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関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第1回 漫画家になる決意を固めた『新選組』

2022/08/05

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第1回 漫画家になる決意を固めた『新選組』

文/山崎潤子

 手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。萩尾望都先生は、手塚治虫の『新選組』を読んで、漫画家になろうと決意されたそうです。萩尾先生には『新選組』の思い出や深堀り考察、そして手塚治虫とのエピソードなどや手塚漫画に対する思いなどをお聞きしました。

 2022年8月、手塚治虫原作の『新選組』が歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で上演されることになり、注目を集めています。

 そこで、今回の「私と手塚治虫」は特別に、8月中毎週、更新していきます! お楽しみに。

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PROFILE

萩尾望都(はぎお・もと)

 漫画家。福岡県大牟田市生まれ。1969年のデビュー以来、繊細な絵柄と巧みな心理描写で少女漫画界に新境地を開き「少女漫画の神様」と呼ばれる。『ポーの一族』『11人いる!』で1976年に小学館漫画賞、『残酷な神が支配する』で1997年に手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、『バルバラ異界』で2006年に日本SF大賞、2022年に米アイズナー賞など受賞多数。2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。

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■1週間『新選組』のことばかり考えていた

───萩尾先生は手塚治虫の『新選組』を読んで漫画家になろうと決意されたと聞きました。

 高校2年生のとき、お正月のお年玉で『新選組』の単行本を買ったんです。ちょうど、大阪にいたころでしたね。

───転校で大阪にいらっしゃった頃ですか?

 大牟田(福岡県)に帰ってくるほんの少し前です。『新選組』の単行本が売っているのは知っていたんですが、お金がなくてなかなか買えなくて。お年玉を手に入れて、「よし!」と思って買いました。値段は240円。当時の私にはお年玉でないと買えなかったんです。

───読んでみて、どう感じたのでしょうか?

 あの......、ものすごく感動したんです。

 もちろん、手塚先生の作品はこれ以外にもたくさんありますし、この『新選組』が飛び抜けて素晴らしい作品かというと、そうではないかもしれません。他にも『火の鳥』や『アドルフに告ぐ』など、たくさんの名作がありますから。

 ですが、そのときの自分の心情に何かこう、ストーリーがフィットしたのでしょうね。ものすごくのめり込んでしまって、1週間くらいずっーと、この漫画のことを考えていたんです。

───高校生だった萩尾先生に共感する部分があったのでしょうか。

 進路やら何やらで、悩んでいたんでしょうね。これからどうしようかなあって。

 当時の私は漫画が大好きで、将来漫画家になりたいという気持ちはあったけれど、自分なんかがなれるかしら、食べていけるかしらと思っていたんです。そういった先の心配ばかりして、なかなか具体的な決意には至っていませんでした。

 そんなときに、この『新選組』に出会って、頭から離れなくなった。そして「こんなにもひとつの物語が人にショックを与えるものなのか」と感動しました。

 でね、人間には「やられたことをやり返す」という癖があるんです。だから、私も誰かにショックを与えたいと思ったわけです(笑)。

───なるほど。「自分も人の心を動かすような漫画を描きたい」という原動力になったわけですね。

■何十ページにも膨らんだ1コマ

───『新選組』で印象的なシーンはありますか?

 主人公の深草丘十郎が新選組に入隊して、やがて親友の鎌切大作と決闘をしなければならなくなる。大作は長州藩のスパイだったわけですよね。大好きな親友を斬れと命令されて、丘十郎が悩みながら歩いていくシーンがあるんです。もう丘十郎の気持にすっかりのめり込んでしまって、描かれていないセリフを自分でどんどん作り込んでいったんです。

───行間を読むような感じで?

 そうです。「大作、なぜ僕をずっと騙していたんだ!」「一緒に仲良くしるこを食べたじゃないか」「全部ウソだったのか!」「僕は本当に君に友情を感じていたのに」とか、勝手にね。私はこういったセリフが実際に書かれていると思い込んでいたんですが、あとで読み直したら、たった2行だったからびっくりしてしまいました(笑)。

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『新選組』(1963

父の仇を討つために新選組に入隊した深草丘十郎。そこで鎌切大作と出会い、二人は親友になるが......。これは土方歳三に大作を斬れと命令された丘十郎が苦悩するシーン。

───このコマに、妄想でセリフが盛り込まれていったわけですね。

 親友を斬らなきゃいけないなんて、究極の選択でしょう。実際にはたった2行しか描かれていないのに、この1コマが何十ページもの膨らみを持ったんです。もう、本当に幸福な妄想ですね。

───読者としては「これからどうなるんだろう?」という場面ですよね。でも、やはり最後は斬らなければいけない。

 追い詰められて、追い詰められて......、というのを、けっこう手塚先生はやりますよね。

───丘十郎は葛藤しながらもいろいろな人を斬っていくわけですよね。

 少年の成長物語ですね。丘十郎は父親の仇を討つために新選組に入って剣の腕を磨くわけですが、あるとき裏切り者を殺めてしまい、今度は自分がその娘の仇になる。ついに父親の仇討ちを果たしても、むなしくなる。......人間関係が多重構造になっていますよね。

───仇討ちを誓って新選組に入ったのに、今度は自分が仇になるという......。丘十郎は受難続きですよね。

 終わりのない果たし合い、切り合い、追いかけ合いが続くわけですよね。手塚先生ご自身がお若かった頃の作品だからかもしれませんが、主人公が熱血ですよね。一途で、自分を曲げないんです。

序盤で近藤勇が丘十郎に「少年くん」と呼びかける場面がありますが、いかにもこの時代だなあという感じで、ほのぼのとしていいんですよ。

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■読者の心をつかんだ主人公たちの"もどかしさ"

───『新選組』が萩尾先生の心に響いたのはなぜでしょう。

 自分でも、どうしてこんなに、この『新選組』に参っちゃったのか、よくわからないんです。

主人公の丘十郎は父親を殺されて身寄りをなくして、新選組に入隊する。丘十郎にとって、新選組は家族のようなものです。さらに鎌切大作という親友も得ることができたわけです。新選組も大作、どちらも丘十郎にとっては大切ですよね。

 でも、幕末の時世というのは、大切なものを両方とも持っていることが許されず、理不尽にも大事な親友を斬れと命令される。もちろん、丘十郎は大好きな親友を斬りたくない。大作のほうも同じで、丘十郎との友情を感じながらも、やはり長州藩のスパイとしての仕事をしなければならない。

読者目線では「二人で逃げちゃえばいいのに」とも思うけれども、それができないのが当時の世の中です。

───自分が属する新選組や長州藩を裏切ることができない。そこもきちんと描かれていますね。

 決闘の前に土手に座って、2人で話すシーン。鎌切大作が「新選組も長くは続かない」とか「近藤さんはただ強いだけだ」なんて言うわけです。そこで丘十郎は単純だからすぐ怒り出してしまう。こういうところもかわいいんですよね。

 その後の歴史を知っている立場からすれば「鎌切大作の言う通りだよ」なんて言いたくなりますけど、渦中にいたらそんなことわからないですよね。でも、決闘のあとに丘十郎は武士をやめて田舎に帰るなんて言い出すんですから「やめるんだったら決闘なんかするなよ〜!」ってまた、言いたくなります(笑)。

───各所各所でもどかしいポイントがたくさんあって、突っ込みたくなりますよね。スカッとする時代劇というより、心理の葛藤が描かれている。

 やっぱりそういった心理のひだが微妙に重なっていくところに、得も言われぬ味わいがある。そこがすごく、好きなんです。

『新選組』で鎌切大作との決闘のあと、丘十郎が泣いて川に捨てた刀を、坂本龍馬がわざわざ川の中に入って拾うシーン。これがまたいいんですよ。拾って受け取るなら最初から投げるなよと思うけれど、投げたことに意味があるわけです。

 親友を斬ってしまったからこの名シーンがあるわけで、二人で逃げてしまったらありませんから。

───心情としては逃したいけど、ストーリーでは殺さなければならない。

 大義を裏切ることになりますからね。二人で逃げちゃってもそれはそれでおもしろい話になりそうだけれど。別バージョンでね(笑)。

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───話は変わりますが、萩尾先生は自分が生み出したキャラクターが死ぬ運命になったときに、殺したくないと思うことはありますか?

 それはあります。ありますけれど「ここで死ぬのはあなたの役割だから」ということです。あなたが生まれたのはここで死ぬためだから、どうしてもここで死なないといけない。涙をのんでストーリーを優先させます。

───萩尾先生ご自身も、登場人物の心理をしっかり描かれますよね。

 いえいえ。私も手塚先生のように見事に書けたらいいのですが。しかも『新選組』は先生の何百とある作品のほんのひとつですからね。これは本当にすごいことです。

〈次回も、引き続き『新選組』の魅力についてお話を聞いていきます。〉


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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