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関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第5回 『The♥かぼちゃワイン』は「あの作品」に影響を受けていた!?

2023/05/08

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第5回 『The♥かぼちゃワイン』は「あの作品」に影響を受けていた!?

文/山崎潤子

 手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、『The♥かぼちゃワイン』の三浦みつる先生です。高校在学中にデビューされ、のちに手塚プロダクションでのアシスタントを経験されました。三浦先生の若かりし頃のお話とともに、手塚治虫とのエピソードなどを語っていただきました。

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PROFILE

三浦みつる(みうら・みつる)

 漫画家。1954年横浜市生まれ。高校在学中に「世にも不幸な男の話」で『週刊少年ジャンプ』(集英社)のヤングジャンプ賞を受賞。高校卒業後、会社員を経て手塚プロダクションでアシスタントを務める。1983年、『The♥かぼちゃワイン』で第7回講談社漫画賞少年部門受賞。2017年に漫画家引退を宣言。


■「三浦氏、車のタイヤって黒いですか?」

一番最初に手塚先生に注意されたのは、『ブラック・ジャック』で車を描いたときです。

僕はタイヤをベタで黒く塗ったんです。それを持って先生のところにチェックをもらいに行くと、「三浦氏、車のタイヤって黒いですか?」って聞かれたんです。僕は黒だと思っていたから、素直に「はい!」って答えたら、「本当に黒いですか?」って突っ込んでくるんです。

───禅問答みたいですね。はっきり言ってくれない(笑)。

「確認してみます!」って戻って見てみると『ブラック・ジャック』のタイヤって黒じゃないんです。ベタで塗るのは夜とか、よほど特殊な効果が必要なときだけで、基本は白で線が入っている。

特にブラックジャックが乗っている車は車体が黒だから、バランスを考えてタイヤは黒くしなかったんでしょうね。でもいきなり「黒いですか?」って聞かれたから焦りました。

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『ブラック・ジャック』より。たしかに車のタイヤは黒くはなかった。

───先生の作画のこだわりですね。

それとは逆のエピソードもありました。

MW』で黒い犬が出てくるんですが、先生が見本を描いてくれたわけです。その犬に斜線というか、カケアミで調子をつけてあるんですが、めちゃくちゃ下手くそなんです。僕らがこんなカケアミを描いたらボツだろうっていうくらい。

そうしたら先生が「これはこういうふうに描かないでくださいっていう例ですから」って言うんです。

犬の絵を見たときはおかしくて、笑いをこらえましたよ。制作室に戻って、「これ先生が描いた犬の調子だよ」ってみんなに見せて、みんなで大笑いでした。

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MWより。件の黒い犬の登場シーン。きれいなカケアミはアシスタントによるものに違いない。

───見本を描こうとして、うまくいかずに「失敗例」だと(笑)。素直じゃないところがかわいらしいですね。

そうなんです。「いや、ちょっと失敗しちゃったから、直しといてくれる?」って言えばいいのにね。

───天の邪鬼というか、手塚先生の品のよさと若干のプライドが入り混じっている感じですね。

でも、手塚先生の場合は悪意がないから憎めなくて、笑っちゃうところもあるんですよね。

───雲の上の存在なのに、憎めない、人間らしいところもあるわけですね。

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■意外なメリットは、編集者にたくさん会えること

手塚先生のところには、いろいろな出版社の漫画編集者が入れ代わり立ち代わり出入りするでしょう。自分が「この人に漫画を見てもらいたい」っていう人を選ぶことができたんですよ。選ぶなんていうとおこがましいけど、「この人なら信用できそうだから、持ち込んてみようかな」という感じで。

───なるほど。いろいろな漫画の編集者と会えるのはいい環境ですね。

アシスタントになる前に持ち込みしていたけど、見てくれるのはたまたまその場にいた編集者でしょう。正直、相性もありますからね。

僕は『三つ目がとおる』の担当編集だった栗原さん、のちに『モーニング』や『アフタヌーン』を創刊した名物編集者ですが、彼のことを信用できそうだなと思ったんです。

というのも、彼は僕らの前で手塚先生とまともにケンカをしたんです。

先生がどこか外国に出かける数日前、栗原さんは「『三つ目』の原稿を上げてからじゃないと行かせない」って言い合いになっていました。「手塚先生と対等に言い合うなんてすごいな」ってことで、信用できそうだなと感じたわけです。

───大御所である手塚先生にちゃんとものを言える、というわけですね。

とはいえ手塚担当の編集者は本当に大変だったと思います。汚い制作室に3日も4日も泊まり込んで、帰りたくても帰れない。風呂にも入れない。ちょっと席を外せば、ライバルに先を越されてしまうわけですから。

───担当がいないと後回しにされるわけですね。それはたしかに厳しいです......。

■手塚プロダクション出身の漫画家は......

───三浦先生はアシスタント時代、手塚先生本人はもちろん、周囲の環境から受けた影響も大きかったんですね。

やはり「妥協しない」「いいものをつくる」という作品に対する姿勢を手塚先生ご自身から学べたことは大きかったです。

それは、自分が連載を持つようになっても実践しました。そのおかげで、締切はいつもぎりぎりでしたけど(笑)。編集者からは「これだから手塚プロ出身は......」なんて、思われていたかもしれませんね。

手塚先生のところではいつもギリギリの綱渡りだったから、締切を過ぎても「このくらい遅れても大丈夫だろう」「〇〇までは待てるだろう」みたいなからくりを知ってしまっていたんです。

手塚プロダクション時代で一番ひどかったのは、朝6時に『ブラック・ジャック』の原稿を渡したら、昼頃に雑誌が上がってきたんです。ありえないですよね。

───インクも乾かなそうですね(笑)。

あのときはみんなで「本当の最終ってこれだったのか!」ってね。もちろん、手塚先生だからこその特別中の特別待遇なわけですが。当時は印刷所もおおらかでしたしね。

本当は締切は守らなきゃダメですけどね(笑)。

■『The♥かぼちゃワイン』の春助とエルの原型

───三浦先生の『The♥かぼちゃワイン』はアニメ化もされて、ブームになりましたね。私も大好きでした。

ゴールデンタイムの19時半にあんなエロいものを流していいのかなって、思っていました(笑)。

───エルちゃんは、それまであまりいなかったラブコメヒロイン像でした。すべてを受け入れてくれる母性を感じるというか、男子にとっての憧れ、女子は「こんな同級生ほしい!」というような存在で。

ずいぶんあとになってから気づいたんですが、春助とエルちゃんの原型は、『三つ目がとおる』の写楽と和登さんなんですよ。僕は連載当時から和登さんが好きでね。無意識に自分の作品に投影したのかもって思いました。

───たしかに、和登さんも世話好きで写楽と一緒にお風呂に入ったりして、母性を感じますね。

知らず知らずのうちにいろいろ吸収させてもらって、影響を受けていたんだなと思いますね。

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『三つ目がとおる』より、写楽と和登さんの入浴シーン。まるで母と息子のよう。

───作品を消化して、違う形となって生まれたわけですね。三浦先生が手塚先生のアシスタントになっていなかったら、私たちは春助くんとエルちゃんに会えなかったかもしれないと思うと、感慨深いです。

当時はお色気系にも寛容でしたしね。手塚タッチにも救われました。

───アシスタント以降で、三浦先生のタッチも変わられましたか。

手塚タッチにはどっぷりつかりましたね。以前は細くて硬い線を描いていたんですが、手塚先生の丸っこいタッチがミックスされて、現在のタッチになったんでしょうね。

───作品がヒットして、手塚先生とお話する機会はありましたか?

アシスタントを辞めてからは、手塚先生と直接会って話すような機会はなかったと思います。でも、講談社の漫画賞をいただいたときに、手塚先生から電報をいただいたんです。「受賞おめでとう。とてもうれしく思います」って。もちろん、今でもとってあります。

───アシスタントを辞めてからも、三浦先生のご活躍を見ててくださったんですね。

本当に、あのときの電報は宝物です。

[了]


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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