虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第2回 自由奔放な娘と手塚家の教育方針

2019/11/22

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第2回 自由奔放な娘と手塚家の教育方針

文/山崎 潤子

手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。1人目は、手塚るみ子さん。言わずとしれた手塚先生のご長女です。家庭での手塚先生について、話を聞いていきます!

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PROFILE

手塚 るみ子

手塚治虫の長女。プランニング・プロデューサー、手塚プロダクション取締役。手塚作品をもとにした企画のプロデュース、イベント開催など、幅広い活動をしている。

手塚るみ子さんよりひと言

父・手塚治虫については「仕事への執着が半端なかった」「若い才能に嫉妬しまくった」というようなエピソードがたくさんあります。でも、娘の私からみれば、普通の父親であり、普通の家庭人であったように思います。

お父さんが漫画家という家庭は、確かにサラリーマンの家庭とは少し違うかもしれません。

でも、世の中には家がラーメン屋さんだとか、あるいは漁師さんだとか、落語家さんだとか、いろいろな職業の方がいるわけで、漫画家もそのひとつにすぎません。

一般的な家庭とくらべればいろいろ違うところもあるのでしょうが、我が家だけが特段変わっていると思ったことはないんです。


  • 子供の未来にレールは敷かない

──手塚先生の教育方針って、どんな感じだったんでしょうか。厳しいとか、やさしいとか......。

手塚:ほとんど怒られたことはなかったですね。子供にとっては、とても温厚でやさしい父でした。

......しいていうなら、私の長電話。思春期になって、友人やボーイフレンドと、始終電話ばかりしていたんですよ。当時は携帯電話なんてありませんから、電話は一家に一台。それを私がずーっと使っているから、父が家に電話をしても通じないわけです。それについてはさすがに何度か注意されたような。でも、私からすれば怒られたというより「しまった、見つかったか!」という心持ちでしたから、結局長電話をやめることもなく......。

言っても聞かない娘に父も懲りたのか、その後は自宅の仕事場に新しく電話を引いていましたね。

──父親のほうが折れるわけですね(笑)。こうしなさい、ああしなさいみたいなことはいわれましたか?

手塚:子供の将来にレールを敷くような人ではありませんでした。

好きな道を歩むなら、多少痛い思いをしたっていいじゃないかみたいな考え方で。

ただ、挫折をしたときに他の道を選べるように、好きなことはたくさんあっていいし、好きなだけやってみなさいというタイプ。好きなことだけを突き詰めるのもいいけど、突き当たって他に道がなくなると困るから、あれも好き、これも好きっていう、浮気心のようなものを持っていたほうがいいという考えだったみたいですね。

──興味を持ったことはなんでもやってみろというわけですね。では、るみ子さん自身も子供の頃、いろいろ手を出したんでしょうか。

手塚:とりあえず、興味を持った習い事はやっていました。バレエは小学校の6年間通って、ピアノも習いましたが、こっちは続かなかったな。当時バレエやピアノはモダンな習い事だったのかもしれませんが、周囲の子は割とやっていましたね。そのうち英会話が流行りだして、教会に習いに行ったりもしました。

これらについても父にすすめられたわけではなく、私が「これをやりたい!」と言ってはじめて、合わなかったらやめるというね(笑)。

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勉強は「しなさい」ではなく「したほうがいい」

──「勉強しなさい」みたいなことも言わないんですか?

手塚:父から「勉強しなさい」と言われたことはないですね。でも、「勉強はしたほうがいいですよ」とは言われました。

──なんとなく、手塚先生らしいですね。

手塚:勉強したほうがいいのはたしかですよね。それについては父の言っていることが正しいし、子供に押しつけないのも父らしい。

でも、娘に「勉強しなさい」と言えない甘さもあったんでしょうね。

結果私はあまり勉強しませんでしたから、赤点スレスレで落第しそうになったりもして、母はガミガミ言っていましたけどね。そんな母と私を見て、父なりの諭し方だったのかもしれませんね。

──子供の意思を無理に変えようみたいなことはなかったんですね。子供でもきちんと尊重してくれるというか。

手塚:そうですね。何かをやりたいといって反対されることはなかったですね。

ただ、「どうしてそれをやりたいの?」と聞き返されることはよくありました。

きちんと理由が答えられればOKなんでしょうね。本当にやりたいのか、単なる思いつきなのかを見極める感じで。

──なるほど。本人の意思をきちんとたしかめるんですね。

手塚:そういえば、私は中学生のとき吹奏楽部に入ったんです。そこで自分のクラリネットがほしくなったんですが、それがクランポン社のプロ仕様で、当時で20万円というシロモノ。

どう考えてもおかしな金額ですが、父にほしいと熱心に頼み込んだんです。

母は「子供にそんな高級品はおかしい」と大反対でしたが、父は結局、OKしてくれましたね。めずらしくやる気になった娘に、ほだされたのかもしれませんが。

今思えば、母の感覚のほうが正しいと思います。実際、宝の持ち腐れで、たいして続きもせず、うまくもなりませんでしたから。恐ろしいことに(笑)

──娘の熱心さに負けたと!

手塚:もうひとつよく覚えているのは、大学時代の就職活動のとき。

私が「マスコミに行きたい」「テレビ局で働きたい」と言ったら、父が「テレビ局で何をやりたいのか」と聞いてきて、「制作がやりたい」って答えたんです。すると「単に制作といっても、番組制作もあれば事業部もある。番組といってもドラマや報道などさまざまだし、イベントがやりたいなら事業部だろう。現場で仕事をしたいなら制作プロダクションのほうがいいんじゃないか。そもそもイベントを仕切るのは代理店だぞ」......といった感じで、いろいろなことを突っ込まれましたね。あまり深く考えていない私のことを見透かしていたんでしょうね。

父と話していくうちに、自分の勉強不足がわかったし、本当にやりたいことはなんなのかを考えて、軌道修正ができましたね。

──なるほど。それでるみ子さんは広告代理店に。手塚先生はかわいい娘を大手企業に入れて楽をさせよう......みたいな感じではなかったんですね。

手塚:苦労させたくないというような気持ちはなかったみたいです。それよりも、やりたいことをどうやって実現できるのはどこかって真剣に考えてくれたんでしょうね。

もともと自分が現場の人間だからかもしれません。

  • 家族も漫画のネタにする!

──手塚先生は、忙しい中でもきちんと子供に向き合っていたんですね。

手塚:たしかに忙しい父でしたが、子供たちが幼い頃は虫プロ時代で自宅と仕事場が同じでしたから、忙しいなりに子供の個性はしっかりつかんでいたんでしょうね。

父は『マコとルミとチイ』という、自分の家族をモチーフにした漫画を描いています。マコが兄で、ルミが私で、チイが妹というわけです。この漫画にはルミが長電話をしたり、ボーイフレンドに告白されたりというエピソードが入っているんです。私が中学生の頃の実話で、あまりのリアルさに驚きました。父はその頃家にあまり帰れなかったので、どこで見ていたんだろうって。母が電話の会話を耳にして、そこからは私のキャラと合わせて想像したんだと思いますが。

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──奥様から聞いた話と想像だけでリアルな娘を描き出したわけですね。

手塚:ただ、親目線というよりは、観察眼というか、漫画家としてのネタ拾いだったんじゃないかな。なんでも漫画のネタにしてやろうと思っていたのかも。

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『マコとルミとチイ』(1979年)

人気漫画家・大寒鉄郎とその妻・律子、そして長男、長女、次女の誕生・育児を描いた漫画。

手塚治虫自身の家庭がモデルとなっている。

──先ほどボーイフレンドという話がでましたが、男女交際について心配はされなかったんですか?

手塚:母はいろいろ心配していましたけど、父親としては娘のそういう部分には口出ししないというか。父自身があんまり女性に慣れていなくて、女に目覚めはじめた中学生の娘に、どう接していいのかわからなかったのかも(笑)。泣かれたり、嫌われたりしても困るしね。そういう点でも、弱腰でしたね。だからそこは母まかせで、「お母さんをあまり困らせないように」とか遠回しに。私のほうはそんなことを言われても、屁とも思っていなかったけれど。

──いい意味で放任主義といるのかも。

手塚:束縛系か放任系かといえば、放任系だったと思いますよ。でも、完全に放任主義とも違うのかも。私自身がもともと自由奔放な人間なうえ、いろいろなわがままをきいてもらって育ちましたから。両親にはさんざん迷惑をかけてきているので、「またか」っていう感じだと思いますよ。

ただ、「あれはダメ、これはダメ」って言われて育っていたら、今の私はなかったかもしれませね。むしろ、もう少し物事をきちんと考える人間だったかもしれない......(笑)。

──3回「母よ、あなたは強かった」に続く──


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山崎潤子


ライター・エディター。幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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関係者インタビュー 私と手塚治虫 第1回 華麗なる(?)手塚家の生活


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