虫ん坊

関係者インタビュー 私と手塚治虫 鈴木 まもる編 第1回 あの『火の鳥』を絵本にするというプレッシャー

2024/06/11

関係者インタビュー

私と手塚治虫 鈴木 まもる編

1回 あの『火の鳥』を絵本にするというプレッシャー

文/山崎潤子

関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は絵本作家の鈴木まもるさん。2024年4月に『火の鳥 いのちの物語』として、『火の鳥』の絵本化を実現されました。絵本化に至った経緯や絵本に込めた思い、また独特な絵本の世界や描き方など、さまざまな角度からお話を伺いました。

 

suzukimamoru_prof.jpgPROFILE

鈴木まもる(すずき・まもる)

絵本作家。画家。鳥の巣研究家。

1952年東京生まれ。東京藝術大学美術学部工芸科中退。

 

1986年より伊豆半島在住。『黒ねこサンゴロウ』シリーズで赤い鳥さし絵賞、『ぼくの鳥の巣絵日記』で講談社出版文化賞絵本賞、『ニワシドリのひみつ』で産経児童出版文化賞、『あるヘラジカの物語』で親子で読んでほしい絵本大賞大賞を受賞。『せんろはつづく』シリーズは累計100万部のロングセラーになっている。鳥の巣研究家として、鳥の巣に関する本も多数出版。全国各地で鳥の巣の展示もしている。

URL:https://mamorusuzuki.wixsite.com/nestlabo


 

■すべては早朝のラジオからはじまった

 

──『火の鳥』の絵本化が決まったのは、どんな経緯だったのでしょうか?

 

2年ほど前に、NHKの『ラジオ深夜便』というラジオ番組に出演したことがあるんです。その名の通り深夜から早朝までの番組ですが、番組内で僕は自分の子どもの頃の話や絵本の話、鳥の巣の話など、いろいろな話をしました。

放送されたのは一昨年ですが、その年の放送回の中では人気があったようで、再放送されることになったんです。それが昨年(2023年)の7月でした。

そうしたら、それを偶然手塚プロダクションの内藤さんという方が、朝の4時ごろにうつらうつらしながら聞いていたそうなんです。

 

──朝の4時に寝ぼけながら、たまたまご出演された回を......。

 

ラジオで子ども時代の話をしたときに、手塚治虫先生のファンだったと言ったんです。

内藤さんはもちろん僕のことなんて知らなかっただろうけど、僕の絵本がいのちや平和をテーマにしていること、鳥の巣を研究していることもラジオで知って、そういう人がいるのかと思ったそうです。

そして内藤さんは朝目が覚めてから、僕にメールをくれたんです。

「手塚プロダクションの者ですが、今朝ラジオを聞きました。来年は『火の鳥』の70周年だから、一緒に何かできないでしょうか」というようなメールでした。

 

──運命的な企画のはじまりですね。

 

そういうわけで、次に仕事で東京に来る機会に手塚プロダクションを訪ねて、内藤さんとお話をしたわけです。

 

■企画決定! まずは心を落ち着けた

 

──どんな感じで企画の話が進んだのでしょうか。

 

最初はざっくばらんに、手塚先生の漫画や自分の子ども時代の話をしました。話をしていくうちに、『火の鳥』は重層的な構造の壮大なドラマであり、そこがおもしろいと盛り上がったんです。でも、逆にいえば、小さな子どもにはちょっと難しくてわかりにくいという話にもなりました。

 

──大人でも『火の鳥』を読み通すにはそれなりの体力がいりますよね。

 

最近の若い世代は『火の鳥』を読んでいない人も多いと内藤さんがおっしゃるので、「それなら小さな子どもでもわかるように、絵本のような形になったらいいのかな」と言ったら、内藤さんが「それはいいですね。鈴木さん、『火の鳥』の絵本って描けますか?」とおっしゃる。「それは手塚治虫・原作、鈴木まもる・絵ということですか?」と聞くと、そうですというわけです。

 

──おお! そうやって企画が固まっていったわけですね。

 

僕はそのとき、一応表向きは大人としてきちんと振る舞っていたんですが、内心はひっくり返るほどびっくりしました。だって、子どもの頃からずっと憧れていた手塚治虫先生の最高傑作を、まさか自分が描くだなんて、思ってもみなかったことですから。

その日の頭の中はワーッという状態でしたが、来年までに形にしようということで動き出した......というのがはじまりでした。

 

──企画が決まったのはいいけれど、たしかに責任重大な感じがしますよね。

 

まず、手塚先生のファン、そして『火の鳥』のファンの多さを考えたら、もうどうすればいいんだろうと思いました。初回の打ち合わせの帰りには、高田馬場でビールを飲んで心を落ち着けたくらいです。

 

──平常心ではいられないという(笑)。

 

そうなんです。もうビールでも飲まなきゃやってられないという気持ちでした(笑)。

 

 

■どうすれば、納得のいく作品になるのか

 

──『火の鳥』は壮大な構想のストーリーで、内容も濃く、なおかつ手塚治虫自身の思いが込められた作品ですよね。これを咀嚼して絵本にするにあたって、どんなご苦労があったのでしょうか?

 

黎明編からはじまって、未来編、ヤマト編、宇宙編など、いろいろな編があるでしょう。絵本にするとき、たとえば鳳凰編を選んで子ども向けに改変して、登場人物も子ども向けのキャラクターにして......なんてことをしたら、『火の鳥』ファンから非難轟々だろうし、僕だってそんなことをする人がいたら「なんだこれは!」って感じるだろうから、絶対にそんなことはできない。かといって、あの壮大な物語のすべてを1冊に凝縮することも不可能です。

 

──たしかに、おっしゃるとおりですね。

 

しばらくは、どうしようか悩んでも、描くべき姿が全然見えなかったんです。

そこで、僕はやっぱり絵描きだから、まずは手を動かして描いてみようと思ったんです。

黎明編で火の鳥が巣で休んでいるシーンがあるでしょう。あんな感じのものを描いてみました。

hinotori_reimei01.jpg

hinotori_reimei02.jpg

『火の鳥(黎明編)』(1967年)

穴の底から這い上がろうとするタケルを、巣で休む火の鳥が励ますシーン。

 

──下手に頭の中で構成を考えるのではなく、手を動かす=絵を描くことからはじめたわけですね。

 

巣の中の火の鳥を描きはじめたら、自然とそのまわりに他の動物たちが集まってくるイメージが湧いてきたんです。

 

 

■「鳥の巣で休む火の鳥」からイメージを広げていった

 

──鈴木先生は鳥の巣の研究家でもありますしね。

 

火の鳥って、クジャクやキジのような感じでしょう。鳥の巣にもいろいろありますが、鳥の巣の研究をしている僕から見ても、やはり火の鳥ならああいう形状の巣が妥当だろうと思います。やっぱり手塚先生はよくご存知だなと思いましたね。

 

そして、火の鳥の生まれ変わりについて描くなら、『火の鳥』ファンも違和感がないだろうし、火の鳥が動物たちにいのちについて語るというのは、手塚先生がたくさんの漫画で描かれていたことともつながると思いました。手塚先生の意向も壊さず、小さな子どもにも『火の鳥』の本質が伝わるだろうと。そうやってイメージを広げていくうちに、自然とストーリーができていって、「これでいける。大丈夫だ」と思えたんですね。

 

──描いた絵からイマジネーションを広げていくわけですね。

 

もちろんいろいろな作家さん、絵描きさんがいらっしゃって、それぞれやり方は違うと思いますが、僕の場合はどちらかというと、絵からストーリーが湧き出てくるタイプで、あとは「こういう絵を描きたい」とか「こういう絵があったらいいな」という感情が自然に出てきました。その段階に行き着くまではプレッシャーがあったんですが、それが見えてからは楽しい作業でした。

 

──漫画の中では火の鳥がどうやって暮らしているのかは触れられていないので、巣の中から動物に語りかける姿は自然で、納得感がありました。文句のつけようがありません。

 

鳥の巣って、鳥にとってとても安心できる場所なんです。だから、再生した火の鳥はたぶん巣の中で休むだろうと思って......、自然とイメージが湧いてきたんですね。

 

 

[第2回へ続く]


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


バックナンバー

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第1回 華麗なる(?)手塚家の生活

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第2回 自由奔放な娘と手塚家の教育方針

関係者インタビュー 私と手塚治虫 第3回 母よ、あなたは強かった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 小林準治編 第1回 古き良き、虫プロ時代

関係者インタビュー 私と手塚治虫 小林準治編 第2回 昆虫愛がつないだ関係

関係者インタビュー 私と手塚治虫 瀬谷新二編 第1回 冷めることがなかったアニメへの情熱

関係者インタビュー 私と手塚治虫 瀬谷新二編 第2回 いつだって、手塚治虫はみんなの中心にいた

関係者インタビュー 私と手塚治虫 華平編 中国と日本、縁で結ばれた手塚治虫との出会い

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第1回 『鉄腕アトム』にあこがれて、手塚治虫を目指した少年

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第2回 アシスタントが見た、手塚治虫の非凡なエピソード

関係者インタビュー 私と手塚治虫 池原 しげと編 第3回 本当にあった、手塚治虫のかわいい!? わがまま

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第1回 僕がいま、映画『ばるぼら』を撮った理由

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第2回 手塚治虫が『ばるぼら』で本当に描きたかった心の中

関係者インタビュー 私と手塚治虫 手塚 眞編 第3回  AIでは再現できない、手塚治虫の目に見えない演出のすごさ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第1回  昭和時代の子供が出会った手塚漫画

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第2回  ひとりのファンと手塚治虫の邂逅

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第3回  手塚治虫がつないでくれたたくさんの縁

関係者インタビュー 私と手塚治虫 濱田高志編 第4回  「手塚作品の復刻版をつくる」意義

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第1回  手塚プロダクションに二度入社した男

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第2回  富士見台時代から大きく変わった高田馬場時代へ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 伴俊男編 第3回  アシスタントが見た「手塚治虫」という天才

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第1回  89歳の今でも、最新漫画やアニメまでチェック

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第2回  日本のテレビ番組、その夜明けを駆け抜ける

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第3回  戦争をくぐり抜けてきたからこそ、わかること

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第4回 過去から現在まで、博覧強記の漫画愛

関係者インタビュー 私と手塚治虫 辻真先編 第5回 アニメ『ジャングル大帝』の知られざる裏話

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第1回 漫画家になる決意を固めた『新選組』

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第2回 漫画家の視点で「手塚漫画」のすごさ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第3回 萩尾望都と手塚治虫は何を話したのか

関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第4回 『鉄腕アトム』に見る、手塚治虫の漫画手法

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第1回 新人の制作担当からアニメーターへ

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第2回 嗚呼、青春の富士見台。虫プロダクションの日々

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第3回 手塚治虫との距離が近づいた、高田馬場時代

関係者インタビュー 私と手塚治虫 吉村昌輝編 第4回 手塚治虫という原点があったから、今がある

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第1回 漫画少年、「漫画家への道」に葛藤する

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第2回 自ら退路を断って決めた、アシスタント生活

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第3回 手塚アシスタントのリアルな日々

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第4回 アシスタントは見た! 『MW手塚治虫』事件と『よれよれの手塚治虫』事件

関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第5回 『The♥かぼちゃワイン』は「あの作品」に影響を受けていた!?

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第1回 新人時代の『チャンピオン』編集部

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第2回 時代によって変化するマンガの世界と価値観

関係者インタビュー 私と手塚治虫 沢 考史編 第3回 天才編集者と天才マンガ家~『ブラック・ジャック』誕生の秘密

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第1回 「手塚治虫がアイドル」だった少女、夢を叶える

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第2回 天才の仕事ぶりと「あの都市伝説」の真実

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第3回 いまだから言える! 「手塚先生、あのときはごめんなさい!」

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第4回 アシスタントは「手塚番」の編集者よりははるかに楽!

関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂 啓編 第5回 「身近なもの」だったから、私たちは漫画に夢中になった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第1回 僕らは手塚治虫をもっと見上げておくべきだった

関係者インタビュー 私と手塚治虫 わたべ 淳編 第2回 飛び出した名言「あなたたちね、仕事に命かけてください!」


CATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグCATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグ