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関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第2回 漫画家の視点で「手塚漫画」のすごさ

2022/08/12

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第2回 漫画家の視点で「手塚漫画」のすごさ

文/山崎潤子

 手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。萩尾望都先生は、手塚治虫の『新選組』を読んで、漫画家になろうと決意されたそうです。萩尾先生には『新選組』の思い出や深堀り考察、そして手塚治虫とのエピソードなどや手塚漫画に対する思いなどをお聞きしました。

 2022年8月、手塚治虫原作の『新選組』が歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で上演されることになり、注目を集めています。

 そこで、今回の「私と手塚治虫」は特別に、8月中毎週、更新していきます! お楽しみに。

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PROFILE

萩尾望都(はぎお・もと)

 漫画家。福岡県大牟田市生まれ。1969年のデビュー以来、繊細な絵柄と巧みな心理描写で少女漫画界に新境地を開き「少女漫画の神様」と呼ばれる。『ポーの一族』『11人いる!』で1976年に小学館漫画賞、『残酷な神が支配する』で1997年に手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、『バルバラ異界』で2006年に日本SF大賞、2022年に米アイズナー賞など受賞多数。2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。

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■改変されていた印象的なコマ

 この『新選組』にはいろいろなシーンがありますが、絵的にもおもしろいシーンがいくつもあるんです。たとえばここ、橋の下で釣りをしているシーンなんて、なかなか描けない構図ですよ。

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『新選組』より。丘十郎を仇と狙う仏南無之助と対峙する直前のシーン。

───村雨の章の冒頭ですね。たしかに、印象的なシーンですね。

 しかも橋の裏側まできれいに描かれているんです。忙しいのに背景にも手を抜かないというか。

 少し先のコマで、橋の上から坂本龍馬が見ているシーンが描かれるんです。だから橋が伏線で登場するのでしょうね。

───冒頭のシーンで橋をきちんと描くことが伏線になっているんですね。

(萩尾先生がお持ちのコダマプレス版と講談社の全集版を比べて)

 あら、でも、こちらの版(全集版)はトーンがないんですね。

───手塚先生は単行本化されるときに改変をされるので有名ですが、単行本でも版によってかなり違いますね。

 なるほど。それからこのお寺の階段で襲われるところ、これもおもしろい構図です。

───同じ漫画家として構図を見る視点がおもしろいですね。(再度、萩尾先生がお持ちのコダマプレス版と講談社の全集版を比べて)あ、これも描き換えられていますね。トーンもかなり違いますし、ページの左右も違います。

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『新選組』より。丘十郎が土佐藩の刺客に襲われるシーン。

上:コダマプレス版、下:講談社版

 本当だ。ということは、章の最初の扉のところから1枚ずつずれているんですね。へえ。今では連載時に見開きで左右を決めたら、そこから変える人はほとんどいませんが、当時はいくらでも変えられたんですよね。見開きの構図があまりなかったから。

 ただ、右ページか左ページかではだいぶ印象が変わるから、手塚先生は大胆なことをしたなぁ......。

───右か左かは表現として大きな違いがありますか?

 ここでページをめくると思うと、一息つくんですよね。読者側も、書き手側も。それも計算して描きますから、左右が違うというのは。でも、新しい版(全集版)が連載時と同じものなのかしら......。

───なぜ変えたのか、今となっては謎ですね。

■少年漫画、少女漫画のコマ割りの違い

───『新選組』もかなりのハードスケジュールの中で描かれたでしょうね。しかも打ち切りになったらしく......。

 もっと長く描く構想があったようですね。新選組の池田屋襲撃のあたり、丘十郎がアメリカに渡るというところで終わっていますものね。でも、ラストはさすがうまくまとめたなと思います。

───続きが読みたい気もしますが、親友を斬るというのはきっと最初から決まっていたのでしょうね。

 決闘のシーンは、花火がどんどん打ち上がったりして、きれいですよね。

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───このシーンは映画的ですよね。

 手塚先生は忙しいのに1年に365本映画を観ていたとおっしゃるくらい、映画がお好きだったんですよね。きっとビジュアルの記憶力がとてもいいんでしょうね。

もともと、ウォルト・ディズニーのアニメにショックを受けて「画面を動かしたい」ということで漫画を書きはじめたということですよね。手塚先生の漫画は、本当によく画面が動いています。

 フィルムを回すように目線が流れていくんですよ。これはすごい発明だなと思いました。

───当時は、手塚先生のようなコマ運びは珍しかったのでしょうか?

『のらくろ』のように3段とか4段できちんとコマ割りして、1コマずつ順番に読んでいくものが多かったです。昔の漫画はコマに番号が振られていて、読者は1234......と順番に読んでいけばよかったんです。

 手塚先生はコマの大きさがまちまちだったり、コマを縦割りにしたりして、右に左に目線で追いかけるようなアクロバティックなコマ割りでした。当時の読者は、番号がついていないと読めないなんていうことも。

 そういう意味でいうと、横山光輝先生なんかはコマの大きさがあまり変わらないので、これはこれで、とっても読みやすかったんです。

───少女漫画のコマ割りは、少年漫画とは違いましたよね。萩尾先生の漫画もそうですが、幻想的なコマ割りというか......。そういうものに当時の少女たちはうっとりしたものです。

 そうそう、コマが溶けちゃうようなね(笑)。

 この『新選組』もそうですが、コマ枠のないコマはほとんどないんです。少年漫画というのは、コマ枠内にきちんと書くものだったんですね。少女漫画のほうが、コマの枠から早々自由になったんですよ。そのぶん、読み慣れていない人には読みづらいと思われたようですね。コマ枠から自由になると、音楽的でおもしろいんですよね。

───たしかに、少女漫画って音楽的ですね。バックに音楽が流れているような感じがします。

■みんな、誰かの作品に影響されて漫画家になる

───当時は新選組のキャラが今ほど確立されていませんよね。今は沖田総司なんて美少年として描かれますが......。

 そうそう。結核でコホコホ......なんてね(笑)。

『新選組』では、よく小説にあるように、土方歳三が敵を逆さ吊りにして足にろうそく立てるという残虐なシーンも描かれていますよね。そこで丘十郎が止めに入って「ぼくはあなたを軽蔑するっ」て、バシバシ文句を言う。こういうのがおもしろいなあと思って。これが少年漫画なんですよ。少年は一途だから。

───主人公らしく、読者を代弁してくれますよね。

 この主人公はここで絶対こう言うに違いないっていうね。

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───それにしても、萩尾先生はこの『新選組』にショックを受けて漫画家になって、そしてまた萩尾先生の作品にショックを受けた誰かが漫画家になって......。漫画好きにとっては、涙が出るくらいいい話です。輪廻ですね。

 そんなふうにつながっていくと、本当にありがたいですね。戦後に手塚先生がこういった手法を確立して、たくさんのおもしろい作品を描いてくださった。手塚先生の漫画に影響されて、石ノ森章太郎さん、藤子不二雄さん、さいとう・たかをさんなど、たくさんの後続の若手が出てきた。それが今の日本の漫画文化を育んできたんですものね。

 もしこの構図から手塚先生をなくしてしまったら、いったい誰がこの仕事をやったのだろう、いや誰もやれないよなって思います。だって10人分、100人分の仕事をひとりでやっていらっしゃるんだもの。本当にすごいことだと思います。

───60歳で亡くなるまでに700作品ですから、驚異的ですね。

 しかも、どれも話がおもしろい。それもすごいところですよね。手塚先生のキャラクター造形のたしかさ、ストーリーテリングの骨太さっていうのは、なかなか追従できないものがあると思っています。

 でも、描いているものが子供向けのものだから、当時は大人の文化圏から割と冷たい目で見られていたところもあって、それがちょっと悲しいなと思うんですけれど......。でも、まあいいか。今も手塚先生の漫画は読まれ続けているし、あとに続く人もたくさん現れている。先駆者というものはそういうものでしょうね。それに、新しいものを受け入れていくのは、子供や若い人たちですからね。

〈次回は、萩尾先生が手塚治虫と実際に会ったエピソードを中心にお聞きします。〉


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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