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関係者インタビュー 私と手塚治虫 石坂啓編 第4回 アシスタントは「手塚番」の編集者よりははるかに楽!

2024/03/01

関係者インタビュー

私と手塚治虫 石坂 啓編

第4回 アシスタントは「手塚番」の編集者よりははるかに楽!

文/山崎潤子

 関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は漫画家の石坂啓さん。石坂さんは手塚プロダクションで手塚治虫のアシスタントを務めたことでも知られています。手塚治虫に対する憧れや当時のアシスタントや編集者たちのエピソード、漫画に対する思いなど、さまざまな角度からお聞きしました。

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PROFILE

石坂 啓(いしざか・けい)

漫画家。
愛知県名古屋市生まれ。大学卒業後、上京して手塚プロダクションに入社。手塚治虫のアシスタントを1年間務め、在社中に漫画家デビュー。主な作品に『キスより簡単』『アイムホーム』『ハルコロ』など、エッセイ集に『赤ちゃんが来た』『お金の思い出』などがある。


■編集者のストレスは半端じゃない!

 

──手塚先生の連載本数を考えると、アシスタントさんも大変だったでしょうね。

 

いえいえ、私のようなヒラのアシスタントは徹夜しても交代できるし、最終的な責任はないんです。だからある意味、気楽な立場ともいえます。ただ、チーフアシスタントは先生とやりとりしたり、仕事の割り振りをしたりと、責任があるからそういうわけにはいきませんけれど。

それよりも、大変なのは編集者です。原稿が上がるまで、ずっと待っていなきゃいけないんですから。原稿が上がらないからといって、あきらめたり、逃げ出すわけにはいきませんからね。

 

──編集者の方々は、待っている間に息抜きとかできないんでしょうか?

 

外にご飯を食べに行ったり、お風呂屋さんに行ったりして席を外したときに、手塚先生が「〇〇社の〇〇さんいます? 呼んでください」と言い出して、自分がいなかったら、「どうしていないんですか?」と原稿を後回しにされてしまいますからね。先生からすれば「僕はこんなに一生懸命描いているのに、外に食べに出ているのか」という気持ちになるのも仕方のない話です。

だから他誌に抜け駆けされないように、編集は張り付くんです。食事は店屋物で銭湯にも行けずに、みんなボロボロになってね。

 

──待っているというのも、ストレスが溜まりそうですよね。

 

新人の編集者なんて、最初はパリッとしたスリーピースを着て挨拶に来るんだけど、そのうちだんだん上着やらシャツやらがその辺に脱ぎ散らかされて、ぼろぼろの脱いだ靴下がおいてあったり。かわいそうだけど、おかしいでしょう。

 

──身なりなんて気にしてられるか!となるんですね。

 

ある日、手ぬぐいを首に巻いて泊まり込んでいる編集者を横目で見ながら、アシスタントの私たちは「お疲れさま〜」なんて言いながら帰らせてもらったんです。

そうしたら翌朝、彼が持っていたその手ぬぐいが、1cm幅になってゴミ箱に捨ててあったの。きっと夜中にイライラして、手ぬぐいをビリビリ引き裂いたんでしょうね。怖い話でしょう〜。

 

──編集はいろいろ板挟みになるから、心労がすごそうです......。

 

普通なら、編集者は漫画家に「早く描いてください」と急かす立場ですが、手塚先生には言えないです。連絡は間にマネージャーを通すのが基本で、先生の部屋に直接電話をかけられるのはマネージャーの松谷さんだけ。編集者が直接「早く描いて」なんて催促はできないわけです。

だからマネージャー経由で「頼みます」って頭を下げながら、編集部から原稿はまだかと怒られ、原稿が遅いと写植屋さんや印刷所にも叱られ......。

 

──お腹が痛くなりそうですね。

 

編集者の人たちはいつもピリピリと殺気立っていたし。かといって喧嘩をするわけにもいかないからか、壁に穴あけたりとかはあったわね......。「私はアシスタントでよかった」と心から思いましたよ。

 

あるときなんて、ソファで寝ていた某編集者がずり落ちた拍子に目を覚まして、いきなり同期のアシスタントのわたベくんのことを睨みつけるんです。わたべくんはわけがわからなくて、何だろうっておどおどしていたんだけど......。あとから聞いたら、その編集者は「わたべくんが先生の原稿にジョウロで水を撒いている夢」を見たんですって。

 

──理不尽な話だけど、編集者も極限状態だからこそでしょうね。

 

■極限状態での攻防

 

先生が亡くなったあとも、編集の人たちと思い出話をよくしました。これは、講談社の編集者の方に聞いた思い出話ですが......。

『未来人カオス』の担当編集者だった彼は、原稿をとるために何日も手塚プロダクションに詰めて、ボロボロになってソファで寝泊まりしていたそうです。その日の夜12時が原稿の最終リミットで、先生は他にもたくさんの仕事を抱えていたし、夕方の時点で主線の原稿が23枚しか上がっていない。これはどうやっても間に合わないという判断で、代原(代理原稿)も準備してあるし、あきらめて帰ることに。数日ぶりに家に帰って、お風呂に入って、さあ寝ようというときに、編集長から電話があったそうです。

「先生がいまから描くって言ってるから、すぐ手塚プロに戻れ」って。

 

──え!

 

連載のページ数は1618だったから、いくらなんでも無理だと思っていたら、夜の6時、7時、8時と、先生の主線原稿がバンバン出てきたそうです。それをアシスタントが必死で仕上げるわけですが、残り12枚になったところで、夜の11時。ぎりぎりまで頑張っても、結局間に合いそうにない......。

 

──よくそこまでやったとも言える状況ですが......。

 

代原はあるものの、編集者としては困った状態です。先生にしてみれば「僕は描きましたから」と言える状況でしょう。もちろん意地悪でなくね。先生に急いでもらって、目の前ではアシスタントたちが必死で作業しているのに、代原は用意していますからなんて言いにくいわけですよ。

 

──たしかに。

 

どうしようか困っていたところ、リミット直前に先生が下りてきて、「すみませんでした。できませんでした」って頭を下げたそうです。

......私ね、この話にものすごく感動して、いまでも思い出すと泣いてしまうんです。

 

──誰かが決着をつけるというか、今回は無理だったという宣言をしてくれないと収まらない状況だったわけですね。編集も言えないし、もちろんアシスタントも言えない......。

 

さすが手塚治虫だと編集者も思ったそうです。結果だけ見れば、今回は代原で、次号分の原稿が早々にもらえるなら編集のほうはありがたいわけですが......。

でも、極限の状況で、精一杯やったけれど間に合わなかった。でも、間に合わなくて一番くやしいのは手塚先生なんです。

手塚治虫は原稿が遅いとか、遅れるときの言い訳が上手だなんていう話もあるでしょう。たしかに、のらりくらりとかわすこともあるんですが、それだけ仕事量が多かったわけです。

だからこそ、なんとか間に合わせようして、結局叶わなかったこの話って、純度が高いなあ、かっこいいなあって、鳥肌が立つんです。

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『未来人カオス』(1978年-1979年)
狭き門である銀河総合アカデミーを志す須波光二と大郷錠。2人は無二の親友同士だが、ある日大郷の前に「須波を殺せばアカデミーに合格させる」とそそのかす男が現れる......。

 

 

■世界地図ブチ切れ事件

 

編集者は待つだけじゃなく、駆け引きも必要です。手塚先生は編集者を試すようなこともあるんですが、それは意地悪ではなく、きちんと漫画について相談できるのか、どれだけ本気でやっているかを見る意味もあったと思います。

 

これは秋田書店の伊藤さんという編集者に聞いた話ですが......。

あるとき手塚先生が「世界地図ありますか? なければ僕の自宅にあるからとってきてください」っておっしゃったんですって。「(専属の)運転手さんに頼めば自宅まで行ってくれるから」って。本当のところ、先生は時間稼ぎで世界地図を要求したわけです。「〇〇がないと描けない」というのは先生の手ですから。

でも、伊藤さんは時間がもったいないからと、本屋さんで世界地図を買ってきた。それを見て先生も「これでいいです。助かりました」となり、「運転手さんにもう行かなくていいと伝えてくださいね」とおっしゃった。

ところが、運転手さんはもう出てしまっていたんですね。それを聞いた先生は「どうしてそんな無駄なことをするんですか!」って怒ってしまったそうです。「運転手さんがもう戻れないなら、買ってきたこの地図返してきてください。こんな地図じゃ僕は書けません!」とへそを曲げてしまったわけですよね。

 

──先生の正義感とも言えますが、なんだか歯車が合わなくなっちゃったわけですね。

 

そうしたら、伊藤さんは先生の前で地図を破って、ゴミ箱に捨てたそうです。編集者のほうも、ついにブチ切れてしまったわけ。恐ろしい状況よね。私もその場面、実際に見たかったというのが本音ですが......(笑)。

 

──編集者さんも本気で、必死だったのがよくわかります。

 

でもね、その後の手塚先生がかわいいんです。

編集者の伊藤さんは後から「あのときは大人気なかったです。僕が悪かったです」と謝ったそうです。そうしたら、手塚先生も伊藤さんに対して「あ、伊藤さん、ちょっとちょっと」とか「伊藤さん、これとこれ、どっちがいいでしょうか?」みたいに、しばらくの間やたら話しかけるようになったんですって。

子供が喧嘩したあとにやたら仲良くなるみたいで、なんてかわいらしい!

 

■「一度は手塚番をやってみたかった」

 

私の夫は小学館で漫画の編集者をしていて、いまは現場を離れましたが、「漫画編集者として、一度は手塚番をやりたかった」と申しております。どれだけ大変か、先輩方から聞かされてはいるようですけれど(笑)。

手塚番と言われた編集者の方々も大変なご苦労をされたでしょうが、結局先生を尊敬しているんです。みなさん後になって、うれしそうに昔の苦労話をされますから。

 

──むしろ誇りになっているわけですね。

 

私も漫画を描いていたときに、アシスタントに「手塚先生のアシスタントをしていたなんて、ものすごいことですよ。北斎の弟子みたいなレベルじゃないですか?」って言われて。「そうだね! 本当だね」って話したのを覚えています。

手塚先生の漫画をリアルタイムで読めたことも、アシスタントとして先生の仕事ぶりを間近で見られたことも、ものすごーく幸せなこと。超ラッキーだったって思います。

 

次回は、漫画家という職業、漫画というジャンルについて、深いお話を伺います。


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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