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関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第2回 手塚治虫が『ばるぼら』で本当に描きたかった心の中

2020/12/14

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第2回 手塚治虫が『ばるぼら』で本当に描きたかった心の中

文/山崎 潤子

手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は手塚治虫の長男、手塚眞さん。これまで数々の映像作品を手がけてきた眞さんが、手塚漫画の中でもカルト的人気を誇る『ばるぼら』を実写映画化(20201120日全国公開)。撮影時のエピソードや原作への思い、そして父・手塚治虫の漫画についてお聞きしました。

tezukamacoto_prof.jpgPROFILE

手塚 眞

ヴィジュアリスト。1961年東京生まれ。高校生の時に8mmで映画製作を始め、大学在籍中から映画、テレビ、ビデオなどさまざまなメディアで活躍する映像クリエイター。映画『白痴』(1999年)はヴェネチア国際映画祭でデジタル・アワード賞を受賞、世界的に注目された。ネオンテトラ代表取締役、手塚プロダクション取締役、手塚治虫文化財団代表理事、手塚治虫記念館名誉館長兼総合プロデューサー、宝塚市大使などを務める。


■偶然の奇跡で撮れた最高のシーン

────撮影で大変だったことはありますか?

手塚眞(以下、手塚):もちろん、全シーンが大変といえば大変です(笑)。ただ、たとえば先ほど話した新宿の雑踏なんて、昔は自由に撮れたんです。でも今は肖像権などいろいろな問題があるので、そういった部分の苦労は増えました。ただの通行人を撮影しているように見えても、実は僕が演技をつけた俳優さんなんです。

映画はかなりの部分を新宿で撮ったんですが、新宿の中でも撮影できる場所とできない場所があって、できない場所のほうが多いんです。だから本当に隙間を縫うように撮影をしなければならない。そういう部分は見えない苦労と言えるかもしれません。

────好きなシーンや印象的なシーンはありますか?

手塚:歌舞伎町でばるぼらがひとりさまよっているシーンがあるんですが、これはすべてアドリブなんです。台本にはただ「さまよっている」と書いてあるだけで。

その日の撮影では、撮影監督のクリストファー・ドイルさんに「あえて今日、僕は何も言いません。1日ばるぼらを預けるから、あなたの好きなところで好きなように撮ってください」という究極の演出をしたんです。

ドイルさんはあちこちで彼女を撮ったわけですが、その日はあいにく天気が悪くて、途中から雨が降ってしまったんです。日も落ちてだんだん暗くなり、雨も激しくなってきた。僕は現場でドイルさんの撮影の様子を見ていたんですが、おそらくまだ撮りたい絵はまだ撮れていないだろうなと感じていました。でも仕方がない。もうそろそろその日の撮影は終わりということになったんです。

撮影機材を片づけはじめ、二階堂さんも帰りかけたところで......。ドイルさんがいきなり二階堂さんに「ちょっと待って!」「そこ歩いて!」って、カメラを持って撮りはじめたんです。そのままばるぼらが歩くシーンを何分間か撮り続けて、ドイルさんが満足そうに「はい、終わり」と言ったんですが、その映像が素晴らしかったんです。

────そのシーン、印象に残っています。

手塚:あのシーンで、二階堂さんは間違いなくばるぼらでした。だから、何も言わずにただ撮るだけでよかった。雨の中で、傘をさして歩くぼるぼらを。ストーリーとは関係なくこれを見せることで、観客はばるぼらというキャラクターに納得してもらえると思ったんです。

原作とも関係なく、ストーリーから飛び出したところで生まれたシーン。このシーンそのものがばるぼらでした。僕の仕事は映像を編集して、ばるぼらを表現する音楽をつけるだけ。今回そういう映像がつくれたことは、とてもよかったと思っています。

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────映画のばるぼらは、原作よりも複雑なキャラクターに思えました。

手塚:ばるぼらは漫画の中では天真爛漫で、くだけた感じの少女ですよね。でも、僕は映画の中ではあえて少し悲しさを持った人物として描きたかったんです。ばるぼらが長年に渡って才能のある男から男へと移っていったのだとすれば、彼女の恋は決して成就していない。それってとても寂しいことだと思ったんです。いつも男のほうが道を誤って堕ちてしまって、自分だけが取り残されるというような感覚で。

そのことを二階堂さんにはっきり説明したわけではないのですが、「少し寂しげな感じで」って伝えると、ときどきそういう表情をしてくれる。そういった表情をうまく撮ったカットをずいぶん使いました。

だから、映画の中のばるぼらは、何を考えているかわからない少女というよりは、彼女の持つ独特の孤独感のような雰囲気を漂わせることで、人間としての奥行きを感じられたかと思います。

■『ばるぼら』は"手塚治虫らしい"漫画

────監督が一番好きな手塚漫画といえばなんでしょうか?

手塚:そのときどきで変わってしまうので、なかなかひとつには選べないですね。

────では『ばるぼら』はどんな存在ですか?

手塚:『ばるぼら』は僕にとって、一番親しみやすい、幼なじみのような漫画です。子供の頃からこういった摩訶不思議な話が好きだったので。

それに、ものすごく手塚治虫らしい漫画だなあと思っています。

────どのあたりでしょうか?

手塚:どこもかしこもです。ばるぼらの設定からして、謎めいた不思議な存在感のある女の子。彼女に振り回され、巻き込まれていくような感じは、まさに手塚漫画です。黒魔術などのオカルト要素はありますが、ストーリーの軸となって描かれているのは、非常にロマンティックなファンタジーだと思うんですよ。だから「ああ、手塚治虫らしい漫画だな」と僕は感じます。

────たしかに、オカルティックな部分を除けば見方が変わりますね。

手塚:『ばるぼら』は『奇子』とよく並び称されますが、『奇子』はどちらかというとハードなリアリズムを追求していますよね。『奇子』に比べたら、『ばるぼら』や『I.L』はすごくロマンティックな漫画だと思います。

それから、僕が『ばるぼら』を好きな理由としては、実験的というか挑戦的な部分があるところです。『I.L』もそうですが。特に『ばるぼら』は冒頭のシーンが普段の絵柄と少し変えたような感じで非常に印象的なんです。ビルがゆがんでいたり、表現主義を取り込んでいる。そういう部分も手塚治虫らしさなのかもしれません。

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I.L』(漫画)(1969年〜1970年)

落ちぶれた映画監督の伊万里大作は、ひょんなことからどんな人物にも変身できるI.L(アイエル)という女性を託される。大作は彼女の能力を使って身代わり業をはじめ、さまざまな依頼を受けることになる。

■手塚先生が天国から映画を観たら......

────手塚先生が天国から観ていたら、自分の作品を映画化してくれて、すごく喜んでいると思います。

手塚:あはは。どうでしょうね。きっと「シナリオは僕が書いたほうがいい」とか絶対に言いそうですよ。

────たしかに!

手塚:でも、映像自体はきっと気に入ってくれたと思います。やはり父は、基本的に品がよく育っているので、上品なもの、洗練されたきれいなものが好きなんです。ですから、この『ばるぼら』の映像の美しさは好きになってくれたと思いますね。

父はヨーロッパの昔の映画のようなロマンティックな映像が好きで、そういう雰囲気に憧れを抱いていました。漫画の中にも、そういった要素が見えてくることがあると思います。先ほど話した、ばるぼらが歌舞伎町をさまよっているときの、ちょっとしんみりするような雰囲気の映像は気に入ってくれたと思います。

────『ばるぼら』について親子で話したことは?

手塚:ないですよ(笑)。父は漫画について家族の意見を聞きたいということはあまりなかったです。アニメについてはときどき「どう思う?」っていう会話はありましたけれど。

ただ、全集のあとがきなどを読むと、『ばるぼら』は主観的すぎたという反省はあるようですね。おそらく、だいぶ恥ずかしかったんだと思いますよ。漫画に自分の内面が出てしまったのだと思います。だからきっと、僕が『ばるぼら』を映画化するって言ったら、きっと「それじゃなくて他の作品を!」って言ったんじゃないかな。

■つらい時代だからこそ、手塚治虫がたどり着きたかった境地

────『ばるぼら』は自分の内面を吐露してしまったような漫画なのでしょうか。

手塚:表面的には「商業主義か、芸術か」みたいな話に読めるんですが、もう少し深読みすると、理性的であるか否かという話じゃないかという気がしたんです。つまり、手塚治虫ってすごく理性的に漫画を描いてきたでしょう。それこそ科学や歴史の知識なんかも混ぜながら。でも、理性を超えてしまうような感覚的な漫画はないんです。

だけど、本当は理性を超えたところに行きたかったというか、理屈とは関係なく、描きたいものを衝動にまかせてただ描くみたいなことをやってみたかったんじゃないかと思うんです。

特に、『ばるぼら』が描かれた時代は関連会社の倒産だのいろいろなことがあって、お金や契約の厳しい現実をつきつけられていましたから。

────手塚先生にとって、最もつらい時代でしたよね。

手塚:当時は違う世界に逃げたかったという気持ちがあったんじゃないかと思うんです。普通の人間であれば、まず説明や理屈を追いたがるけれども、ものを表現している人間は「早くそこを突き抜けたい。説明とか理屈とか、言葉を飛び越えた世界に行きつきたい」という気持ちが起こるんですよ。僕も若い頃から映画をつくっていて、そういう気持ちがすごくありました。

実際、僕自身もこれまで説明のつかないものをいろいろつくってきたので、『ばるぼら』のストーリーに共感する部分があるんです。主人公の美倉もそうですが、お金のために何かをするとか、みんなが喜ぶものをつくるとかではなくて、その対極にある、ある種狂ったような世界に行ってしまってもいいんじゃないか、だけどなかなかたどり着けないという話でもあるような気がするんです。

────理性をとるか、狂気をとるかといったような......。

手塚:『ばるぼら』は、デカダンスというものを描こうとした唯一の手塚漫画ですが、デカダンスには至れていない。つまり踏み止まってしまったんですよ。だから最後まで説明的なんです。

でも、それは手塚治虫のよさでもあって、その職人的な手腕でなるほどという仕上がりになるわけです。だから作品として簡潔しているし、僕はそこが好きでもあります。でも、本当はもっと突き抜けたかったんじゃないかと思うんです。

────踏み外せないのは手塚先生の理性と品のよさみたいなものがあるのかもしれませんね。

手塚:この映画をつくるときに、僕も最初はどちらに振ろうかと考えたんです。めちゃくちゃ踏み外したものだってつくれますから。実はそういうシナリオも用意したんですけれども、そのシナリオは踏み外しすぎて評判が悪かったんです(笑)。業界関係者もビビってしまって。そういう理由もあって、新たにロマンティックな話に書いてもらって、結果的にはいいバランスで出来上がったと思っています。

────原作のどこを抽出して、どう映画化するのか、ファンは楽しみだったと思います。結果、いい意味でわかりやすい作品になっていたかと思います。

手塚:プロデューサーからは「めちゃくちゃになってもいいですよ。手塚さんとドイルさんで好きにやってください」って言われたんです。でも、ドイルさんはドイルさんで映画は監督のものだという考えがあるし、僕も理性的な人間なので、最終的には理性でまとまってはいるんです。ところどころにある理性を超えたシーンを味わっていただければと思います。

もうひとつ映画の裏話を。

見る前の人が読むとネタバレになるかもしれませんが......。

映画というのは漫画と違って、リアルな俳優が演じることで過度に説明的になってしまいます。だから『ばるぼら』でもよけいなものをそぎ落とすために、カットしたシーンがたくさんある。実は原作と同じラストシーンを撮影したんですが、全部カットしました。

『ばるぼら』では場面をきちんと検証して、みんなで丁寧に確認しながらベストな編集を行っています。そういうことを無視して思いつきばかりで勝手につくったというわけじゃないんです。......というところだけは、ファンのみなさまのためにも強調しておきます(笑)。

次回は父である手塚治虫とその漫画についてのお話を中心に伺います!


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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