虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 鈴木 まもる編 第3回 いい絵本には、作者の「好き」がたくさん詰まっている

2024/08/13

関係者インタビュー

私と手塚治虫 鈴木 まもる編

3回 いい絵本には、作者の「好き」がたくさん詰まっている

文/山崎潤子

関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は絵本作家の鈴木まもるさん。2024年4月に『火の鳥 いのちの物語』として、『火の鳥』の絵本化を実現されました。絵本化に至った経緯や絵本に込めた思い、また独特な絵本の世界や描き方など、さまざまな角度からお話を伺いました。

 

suzukimamoru_prof.jpgPROFILE

鈴木まもる(すずき・まもる)

絵本作家。画家。鳥の巣研究家。

1952年東京生まれ。東京藝術大学美術学部工芸科中退。

 

1986年より伊豆半島在住。『黒ねこサンゴロウ』シリーズで赤い鳥さし絵賞、『ぼくの鳥の巣絵日記』で講談社出版文化賞絵本賞、『ニワシドリのひみつ』で産経児童出版文化賞、『あるヘラジカの物語』で親子で読んでほしい絵本大賞大賞を受賞。『せんろはつづく』シリーズは累計100万部のロングセラーになっている。鳥の巣研究家として、鳥の巣に関する本も多数出版。全国各地で鳥の巣の展示もしている。

URL:https://mamorusuzuki.wixsite.com/nestlabo


■絵本はこうやって作っている

 

──絵本というのは子どもに向けて描かれるものだと思いますが、大人向けの書籍や雑誌との違いというか、描くときの工夫はあるのでしょうか?

 

答えになっているかわかりませんが、絵本って32ページが多いんです。もちろんやろうと思えば40ページでも50ページでもできますが、製本上紙を無駄なく使い、お子さんたちが手に取りやすく、1500円前後に収めるには、32ページ(扉+15見開き+奥付)になります。

僕は、絵本は表紙からはじまって、裏表紙までがひとつの世界だという思いが強くて、その世界の中でどう表現するかを大切にしています。お子さんがページをめくりながら読み進め、ああおもしろかったと感じて、また読みたくなったらいつでも開いてその世界に入れる。そういう世界観をつくれるのが絵本であり、僕はそれを描きたいと思っています。

 

──絵本を描くときの流れみたいなものはありますか?

 

まずメモ帳に32ページ分のページ割りをして、簡単な起承転結を考えます。

そして、自分はどういう絵を描きたいか、どうしたら伝わりやすいか、わかりやすいかと考えながら、大まかな世界をつくるんです。そこから原寸の画用紙を使って、個々の世界である実際の絵作りに入っていきます。絵作りでは「こんな絵を描きたい」という思いを少しずつ整理して、絵と言葉を合わせていく作業をします。

 

いかにわかりやすく伝えるかも大事ですが、実は自分が何をしたいか、描きたいかという作り手側の気持ちが優先しているように思います。結果的に伝わるかどうかはわかりませんが。

 

──でも、作者に「これが描きたい」という強い気持ちがなかったら、そもそも伝わらない。「描きたい」という気持ちがあるから、伝わるような気がします。お話を伺って、作者の強い思いがあることが、いい絵本の条件なのかなと感じました。

 

読者のことを考えてないわけではないですけれど、やっぱり自分が何したいかか、どんなものを作りたいかという気持ちがあるからこそ本というものができるのだと思います。結果的に伝わらなくて、売れなくて、という場合もあるかもしれませんが、僕はたった1人でも「これ、面白かった」と思ってもらえればいいんです。

 

──今回の絵本は、「生きていていいんだ」「生きるってすばらしい」ということを、大人にも子どもにも思わせてくれる内容になっていると思います。言葉にすると上滑りしてしまうけど、絵本の世界の中で読むと、すごくジーンときました。

 

そういった部分は、手塚先生の原作があってこそ描けたことだと思います。

 

 

■絵本=自分が好きなものを確認する作業

 

──鈴木先生の『せんろはつづく』シリーズもそうですが、絵本はロングセラーが多いですよね。毎年たくさんの新作が出るのに、名作がしっかり読み継がれるのが不思議です。

 

きっと、その子がその絵本に感じる何か、自分に響くもの、自分と同じものがあるのだと思います。そしてその絵本を好きになって、何度も何度も手にとって、めくって、ボロボロになるまで読んでくれるのだと思います。絵本を読むことって、子どもにとって、自分の好きなものを自己確認する作業のような気がします。

 

──どういう傾向のものが売れるとか、最近の流行りはこうだとか、そういった大人の事情より、作者の思いみたいなものがきちんと反映されて、それが子どもに響くんでしょうね。

 

そうですね。作者自身が「自分が楽しくなる・うれしくなる」ことをいかに表現するかが大切で、結果的には誰かが共鳴してくれるのかなと思います。

そして、自分は何が好きかという気づきは、無意識であってもこれからの生きる方向とか、道づけになってくれるものだと思います。

 

 

■自分で選んで歩いていくために

 

今、ウクライナやガザ侵攻など、世界中で不穏な出来事がたくさん起こっています。日本が戦場になっているわけではないけれど、不安定な世の中で、大人も子どもも不安を感じることがあるでしょう。そういう世の中で、自分らしく生きていくためには、誰かに言われたことではなく、自分の好きなことが大切です。

 

今回の絵本では、そういうことが描けたのかなって思っています。

火の鳥が動物たちに語りかける場面に表れていると思いますが、大切なのは、やっぱり自分自身が何かを求めて歩いていくことなんです。

誰かが決めたルールでも、誰かに言われたことでもなく、好きなことを見つけて、自分で選んで歩いていくことが人生であり、最後のページの「あなたは、あなたのままでいい。」という言葉につながったのだと思います。

 

──はい。この絵本を読んで、「自分は地球の一部だから、生きていていいのだ。そして生きるためには、元気に楽しく生きることが大切なのだ」ということを、完全なる大人の私でも実感させていただきました。すべてのお子さん、いや大人にも読んでほしいと思いました。

 

 

■絵本作家から見た手塚治虫

 

──絵を描かれる鈴木先生から見た手塚治虫の絵はどうですか?

 

それはもう、すごいですよ。お上手だし、人間の描写がもうめちゃくちゃ鋭いし、もう僕からはすごいとしか言えません。

 

そういえば、僕は手塚先生が描く女性の絵が大好きなんです。

たとえば『火の鳥』の望郷編では、ひとりの女性が長い年月に渡って描かれますが、年齢の重ね方が絶妙で自然なんですよね。また、手塚先生がご自身の家族を描かれた『マコとルミとチイ』でも、奥様が本当に愛情豊かに、魅力的に描かれている。魅力的な女性を描くには、女性が好きだという気持ちが大事だと思っていて、その部分は僕もしっかり受け継いでいると思うんです(笑)。

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『マコとルミとチイ』19791981年)

自身の家族をモデルに、妻と息子、2人の娘との日常を描いた作品。妻・悦子夫人は美しく、芯の強い女性として描かれている。

──好きなものだから魅力的に描けるというのは、おもしろいですね。

 

やっぱり、愛情は絶対タッチや線に現れると思いますよ。

 

──絵本で描かれていた火の鳥や動物たちの絵にも、愛情があふれているように感じました。

 

そういえば、火の鳥はきっと女性、というかメスですよね。

先生の絵そっくりというわけにはいかないから、絵本の世界に合わせるためにキャラクターとしての基本を守りつつ本物の鳥さんにちょっと寄せました。

 

 

■子ども向けでも隠さずに、本当のことを描く

 

──今回の絵本の中では、年老いて死んだトラが他の動物に食べられるという食物連鎖のリアルなシーンも描かれていますよね。

 

動物の死骸を他の動物が食べるなんて、描き方によってはちょっと怖いというか、残酷だと感じてしまうかもしれません。そこは自分なりに描き方を工夫しています。

でも、いのちを語るときにそういうことを隠すのは変でしょう。他の動物を食べるのは、憎しみからではないわけですから。僕らも日々食事をして命をつないでいるのですから、他の動物を淡々と食べる姿は、小さな子どもでもわかってもらえると思うんです。

 

──子ども側も、ギリギリ怖いもの(本当のこと)を見たいという気持ちもあるような......。

 

怖いって、知りたい欲求でもあると思います。だから、いい・悪いではなく、知らないことや不思議なことに惹かれる気持ちは大事だと思うんです。

 

──おそらく綺麗ごとだけで、そういう部分を隠してしまうのは違うし、たぶん子どもも無意識に気づくんでしょうね。

 

 

■鳥の巣研究家として

 

──そういえば、鈴木先生は鳥の巣の研究家としても知られているんですよね。

 

山の中の家に暮らして30年以上になりますが、草刈りをしたり、植物を植えたりしながら偶然古くなった鳥の巣を見つけて、なんてかわいらしいんだろうと持ち帰ったのがきっかけで、家の中に鳥の巣が増えていったんです。

でも、それが何の鳥の巣かわからない。図書館で調べようとしても、鳥の図鑑や鳥の写真集、鳥の飼い方の本はあっても、鳥の巣について書かれた本はないんです。だから、自分で調べるようになりました。

 

もちろん日本にも世界にも鳥類学者の方がいらっしゃいますが、学者さんはどうしても、卵がいくつ産むかとか、そのエリアに何羽生息しているかとか、そういった数的な調査を重要視される。もちろんそれもとても大切なことですが、僕のように巣をどうやってつくるんだろうとか、メジロとヒヨドリの巣はどうして違うんだろうとか、造形的な違いを調べようとする人がいなかったんですね。自分でどんどん調べていくうちに、いつのまにか鳥の巣の第一人者なんて呼ばれるようになったんです。たった一人の世界の第一者でしょうけれど(笑)。

 

──鳥の巣に惹かれるというのは、学者さんにはない感覚かもしれませんね。

 

海外の学者さんと話していると「なぜマモルはそんなに鳥の巣が面白いんだ?」なんて言われますが、僕からすれば「どうして鳥の巣の面白さがわからないんですか?」と言いたいんです。そのくらい、見方が違うんですよ。

たとえばこのエリアに家が何件あって、何人の人が住んでいるかという見方も大事だけど、ダンボールハウスに住む人もいれば、木造の家に住む人もいれば、高層マンションに住む人もいて、そこにはそれぞれの暮らしぶりがある。そこにおもしろさを感じたっていいじゃないか、というわけです。

 

──鳥の建築学や民俗学みたいですね。それにしても、鳥が巣を作る能力ってすごいですよね。

 

親に教わるわけでも、学校で教わるわけでもない。生命の本能として、ある時期になったら自然と「自分が何したらいいのか」がわかっているんですよね。

それって、火の鳥が教えてくれることとも共通しているような気がします。

流行っているから、行列ができているから行くのではなく、人には自分の道を選んでいける力があるはずなんです。でも、情報が多すぎたり、人間関係のゴタゴタで見えなくなってる人たちがいて、それを火の鳥は上からちゃんと見ているのだと思います。

 

──今回の絵本は、『火の鳥』を読んだことがない人が、導入編として読むのもいいですね。

 

もちろん手塚作品のファンの方々にも読んでいただきたいし、この絵本が手塚先生の漫画を読むきっかけになるというような広がりになるなら、とてもうれしく思います。

僕は手塚作品からたくさんのことを教わってきたから、『火の鳥』にかぎらず、手塚先生の漫画をもっと多くの人に読んでほしいですよね。

 

 

[了]


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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