いよいよ夏休みまっさかり、みなさん、夏休みの計画は立てましたか?
海や山に旅行に行ったり、友だちと遊びに行ったり、花火大会などの夏ならではのイベントも楽しみですが、プラネタリウムで、宇宙旅行の疑似体験はいかがでしょう!?
人間が「第2の地球」をさがしに宇宙に飛び出せる遠い未来の世界を舞台に、宇宙飛行士の親子の姿を描く短編アニメ『火の鳥 絆編』が、現在3つのプラネタリウムで上映中です。
虫ん坊では、この『火の鳥 絆編』が初監督作品となる河口俊夫さんにインタビューし、この『火の鳥 絆編』の制作裏話を聞かせていただきました。
連続テレビアニメーションの1話ぶんぐらいの短いお話ではありますが、プラネタリウムの画面を駆使して展開される火の鳥といっしょの宇宙旅行は大迫力! お近くに上映館がある方、ちょうど付近に旅行の計画があるかた、ぜひお立ち寄りください。
『火の鳥 絆編』上映館は以下のとおり。
——『火の鳥』の映像化というと、NHKの連続TVアニメ以来ですね。プラネタリウムに『火の鳥』はぴったりですね。
河口:この作品のプロデューサー・清水義裕局長からは、『火の鳥』を原作に、「生命の成り立ち」というようなテーマで作ってください、と伺っていました。まさに原作の根幹となるテーマで、難題だな、と思いましたね。もう一方、プラネタリウムでかかる作品なので、宇宙ツアーのような要素も入れて欲しい、と。そこで宇宙時代の到来した未来に、「第2の地球」を探しに旅立った父と、その帰還を待つ息子、というお話にしました。
今まで、銀河系や地球に縛られていた人間が、そこを飛び出して、次の宇宙に進出していく。そういった意味では、始まりも終わりも見分けがつかないような、……原作の「未来編」で描かれるような、ずっと進んでいった先、いつの間にかスタート地点に戻ってしまっているような、そんなものすごくスケールの大きな世界が表現できるものにしたいと思いました。今回の30分程度の短いアニメーションでは原作に匹敵する物語は描き切れませんが、そういうエッセンスを少しでも考えてもらえる、感じてもらえるようなきっかけになれば、及第点ではないかな、と思います。
僕の持論というか、何となく確信みたいなもので、生命というのはすべて子どもが生まれたらそこからが「別れの始まり」だ、と思うのです。子どもが生まれる、ということは、もちろん出会いでもあるのですが、種として引き継がれる事が達成されれば、個体としての仕事は終わりで、つまり親になった人は、いずれ子どもと別れなくてはならないんです。もちろん、子どもは親のDNAを受け継ぐのかもしれませんが、『火の鳥』に限らず、いろいろな手塚作品にそんなテーマが繰り返し語られますよね。そうしたテーマを盛り込んでいます。
でも、僕が『火の鳥』の監督をやる、というお話を頂いた時には正直なところこれは大変だぞ、僕にできるんだろうか、やっていいんだろうか、と思いました。なにせ手塚治虫のライフワークですからね。原作はもちろん改めて読みなおしたのですが、いや、なんというか、すごいの一言に尽きる作品です。あんな大きなスケールで描かれた作品は他に知りません。
——今回の映像は、プラネタリウムの全天周を使用した、とても迫力のあるものですが、宇宙旅行の部分は3D、ドラマの部分は2D映像になっていますね。
河口:実はこれは、初め2Dの16対9のビスタサイズスクリーンで写す作品として作っていたのですが、途中から全天周にしたい、ということになって。絵コンテなどはそのまま引き継ぎながら、足りないところを手直ししていきました。しかし、すべてを3Dにしてしまうと、人間のキャラクターに細やかな演技をつけるために、かなりの時間と技術が必要になってしまいます。特に、今回の主人公・カイは、深い悩みを抱えたキャラクターで、そういう、深い演技を求められるキャラクターを作るのには大変な手間がかかるのです。
そこで工夫としては、主人公の回想シーンに2Dの映像を使用し、現在の出来事として描かれる火の鳥が案内する宇宙の風景や、火の鳥そのものは3Dで表現するようにしました。しかし、じつはこの理屈だと、ラストシーンも3Dにしなくてはならないのですが…、そこは先程のキャラクターの演技の問題もあって、あえて2D映像にしています。
——河口さんはいつ頃から3Dアニメーションの制作を手がけていらっしゃるのですか?
河口:プロダクションIGというところでロボットのキャラクターに動きをつける仕事をしていました。6、7年前ですかね。その経験があったので、今回の監督のお仕事をいただけたのではないでしょうか。
——宇宙の様子や、その他の科学的な映像を描くにあたって、なにか取材をしたり、参考にしたりしたものはありましたか?
河口:まずはインターネットや雑誌記事などで、宇宙の成り立ちや宇宙技術に関する知識にあたりました。その中で、今回の作品で、カイの父が目指す「第2の地球」探索——いわゆる「テラフォーミング」に関する研究について調べているうちに、面白い記事を見つけました。地球が誕生から46億年の歴史の中で、2度も氷の塊のような「アイスボール(全球凍結)」状態になってしまったことがある、というのです。一度氷の惑星になってしまうと、太陽の光も反射してしまって、外部の要因だけでは再び温暖な惑星に戻ることはできないのですが、あるきっかけでそれが再び氷解して、温かい地球になった、というようなドラマを経ているらしいんですね。そんな話を聞くだけで、いくつかお話ができそうです。それこそ、手塚治虫が題材にしてマンガを描いてくれたらいいなあ! というようなね。
時間はあまりなかったので、学術的には深く突っ込んでいく時間はなかったのですが、宇宙好きの方がまとめていらっしゃるWEBサイトなどで、いろいろな最新の研究などにあたっていくと、ほんとうにいろんな面白い知識に出会えました。
もちろん、脚本は野崎さんという方に監修していただきましたが、むしろそういう知識的な部分は、本作品ではあまり踏み込んではいません。やはり、アニメーションというか、マンガでできることをやったほうがいいと思いますし、科学的な作品は別にたくさんありますので、そちらにお任せして。
たとえば、太陽系を脱出していくカイたちはいろんな星を追い抜いていきますが、あんなふうに都合よく、惑星の軌道が重なることはないです。また、低年齢層にもワクワクしてみていただけるように、宇宙の色彩もかなり極彩色にしていますし、そういったマンガ的なデフォルメはかなりしています。
——プラネタリウム用の作品だから難しかった、というようなところはありましたか?
河口:全天周のスクリーンというのは、映画のように相対してみるものではなく、自分の後ろにも絵がある、体験型になるんですよね。アトラクションのような。それを意識した画面作りを心がけました。
一つ例を挙げると、プラネタリウム酔いとでもいいますか、ずっと全天周で、ゆっくり回転する映像を見続けていると、人によっては見終わった後に自分の椅子が動いているかのような錯覚を感じる人もいるそうです。僕も実際、他の作品を幾つか見てみて、そのような錯覚を感じました。
原因をいろいろ調べてみたのですが、ゆっくりとした、じわじわ動いているものを見続けていると、そういう酔いが生じるみたいです。ですので、できるだけわかりやすい、ダイナミックに動くアニメーションを心がけました。
そういうプラネタリウムの特性のようなものは、今回のお仕事をすることではじめて知りました。あの現象にも個人差があるみたいで、スタッフの中には全然大丈夫という人もいましたが。
——河口さんご自身のキャリアについて伺いたいのですが、初めて手塚プロダクションに入ったのは、いつ頃だったのですか?
河口:僕は、『三つ目がとおる』のTVアニメーションを作っている頃、原画マンとして手塚プロダクションに入社しています。それまではフリーランスで、いろいろなスタジオで、いろいろな作品で原画を描いていました。手塚プロダクションには、タツノコプロダクションで仕事をしていた頃に知り合った加藤さんという先輩に紹介していただいたのです。その方は僕のアニメーションの師匠のような方で。
その後もそのままずっと手塚プロダクションにいたわけでもなくて、契約期間が終わった後はまたフリーランスに戻りました。今はまた手塚プロダクションで、年間の契約で籍を置いています。
——子供の頃から、アニメーターになりたい、と思っていましたか?
河口:絵を描くことは好きでした。それで、高校を卒業した後に、アニメーターの養成学校に入ろう、と決めました。ちょうど『機動戦士ガンダム』とか、『宇宙戦艦ヤマト』がやっていて、アニメブームが始まるか始まらないかの頃で、アニメーターも人気の職業でした。僕のいた養成学校では、1クラス50人ぐらいの学級が、10クラスほどもありましたからね。
——今も憧れの職業の一つですよね。ところで、素朴なギモンなのですが、ぜんぜんテイストの違う絵柄の作品で、縦横無尽にお仕事をされていると、混乱されたりしないんですか?
河口:もちろん、毎日混乱だらけですよ! 未だに戸惑いながらなんとか頑張っているような感じです。2つの作品を掛け持ちするような原画マンもいますが、僕にはとても出来ません。フリーランスだと、仕事が突然中断することもあるので、保険のように掛け持ちをせざるを得ないケースもあるようですが。
——今回、初めて監督をされたとのことですが、今後も監督をされる可能性はありますか?
河口:そうですね…。どちらかと言うと僕は、絵を描く仕事が純粋に好きだし、もっともっと追求したいんですよね。こうしてさまざまな作品に携わって来ましたが、作品として面白かった、ということはあっても、自分の仕事そのものに対して、実は一度も「これで満足!」と思ったことがないんですよ。
この世界で働いていると、自分より絵がうまい人が本当にたくさん、いるんです。例えば僕が朝から仕事場に行って、頑張って仕事をしていても、午後から入って、さらりと同じぐらいの仕事をこなしちゃう人もいる。そんなスピードなのに、さらに質も素晴らしかったりして……。上を目指そうとすればいくらでも上がいる。それを追求していくのがとても楽しいので、まだ、監督をやりたい! というような要求は僕自身の中にはあまりないんです。
しかし、仕事経験としてはいつまでも修行僧のようなことをやっていてはいけないのでは、という思いもあります。監督という仕事をするという経験によって、今後の原画の仕事にも参考になる部分もあると思いますし。
監督というのは、自分独自の世界観を持っていて、それをどうしても表現したい! という人だと思います。原画家とはまたちょっと違う特質があります。僕もいつか、何か自分がどうしても手がけたい作品ができたら、また監督ということをやるかもしれません。
——ちなみに、好きな手塚作品は何ですか?
河口:好きなものはいくつかあるんですが、僕が一番初めに衝撃を受けたのは『ガラスの脳』という作品なんです。
ちょっとマイナーな作品ですが、たしか僕は高校生の頃読みました。とても不思議な作品で、印象的で、びっくりしたのを覚えています。やはり手塚治虫が、生命の神秘を描いた作品ですよね。こんな視点でマンガを描く人がいるんだ、と高校生ながら感じましたね。
——今日はお忙しい中、ありがとうございました。