
文/山崎潤子
関係者に話を聞き、さまざまな角度から手塚治虫の素顔を探っていこうという企画です。今回は、戦争と昭和を軸に約半世紀仕事を続けている日本を代表する写真家、江成常夫さん。江成さんは、皆さんがよく目にする手塚治虫の写真を撮影されています。撮影秘話はもちろん、戦時下に生まれたこと、作品を通して戦争を伝えつづけることなど、手塚治虫との共通項についてもお聞きしました。
PROFILE

江成常夫(えなり・つねお)
1936年神奈川県相模原市生まれ。写真家、九州産業大学名誉教授。1962年に毎日新聞社入社。1974年に同社を退職しフリーに。以降、声なき人たちの声を写真で代弁し、戦争の昭和を起点に仕事をつづける。木村伊兵衛賞、土門拳賞をはじめ毎日芸術賞など国内の代表的な写真賞を受賞。『花嫁のアメリカ』『百肖像』『シャオハイの満洲』『まぼろし国・満洲』『ヒロシマ万象』『鬼哭の島』など、多くの著書・写真集がある。写真と文章を拮抗させた「フォトノンフィクション」を確立。2019年から2024年にかけ、テキサス大学付属「ドルフ・ブリスコー米国史センター」に多くの作品が所蔵された。
──江成さんは『百肖像』という作品の中で、手塚治虫を撮られましたよね。
『百肖像』は手塚さんのような文化人だけでなく、日本を代表するような親玉たちを撮っています。実は、自分の仕事の文脈として、「お前たち、昭和の戦争についてどう思っているのか。戦争孤児の苦しみや悲しみをわかってるのか」と思いながら撮った人もいました。
──それにしても『百肖像』はすごいです。政治家、経営者、文化人と、昭和に一時代を築いた超大物ばかりですね。
『毎日グラフ』に僕が企画を出して、2年にわたって連載したものです。週刊だからちょうど2年で100人になるということで。「この人を撮りたい」とリクエストして、編集長にアポをとってもらって、僕が本人の自宅や別荘に伺って撮りに行ったんです。
──人選も江成さんなんですね。
昭和史を感じ取れる人がこの面々を見れば、きっと何かを感じるでしょうね。
──一人ひとりの表情が本当にそれぞれすごくて、訴えかけてくるものがありますね。きれいに撮るより、本質を撮るという、江成さんの写真家としての矜持を突きつけられたような気がしました。
外見よりも、その人自身の腹の中をリアルに撮りたいと思いました。
この仕事(『百肖像』)をして感じたのは、政治・経済・文化に至るまで、才能とか社会的な評価とか、成果とか実績とか、そういったものと人間性というのは異なる場合もあるということです。
登場するのはものすごい大物たちばかりですが、ここだけの話、僕が挨拶しても「ご苦労様」のひとこともなく、撮影が終わると無言でいなくなってしまう人もいる。人間というものを勉強できました。
──おもしろいですね。他に印象に残ったエピソードはありますか?
夏の暑い日に、ある著名な経済学者のところに撮影に行ったんです。僕は汗びっしょりでね。そうしたら「お風呂に入ってきなさい」なんて、親切な人もいましたよ。
──人は実際に接してみないと、わからないものですね。
──江成さんが『百肖像』の中で撮った手塚治虫の写真がとても人気があるそうで、テレビや広告などでこの写真を使いたいというリクエストが多いそうです。
手塚さんの奥様も、気に入ってくれたらしいですよ(笑)。
──ぜひ、撮影時の話を聞かせてください。
(メモを見ながら)手塚さんを撮影したのは1983年の11月21日、『百肖像』では89番目でした。亡くなる5年くらい前ですから、まだお元気な頃ですね。
手塚さんはマンガの世界の第一人者的存在でしたから。昭和を代表する人物のひとりとして撮りたいと思ったわけです。高田馬場の仕事場のあるビルを訪ねたのを覚えています。
──いつも一人で行かれるんですか?
お金がなくて助手も雇えないから、一人で行きました。ライトも自分で持ってね。
午後の遅い時間だったと思いますが、僕が尋ねると事務所の方がつないでくださって、忙しい中手塚さんが現れました。
── 一対一ですか?
他の人では大勢のお付きの人に囲まれて撮影することもありましたが、手塚さんのときは一対一でした。事務所の一室の壁をバックにして、アンブレラランプをつけて撮影をはじめました。
──撮影中はどんな感じでしたか?
交わした言葉は覚えていませんが、非常に好意的に受け止めてくれた印象があります。漠然とした言い方ですが。
──とてもいい表情だし、いろいろなポーズで撮っていますね。
僕は何も注文をつけていないんですが、ちゃんと演技をしてくれるんです。つまり「私はこういう人間ですよ」ということを、表情やポーズで示してくれたわけです。
──自分からすすんでポージングしてくれたわけですね。
そうです。かなりの枚数がありますが、撮影時間はたった20分か30分。短い時間でこれだけいろいろ撮らせてもらいました。
──短い撮影時間の中で、印象は?
裏表のない人だと思いました。
こちらが何も言わなくてもポーズをとってくれるのは、僕の狙いを了解し、汲み取ってくれているわけです。手塚さんは、写真を撮りに来た僕に対してどう応えたらいいかを自分の頭の中でちゃんと考えてくれたのだという印象がありますね。
なんというか、こういう部分が手塚さんの人間性というか、手塚マンガの世界を作っているんだなと思いました。だから僕もそれを受け止めて、読み取って、シャッターを切りました。


『百肖像』の一人として撮影された手塚治虫の写真。
──自分が何を求められているのか察してくれるわけですね。
それが手塚さんがマンガの神様たるゆえんでしょうね。いろいろな面に気持ちが届くというか、相手のことも自分のことも考え、短い間で最善な、ハッピーなものをつくるというような感じでした。
──『百肖像』を拝見して、江成さんのように、人の本質を映し出そうという写真家の技術や思いがあってこそ、こういう写真が撮れるのだと感じました。手塚先生の場合は、やはりサービス精神旺盛なところや、陽気なところが現れていますね。
歴史、特に過ちの歴史を真摯に受け止めることは、明日につながると僕は思っています。
手塚さんのマンガは、戦争問題、環境問題、あるいはその未来がどうなるかというテーマのものも多いですよね。マンガというのは、驚きや怒り、悲しみや喜びといった人間の感情を言葉だけよりも表現する傑出した力がある。
だからこそ、実際の戦争を体験した手塚さんが描くマンガは、非常に貴重なものだと僕は思います。
──そうですね。今後は戦争を経験したマンガ家も写真家も、出てこないわけですから。
『火の鳥』の未来編では電子頭脳が登場しますが、これは現在のAIにつながるような内容ですね。電子頭脳同士が対立して、やがて核戦争に発展して生物が絶滅する......。
僕は地球の歴史については詳しくありませんが、気が遠くなるような時間をかけて、今がある。でも、何十億年と続いてきた地球を脅かしているのは人間です。
現在でも各国で紛争がつづいています。『火の鳥』では、終わらない人々の争いが描かれていて、そういう意味では、手塚さんは預言者でもあったと思います。
しかし戦争は二度とあってはなりません。
やはり大事なのは人間性であり、精神文化だと思います。
だから僕は手塚さんのマンガに、とても共鳴するところが多いんです。
了
山崎潤子
ライター・エディター。
幼少期より漫画漬けの生活を送ってきた生粋のインドア派。
好きな手塚作品は『ブラック・ジャック』。著書に『10キロやせて永久キープするダイエット』などがある。
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