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講談社 手塚治虫漫画全集「陽だまりの樹」1巻 表紙用イラスト(手塚プロダクションによる) 1993年

ストーリー

江戸時代から明治時代へ......日本の一大転換期を舞台に、その時代を全力で駆け抜けた若者たちの姿を描いた大河ドラマです。

青年武士・伊武谷万二郎は、剣豪・千葉周作の道場へ入門しましたが、入門三日目に千葉周作は死亡。その通夜の席でいざこざを起こし、兄弟子の清河八郎と決闘することになってしまいます。そしてけがをした万二郎の手当てをしたのは、同じ小石川で開業している蘭方医・手塚良仙の息子の良庵でした。

これがふたりの運命の出会いでした。武士という滅びゆく生き方を貫ぬこうとする伊武谷万二郎。無知や迷信と闘いながら近代医学の道を切り開こうと努力する良庵。

彼らは、まるで反対の生き方を選びますが、なぜかウマが合い、同じ女性を慕い、それぞれに、激動の時代を必死で生きていくのでした。

解説

1981/04/25-1986/12/25 「ビッグコミック」(小学館) 連載

この「陽だまりの樹」で幕末から明治維新、「一輝まんだら」で大正デモクラシー、「アドルフに告ぐ」で二・二六事件から敗戦を、そして「奇子」で敗戦から戦後復興をと、手塚治虫がビッグコミックで連載してきた作品は、時系列ではないとしても日本の近現代史をリアリティとユニークなアイディアとを組み合わせて描き続けていますが、その中でも最も長く、力の入っている作品がこの「陽だまりの樹」である、といっても過言ではないでしょう。

歴史上の人物はその名前の通り登場し、その顔つきも肖像写真や絵などを資料にかなり本人に寄せて描かれています。史実的な事件もふんだんに取り入れられ、大地震やコレラの流行、政変や戦争なども取材をもとに綿密に描かれ、それらにキャラクターたちがそれぞれの立場や性格でかかわることで、奥行きのあるドラマを描き出しています。

この作品に登場する青年医師・手塚良庵は、実在した手塚治虫の先祖をモデルにしており、連載当時は、手塚治虫のルーツを描いた作品として話題になりました。

実在の手塚良庵は、日本で初めて軍医となった人物だということで、そのエピソードはこの作品の中にも描かれています。

主な登場人物

伊武谷万二郎

伊武谷万二郎

府中藩士。隠居した父の後をついで二十六歳の時に出仕。侍らしい直情的な性格と、虫などの生き物を愛する心優しい面がある若者。刀傷を受けたことから、三百坂の手塚良仙の息子・手塚良庵と知り合う。
>キャラクター/伊武谷万二郎

伊武谷万二郎

手塚良庵

手塚良庵(良仙)

伝通院・三百坂の蘭法医、手塚良仙の長男。医師としての腕はあるが遊び好きでおっちょこちょい。大坂の適塾に入門し、緒方洪庵のもとで福沢諭吉らの俊英と机を並べる。
>キャラクター/手塚良庵

手塚良庵

おせき

お紺

おせき

万二郎と良庵が思いを掛けている美しい女性。善福寺の娘で、心優しく、仏法にしたがって殺生を嫌う。

お紺

良庵が大坂で知り合った夜鷹の女。「七化けのお紺」を名乗り、変装が得意。かつて飲んだくれでならず者の夫がいたが、刑死した後、一人でたくましく生きてきた。気が強く経営の才覚があり、女手一つで徐々に成り上がっていく。お尻にお稲荷さんの宝珠のイレズミがある。

お品

丑久保陶兵衛

お品

もともと江戸に住んでいたが、安政の大地震で両親を失い、親戚筋の大坂の商家・蜷屋に引き取られた娘。地震の際に奮闘する万二郎を目撃し、それから片思いをしている。内気で気が弱いのに思いつめる性格で、万二郎と結婚したいがために武家の家系図を手に入れようと、怪しげな男の話に乗ってしまう。

丑久保陶兵衛

藪の蘭方医に妻・さとの健康を害されたことから、蘭方医を憎む貧乏な侍。大地震でさとを失ってから、いっそう世の中への恨みに固まり、万二郎の敵となる。

手塚治虫が語る「陽だまりの樹」

福沢諭吉にだまされ酒肴をふるまわされる良庵

私の三代前の先祖は手塚良仙といい、大阪の適塾にあって三五九番目の門人として、緒方洪庵に学んだ医者である。

三代前の先祖が、府中藩松平播磨守の侍医だった、ということは、以前からうすうす知ってはいた。ある日突然、日本医史学会の深瀬泰旦という方から、私の論文だが読んでほしい、貴男のご先祖のことを書いた、というわけで「歩兵屯所医師取締役、手塚良斎と手塚良仙」なる小冊子が送られてきた。

それによると、安政二年、良仙は江戸小石川三百坂の家を出て大坂へ向かい、十一月二十五日、適塾の門を叩いたのだった。
その八か月前、適塾には、福澤諭吉が三二八番目の門人として入門しているから、手塚良仙と諭吉とは、いわば"同期の桜"ということになる。
もしや、と思って私は「福翁自伝」をひもといてみた。すると、果たして適塾時代の記述の中に、あった。手塚良仙のエピソードがあった。

手塚良仙は、適塾当時、良庵と名乗っていた。良庵は学問も熱心だったが、なによりも無類の道楽者だったようであった。女遊びにかけては、かなりだらしない男だったらしく、毎夜のような廓通いには諭吉も呆れ果てて、良仙に忠告をして、真面目に勉学をするようにしむけた。しかし女を断った良仙は、諭吉にとっては、どうもおもしろくない。そこで諭吉や同僚はわざと女文字の手紙をでっちあげて、さりげなく良仙に読ませ、良仙がけげんに思って廓へ出向こうとするのをとっつかまえて、寄ってたかって坊主にしようとした。良仙は平謝りに謝って一同に酒肴を振る舞うことで、やっと許してもらった、というエピソードなのである。

無類の女好き、という点では、恐縮だが私の父にそっくりだし、おっちょこちょいでだまされやすい、ということでは私の性格そのままである。読むほどに、やっぱり手塚家の血は、争えないものだと妙に感心した。
(後略)

(日本興業銀行発行 「新開業事情」1986年9月 より抜粋)

福沢諭吉にだまされ酒肴をふるまわされる良庵

小学館 ビッグコミック 連載時 扉絵 (右)1981年(左)1984年

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