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関係者インタビュー 私と手塚治虫 萩尾望都編 第4回 『鉄腕アトム』に見る、手塚治虫の漫画手法

2022/08/26

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第4回 『鉄腕アトム』に見る、手塚治虫の漫画手法

文/山崎潤子

 手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。萩尾望都先生は、手塚治虫の『新選組』を読んで、漫画家になろうと決意されたそうです。萩尾先生には『新選組』の思い出や深堀り考察、そして手塚治虫とのエピソードなどや手塚漫画に対する思いなどをお聞きしました。

 2022年8月、手塚治虫原作の『新選組』が歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で上演されることになり、注目を集めています。

 そこで、今回の「私と手塚治虫」は特別に、8月中毎週、更新していきます! お楽しみに。

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PROFILE

萩尾望都(はぎお・もと)

 漫画家。福岡県大牟田市生まれ。1969年のデビュー以来、繊細な絵柄と巧みな心理描写で少女漫画界に新境地を開き「少女漫画の神様」と呼ばれる。『ポーの一族』『11人いる!』で1976年に小学館漫画賞、『残酷な神が支配する』で1997年に手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、『バルバラ異界』で2006年に日本SF大賞、2022年に米アイズナー賞など受賞多数。2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。

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■漫画に登場する国木田独歩

───『新選組』以外で、好きだった手塚漫画はありますか?

 小学生の頃読んでいた『鉄腕アトム』です。当時通っていた絵の塾に、アトムが連載されている『少年』という雑誌がおいてあったんです。だから絵の塾に行けば鉄腕アトムが読めたんですね。夢中で読みました。

 アトムはどれを読んでもほんとにおもしろいんですが、最初に読んだのが「赤いネコの巻」です。武蔵野を説明するのに、国木田独歩風の文章から始まって、街や森が描かれて、ドラマが展開していく。記号(文)学と漫画の融合ですよね。当時の私は独歩なんてよく知らなかったですけれど、そこでもう、美しいなあと思ったんです。

 当時はまだまだ漫画なんてくだらないと言う人もたくさんいました。子供が読むものだから読むなとかね。でも、子供だけのものにどうして国木田独歩が出てくるのだろうって思いますよね。

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『鉄腕アトム』「赤いネコの巻」

武蔵野の開発をめぐるストーリ。冒頭でヒゲオヤジが登場し、国木田独歩の『武蔵野』の一節をなぞりながら2000年の開発が進んだ武蔵野を案内しはじめる。ラストでもヒゲオヤジが登場して物語をまとめる。

───まだまだ漫画への偏見がある時代ですよね。

 漫画がダメだ、くだらないという人は漫画を読んでいないんですよ。でも、最初から漫画はくだらないと思って読めばくだらなくも見える。だから、『武蔵野』が描いてあるのだと思って読まないとね(笑)。

───子供の頃に読んだものって、すごく影響がありますよね。

 何事も最初の体験はインパクトがありますね。最初にアイスクリームを食べるとか、最初に豚骨ラーメンを食べるとかね。なんだか微妙な味加減まで全部覚えてしまいますよね。うふふ。

■色っぽい手塚漫画のキャラクター

 手塚先生のSF漫画には、線のカーブにものすごい色気を感じるんです。「水も滴る」というような。手塚先生の絵に色気がないなんて言う人もいますけれど、そんなことはありません。たとえば『来るべき世界』で、フウムーンという変な妖精が出てきますが、すごくドキドキしちゃうんです。アトムの丸っこい腕の線やお尻の線だって、すごく色っぽいですよ。

───たしかにアトムは丸っこくてかわいいだけじゃなく、ちょっと色っぽいところもありますよね。手塚先生の影響を受けて描き始めた人、たとえば横山光輝先生など、初期は手塚先生の影響を受けて、かなり丸っこいような。

 似ているようで、横山先生の線はかなり清涼感があるんですね。横山先生は優等生的で、手塚先生のほうはもうちょっと悪ガキっぽいんですよ。

■ラストシーンから描く手法

───ストーリーの面で、影響を受けた手塚漫画はありますか?

 やはり『鉄腕アトム』ですが、「電光人間の巻」というのがあるんです。単行本では省かれていますが、実はこれ、雑誌掲載時は結論から始まったんです。最初のページでいきなり電光人間が殺されてしまうシーンが描かれて、なぜこんなことが起こったのかと、ロボット芸術展覧会のシーンから物語が展開していく。最初に謎を示して、どうして起こったのかという説明をしていくわけです。「お話づくりにこんなテクニックがあるんだ!」とものすごい衝撃を受けて、何度も読み返しました。

───当時からそんな手法を駆使していたわけですね。

 ドキドキものですよね。でも、今考えれば冒頭はカラーだったから「派手なシーンをカラーで先に入れてください」って言われて描いたのかもしれないけど(笑)。

 それにしても手塚先生は稀に見るストーリーテラーだと思います。こういう人が日本に現れて、漫画を開拓してくださって、読者に広い世界を見せてくれた。日本の文化にとってはかけがえのない、そして幸福なことだったのだと思います。

■男は母のひざの上に帰る

 手塚先生とお会いしたのは数えるくらいですから、私はやはり作品から受ける影響が大きかったです。とくに、人間に対する深堀り具合とかね。一様に勧善懲悪のドラマにならないところなんて、哲学の匂いすらします。一般には子供向けのロボット物とされる『鉄腕アトム』ですらそうなんです。

 手塚先生が漫画を描き始めた頃は、心理学の研究なども今ほど進んでいなかったように思います。それなのに、のちのち解明される深層心理のようなものが、手塚先生が生み出したストーリーの中に組み込まれているんです。

───たとえば萩尾先生が感じた、アトムの深い話にはどんなものがありましたか?

「ブラック・ルックスの巻」というお話です。ロボットを壊しまくるギャング団がいて、首領を捕えてみたらまだ少年のような若者なんです。彼がロボットを憎んだのは自分のお母さんがロボットに殺されたからという理由ですが、実はお母さんは彼を育てていたロボットだった。ラストシーンで、犯人の少年はお母さんのひざにすがりついて泣くんです。

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『鉄腕アトム』「ブラック・ルックスの巻」

冒頭のシーン。最後のコマも「世の中にただひとつ いこいの場所があるとすれば それは......」という文章で締められている。

───それは泣けますね。

 ね、泣くでしょう。泣いちゃいますよね。

 展開もおもしろくてね。「いこいの場所はお母さんのひざの上である」というのがオープニングに入っていて、ラストにもまた、出てくるんです。

───悪者にも裏側があることが描かれているんですね。オープニングの意味は、もう一度読むとわかるみたいな。

 単純な構成だし、キャラクターもそれほど複雑ではないんですけれど。昔読んだときにも不思議な話だと感じましたが、読み返すたびにすごい話だと思わされるんです。男の人の闘争本能が、お母さんのひざの上で溶けるんですから。

 それに、大の大人が、お母さんのひざの上......なんて漫画で描くのって、照れくさいじゃないですか。それを恥ずかしげもなく堂々と描くところがね、手塚先生の真摯さだと思うんです。

───手塚先生は、年齢を重ねても少年だったんでしょうね。

 単なるセンチメンタルな話に解釈することもできるんだけど、違うのよ。男はお母さんのひざの上に帰らなきゃいけないの。お母さんがあなたを産んでくれたのだから。

■正解がないからこそおもしろい

───アトムが当時大人気だった理由もわかる気がします。

 強いロボットが敵をバンバン倒していくから人気だったわけじゃないんです。中にはこういうお話がひだひだと含まれていて、私なんかはそれにキュンキュンしましたね(笑)。

───手塚先生の漫画には、人間を見つめるというスタンスありますね。

 人間を見つめる。そうですね。人間はなぜ生まれてきたのか、生まれてきて何をするのかとか、いろいろ考えてしまいますよね。

 手塚先生の漫画って、正確な回答が出ないままに終わる話が多いんですよ。そこがまたおもしろいんです。『アドルフに告ぐ』なんかもそうですが、おもしろかったのは『人間ども集まれ!』。無性人間というアイデアがすごいですよね。主人公の天下太平と彼の精子からできた子供たちが船に閉じ込められて、息苦しいから「みんな女になれ」って言って、ハーレム状態になるなんて、おもしろいですよね(笑)。

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『人間ども集まれ!』19671968

義勇兵として東南アジアのパイパニアに送られた天下太平。ひょんなことから太平が特殊な精子の持ち主だとわかり、彼の精子からは働きバチのように従順な第三の性「無性人間」が大量につくられることになるが......。大人向け漫画としてあえてタッチを変えて描かれている。

■人間を真摯に描く視点

 手塚先生はたくさんの作品を描いていらっしゃいますが、とにかく真摯だなと感じます。『新選組』もそうですが、主人公の感情に嘘がないんです。主人公が正しいというわけではなく、間違ったり、悩んだり、いろいろあるなかで、気持ちの持っていきかたに嘘がないんですね。それは手塚先生の作品すべてに通じるものだと思います。

───たとえば『新選組』なら、侍としての立場を守らなければならないという大義はあっても、そこで描かれる個人が考えることに嘘がないというような。

 手塚先生の作品にはいろいろな性格のキャラクターが登場しますが、個人がそれぞれの考えを持ち、いろいろな人がたくさん寄り集まって、世界が成り立っている。そのことがよくわかるんです。

 手塚先生はキャラクターのいいところも悪いところもきちんと描くんですよね。それはすごいなと思います。つい、主人公だからかっこよくしたくなりますけどね。矛盾するのが人間だけど、矛盾しても手塚先生はそのキャラクターを愛している。だから真摯なんですね。

 悪人もそうですよね。悪人だけれどその人が死ぬときにはかわいそうだと思うような背景をきちんと描く。悪人に対してこれほど愛情を注ぐ作家は他に知りません。

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〈了〉


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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