虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第1回  89歳の今でも、最新漫画やアニメまでチェック

2022/02/02

関係者インタビュー

私と手塚治虫

1回 89歳の今でも、最新漫画やアニメまでチェック

文/山崎潤子

手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』のアニメ脚本を手掛けた辻真先さん。1950年代から始まったテレビ業界の裏話、過去から現在に至るまでの漫画やアニメの話を交えながら、手塚治虫との思い出を語っていただきました。

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PROFILE

辻 真先(つじ・まさき)

推理作家、脚本家、エッセイスト。1932年愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒。草創期のNHKでドラマ・バラエティ・歌番組などの番組づくりに携わったのち、『鉄腕アトム』『巨人の星』など、テレビアニメ脚本を数多く手掛ける。さらに作家として本格ミステリ、旅行エッセイ、アニメのノベライズなど広範囲に渡り作品を執筆。1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞(長編部門)、2019年に第23回日本ミステリー文学大賞受賞など。2021年には、さまざまな名作アニメの誕生秘話を綴った『辻真先のテレビアニメ道』を上梓。


■オンデマンドでアニメを堪能

───熱海が一望できて、素晴らしいお住まいですね。

僕は温泉好きで鉄道好きだから、熱海はぴったりです。子供の頃からあまり目がよくなかったから、景色のいいところで遠くを見ながら過ごそうと思ったんです。熱海の前は松本の浅間温泉にいて、奥穂高が見えました。ただ、仕事では近くを見ないといけないわけですが(笑)。

───今日は辻先生の近況や、手塚治虫と一緒にお仕事をしていた頃の思い出話をお聞かせ願えればと思っております。

懐かしいですね。関係者はみんないい年だし、すでに亡くなっている人も多いですから。僕あたりは年上のほうじゃないでしょうか。僕は手塚先生より6つくらい年下で......といっても、今年90歳になりますが(笑)。

───辻先生は本当にお若くてお元気ですね。

いやいや。よたよたのよれよれだよ。

───先生のツイートをよく拝見していますが、最新の漫画まで守備範囲が広いですよね。少し前まではコミケに参加されていたり。

子供の頃からやっていることが変わらないだけです。昔は漫画を立ち読みしていたけど、今は座って読めるから幸せです(笑)。

───アニメの最新作もチェックしていらっしゃいますよね。

さすがにオンエアはしんどいから、アマゾンプライムやネットフリックスなど、もっぱらネットのオンデマンドです。

映画も数年前までよく行っていましたが、今は前立腺肥大でなかなか劇場に行けなくなりました。ハルヒの劇場版(『涼宮ハルヒの消失』)を観に行ったときは、途中トイレに二度行って筋がわからなくなってしまって参りましたから。あれは2時間半もあったでしょう。で、エンディングのときにまた行きたくなる。最近の映画ってエンディングのあとに仕掛けがあったりするから、観られないのはくやしいですから(笑)。

『シン・ゴジラ』だって、初見ではどこでゴジラが出てくるかわからなくて、トイレに行っている間に鎌倉に上陸するところを観損ねたから、二度観に行きました。でも、これじゃ映画観に行ったのかトイレに行ったのかわからない。オンデマンドなら、手元で一時停止できるから楽なんです。

■「笑い」は誰かと一緒に観るほうがいい

───パソコンでアニメや映画を楽しまれているんですね。まさに若者と同じです。

でも、他のお客さんのリアクションがわからないのは少し寂しいです。ここで笑っていいのか、わからないでしょう。若い人とは笑いの感覚がずれているだろうけど、そのずれがわからなくなるんです。

漫画家さんなら、年をとってもギャグ漫画が描ければたいしたものです。逆に言えば、ギャグ漫画家は寿命が短いといえるかもしれませんが。

───笑いどころは人それぞれですが、笑いは共有できますよね。

本来、お笑いは他の人と一緒に観るべきなんです。昔は「映画を観るなら浅草の大勝館に行け」と言われていました。庶民の平均的なリアクションがわかるから、大勝館で当たれば全国でヒットするというわけです。芸人というのは、老若男女すべての人を笑わせてこそだと思いますよ。

───たしかに、現場の雰囲気は劇場に行かなければわかりませんよね。

特に芝居は目の前に生きているお客さんがたくさんいるでしょう。あれはいいものですよ。お客さんの反応を生で実感できるんですから。舞台に立つというのは一種の麻薬でしょうね。

対して、映画は自分の複製ですよね。以前につくったもの、書いたものが上映されるわけだから、なんとなく隣でやっていることのような感じがします。小説となるともっとピンときません。読者の隣でじっと見ているわけにもいきませんから。一度でいいから電車で自分が書いた本を読んでいる人を見つけて「それ書いたの私です!」って言ってみたいものですよ(笑)。

───そういう意味ではツイッターのつぶやきはリアルタイムですよね。

つぶやきなんてそもそも人に聞かせるものじゃないのかもしれないけど、これからはSNSなんかも上手に使うとおもしろいですよね。

───辻先生のツイートには若い人もたくさん反応していますよね。

ツイッターで笑い声が聞こえたらいいんだけどね(笑)。

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■今では考えられない昔の漫画や雑誌

───辻先生の子供時代、漫画はどんな位置づけでしたか?

今は書店に行けばたくさんの漫画がズラリと並んでいますが、僕らの感覚では、漫画が書店で気軽に買えて、気軽に読めるなんて最近のことです。僕の子供時代は昭和初期になりますが、当時はそもそも数が少ないし値段も高いから、お金持ちでないと漫画なんて読めません。手塚先生は上流階級の子弟だったから子供の頃から漫画や映画にたくさん触れられたんです。当時そんなことができるのは、お金持ちだけでしたから。

───辻先生も漫画はたくさん読まれていましたか?

僕の実家は名古屋ですが、幸い家の裏手に本屋さんがあって、親同士が知り合いだからいつでも立ち読みさせてもらえたんです。いつも妹が「兄ちゃん、ごはん!」って本屋に呼びに来る。本屋の主人に「まあちゃん、頼むから奥で読んでよ」って言われていたくらい。

そもそも漫画なんて、まともな本だと思われていませんでした。その頃の漫画はゾッキ本といって、安手のつくりでね。いちばん安いものだと、5銭10銭の、もう本なんて呼べないようなホチキス止めのものもありました。当時は著作権なんてあってないようなもので、適当にそこらのものをかき集めるわけです。だから内容も中途半端なことが多くて、たとえばミニーマウスが悪漢に捕まって、ミッキーマウスが助けに行こうとするところで終わっちゃうんですから(笑)。

───それでも、夢中になるくらい面白かったわけですね。

当時はチャップリン、ハロルド・ロイド、バスター・キートンなんかのアメリカのドタバタ喜劇映画がたくさんあって、それを漫画にしたものも多かったです。ロイドがトビラを開けるとまたトビラ、開けるとまたトビラ、何十枚もあるトビラを必死で開けて......なんていうのもありましたね。

手塚先生の『メトロポリス』にもおもしろいシーンがありましたよね。最初に花丸博士(ベル博士)が口上をぶったあと、「大変だー!」という声が聞こえる。次のページは6コマに分かれていて、視点はフィックスさせたまま、遠くにいた男をだんだん大きくして走ってくる様子を表現するわけです。最後の6コマ目では叫ぶ男の口の中の絵になって、のどちんこが見えるというオチ。

ストーリーをコマで運ぶというのは戦前からありましたが、映画のようにハラハラしたり笑ったり悲しんだり、そういったいろいろな表現を詰め込んだコマ漫画に発展せさたのは手塚先生です。やはり偉大なクリエイターですよね。

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『メトロポリス』の冒頭シーン。

───日本の漫画の黎明期から、ずっと親しまれてきたわけですね。

漫画も小説もたくさん読みました。ジュブナイルやラノベなんていう言葉もない時代ですが、戦前は『少年倶楽部』や『少女クラブ』という少年少女向けの雑誌があって、漫画なら田河水泡の『のらくろ』も載っていたし、小説では大佛次郎、江戸川乱歩、川端康成、吉川英治、山本周五郎、吉屋信子といった一流の作家が、子供向けに書いてくれていたんです。それも戦争でなくなってしまいました。

───すごい。それは読んでみたいですね!

でも、「漫画や小説を読んでいて高校や大学に入れるものか!」なんて言われた時代です。漫画や小説なんて、叱られるか笑われるかバカにされるかという類のものでしたから。漫画やアニメがこんなに褒められるなんて、僕らにとってはつい最近のことです。

映画もたくさん観ました。一生でいちばん映画を観たのは高校3年生の頃で、年間200本くらい観たと思います。だから成績もひどくて、1番をとったり150番をとったり。戦時中だから数学でaの2乗とか出てくると「先生、aとかbなんて使っていいんですか?」なんて屁理屈をこねたりして。僕が質問すると前に進まないんです(笑)。さすがに親が呼び出されて怒られました。我ながら、よくあれで大学にとおったと思います。

■漫画の地位を高めるために......

───当時は大卒も珍しかった時代ですよね。

漫画の脚本をやるようになって、たまたま関係者が大勢集まったときに、誰かが「この中で大学出てるやついるか?」って聞いたら、僕ともうひとりだけ。大学を出てNHKに行って、それから漫画の世界に来たって言ったら、みんなギャグだと思ってゲラゲラ笑うんです。よほど珍しかったんでしょうね。

手塚先生も大学を出たインテリでしょう。しかも漫画を描きながらもタニシを使った実験の博士論文を書いていましたよね。でも、あれは漫画の地位を高めようという意図だと思います。

───なるほど。きちんとした人間が描いているのだと示すために。

手塚先生は節税せずに税金をたっぷり払って、関西の長者番付(高額納税者)の画家の部で1位になったこと(※編注:1954年3月)があったけど、あれもPRのためじゃないでしょうか。大人はそういう権威付けがないと振り向いてくれないですから。

───それだけ、漫画の地位が低かったんですね。

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『がちゃぼい一代記』(1970年)

手塚治虫が自身の半生を描いた作品。漫画好きの青年が漫画の神様に出会い、漫画家になって成功していく。よりよい漫画を描き、漫画の地位を上げていきたいという思いが描かれている。

漫画が当たり前に書店に並ぶなんて、あり得ない時代でした。文化や芸術の位置づけが今とは違うんです。僕は大学の卒論を黒澤明で書こうとしたらダメだと言われました。「映画は芸術・学問じゃないから卒論には使えない」というわけ。だから芥川龍之介の『羅生門』をテーマに黒澤明を論じることにして、それはなんとかOKとなりました。

今はアニメも漫画も堂々と見られるから、いい時代ですよ。数年前、東大の大学院在学中の学生さんでアニメ史をテーマに卒論を書くという人にお会いしたけど、「ああ、なんていい時代なんだろう」と思いました。

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『辻真先のテレビアニメ道』(立東舎)

『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『オバケのQ太郎』『サザエさん』など、さまざまな名作アニメの脚本を担当してきた辻先生が、当時のテレビアニメの創作秘話や業界の裏話を回想した傑作。

〈次回は日本でテレビ放送がはじまったばかりの頃のお話を伺います。〉


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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