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関係者インタビュー 私と手塚治虫 三浦みつる編 第4回 アシスタントは見た! 『MW手塚治虫』事件と『よれよれの手塚治虫』事件

2023/04/03

関係者インタビュー

私と手塚治虫

第4回 アシスタントは見た! 『MW手塚治虫』事件と『よれよれの手塚治虫』事件

文/山崎潤子

 手塚治虫先生の関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、『The♥かぼちゃワイン』の三浦みつる先生です。高校在学中にデビューされ、のちに手塚プロダクションでのアシスタントを経験されました。三浦先生の若かりし頃のお話とともに、手塚治虫とのエピソードなどを語っていただきました。

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PROFILE

三浦みつる(みうら・みつる)

 漫画家。1954年横浜市生まれ。高校在学中に「世にも不幸な男の話」で『週刊少年ジャンプ』(集英社)のヤングジャンプ賞を受賞。高校卒業後、会社員を経て手塚プロダクションでアシスタントを務める。1983年、『The♥かぼちゃワイン』で第7回講談社漫画賞少年部門受賞。2017年に漫画家引退を宣言。


■「そのときの自分のベストをつくす」手塚精神

───三浦先生は、漫画の壁に突き当たって手塚先生のアシスタントになったわけですが......、その結果は?

技術に関しては、アシスタントの先輩たちから教えてもらったり、目で見て盗んだりという感じでした。技術的なことを超多忙な手塚先生に直接教えてもらえるようなことはありませんでした。

ただ、手塚先生の「漫画に向き合う姿勢」については、そばにいてとても勉強になりました。「決して妥協しない」「読者におもしろいものを読ませたい」という先生の思いを、常に肌で感じていました。それが一番の勉強だったかなと思います。

───「忙しいし、まあいっか」で終わらせないわけですね。

たとえば、先生は単行本化のときにちょこちょこ直しを入れるでしょう。最初は「どうしてこんなのわざわざ直すんだろう」って思っていたんです。でもやっぱり、それは手塚先生の絶対に妥協しないという精神なんです。これがプロなんだと思いました。

「そのときの自分のベストをつくす」っていうのが、プロとして長く続けていく真髄っていうのかな。いちばん大切なことだと思いました。

───単行本でコマ割りやセリフまで変えられますからね。

妥協しないんですよね。あれだけ忙しいのに、「直したい」となったら何がなんでも直すんですから(笑)。

■真っ白な背景の謎。『MW』事件

ただ、例外ともいえるエピソードがあったんです。それが有名な『MW』(ムウ)のエピソードです。

───改めて、聞かせてください!

そのときは本当に締切が迫っていて、とにかくギリギリの状況でした。そして、たまたま掲載誌の『ビッグコミック』の担当が新人に代わったばかりだったんです。上の人から「必ず原稿を取ってこい」と言われていたんでしょうね。何度も電話をしていました。「このままじゃヤバい」っていう感じでした。

───締め切りギリギリで、現場も編集者もピリピリしているような状況ですね。

で、ようやく最後の主線の原稿が先生から僕らのところに降りてきたんです。背景のアタリも鉛筆できちんと入っていました。

そこで僕らが背景を入れようとしたら、編集が「もうダメです。それ消しゴムで消してください。これ以上待てないです」って言うわけ。僕らはもちろん「いや、でも背景を描かないと......」。編集は「いや、ダメです。今持っていかないと完全に落ちますから」。

そんなやりとりがあって、結局先生が描いたアタリを消しゴムで消して、背景が真っ白なまま持っていっちゃったんです。

───そ、それは......。新人さんだから、余裕がなかったんでしょうか。

おそらく前の編集者だったら、印刷所と交渉して多少融通を利かせたでしょうね。新人だから「とにかく原稿を持っていかなければ」となったんでしょう。上から「背景なんていいから、とにかく原稿を持ってこい」とか言われたのかもしれませんし。もちろん、僕らも編集者や編集部を責めるつもりはありませんが。

───先生の仕事場は別室だから、その現場にはいないわけですよね。

後からマネージャーの松谷さん経由で、先生の耳にも入っていたと思います。

数日後にゲラが上がってきて、制作室でみんなで見ていたんですよ。「うわ、これ真っ白じゃん」「こんなことあるんだね」みたいなやりとりをアシスタント同士でガヤガヤ話していたら......。

いつのまにか先生が後ろに立っていたんです。僕は恐ろしくて、先生の顔を見ることができなかったんですが、先生は「......真っ白ですね。ははは」と言って、去っていきました。

───『ブラック・ジャック創作秘話』では、ボロボロ泣いていたと描かれていましたが。

あれは話が伝わっていくうちに多少脚色されたんでしょう。先生はすぐに出ていってしまいましたが、その場は凍りつきました。

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MWで主人公の結城が支店長を殺すために車で迎えに来るシーン。たとえば右上のコマには夜の背景、右下のコマの左側には車、続くコマには車内の背景が描かれるはずだった。読者は気づかれないかもしれないが、他のページと比べると違和感がある。

───ショックだったんでしょうね。

背景は単行本のときに直すだろうと思っていたら、結局真っ白のままでした。あれはわざとでしょう。

───普通なら、絶対に描き加えるはずですよね。

絶対に入れるでしょうね。だから、あれは抗議の意味もあったんでしょう。僕らアシスタントに対しても、編集部に対しても。

───意地でもそのままにして修正しないという無言の抗議だったんですね。強い意志を感じますね。

もし自分が先生の立場だったらと考えると、くやしいですよね。死ぬほど忙しい中、背景のアタリまで入れたわけですから。あと1時間か2時間あれば背景は入れられたんだから。先生の気持ち、本当のところはどうだったのか、聞いてみたかったけど、聞けるわけないけど。

■小学生が目撃!? 『よれよれの手塚治虫』事件

それから、これはどこか*で描いたかもしれませんが、セブンビル時代のエピソードです。

*『漫画家が見た手塚治虫 ~マンガに描かれた漫画の神様~』(秋田書店)

当時、土日に漫画好きな小中学生などが見学に来ることがあったんです。そういうときは仕事場を開放して、僕らアシスタントが制作室の様子や漫画の描き方を見せるわけです。先生は土日も上の4階の部屋で仕事をしていたから、会うことは難しいのですが。

その日も3人くらいのが小学生が見学に来ていたんです。ちょうど制作室の入り口を入ってすぐのところで、僕が小学生たちにホワイトの使い方など、いろいろ説明していました。

そこにたまたま、先生が指定の原稿を持って入ってきたんです。

そのときの先生は、徹夜続きでよれよれの薄汚れたランニング姿。アシスタントの僕から見ても、だいぶひどい格好でした。もちろん、いつものベレー帽もかぶっていません。

ドアを開けた瞬間、先生と見学に来ていた小学生とで目が合ったんですね。小学生たちにすれば、想像する「手塚治虫先生」は、ベレー帽をかぶって、きちんとして格好をしているイメージでしょう。かけ離れた姿を見て(見られて)しまったわけです。

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───なんとも間が悪かったんですね。

手塚先生は目が合った瞬間、部屋に入らずバタンとドアを閉めたんです。小学生たちは「あれ、今の手塚先生だよね......」「ちょっとイメージと違うね」なんて話している。

そして数分後、ベレー帽にきちんとセーターか何かを着て、いつものキリッとした姿で先生が、指定原稿を持って現れたんです。まるでさっきのことなどなかったかのように、小学生たちに向かって、爽やかに「やあ!」って挨拶をしてね。

───コントみたいですね(笑)。でも、とても手塚先生らしいエピソードです。

最初はまさかファンの子どもたちがいるとは思っていなくて、手塚先生も「しまった!」と思ったんでしょうね。でも、急遽身だしなみを整えて、ちゃんとした姿で出てきたんです。ファンサービスというか、子どもたちのイメージを壊しちゃいけないと思ったんでしょう。

───「しまった!」で、そのまま出てこないというパターンもありそうですが。「彼らの記憶を塗り替えないと!」と思ったんでしょうね。

ちゃんと着替えて来るところが偉いんですよ。手塚先生は。

───お忙しいのにちゃんと身だしなみを整えて。人柄を表すエピソードですね。

手塚先生って、もちろん手の届かない存在、漫画の神様なんですが、仕事をするうちにそういう部分を見ると、本当に人間臭いんですよ。僕は先生の、そういうところが好きでした。神様を崇める気持ちと、いいおじさんだなあっていう両方の気持ちが芽生えましたね。

〈次回は、三浦先生の『The♥かぼちゃワイン』と手塚漫画の意外な共通点について伺います。〉


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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