
文/山崎潤子
関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、「手塚治虫の最後のアシスタント」といわれる青山由香さん。青山さんは、手塚治虫が亡くなる10ヵ月前に手塚プロダクションに入社されました。異例入社のきっかけや在社中のエピソードを中心に、手塚マンガや手塚治虫への愛があふれるお話をお聞きしました。
PROFILE

青山由香(あおやま・ゆか)
北海道札幌市出身。父親の本棚にあった手塚治虫のマンガを読み、熱心なファンに。短期大学卒業後、手塚プロダクションに入社。手塚治虫の最後のアシスタントとなる。1989年のテレビシリーズと連携した『ジャングル大帝』や『青いブリンク』の学年誌での連載、『三つ目がとおる』のグッズなどを担当。現在はイラストレーターとして活躍中。2026年、MoN Takanawaで行われた、マンガをライブパフォーマンスで体験する「MANGALOGUE:火の鳥」では、『火の鳥 未来編』の着彩を担当。
──青山さんは1988年に手塚プロダクションに入社したそうですね。
はい。その年の4月1日にアシスタントとして入社しました。
──手塚先生が亡くなったのが1989年の2月ですから、その前年......。青山さんは最後に入社したアシスタントというわけですね。アシスタントを志した理由は?
将来マンガ家になりたいというわけではなく、とにかく手塚先生が大好きだったんです。
最初の出会いは5歳ぐらいだったかな。父の部屋の本棚に『どろろ』の単行本があって、興味本位でページを開いたんです。顔が溶けて骨になるシーンを見て、あまりの恐怖と衝撃で、怖くてしばらく父の部屋には入れませんでした。
──5歳で『どろろ』は衝撃ですね。
怖かったけど、惹かれるものがあったんでしょうね。
親は「マンガを読むと頭が悪くなる」と言っていたけど、なぜか家には父が読んでいた手塚マンガがたくさんあったんです。子どもの頃は手塚先生のマンガをトイレの中や布団に潜って、こっそり読んでいました。そうしたらどんどんハマって、『ブラック・ジャック』のセリフを覚えてしまうほどに......。
中学生になると、好きすぎてひたすら模写を始めるようになって、『鉄腕アトム』とか『ブラック・ジャック』とか、手塚先生の筆圧まで似せて描き続けました。
──筆圧まで真似て模写をするというのは、やはりマンガを描きたいという気持ちが?
うーん。どうなんでしょう。なぜそんなことをしていたのか、自分でもよくわからないんです。1人遊びが好きだったからかな......(笑)。
最終的には『火の鳥』黎明編のコマ割りまで模写して、さらにそれを自分のオリジナルにアレンジしちゃったり。今見たらひどいクオリティですが。
──それは見てみたいです(笑)。

『どろろ』(1967〜1968年)
戦国時代、体の48ヵ所もを魔物に奪われて生まれてきた百鬼丸は、失った体を取り戻すために魔物退治に出る。タイトルの「どろろ」は、百鬼丸とともに旅する少年の名前。怪奇的でおどろおどろしい世界観のマンガとなっている。
マンガの生原稿って実際には大きいのに、それを知らずに単行本サイズでちまちま描いていたから大変でした。セリフなんてものすごく字が小さくなっちゃって。
──好きという理由だけで模写までするというのは、手塚マンガへの愛を感じますね。
高校生のとき、ファンクラブの存在を知ったんです。早速入会して、ハガキに絵を描いて送りはじめました。そうすると、会報に自分の絵が載るんです。もううれしくてうれしくて。毎月のように載せてもらえたから、調子に乗って頑張って描きました。しかも、たまには手塚先生から直筆のお返事のハガキをいただいたりして。あれは感激でしたよね。
──先生から返事が来るという話はよく聞きますが、大御所になっても、ファンに返事を書いていたんですね。
返事がほしくて描いていたわけじゃないんですが、ファンとしてひたすら送っていました。ただただ、先生が好きで好きでたまらなかったんです。絵だけじゃなく、手塚先生に長い手紙をつけて送ったこともありますしね。
生まれ育ったのは北海道の札幌でしたから、先生にお会いするなんて絶対に無理だと思っていたんです。
ところが高校生の頃、札幌グランドホテルでいろいろなジャンルの方々が講演するというイベントがあって、その中のひとりが手塚先生だったんです。もちろん行きました!
──チャンス到来ですね!
先生は忙しいからか、講演が終わると先に席を立ったんです。だから走り寄って、持参したアトムの原稿を渡しました。先生は「ありがとう」ってちょっと迷惑そうに去っていきましたけど......。私は「先生に会えた。原稿も見てもらえた」という思いでいっぱいでしたね。
──「少しでも先生に届けばいい」みたいな感じですね。
当時、『ブラック・ジャック』の連載が終わっていた寂しさから、恐れ多くも『ブラック・ジャック』の続きのマンガを20ページくらい描いて送ったことがあるんです。ブラック・ジャックやどろろやメルモちゃんや、いろいろなキャラクターを登場させて。あとから知ったんですが、その原稿がスタッフの間で話題になったそうなんです。「そっくりに描く人がいる」って。
──すごい! 絵も上達して、スタッフの間で有名なファンになっていた......。
でも、今見ると「我ながらよくこんなの描いて送ったな」というレベルですよ。思い返しても恥ずかしい。
短大2年の9月か10月だったと思いますが、手塚先生が北海道に講演に来るという情報をファンクラブの方から教えていただいたんです。「え?♡」ってなりましたよー。
ただ、場所がトマムのホテルで、札幌からは距離があったんです。親に頭を下げて、生まれて初めて外泊を許してもらいました。うちはなかなか厳しい家庭だったので、「本当にお願いだから」って頼み込んで。札幌からトマムまで2時間ほどでしたが、私にとっては地の果てまでいくくらいの気持ちでした。一人でホテルに泊まるのも初めてですから。
──おおー。ちょっとした冒険ですね。
先生に見てもらおうと、またもや書きかけのオリジナル原稿を持っていきました。先生が講演をしている間も、どのタイミングで原稿を渡そうかと気が気じゃなくて。今思えば、先生に自分のマンガを見てもらおうなんて、とんでもなく図々しい話ですけど。
先生が帰られるタイミングで追いかけて、先生と松谷社長がホテルの部屋に入っていくところまでくっついていったんです。
──かなり追いかけましたね(笑)。
「先生がいなくなっちゃったら大変!」と、見失わないように必死でした。部屋の前で松谷社長が気づいて「だめだよ。入ってきちゃ」とガードされたんです。
私も「うん。たしかに」と思いましたが、「あの、札幌から来た青山といいます」と名乗ると、「あ、ブラック・ジャックの?」って言われたんです。だから「あ、はい♡」って。
──『ブラック・ジャック』の続きを描いた件、社長も知っていたんですね。
そうみたいです。手塚先生はすでに部屋に入られていたんですが、松谷社長が先生に話してくれました。そして「明日の朝、ロビーでいい? 先生がそこで会ってくれるから」って......。
──やりましたね。
その晩はうれしくて、部屋のベッドで飛んだり跳ねたりしていました。もう夢のようで「どうしよう、どうしよう」って。描きかけの原稿の続きをやろうと思っていたのに、すっかり忘れて、飛んでるうちに寝ちゃいました。
──ぴょんぴょんしているお姿が想像できます。
翌朝、先生とロビーのソファでお話したんですが、私は先生に会えて、舞い上がっちゃったんですね。先生が真剣に私の原稿を見てくださっているのに、「先生、あのね、それでね、こうでね......」って、横でずーっと話しかけてしまって......。先生は原稿を読みながら「う、うん。そうだね......」と空返事をするような状況で。先生がせっかくマンガを評価してくれようとしているのに。
──作品を読んでもらうより、とにかく話したかったんですね。
空気を読まずにぺちゃくちゃ関係のない話をしたことだけは覚えています。で、最終的に「うち来る?」って言われて、二つ返事で「はい♡」となったんですよ。
──すごい展開! それで手塚プロダクションへの入社が決まったわけですね。
といっても、アシスタントという仕事も何をするのかわからないし、「うち来る?」も、一瞬手塚先生のおうちなのかと思ったくらい。本当に知識も常識もなくて......。
──でも、青山さんの運命はそこで変わったんですね。人生の分岐点でしたね。
手塚先生と松谷社長という、決定権がある2人がいてくれたこともラッキーだったのかもしれません。
──たしかに、いったん持ち帰って考えてみようではなく。
この話にはまだ続きがあって......。
札幌に戻る電車の路線が1本しかないから、先生たちと同じ電車で帰るわけです。そこでまた調子に乗って「先生の横に座っていいですか?」とお願いしたら、「それは困るからあっちに座ってね」って断られてしまいました。「はーい」って明るく答えましたけど......、我ながら危ない人間ですよね。
──青山さん、アグレッシブでおもしろすぎます。
[第2回に続く]
山崎潤子
ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。
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