虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第2回 アシスタントが見た、手塚治虫の非凡なエピソード

2020/09/21

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第2回 アシスタントが見た、手塚治虫の非凡なエピソード

文/山崎潤子

手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。池原しげと先生は中学生のときに『鉄腕アトム』に出会い、漫画を描きはじめました。手塚治虫のアシスタントを務めたあと、漫画家として、またアニメの世界でも大活躍。そんな池原先生に、アシスタント時代の思い出をお聞きしました。

ikehara_prof.jpgPROFILE

池原 しげと

漫画家。手塚プロダクションで手塚治虫の漫画のアシスタント、アニメ制作などに携わり、漫画家の道へ。手塚治虫のキャラを描くのがうまく、『ふしぎなメルモ』など、学年誌で手塚治虫原作の漫画を担当することも。『魔女っ子メグちゃん』などのTVアニメ企画にも多数関わる。代表作に『ロックマン』シリーズ、『ファミコン風雲児』など多数。




■仕事から開放されるのは移動の車中だけ!?

────アシスタント時代、手塚先生との距離感はどんな感じでしたか?

池原:「オーロラ」(喫茶店)のあるビルの3階だった頃は、同じ部屋だったから物理的には近かったですよ。手塚先生の作業スペースのしきりも衝立くらいしかなかったから。とにかく先生はそこでずーっと仕事です。寝るところもないから、机がベッドがわりという感じでね。

────机に突っ伏したまま睡眠をとるわけですね。

池原:そうです。越後屋ビルに移ってからは先生専用の部屋ができて、やっと先生も横になれるようになったわけです。といっても3畳くらいのスペースに机と畳が敷かれているだけ。畳のスペースに布団が畳んであって、眠くなるとパッと布団を広げて、「僕3時間寝ますから!」なんて声をかけて寝る。すごいのが、3時間でしっかり起きるんですよ。あんな生活していたら、早死にしちゃうよね。

当時の先生は自宅に帰るのが週1回くらい。きっと風呂に入って着替えるくらいだったんじゃないかな。

────じゃあ、手塚先生はほとんど仕事場にいらっしゃる感じですね。

池原:たまにテレビ局に呼ばれたり、講演会に出かけたりすることはありましたけどね。先生専属の運転手に聞いた話では、ときどきこっそり映画館なんかに寄っていたらしいけど。車移動中のひとときが、仕事から開放される時間だったんじゃないかな。

────移動の車中はホッとできる場所だったんでしょうね。

池原:でも、先生は車中でネームを入れることもよくありました。「誰かついてきてください! 指定を出しますから」って言われて、アシスタントの誰かが同乗するわけ。先生の隣で話を聞くのはいいんだけど、助手席に座って後ろにいる先生のほうを向いて話を聞いていると、車に酔っちゃってね。あれは大変だったなあ。

地方や海外で留守にするときは、誰かがついていって空港までの車内で必ず指定を聞くんです。それを会社に持ち帰って、みんなで手分けして仕事をするわけ。僕も羽田まではよく行きましたね。

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■資料のページ番号まで覚えていた!

────車の中での指示は、どんな感じなんですか?

池原:移動中にね、「池ちゃんここ見て。ここは集中ね。ここは山ね。ここは『〇〇』っていう本の〇ページにある写真を見て描いて」なんて言われる。で、帰って資料の棚から本を探すと、本当に〇ページに参考資料の写真が載っているんですよ。当時大きな本棚に資料がたくさんあったんだけど、書名はもちろん、ページ数まで覚えているからすごいよね。

────先生の記憶力のすさまじさはよく聞きますが、本当なんですね。

池原:本当に本当です。さすがにすべてのページじゃないと思うけど、気に留めたものはちゃんと覚えていたみたい。たとえばラフで山が描いてあって、指定されたページを見ると、本当にそこに写真があるんだよ。さすがに文章の引用だけは、一応もとの本を見て確認してましたけどね。

────忙しい中、先生は本もかなり読んでいたんですね。

池原:これも有名な話だけど、手塚先生は本当に1ページ1秒か2秒で本を読むんです。ななめに読むような感じで、よくわからないけど、自然と身についていた速読法だろうね。

────40代でも、記憶力は衰えてなかったんでしょうね。

池原:先生は脳みそが凡人とは違うんですよね。手塚プロに入って手塚治虫のような漫画家になりたいと思っていたけど、本人を目の当たりにして、全然足元にもおよばないってわかりました。あんなスーパーマンみたいな人、なかなかいないですよ。

■"妄想力"が生み出した多彩なストーリー

────記憶力もさることながら、次から次へと作品を生み出すわけですからね。

池原:先生は在学中にデビューして、以来ずっと漫画家でしょう。あの多彩なストーリーは、自分が体験したことを描くというより、映画や演劇、音楽、小説からのイマジネーションなんですよね。漫画家になってからは仕事仕事で、じっくり取材に行く暇なんてないしね。僕が手塚治虫にハマった理由も、そういう想像力の凄まじさなんですよ。

────たしかに、手塚先生の創造力は底知れないものがありますね。

池原:書物や映画から知識を得て、それを自分の中で昇華して漫画にしていたんですよね。だから先生の作品はおとぎ話的要素が強いんです。

────終戦後に宇宙を描いたり、リアルというよりおとぎ話的ですね。

池原:ほとんどが妄想と想像の世界なんですよね。実体験は『がちゃぼい一代記』や戦争もので漫画にしているけど、あのくらいじゃないかなあ。

────生活漫画みたいなのもありますが、わずかですしね。

池原:それに、コテコテの恋愛ものもないですよね。これはあまり体験がないからわからないのかも(笑)。恋愛の細かな機微がうまく描けないというか。女性の嫉妬を描くと化け猫なんかになっちゃうしね(笑)。

でも、手塚先生の妄想力に惹かれて、僕は漫画家になりたいと思ったんです。中2の思春期に手塚先生の作品に出会っていなかったら、僕は漫画家にならなかったかもしれません。

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『シャミー1000』(1968年)

友人を探して風神山にやってきた四村たちは、ネコの姿をした宇宙人、シャミー族に捕まってしまう。高度に合理化された生活によって愛を失ったシャミー族は、人間の愛を収集しているのだという。しかし特派調査員1000号は、四村に本当の愛を感じはじめて......。

────何が中学2年生の少年をそこまで惹き付けたんでしょうか。

池原:アトムがものすごく強いくせに苦悩するところとか、そのあたりに中学生の僕はビビッときたんですよ。小学生のときに読んでいたら、理解できずにただ「おもしろい」だけで終わっていたかも。大人になっていたら、『火の鳥』や『陽だまりの樹』に影響を受けるだろうし。

手塚プロに入っても、もし漫画家になれるなら少年誌で描きたいと思っていましたね。手塚先生のように、僕が描いたものが子どもたちに影響を与えられたらいいなと思って。

────余談ですが、私は『魔女っ子メグちゃん』にはすごく影響を受けました! おしゃれな洋館とかパイプをくゆらすお父さんとか。サリーちゃんやアッコちゃんと違って、何もかもがハイカラで。

池原:僕は原作じゃなくてテレビ企画に関わったんですが、あれは当時新しい魔女ものだったよね。あれからミンキーモモとか、いまのアニメに近い路線に変わったから。メグちゃんは服装とかも戦略的に考えました。女の子向けのファッション雑誌を買って研究したりして。特に40代以上の女性とはその話で盛り上がるよ(笑)。

────あはは。まさに! そういう意味では、子供の頃に見たものって、一生の好きなものを決定づけるんですよね。

■忙しすぎて締め切り前はキレたくなる!?

────アシスタント目線では、手塚先生はどんな存在でしたか?

池原:先生はやっぱり、神様ですよ。他の人なら逆らうけど、手塚先生に言われたら逆らえない(笑)。そんな存在でした。

でも、怖いとか気難しいっていうイメージはありませんでしたね。年上の先輩にはインクやペンを投げつけられたっていう人もいたけど。僕らの頃は、いつも穏やかでニコニコしていましたよ。たまには機嫌の悪いこともあったけど。一度原稿にお茶をこぼしてしまって、青くなって謝ったけど、早く修正しなさいって言うだけだったしね。

────じゃあ、そこまで傍若無人な振る舞いはなかったんですか?

池原:アシスタントに対しては、ほぼ常識的でしたね。でも、近くにいるから先生のわがままはいろいろ目にしました。たとえば、締め切りが近づくといろいろ駄々をこねだすんですよ。マネージャーをつかまえて「僕は何からやればいいんですかっ!」ってキレたりして。

マネージャーっていっても何人もいるし、漫画の編集者も「うちの原稿はまだか!」ってずーっと貼りつている。さらにアニメ進行の担当者が「先生、今日中に絵コンテ10枚ください」ってくるんだから、わがままを言いたくもなりますよ。めちゃくちゃ忙しいのにいろいろな人がべったり先生にくっついてるわけだから。

────仕事の争奪戦だったわけですよね。

池原:当時、秋田書店さんなんて受け取った原稿を会社に持ち帰らずに、仕事場から中村橋の製版所に直接持ち込んでいましたよ。

────その頃の編集者は大変ですね。

池原:写植だってネームが上がるとすぐに写植屋に頼んで、編集者が手塚プロでチョキチョキ切って貼っていました。会社に帰って自分のデスクでやる暇なんてないからね。当時は原稿渡して4日後くらいに漫画誌が出ていたから。

────池原先生がいた頃は、どんな漫画を描かれていたんですか?

池原:秋田書店は『やけっぱちのマリア』、小学館は『きりひと讃歌』、少年画報社は『アポロの歌』、COMで『火の鳥』あたりだね。

────そして、まもなく虫プロが倒産という事態になったんですよね。

池原:そうだね。富士見台の先生のお屋敷があったところには、いま建売が10軒立っているらしいからね。虫プロのスタジオも一緒にあったから、広いんだよね。

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『やけっぱちのマリア』(1970年)

暴れん坊の少年、焼野矢八(通称ヤケッパチ)の体から、ある日得体のしれないもの(エクトプラズム〈生き霊〉)が生まれてくる。エクトプラズムがダッチワイフの中に入り込むと、なんとそこには......。ヤケッパチと少女マリアが巻き起こす騒動を描いた学園コメディ。性教育をテーマにした、手塚漫画の中では珍しい作品。

■「頑張ってください!」でお客を追い返す

────手塚先生と個人的なやりとりはありましたか?

池原:仕事上の話はよくしたけど、個人的な会話をじっくりする機会はあまりなかったですね。アシスタントと大先生で、個人的な会話をするような立場じゃなかったから。

でも、先生のところにきたお客さんとの話を聞いていると、おもしろかったなあ。

────それはどんな?

池原:先生のところにはしょっちゅうお客さんがくるんです。売れっ子の漫画家や編集者、取引先、業者さんとか。先生は原稿を描きながら相手をするから、お客さんはデスクの横に来て話すわけですよ。だから、その話は僕らにもよく聞こえるんです。

おもしろいのはね。興味のある話をする相手には、先生のほうから「あれはどうなっていますか?」「それはどういうことですか?」って質問がいろいろ出るんです。ペンが止まって、身体もつい横に向いちゃう。長くなるとマネージャーが「そろそろ!」って止めに入るんだけど(笑)。

でも、あんまり興味のない話をする人には、相手にどんどんしゃべらせて、聞いているような振りをしている。で、いよいようんざりしてくると「じゃ、頑張ってください!」で締めるんですよ。そう言って追い返すんです。

────あはは。京都人のぶぶ漬けみたいな感じですね。

池原:特に漫画家さんなんかは「僕はいまこんなのを描いているんです」って手塚先生に聞いてほしいわけです。「先生、どう思いますか?」って聞かれても、興味がないと「いやー。頑張ってください!」だけ。しかも、ニコニコしながら言うからおもしろいんだよね。

────相手をいなすときのキラーフレーズですね(笑)

池原:手塚先生はマネージャーたちにはキレたり、侃々諤々やっていたけど、お客さんの前では常にニコニコなんですよ。やっぱり愛想というか、外面はいいんだよね。

次回は「手塚治虫のいろいろなワガママ」について、語っていただきます!

──第3回「本当にあった、手塚治虫のかわいい!? わがまま」に続く──


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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