなったんですか?
「結局、講演の話はそのまま流れてしまいましたが、平成元年(1989年)の市民まつりからは、手塚プロさんに全面的なご協力をいただくようになったんです」
市民まつりですか!
「新座市では毎年秋に商工会が中心になって市民まつりを開催しているんですが、平成元年の市民まつりのとき、手塚プロさんから大量のセル画やアニメの原画をプレゼント用に提供していただいたんです」
うおお、それはすごいですね!
「ありがたかったですね。もちろんまつりは大いに盛り上がりましたよ。この商工会館の2階に手塚プロの展示スペースを設けまして、そこにセル画や原画の展示をしたり、イベントを行いまして。これは以後、毎年やっています」
手塚プロとの交流で忘れられない思い出はありますか? という質問には事務局長の山野辺範一さんが答えてくださった。
「それはもう2003年4月のアトム誕生のときですね! 鉄腕アトムの誕生日はマンガの中で2003年4月7日と設定されていますが、新座市でもそれにちなんで大々的なイベントを行ったんです。
中でも最大の目玉は、新座市がアトムに特別住民票を発行したことですね」
ああ、確かに当時、ニュースでも大きく報じられましたね!
「そうなんです。しかし実現まではかなり大変な道のりでした。何しろ当時はマンガやアニメのキャラクターに住民票を発行するなんて、まったく前例のないことでしたから」
たしかに、今でこそ埼玉県の春日部市が『クレヨンしんちゃん』のしんちゃんに住民票を発行したり、兵庫県宝塚市が『リボンの騎士』のサファイアに住民票を出したりしていますけどねー。それでその関門をどうやって突破したんですか?
「最終的には、当時から現在まで市長を務めている須田健治氏の決断で決まりました」
それでもう心配はなくなったわけですね!
「ところが、じつはもうひとつ大きな問題がありまして……」
山野辺さん、問題って、いったい何ですか!?
「アトムはマンガの中では高田馬場の科学省で生まれたという設定になっているんです。だとすると住民登録も高田馬場なんじゃないかという話が出まして……。それに手塚プロの本社は現在も高田馬場にありますし」
たしかにそうですね。新宿区が「住民票はうちが出す」とか言い出したら勝てないかも知れませんね。
「そうなんです。でも須田市長は「生まれは高田馬場だが、アニメやマンガを製作するスタジオは新座市にあるんだから、現住所は新座市である」として押し切りました(笑)」
押し切りましたか(笑)!
「はい。ただそれを手塚プロさんが認めてくださるかどうかは分かりませんでしたから、最終的にOKという返事をいただいたときには、われわれ一同、うれしくて飛び上がりましたよ」
それで当時のあの大々的なニュースになったわけですね。
「4月7日に市役所で交付式をやったときは、ものすごい数の報道陣が集まりました。
またこのときは、われわれもアトムの等身大の立て看板を100枚くらい作ったり、路線バスの側面に大きなステッカーを貼ったりして、町を挙げてのお祭り騒ぎとなりました」
ところで山野辺さん、現在は市民まつりだけでなく、新座市と手塚プロとが、さまざまな企画やイベントを共同で行っているそうですね。
「そうなんです。そのひとつが「アトム通貨」です。アトム通貨というのは、高田馬場が最初にはじめた地域通貨というもので、ボランティアなどをした人に配られ、加盟店でお金として使えるというものです。
新座市ではこのアトム通貨を2010年から始めまして、今年で4年目となります。加盟店は新座市全域で160店舗以上(2013年4月1日現在)あります。今年は初めて500馬力の高額アトム通貨も発行しますよ」
その後、金子さんと梶原さんの案内で、ぼくは商工会館近くのアトム通貨加盟店を何店かご紹介いただいた。
みなさんと話をしていると、お店の方たち全員が地元新座市を愛していらっしゃるご様子がよくわかり、みんなで新座市を盛り上げていこうという意気込みがひしひしと感じられました。
商工会のみなさん、新座市のみなさん、ありがとうございます!!
ここで新座市商工会の方々とお別れし、ぼくはひとりで今回の散歩のゴール「手塚プロダクション 新座スタジオ」へと向かった。
新座市商工会館から手塚プロへは、商工会館前の道をまっすぐ歩いて行けば最短距離だけど、この道は途中から歩道がなくなり、細くて交通量の多い道になる。なので、徒歩の場合は、できればいったん川越街道へ戻って釣具屋の角から路地へ入る方が安全です。ぼくも今回はそのように歩きました。
さて、いよいよ手塚プロ 新座スタジオに到着だっ! 現在、周りにはごく普通の住宅がたくさん建ち並んでいるが、手塚プロがここにスタジオを構えた1986年当時は、周りはほとんどが空き地と雑木林だったそうである。
ところで当時、手塚先生が手狭になった高田馬場の仕事場を郊外へ移転させるべく、その候補地を埼玉県の飯能市にまで広げていたということは、かつてこの虫さんぽ第6回「飯能さんぽ」でもご紹介いたしました。
そして最終的には、自宅と本社とを行き来する利便性から、新座市の現在の場所に決まったのである。
現在、手塚プロ本社は高田馬場にあり、ここ新座スタジオではアニメやマンガの製作、そして資料の保管・管理などがおこなわれている。また、手塚先生が最後の仕事場とされた部屋は当時のままの状態で保存されている。
残念ながら一般見学は受け付けていないそうなので、みなさんが散歩をされる際は、ご近所の迷惑にならない範囲で、建物の前で記念撮影などしてみるといいでしょう!
それでは今回もおつきあいくださいましてありがとうございます。新座市にはまだご紹介し切れていない手塚スポットもありますので、それはまたの機会に!! ではまた次の散歩でお会いいたしましょう!!