戦争で両親を失った二人の少年、マサやんとムギやんは大の親友。ところがひょんなことから二人は離れ離れになり、それぞれまったく正反対の人生を歩みだします。マサやんは正義に燃える新聞記者に、ムギやんは殺しも厭わないやくざ者に。二人を再び引き合わせるのは、不運にも一つの殺人事件でした。政治家・菅沼氏が何者かに事故に見せかけて殺害されたのです。事件を追う新聞記者・マサやんですが、なんとこの事件の犯人は、親友・ムギやんだったのです。
1961/04-1962/11 「中学一年コース」「中学二年コース」(学習研究社) 連載
この『アリと巨人』は、ちょうど手塚治虫が『鉄腕アトム』を連載していたころの作品で、中学生向けということもあってか、丸っこくてかわいらしい絵柄ですが、戦争に巻き込まれる人々や戦後日本の混乱に乗じて暗躍するギャングなどを描いたなかなかハードな内容で、手塚治虫の戦争の悲惨さを訴えるメッセージが色濃く現されています。アメリカの作家、O・ヘンリの「ラッパのひびき」という短編をちょっと思い起こさせる、正義と悪に分かれてしまった親友二人の切ないお話ですが、スマートな短編に収まっているO・ヘンリの作品よりこの『アリと巨人』の方が物語としてはスケールが大きく、マサやんとムギやんは長年にわたって対決し続けます。特にムギやんのしぶとい活躍ぶりは「勝手に行動してしまった」と解説で手塚治虫自身も書いているように、悪役でありながらも常にマサやんの先を行く鮮やかさで、読者としてはマサやんにちょっとやきもきしてしまうほどです。このマサやんとムギやんの関係は、ずっと後の『ブラック・ジャック』の「刻印」のロックとブラック・ジャックを思わせます。クスノキと動物の対話などに見られるファンタスティックな世界観と、殺し屋と新聞記者の数年来の対決という、ハードボイルド冒険小説のようなドラマ性、根底に流れる戦争批判と自然への愛——この三つが融合した、ふしぎな雰囲気の本作品。手塚治虫のエッセンスを十二分に感じられる作品といえるでしょう。