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関係者インタビュー 私と手塚治虫 江成常夫編 第2回 「鎮魂」をもって昭和を次世代に伝える

2026/04/17

関係者インタビュー

私と手塚治虫

江成常夫編

 

2回 「鎮魂」をもって昭和を次世代に伝える

文/山崎潤子

関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、戦争と昭和を軸に約半世紀仕事を続けている日本を代表する写真家、江成常夫さん。江成さんは、皆さんがよく目にする手塚治虫の写真を撮影されています。撮影秘話はもちろん、戦時下に生まれたこと、作品を通して戦争を伝えつづけることなど、手塚治虫との共通項についてもお聞きしました。

 

PROFILE

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江成常夫(えなり・つねお)

1936年神奈川県相模原市生まれ。写真家、九州産業大学名誉教授。1962年に毎日新聞社入社。1974年に同社を退職しフリーに。以降、声なき人たちの声を写真で代弁し、戦争の昭和を起点に仕事をつづける。木村伊兵衛賞、土門拳賞をはじめ毎日芸術賞など国内の代表的な写真賞を受賞。『花嫁のアメリカ』『百肖像』『シャオハイの満洲』『まぼろし国・満洲』『ヒロシマ万象』『鬼哭の島』など、多くの著書・写真集がある。写真と文章を拮抗させた「フォトノンフィクション」を確立。2019年から2024年にかけ、テキサス大学付属「ドルフ・ブリスコー米国史センター」に多くの作品が所蔵された。

©江成常夫

◾️写真と文章を拮抗させる「フォトノンフィクション」

 

マンガというのは、そもそも「子ども向けに楽しく読ませる」という面が非常に強かったものですよね。手塚さんは、マンガを大人も読めるストーリーとして確立し、視覚言語としての価値づけをしてきた方だと思います。つまり、単に「楽しく読む」だけではなく、戦争やそれに関わる生と死の問題、さらに未来に向けた環境問題にまで目を向けて、マンガで表現してこられましたよね。

 

──マンガや写真といった視覚で訴えかけるもののほうが、ストレートに響きますよね。

 

手塚さんがマンガでロング、中ロング、アップという映画のような手法で、言葉だけでは表現できないものを絵で表現したように、写真は文字・言葉よりもすぐれている面があります。

一方で、写真だけでは言葉に敵わないところもあるわけですよ。

だから僕は、写真と文章を拮抗させるフォトノンフィクションという仕事をしてきました。写真に言葉をつけるのは愚の骨頂だなんて言う人もいましたが。

 

──それが緻密な取材による文章と写真による『花嫁のアメリカ』や『シャオハイの満洲』ですね。

 

言葉に勝る写真の力と、写真が敵わない言葉の力。これらを拮抗させたものが、単なるノンフィクションでも写真集でもない、フォトノンフィクションという位置づけなんです。『花嫁のアメリカ』は、何度か出版社を変えて再版されました。

 

──50年近く前のお仕事が評価され続けるというのはすごいですね。

 

僕は草の根の声を持たない人たちの、魂の声を写真で呼び戻してきたと思っています。手塚さんがマンガで呼び戻してきたようにね。

 

◾️共通点は鎮魂の心

 

──江成さんはどんな気持ちをもって、戦争に対峙されてきたのでしょうか。

 

僕自身、戦争の昭和に翻弄された世代です。太平洋戦争だけでも、320万人もの尊い人命が失われた。それは紛れもない、歴史の過ちでした。

僕が国内はもとより、アメリカ、中国、東南アジアなどを巡り仕事を続けてきたのは、亡くなった人たちへの声なき声を写真に託したかったからです。

 

僕が一番大事にしているのは「鎮魂」です。

戦争で亡くなった人は「犠牲」などという言葉で語られがちですが、戦争は絶対にあってはならないもので、彼らの悲しみや涙を忘れてはならない。僕が半世紀もこの仕事を続けられたのは、鎮魂をもって戦争で亡くなった人に向かい合い、写真と言葉で呼び戻してきたからだと思います。

 

──鎮魂......。深い言葉ですね。

 

おこがましいかもしれませんが、同じような時代を生きてきた人間として、僕は手塚さんのマンガにも、鎮魂の心を感じたんです。

残念なのは60歳という若さで亡くなってしまったことですね。僕は90歳だから、30年も長く生きているんですよ。

 

たとえば『火の鳥』では、人間が普遍とする生と死、いわば仏教の輪廻転生がテーマになっていますよね。命はいずれ消滅するもので、生と死はつながっているという。もう、これは紛れもないマンガ文学だと思います。

それに手塚さんのマンガのすごさは、悪を悪として終わらせないところですよ。

つまり、必ず明日への光明を求めているんです。

 

◾️戦禍を描いた手塚治虫の自伝的マンガ

 

手塚さんがご自身の戦争体験を重ねて描いた『紙の砦』というマンガがありますよね。主人公が大寒鉄郎という、手塚さんをもじった名前で。名前にもこういうユーモアを仕込めるのが、手塚さんのすごさですよね。やはりマンガという原点を忘れないんですよ。

 

──ユーモアを交えながら、悲惨な戦時中のリアルが描かれていますよね。

 

その日の糧にあえぐ、厳しい戦争末期。大寒鉄郎さんは岡本京子さんというヒロインと心を通わせていた。戦争が終わったけれど、ハッピーエンドではなく、最後は京子さんは行方不明になってしまう。それでも、京子の面影は鉄郎のマンガに託されてるという......。

命の尊さ、戦争はあってはならないということ、そして輪廻転生にもつながる深い作品ですね。京子さんに会えないのは悲しいことですが、未来に向かう希望もあるんですよ。

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『紙の砦』1974年)

厳しい戦時下の日本で、マンガ家を志す手塚治虫の自伝的作品。軍事教練、軍需工場への動員、空襲などの様子が生々しく描かれ、主人公の大寒鉄郎、ヒロインの岡本京子の淡い恋はせつない結末を迎える。

◾️写真にはリアルな「血の跡」がある

 

──戦争が終わってよかった、だけではない。でも、希望を感じさせる終わり方ですよね。

 

マンガの持つ大きな役割に、ユーモアがありますよね。手塚さんは戦争、犯罪、政治といった重いストーリーであっても、マンガの根源であるコミカルさやユーモアを忘れない。だから、子どもから大人まで、全世代に通じる力を持つわけですよね。そこが純文学との違いでもあり、写真との違いでもあるでしょうね。

 

──写真の役割は、どんなことでしょうか。

 

やはり写真というのは、圧倒的なリアルであること。空想ではないリアリティでしょうね。マンガや小説というのは観念的なものですが、写真にはそこにリアルな血の跡がある。そこに言葉を重ねるという仕事を、僕はやってきたんです。手塚さんがマンガの力を信じたように、僕は写真の力を信じています。

マンガもそうですが、写真の可能性はまだまだあると思っています。その可能性を発展させて、世界につなげていくのが、人間の役割のひとつだと思っています。

[第3回に続く]


yamazaki.jpg山崎潤子

ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。


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