虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 江成常夫編 第1回 戦争体験から生まれた仕事の「原点」と「文脈」

2026/03/20

関係者インタビュー

私と手塚治虫

江成常夫編

 

1回 戦争体験から生まれた仕事の「原点」と「文脈」

文/山崎潤子

関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、戦争と昭和を軸に約半世紀仕事を続けている日本を代表する写真家、江成常夫さん。江成さんは、皆さんがよく目にする手塚治虫の写真を撮影されています。撮影秘話はもちろん、戦時下に生まれたこと、作品を通して戦争を伝えつづけることなど、手塚治虫との共通項についてもお聞きしました。

 

PROFILE

c_watashito_enari_prof.jpg江成常夫(えなり・つねお)

1936年神奈川県相模原市生まれ。写真家、九州産業大学名誉教授。1962年に毎日新聞社入社。1974年に同社を退職しフリーに。以降、声なき人たちの声を写真で代弁し、戦争の昭和を起点に仕事をつづける。木村伊兵衛賞、土門拳賞をはじめ毎日芸術賞など国内の代表的な写真賞を受賞。『花嫁のアメリカ』『百肖像』『シャオハイの満洲』『まぼろし国・満洲』『ヒロシマ万象』『鬼哭の島』など、多くの著書・写真集がある。写真と文章を拮抗させた「フォトノンフィクション」を確立。2019年から2024年にかけ、テキサス大学付属「ドルフ・ブリスコー米国史センター」に多くの作品が所蔵された。

©江成常夫

 

◾️仕事を続けるには「文脈」が必要

 

手塚先生......いや、僕は自分にも相手にも先生というのは好きではないので、手塚さんと呼ばせてもらいます。手塚さんはマンガ家として非常に大きな存在でしたから、当然その存在は存じ上げています。特に『火の鳥』はライフワークのように描かれていましたよね。うちでも長女が高校生の頃、虜になって読んでいました。

 

僕はこのインタビューを受けるにあたって、手塚さんと実際に会ったのは撮影時の数十分間だし、それほど話すことはないだろうと最初はお断りしたんです。

ただ、手塚さんはマンガの中で戦争に対して厳しい目線を向けて、それを伝えていらっしゃるでしょう。戦争の昭和をテーマに写真を撮り続けてきた自分とは、おこがましいですが共通点があると感じて、お引き受けしたんです。

 

──実際に戦時下を経験されたお2人には、共通点があると思います。

 

手塚さんは1928年の生まれで、僕は1936年生まれだから、僕のほうが8歳年下ですね。僕が生まれた1936年というのは二・二六事件の年。すでに1931年に満州事変が起きて、日本の中国東北部の侵略がはじまっていた。いわゆる15年戦争というのは、満州事変から原爆投下までだと僕は考えています。戦争の時代に生まれた僕の仕事の文脈は、そこからはじまっているんです。

 

──仕事の文脈、というと?

 

僕はずっと「戦争の昭和」を軸として、仕事の文脈にこだわりつづけてきたんです。あれこれ全然関係ないものをつまみ食いして、野次馬的な仕事になっては申し訳ないと思ったんですね。

 

◾️人間形成に大きな役割を果たす「時代」

 

──戦争を軸に、写真家という仕事を続けられたわけですね。

 

人間形成というものは、持って生まれたDNAや家庭環境だけでなく、どんな時代に生まれたかが鍵になると思います。僕は戦時に生まれ、子ども時代に敗戦を経験した。だから、僕の人間形成に戦争が深く刻み込まれているわけです。

 

そういう意味では、手塚さんは持って生まれた才能とそれを伸ばせる環境があり、さらに戦争を体験して数々の傑出した作品を生み出した。つまり、時代が生み出した奇跡的な人物だったのだと思いますね。

 

──その時代を実際に体験していないと、表現できないものがあるのでしょうね。

 

僕自身、幼児期は「ほしがりません勝つまでは」という時代でした。言い換えれば戦争、つまり人を殺すために食べられず、不自由を強いられた時代です。

手塚さんも多感な時期に戦争を経験して、マンガ家を目指された。大阪帝国大学を出て医学博士までなりながら、マンガを描き続けたのは、昭和の過ちに対する怒りのようなものもマンガに託していると感じます。戦争という原体験が、膨大な手塚マンガの礎になっているのではないでしょうか。

 

──手塚マンガには、戦争へのメッセージがかなり込められていますよね。

 

手塚さんのマンガは幅広いジャンルにわたっていますが、やはり後ろに流れる文脈を感じます。生涯にわたって伝えたいものがあるからこそ、文脈をもって仕事を重ねることができる。それを次の世代に語り継ぎ、同時に後押しをすることになるのだと思います。

僕が写真を通してやってきたように、手塚さんはマンガを通して歴史を伝えるという偉大な仕事をされてきたわけですね。

 

◾️組織では貫けなかったテーマ

 

──江成さんが写真家になられたのは、どんな経緯があったのでしょう。

 

子どもの頃、敗戦後に一番度肝を抜かれたのは、ディズニーアニメやアメリカ映画でした。その後日本が復興していく中で、黒澤明、今井正、新藤兼人といった映画監督にも影響を受けましたね。僕も戦争の昭和を伝えたいという思いで新聞社を志して、毎日新聞に拾ってもらったんです。

 

──戦争について報道したいという気持ちで新聞社に......。

 

僕は百姓の小倅で、いわゆる草の根の人間なんです。新聞社を目指したのは原爆をはじめとする戦争の傷跡を伝えたいという気持ちがあったから。ただ、ひとつのテーマを追いかけるには、新聞社という組織は難しいものがありました。長嶋茂雄を取材しろと言われても、僕はまったく興味がない。もちろん、スポーツ報道には価値がありますが、僕のやりたい仕事ではなかったわけです。

 

手塚さんは医師免許を持ちながらマンガ家を目指す人生を歩んでこられたでしょう。僕も同じように、憧れて入った新聞社ですが、ここにいては自分のやりたい仕事はできないと思ったんです。

 

──組織の中にいては、やりたい仕事はなかなかできないですよね。

 

もちろん、新聞は時代の証言者としての役割がありますし、新聞をつくるのは立派な仕事です。その価値はわかっていても、僕はもっと自分の物差しで、仕事をしたいと思ったんです。新聞社をやめてフリーになった以上、新聞では果たせなかったことをやると決めてね。新聞社の居心地はよかったですけどね。

 

◾️写真家としての原点となった「戦争花嫁」の取材

 

c20260226_manga01.jpg

マンガ『アリと巨人』(1961年)

戦争で両親を失った少年、マサやんとムギやんは強い友情で結ばれていた。時は流れ、マサやんは新聞記者、ムギやんはやくざ者と、まったく別の道を歩むことになる......

──安定した地位を捨てて、写真の道に......。

 

フリーの写真家になってから、もう半世紀ほどになります。

1974年に毎日新聞社を辞めて、最初にニューヨークに1年滞在したんです。そこで戦争花嫁(戦後に敵国の兵士と結婚し、夫の母国へ移住した女性たち)と出会って取材をはじめたことが、僕の半世紀にわたる仕事の原点になっています。

そこからずっと、満州事変や原爆の戦跡、戦争花嫁や戦争孤児(戦時下、戦後に親を亡くした子どもたち、あるいは異国に置き去りにされた子どもたち)を僕の仕事としてきました。

 

──そういえば、最近になって江成さんの作品がアメリカの博物館に収蔵されたそうですね。

 

アメリカのテキサス大学の「ドルフ・ブリスコー米国史センター」に僕の写真が600点余り収蔵されました。国史センターは1991年に設立され、全米有数の歴史研究機関なんです。収蔵作にはベトナム戦争の「サイゴンでの処刑」でピュリツァ―賞を受賞したエディー・アダムズ氏ら70人を超す写真家の作品が保存されています。

 太平洋戦での戦勝国アメリカが、敗戦国、日本側の写真作を受け入れたのは、歴史的にも意味は大きいと思います。

[第2回に続く]


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


バックナンバー

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第1回 華麗なる(?)手塚家の生活

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第2回 自由奔放な娘と手塚家の教育方針

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第3回 母よ、あなたは強かった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 小林準治編 第1回 古き良き、虫プロ時代

関係者インタビュー 私と手塚治虫 小林準治編 第2回 昆虫愛がつないだ関係

関係者インタビュー 私と手塚治虫 瀬谷新二編 第1回 冷めることがなかったアニメへの情熱

関係者インタビュー 私と手塚治虫 瀬谷新二編 第2回 いつだって、手塚治虫はみんなの中心にいた

関係者インタビュー 私と手塚治虫 華平編 中国と日本、縁で結ばれた手塚治虫との出会い

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第1回 『鉄腕アトム』にあこがれて、手塚治虫を目指した少年

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第2回 アシスタントが見た、手塚治虫の非凡なエピソード

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第3回 本当にあった、手塚治虫のかわいい!? わがまま

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第1回 僕がいま、映画『ばるぼら』を撮った理由

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第2回 手塚治虫が『ばるぼら』で本当に描きたかった心の中

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第3回  AIでは再現できない、手塚治虫の目に見えない演出のすごさ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第1回  昭和時代の子供が出会った手塚漫画

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第2回  ひとりのファンと手塚治虫の邂逅

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第3回  手塚治虫がつないでくれたたくさんの縁

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第4回  「手塚作品の復刻版をつくる」意義

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第1回  手塚プロダクションに二度入社した男

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第2回  富士見台時代から大きく変わった高田馬場時代へ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第3回  アシスタントが見た「手塚治虫」という天才

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第1回  89歳の今でも、最新漫画やアニメまでチェック

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第2回  日本のテレビ番組、その夜明けを駆け抜ける

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第3回  戦争をくぐり抜けてきたからこそ、わかること

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第4回 過去から現在まで、博覧強記の漫画愛

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第5回 アニメ『ジャングル大帝』の知られざる裏話

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第1回 漫画家になる決意を固めた『新選組』

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第2回 漫画家の視点で「手塚漫画」のすごさ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第3回 萩尾望都と手塚治虫は何を話したのか

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第4回 『鉄腕アトム』に見る、手塚治虫の漫画手法

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第1回 新人の制作担当からアニメーターへ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第2回 嗚呼、青春の富士見台。虫プロダクションの日々

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第3回 手塚治虫との距離が近づいた、高田馬場時代

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第4回 手塚治虫という原点があったから、今がある

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第1回 漫画少年、「漫画家への道」に葛藤する

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第2回 自ら退路を断って決めた、アシスタント生活

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第3回 手塚アシスタントのリアルな日々

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第4回 アシスタントは見た! 『MW手塚治虫』事件と『よれよれの手塚治虫』事件

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第5回 『The♥かぼちゃワイン』は「あの作品」に影響を受けていた!?

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第1回 新人時代の『チャンピオン』編集部

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第2回 時代によって変化するマンガの世界と価値観

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第3回 天才編集者と天才マンガ家~『ブラック・ジャック』誕生の秘密

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第1回 「手塚治虫がアイドル」だった少女、夢を叶える

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第2回 天才の仕事ぶりと「あの都市伝説」の真実

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第3回 いまだから言える! 「手塚先生、あのときはごめんなさい!」

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第4回 アシスタントは「手塚番」の編集者よりははるかに楽!

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第5回 「身近なもの」だったから、私たちは漫画に夢中になった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第1回 僕らは手塚治虫をもっと見上げておくべきだった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第2回 飛び出した名言「あなたたちね、仕事に命かけてください!」

関係者インタビュー 私と手塚治虫 鈴木 まもる編 第1回 あの『火の鳥』を絵本にするというプレッシャー

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第3回 超マル秘エピソード「手塚治虫と一緒に〇〇を......!? 」

関係者インタビュー 私と手塚治虫 鈴木 まもる編 第2回 絵本を描いて改めてわかった『火の鳥』のすごさ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第4回 たった16ページで表現できる緻密なストーリー

関係者インタビュー 私と手塚治虫 鈴木 まもる編 第3回 いい絵本には、作者の「好き」がたくさん詰まっている

関係者インタビュー 私と手塚治虫 堀田あきお&かよ編 第1回 『手塚治虫アシスタントの食卓』が生まれた理由

関係者インタビュー 私と手塚治虫 堀田あきお&かよ編 第2回 アシスタント時代を彩った愛すべき登場人物たち

関係者インタビュー 私と手塚治虫 堀田あきお&かよ編 第3回 マンガの神様の超絶技法

関係者インタビュー 私と手塚治虫 堀田あきお&かよ編 第4回 「手塚治虫=時代が生み出した概念」説

関係者インタビュー 私と手塚治虫 野内雅宏編 第1回 新人編集者、マンガの神様の読み切り担当になる

関係者インタビュー 私と手塚治虫 野内雅宏編 第2回 初対面の手塚治虫と、いきなりタクシーで打ち合わせ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 月岡貞夫編 第1回 文通から始まった手塚治虫との絆

関係者インタビュー 私と手塚治虫 月岡貞夫編 第2回 手塚治虫の代役で東映に派遣。そしてアニメーターの道へ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 月岡貞夫編 第3回 あの頃は、すべてが学校だった──

関係者インタビュー 私と手塚治虫 月岡貞夫編 第4回 天才が語る「アニメの本質」

関係者インタビュー 私と手塚治虫 月岡貞夫編 第5回 次々明かされる、意外な手塚治虫の素顔


CATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグCATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグ