東京湾岸に今年開通した新東京名所・東京ゲートブリッジ! そのたもとに鉄腕アトムの絵の付いたでーっかい風車があるって知ってた!? 今回はそのアトム風車をはじめ、東京湾岸に点在する手塚スポットを巡ります。東京湾の心地良い潮風を頬に感じながら歩く今回の虫さんぽ、あなたにもきっと新しい出会いと発見がありますよ!!
皆さんお元気ですか、毎日暑いですねーっ! って、これを書いている時点では公開時の気温は分からないわけですが、まあこれは時候の挨拶ですから軽くスルーして、さっそく散歩に出かけましょう!
今回の散歩の出発点は、東京湾に面した新木場駅である。ここはJR京葉線、東京メトロ有楽町線、東京臨海高速鉄道りんかい線の3線が乗り入れている交通至便な駅だ。
だけどほんの10数年前までは、ここを降りてもなーんもないだだっ広い埋め立て地が広がっていただけの場所だった。それが今年からは東京ゲートブリッジができたので、その最寄り駅ということで、にわかに注目が集まっている。ま、駅前になーんもないのは昔と同じだが(笑)。
それでは、さっそく出発しよう。まず向かうのは若洲海浜公園である。若洲海浜公園にはアトム風車と呼ばれる風車があるという。いったいどんな風車なのか。
新木場駅から公園までの距離はおよそ4km。徒歩で約1時間の道のりだ。ただし途中に日陰はないし、夏に歩くのはかなりキツいので、厳しいと思ったら無理せずにバスを利用しよう。
バスの場合、新木場駅前から都バス11系統「若洲キャンプ場行き」に乗って「若洲キャンプ場前」で下車する。バスなら所要時間約15分だ。ただしバスの本数は昼間だと1時間に1本程度しかないから、事前に都営バスのホームページなどで運行時間をチェックしておこう。
また公園でお昼を食べようと考えている人は、駅近くのコンビニでお弁当などを用意しておくべし。公園にはフランクフルトなどの出店があるだけで、パンもお弁当も売ってないし近くにコンビニもないから要注意である。それから水筒の準備があればベストだが、ない場合はペットボトル飲料などで水分補給を忘れずに!
ということで駅を出て、埋め立て地を南へ向かってテクテク歩き出すと、左側に見えてくるのが東京ヘリポートである。
東京ヘリポートは東京都が運営している広大なヘリコプター基地だ。ここには新聞社の報道ヘリなどがたくさん待機している。都内近郊で事件などがあって記者が空から中継放送をしている場合、だいたいがここから飛び立ったヘリである。また遊覧飛行もやっていて、ぼくも10年ほど前、ここからヘリに乗って東京湾一周の遊覧飛行をしたことがある。
「そうだ、今回もヘリコプターで空から虫さんぽなんてどうですか!?」と手塚プロのプロデューサーIさんに提案したところ「いいですよ」という返事。やったー!! と思ったら「ただし自腹でどうぞ」だって。ガクッ。
と、ムダ話をしている間に、前方に悠然と回転する巨大風車が見えてきた。これこそが今回、最初に目ざす手塚スポット・アトム風車である!
ようやく若洲海浜公園に到着した。風車は公園の敷地内に立っていて、そのすぐ真下まで行くことができる。近づいてみると風車は思っていたよりはるかに大きい! そしてその柱にはアトムや火の鳥、どろろ、BJ、メルモなど手塚キャラの人気者の絵がカラーで描かれていた。
それにしてもなんでここに手塚キャラの描かれた風車があるの?
それについてはぼくも知らなかったので、別の日にしっかり取材をしてきましたので、皆さんにもご報告しますね。
取材にお答えくださったのは、江東区が運営する環境学習施設「えこっくる江東」の
伊東さん、そもそもどうして若洲海浜公園に風車が立っているんですか?
「あの風車は正確には「若洲風力発電施設」と言いまして、風の力で風車を廻して電気を起こす発電施設なんです。
江東区は海に面しているため年間を通して豊かな風量があり、埋め立て地の広大な敷地もありますから、風力発電にはもともと最適な立地だったんですね。それで江東区として地球環境問題を考えるための環境配慮のシンボルとしてあの風車を建設することになったんです。
風車が完成してその式典が行われたのは平成16年の3月26日です。
風車で発電した電気は100%東京電力に売電しています」
ではどうしてそこに手塚マンガのキャラクターが描かれることになったんですか?
「ただ風車を立てただけでは誰にも注目していただけませんから、風車を環境配慮のシンボルとしてより意味のある施設にしようということですね。手塚先生は生前、環境問題に深い関心を寄せておられましたので、あの風車の意義を表すのには手塚マンガがもっともふさわしいということで決まりました」
なるほど、疑問が解けました。伊東さん、貴重なお話ありがとうございます!!
ちなみにこの「えこっくる江東」には、手塚キャラの入った風車のパンフレットが置かれていて無料でもらうことができる。お時間のある方は、さんぽのついでにぜひここへも立ち寄ってみるといいですよ!!
さて若洲の風車に戻ろう。まずは「えこっくる江東」でいただいたパンフレットからこの風車のスペックを紹介しよう。
風車はドイツのノルデックス社製のもので、高さは地上からプロペラの最上部まででジャスト100メートル。年間想定発電量350万kw。これは一般家庭のおよそ1,000世帯分に相当するということだ。
プロペラの軸が固定されているヘッドの部分(ナセルというらしい)にはモーターが内蔵されていて、風の向きに合わせてここが自動的に首振りをして、プロペラが常に最適の向きになるよう制御されている。
風車の周りには風力発電や風にまつわるさまざまなことが学べるパネルが立っていて、そこにもいろんな手塚キャラが描かれているのでぜひチェックしよう。
そしてせっかくココまで来たんだから、手塚スポットではないけど、ぜひ立ち寄りたいのが冒頭でも触れた東京の新名所「東京ゲートブリッジ」だ。
東京ゲートブリッジは今年2012年2月12日に開通した江東区若洲と中央防波堤埋立地とを結ぶ全長2,618mの長い橋だ。真横から見ると2匹の恐竜が向かい合っているような形に見えることから、早くも「恐竜橋」という愛称が付けられた。
この東京ゲートブリッジは東京港臨海道路という一般道路の一部なので、車は無料で通行可能。そしてアトム風車のある若洲海浜公園からは歩いて橋の上にのぼることもできるのだ(ただし中央防波堤側へは降りられないので注意)。
風車のある多目的広場から海釣り施設を目ざして園内を海側へ向かって歩いて行くと、ゲートブリッジのたもとに到着する。そこからエレベーターに乗って橋の上へ出る。
おーっ、これは見晴らしがいいぞ!! しかしすぐ真横を自動車がビュンビュンと走っていくのでちょっと恐い。あと風が強いので帽子などを飛ばされないように注意しよう。
ということでゲートブリッジを見学し終え、次に向かうのは羽田空港近くの「天空橋」と呼ばれる場所だ。天空橋! なんだかとっても夢のある名前だけどここに何があるのか。それは行ってからのお楽しみです。
謎のスポット「天空橋」へ向かうため、若洲海浜公園からいったん新木場駅へ戻る。行きは歩いたけど帰りは疲れたのでバスにしようっと。
新木場駅からりんかい線で天王洲アイル駅へ。ここで東京モノレールに乗りかえて、5つ目の駅が「天空橋」である。
この駅を降りると、これがまた海辺の駅で、目の前には多摩川と海へ通じる運河があるだけで、ほかになーんもない。今回の湾岸散歩はこんな都会の海辺の広々とした風景を楽しむ散歩でもあるのだ。
そしてこの天空橋駅から徒歩30秒の場所に次の手塚スポットはあった。それは大きな真っ赤な鳥居だ。しかも近くに神社もないのに、多摩川沿いの土手の上にこの鳥居だけがポツンと立っている? んー、なんだかミステリーの匂いがするぞ!!
と、それもそのはず、じつはこの大鳥居にはふしぎな因縁話があり、手塚マンガの中でもその話がしっかりと描かれていた。
この鳥居の出てくるマンガは、手塚先生が世の中に語り伝えられている不思議な話にフィクションをまじえて描いた連作短編「新・聊斎志異」の中のひとつ『新・聊斎志異 お常』だ。
1971年に発表されたこの短編の冒頭に、この大鳥居の話が出てくる。話は戦後すぐのこと、戦争に負けた日本へアメリカ軍が進駐してきた。アメリカ軍は羽田空港を軍用基地とするため、近所に住んでいた住民たちを強制的に立ち退かせた。そのとき、その町にあった穴守稲荷神社も立ち退くことになった。ところが、そのお稲荷さんの大鳥居を撤去しようとしたところ、事故が相次いだ。
そこでこれはお稲荷さんを守るおキツネ様のたたりに違いないということで、ついに鳥居だけは移転されず、その場に残されたのだった。
『新・聊斎志異 お常』は、この不思議な大鳥居の話をマクラにして、さらに不思議なフィクションの世界へと入っていく。このシリーズ、あまり知られていないけど傑作なのでぜひ読んでみてください。
ではその後、本物の大鳥居の方はどうなったのか。じつは米軍が去って空港が日本へ返還されてからも、鳥居だけはそのまま動かされることなくずっとそこにあった。羽田空港が東京の空の玄関として世界中の人々でにぎわうようになっても、この大鳥居だけは旧空港ターミナルビル前の駐車場のド真ん中に、不自然な状態でデデーンと居座ったままだったのである。
だけど1999年、羽田空港の拡張計画が発表され、鳥居の場所に新B滑走路が通ることになり、いよいよ撤去せざるを得なくなった。そこで地元住民が中心となって移転費用を募金で募り、慎重なお祓いをおこなった上で、当初あった場所から800メートル移動して現在の場所へと移されたのである。その際には幸いにもたたりのような出来事は一切なかったという。
この移転のときに手塚先生がご健在だったら「新・聊斎志異」のお話の続編を描いていただろうか。もし描いたとしたら、いったいどんな話になっていただろう。
さて、今回の散歩の最後の目的地へと向かおう。それは羽田空港だ!
2010年10月、羽田空港に新たに完成した国際線ターミナル。そこにある「ザ・スタディールーム」というショップに、何と手塚治虫キャラクターグッズコーナーが設けられているという。しかもこのお店でしか買えない限定グッズもあるという。うおおっ、これはいかずにはいられないぜええっ!
天空橋から羽田空港国際線ビル駅まではモノレールで1駅だ。ええい面倒だ、もう走って行っちゃうぜ!!
国際線ターミナルは建物全体が5階建てになっている。1階がバス・タクシー乗り場で2階が到着ロビー、3階が出発ロビーで、モノレールの駅はこの3階にある。4階と5階はショップやレストランが入っている。
そして目ざすお店「ザ・スタディールーム」があるのは5階だ。5階はショップエリアがクールゾーンとホットゾーンという2つのゾーンに分かれていて、ザ・スタディールームがあるのはエスカレーターを上がって右側のクールゾーンである。
さっそく店内に入ってみたら何だか面白そうな雑貨がたくさん並んでいるぞ。
そしてその一角にありました、手塚キャラクターのグッズがずらりと並んだコーナーが。うわーっ、思わずあれもこれもと見入ってしまったけど、今回は自分の買い物に来たわけじゃない。虫さんぽとして皆さんに情報を伝えなければ、と自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着けて、まずは店長の堀内誠さんにお話をうかがった。
堀内さん、こちらのお店のオープンはいつなんですか?
「2010年10月です。国際線ターミナルの開業と同時にオープンいたしました」
こちらにはどんな商品が並んでいるんですか?
「ザ・スタディールームであつかっている商品は遊んで学べるサイエンス雑貨です。最初は「これってなに?」「どうやって遊ぶの?」という好奇心から入っていただいて、いろいろやっていくうちにようやく遊び方が分かると。そうやって遊んでいくうちに自然と科学の知識が身についていく、そんな雑貨がラインアップされています」
なるほどー、たしかに店内にはいろんなパズルとか、太陽電池を利用して電池不要で動くオブジェやおもちゃとか、不思議で面白いグッズがい〜っぱい並んでます。
昭和40年代以前生まれの人にはひじょーに懐かしい地球ゴマ(コマが綱渡りをしたり包丁の刃の上を滑ったりとかするアレね)もありましたよ!
と、そんな中でこちらのお店で手塚グッズを扱われるようになったのはどういう理由ですか?
「ザ・スタディールームは現在、この羽田空港店を含めて東京都内に4店、そのほか仙台、名古屋、静岡にもお店があります。その中でもこの羽田空港店は、とくに海外へ出かけられるお客さまや海外から来るお客さまも多いということで、メイド・イン・ジャパンにこだわった商品ラインナップになっております。そんなメイド・イン・ジャパンで知ることと学ぶことの楽しさを伝えたいという当店のコンセプトに手塚プロさんが共感してくださったことからこの企画が実現しました」
こちらの羽田空港店限定の手塚商品もあるそうですね。
「いろいろありますよ! まずは一番人気なのがこちらの鉄腕アトムのパン缶(525円)ですね」
パン缶というのは、その名の通りパンが缶詰に入っているもので、開ければいつでもふわふわしっとりのパンが食べられるという物だ。この技術は特許製法によるもので、アキモトという会社が製造している。保存期間が長いのでいまは保存食として大いに注目されているという。
アトムのパン缶には4つの味があり、それぞれに学習知識が身につく4種類の絵柄が付いている。それが以下だ。
1.赤缶:缶の表面に元素周期表が描かれ、味はイチゴ味。
2.黄色缶:缶の表面には世界地図と、世界各国の言葉で「こんにちは」という挨拶が描かれている。はちみつレモン味。
3.黒缶:鉄腕アトムの内部メカイラストとアトムの七つの威力の解説が描かれている。チョコ味。
4.青缶:惑星データが描かれている。ミルク味。
ちなみにぼくが散歩した当日は青缶は売り切れ。うわーーーん、また買いに来るぞ!!
堀内さん、ほかにも限定商品があるんですか?
「あとはこちらのタンブラー(880円)です。大きさが手ごろで保冷効果もあるので評判いいですよ。絵柄は3種類あります」
1.ブラック・ジャックと星座:ブラック・ジャックのキャラクターに12星座のイラストがデザインされたもの。
2.鉄腕アトムとマーシャリングシグナル:マーシャリングシグナルとは空港で飛行機を誘導する際に手にパドルを持って行う手旗信号のようなサインのことだ。
3.鉄腕アトムと月の満ち欠け:鉄腕アトムの背景に月の満ち欠けのイラストをデザイン。
「そしておみやげに最適なのが、こちらも羽田空港店限定のアトムとブラック・ジャックのクッキーですね。しっとりしたクッキーの表面にアトムとブラック・ジャックの絵柄がカラーでプリントされているんです。アトムとブラック・ジャック、それぞれ5枚入りで500円です」
堀内店長、お忙しいところ、いろいろありがとうございましたっ!!
ということで5階の展望ロビーに出てみると、ここからは飛行機が離発着する様子を間近で見ることができる。
そういえば手塚マンガにもこの羽田空港はよく出てきたなぁ。例えば『鉄腕アトム』の「盗まれたアトムの巻」には、未来の羽田空港が登場する。アトムの体が盗まれ、イギリスの諜報部員J・ムズムズ・ドボン氏にその疑いがかかった。ドボン氏はその日に羽田を発つ予定になっている。お茶の水博士と大人の体になったアトムは急ぎ羽田へと向かうのだった!
しかし! ここ羽田空港はマンガの中に出てきただけじゃなくて、手塚先生自身の身に起こったドラマの舞台でもあったのだ!
ということでひもといたのは、今年2012年度宝島社「このマンガがすごい!2012」オトコ編で第1位を獲得した、手塚先生の仕事場を描いた実録マンガ『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』(原作/宮崎克、漫画/吉本浩二)である。
このマンガは、何人もの手塚関係者に取材をし、手塚先生が『ブラック・ジャック』を連載していた当時の仕事場を、ドキュメンタリータッチで生き生きと描いたノンフィクション漫画とも言える作品である。
その第6話「原稿を上げずに手塚先生はアメリカへ飛んだ(前編)」の中に羽田空港は出てくる。いやそれにしてもすごいサブタイトルだ(笑)。
この話の中に、手塚プロの現・著作権事業局長、清水義裕氏が思い出を語る場面がある。それによれば1979年、手塚先生は原稿を抱えたまま鹿児島にいた。
手塚先生は現地で原稿を描き、それが完成次第、同行していた清水氏に原稿を預け、清水氏が鹿児島空港から飛行機の貨物便で東京へ届けるという段取りだった。
ところが原稿の完成が遅れ、最終の貨物便に間に合わなかった。途方に暮れた清水氏が考えたのが、赤の他人に原稿を預け、羽田まで届けてもらうということだった。
結局、それで原稿は東京へ届き間に合ったという、ウソのような本当の話だそうである。
いや〜、この真夏に最後はかなり暑苦しいお話になってしまったが、今回の東京湾岸虫さんぽもそろそろ終わりです。
ぜひまた次回のさんぽにもおつきあいくださいねえ〜〜〜〜〜っ!!
(今回の虫さんぽ、5時間22分、10,547歩)
取材協力/えこっくる江東、ザ・スタディールーム羽田空港店(順不同・敬称略)
『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』 (C)宮崎克/吉本浩二(秋田書店)