
文/山崎潤子
関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、「手塚治虫の最後のアシスタント」といわれる青山由香さん。青山さんは、手塚治虫が亡くなる10ヵ月前に手塚プロダクションに入社されました。異例入社のきっかけや在社中のエピソードを中心に、手塚マンガや手塚治虫への愛があふれるお話をお聞きしました。
PROFILE

青山由香(あおやま・ゆか)
北海道札幌市出身。父親の本棚にあった手塚治虫のマンガを読み、熱心なファンに。短期大学卒業後、手塚プロダクションに入社。手塚治虫の最後のアシスタントとなる。1989年のテレビシリーズと連携した『ジャングル大帝』や『青いブリンク』の学年誌での連載、『三つ目がとおる』のグッズなどを担当。現在はイラストレーターとして活躍中。2026年、MoN Takanawaで行われた、マンガをライブパフォーマンスで体験する「MANGALOGUE:火の鳥」では、『火の鳥 未来編』の着彩を担当。
──青山さんは手塚プロダクション辞めてから、独立してマンガ家になろうとか思わなかったのですか?
思わなかったです。
──あくまでも、手塚治虫が軸にあるっていうことですよね。
手塚先生関連の仕事があればやらせていただきました。手塚プロダクションを辞めてからも、しばらくはふらりと遊びに行ったり、資料室の森さんに頼まれて、先生の原稿を起こす仕事をさせていただいたこともあります。
──印刷物はあるけど原画が残っていない作品があるんですね。
コピーをトレースして起こすわけですが、必死でやったのを覚えています。先生の仕事ができるだけでうれしくて、私の中でも一生の宝物のようなお仕事でした。
実は、そのときの森さんの言葉が忘れられなくて。鼻で「ふふ」って笑ったあと、「すげえな、やばいね。筆圧までそっくりだね」って言ってもらえたんですよ。
──おお! 先生の筆圧は特徴的ですからね。さすがです。
そのうちその仕事もなくなってしまって、だんだんマンガの仕事から遠のいてしまいました。その後は結婚や子育てもあり、30年近く、手塚プロダクションとのお付き合いが途切れていたと思います。
自分の人生を送りつつ、わずかな先生との思い出を糧に今日に至るという感じですね。
ちなみに、うちの子どもたちはみんな手塚マンガが大好きで、上の子は『ブラック・ジャック』のセリフを覚えているぐらいです。
実は2年前(2024年)の夏に、初めて先生のお墓参り行ったんです。
──なぜ、長い間行かなかったのでしょうか。
結婚後は埼玉県に住んでいましたから、巣鴨にある先生のお墓はいつでも行ける距離でした。でも、どうしても行きたくなかったんです。
先生の死を認めたくないというか、先生がお墓の中にいるわけじゃないからって、頑なに思っていたんですね。一生行くものかと思っていました。
──何か心境の変化が?
実は、手塚先生が亡くなってから何十年もたつのに、先生の声をテレビで聞いたり、先生のマンガを読んだりして思い出すたびに、私は家族も引くくらい泣いてしまうんですね。胸が苦しくなるまで、10分くらい泣き続けるんです。身内に対してだってこんなに泣かないだろうっていうくらい。
──青山さんの中で、整理できていない何かがあったのでしょうか。
どうなんでしょうね。そのことをたまたま占い師さんに話してみたら「お墓参りに行ってください」って言われたんです。「でも、お墓に本人がいるわけじゃないし......」と返しても、「大事なことです。行ってください」と......。
──なるほど......。
そのことを息子に話したら、「今すぐ行こう」となって、それから数日後に、お墓参りを実現させました。
前日に手塚先生への思いや感謝、これまで私がどんな思いで過ごしてきたか、先生に話したかったことなどを便箋5枚に書いて、夏の暑い日にお墓の前で泣きながら読み上げたんです。
──何か変化は起きましたか?
なんとなく、手塚プロダクションに挨拶に行きたくなったんです。もちろん、知っているスタッフはほぼいない状況ですが、松谷社長に連絡したら「じゃあ、一緒にご飯を食べよう」と言ってくださって。
──久しぶりの邂逅が実現したわけですね。
そのとき、書き溜めていた手塚キャラのイラストを持っていったら、それをスタッフに見せてくださって、マンガローグの着彩のお仕事をお引き受けするというご縁につながったんです。何年か前からTwitter(現在のX)でも先生のキャラクターのイラストを描いていますが、一応手塚プロダクションに確認をとっています。
──すごい。お墓参りを機に、30年以上の空白が埋まったわけですね。先生のお導きでしょうか。
お墓参りで先生と話せたような気がして、心の区切りができたような気がします。松谷社長に会いに行こうと思えたことで、またご縁ができたのは、本当にうれしい、ありがたいことだと思っています。
──マンガローグの仕事で、モノクロだった『火の鳥』100ページ分に着彩したそうですが、いかがでしたか?
着彩をしているときは、手塚先生と対話しているような感覚でした。
目の前に先生がいて、迷ったら「先生、ここはどんな色で塗ればいい?」とか、「あのときは先生の指示があったから塗れたのにさ」とか、「もっとちゃんと色について教えてもらえばよかったよ」とか話しかけたりして。
──先生の絵に自分の判断で着彩するわけですから、迷いもありますよね。
しかも、未来編ですよ。コンピュータとか車とか、本当に難しくて、マンガ部にいたときに、もっと真面目に勉強しておけばよかったって、心から思いました。
──でも、実際に手塚治虫の仕事を間近で見ていた青山さんが着彩するというのは、とても意味のあることですよね。
『火の鳥』の着彩は、ただ色を塗るのではなく、一つ一つのコマが1枚の絵になるように仕上げたつもりです。本当に時間がかかりました。
(「マンガローグ 火の鳥」の画像をここに挿入しようと思います。キャプションはなしでもいいかもしれません。)
──しかも、作業中はご両親の介護をされていたとか。
いま、私は北海道で親の介護をしているんです。介護というのはひと言では言えないほど大変なものですが、そんなときにこの仕事をいただいて、本当に救われたんです。
──介護で忙しい中、負担がかかってしまったのでは?
いえ、介護だけの日々だったら、大げさではなく、生きる気力がなくなっていました。母の介護の真っ最中に、父が亡くなるというショックなこともあり......。
そんなとき『火の鳥』の着彩という大きな仕事に携われたことで、自分の命が救われたような気がします。
介護をしていると、ただただ日々を過ごしていくという感覚になりがちで、心が折れてしまいそうになることがあるんです。この仕事のおかげで、「自分がここに生きている」と思えたというか、すごく、支えになりましたね。
──大変な時期に大変な仕事が来たけれど、それが逆に生きる力になったわけですね。
寝不足にもなりましたが、それでも私が生きていられたのは、『火の鳥』の仕事のおかげです。そう考えると、これも手塚先生のお導きだったのかな。先生にも、手塚プロダクションのみなさんにも、関係者のみなさんにも、もう感謝しかなかったです。
──『火の鳥』は命を描いた作品ですから、本当に運命的ですよね。


『火の鳥 未来編』(1967年〜1968年)
西暦3404年、地球は荒廃し、人々は地下に建造した都市国家に住んでいた。2級宇宙戦士マサトは、宇宙生物ムーピーが変身したタマミを匿い、当局から追われることに。マサトとタマミは他の星に亡命を企て、荒れ果てた地上へと脱出するが......。(着彩は青山さん)
──最後に、青山さんが一番好きな手塚マンガはなんですか?
どれもこれもみんな好きなんですが......。
私は親が共働きで、自分の気持ちをうまく表現できない子どもでした。長女だから、お姉ちゃんだからしっかり頑張らなきゃみたいな感覚もあって。そんな自分が、喜怒哀楽を学んだのが手塚マンガなんです。マンガの中のキャラクターが怒ったり、泣いたり、笑ったり、悔しがったりするのを見て、自分の気持ちを表現することを学んだ気がします。
──登場人物の喜怒哀楽ははっきりしていますよね。
そういう意味では、初めて読んだというのもあるけど『どろろ』かな。怖いシーンもありますが、人生には出会いや別れがあって、人にはいろいろな生き方があって、未来は必ずしもハッピーエンドではないのだということも学んだり......。
それから、やはり衝撃受けたのが『火の鳥』の黎明編です。主人公のナギが大好きだったんです。敵だった猿田彦と強い絆ができて......もうそれでいいじゃないですか。それなのに、最後にあんなにあっけなく、誰に見られることもなく、死んでしまうなんて......。生きるってなんだろうって思ったし、死ぬのも怖いって思いましたね。
──ありがとうございました。楽しい取材でした。
こちらこそ、いろいろ思い返せて楽しかったです。本当にありがとうございました。
[了]
山崎潤子
ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。
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