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手塚マンガあの日あの時+(プラス) 『火の鳥』望郷編の読みどころを深掘り大調査!! 第3回:そしてロミは「故郷」を目指す

2024/01/05

『火の鳥』 望郷編』の読みどころを深掘り大調査!! 第3回:そしてロミは「故郷」を目指す

写真と文/黒沢哲哉

 『火の鳥』望郷編の読みどころを探るコラムの第3回です。
 今回はいよいよ主人公ロミの「望郷」について。『COM』の廃刊とともに中断された望郷編が再開する直前、あの超人気作品が連載開始されました。『火の鳥』と共通点も多い「あの作品」と、『火の鳥』望郷編との関係とは...?


◎ロミの心に甦った望郷の思い!

『火の鳥』望郷編を読み解く今回のコラム。その第1回目では、この作品はロミというひとりの女性の生き方を通して、単なる生物としての人間を描いた作品だったと書いた。

 しかし物語の中盤に至るとロミの気持ちはそこから大きく変化していく。彼女の心にたった一度でいいから地球へ帰りたいという願望が湧き、ある日ついに自分のひ孫に当たるコムという少年と共にはるか地球への帰還の旅に出かけるのだ。

 一度は人間の理性も知性も捨てて「子孫を残す」という生物の原初的な"摂理"にまで立ち還ったロミだったが、子孫の繁栄を見届けた時、彼女の心に再び人間的な"心"が甦ってきたのである。

 そしてここに至って読者は初めて「望郷編」というタイトルの本当の意味を知ることになるのだ。

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講談社版手塚治虫漫画全集『火の鳥』望郷編より。以下、特に記載のない画像は全て講談社版手塚治虫漫画全集より

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◎『火の鳥』望郷編に先がけて始まった『ブラック・ジャック』

 人間を単なる生物として描きながらも人間の心の内面に迫るドラマを描く。実は手塚治虫はこうした『火の鳥』 望郷編と同様のテーマを扱った作品を同じ時期にもうひとつ描いている。『週刊少年チャンピオン』731113日号から連載が始まった『ブラック・ジャック』だ。

『火の鳥』シリーズは今回のコラム第1回目でも紹介したように1967年から73年にかけて雑誌『COM』誌上で連載されていたが、『COM』73年8月復刊号を最後に版元の虫プロ商事が倒産したことで連載は中断となった。

『ブラック・ジャック』の連載はそのおよそ3か月後から始まっている。『ブラック・ジャック』は無免許の天才外科医を主人公とした1話完結形式の物語で、日本ではほとんど初めてと言っていい本格的な医療マンガだった。そのため多くのエピソードで命と真剣に向き合う人間ドラマが描かれており、それは『火の鳥』のテーマとも大きく共通するものとなっている。

 そしてその『ブラック・ジャック』の連載が軌道に乗った76年、連載中断から3年ぶりに連載再開されたのが『火の鳥』 望郷編だった。

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『週刊少年チャンピオン』19731119日号掲載『ブラック・ジャック』連載第1話トビラ絵。画像は平凡社刊『別冊太陽 子どもの昭和史 手塚治虫マンガ大全』より

◎「命とは何か」を描いた2つの作品

 さてここからはぼく(黒沢)の勝手な見解となるが、『火の鳥』シリーズの連載が中断した時期に『ブラック・ジャック』の連載が始まったことは、その後、構想も新たに連載が再開されたその後の『火の鳥』各編に、中でも直近の望郷編に大きな影響を与えていたのではないかと考えている。

『ブラック・ジャック』には生々しい手術場面がたびたび描かれていて、連載当時、少年読者の多くがトラウマものの衝撃を受けた。この手術場面がショックだったというのは絵そのものがグロテスクだったというだけでなく、人間も動物も一皮むけば同じ生物に過ぎないということを目の前で見せつけられたことによる生物としての本能的な恐怖感だったに違いない。そしてその恐怖の向こうには「命とは何か」「生き物が生きている理由は何なのか」という疑問に対する手塚の根源的な問いかけが常にあったのだ。

 そしてそれはまさしく『火の鳥』望郷編で描かれた「人間を一個の生物として描く」というドラマへとつながっていったのである。

◎ロミの墓にたむけた1冊の本

 ただし『ブラック・ジャック』が人間を単なる生物として描いた作品などではなく、むしろ人間の心情や情熱、希望など、人間ならではの問題に深く切り込んだ作品であることは皆さん良くご存知のことだ。そしてじつはそれは『火の鳥』望郷編もまったく同じで、物語の後半は人間としての心と感情がよみがえったロミの切々とした望郷の思いがたっぷりと描かれているのだ。

 物語のラスト、ロミの亡骸を彼女の遺言通りエデン17へと送り届けた宇宙パイロットの牧村が、彼女の墓にサン=テグジュペリの小説『星の王子さま』を手向けるのも象徴的だ。

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岩波少年文庫版『星の王子さま』。初版発行は1953

 この小説では、様々な星を旅してきた星の王子さまが旅の最後に地球へやってきて、そこで砂漠に不時着した飛行士の"僕"と出会う。そしてその僕との会話の中で王子さまは「この世でもっとも大切なものは何なのか」をあらためて知り、天の星へと帰って行くのだ。

 一度は生殖のみに生きる原初的な生物にまで立ち返ったロミが、最も人間らしい最期を望んだのである。

 

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◎『火の鳥 望郷編』と『ブラック・ジャック』の相互ゲスト出演

 ここからは「おまけ」として、『ブラック・ジャック』の中に火の鳥が、『火の鳥』 望郷編にブラック・ジャックがゲスト出演しているシーンがあるのでそれを紹介して今回のコラムを締めくくろう。

『ブラック・ジャック』に火の鳥が出てくるのは第158話「不死鳥」(『少年チャンピオン』77年2月7日号掲載)だ。

 病気の治療の依頼を受けたブラック・ジャックが辺境の地へ赴くと、そこには200歳だという老人が横たわっていた。老人は若いころに火の鳥の生き血を飲んだため、病に苦しみながらもずっと生き続けているのだという。

 だがブラック・ジャックが銃で仕留めた鳥は本物の不死鳥ではなかった。彼は最後につぶやくようにこう言ってその土地を後にする。

「不死鳥か! そんなもんはこの世にいるはずがないんだ」

「もし たとえば かりにいたとしたって............おれはいらん」

「おれの仕事は人間をなおすことだが 人間を死ななくすることじゃない」

『火の鳥』シリーズを読んだ後にこのブラック・ジャックの言葉を読むと、これまで話してきたような両作品の立ち位置がより際立って見えてくるのではないだろうか。

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◎暴走族のリーダーを演じたブラック・ジャック

 そして『火の鳥』望郷編にブラック・ジャックが登場するのは物語の終盤近く、ロミとコムがようやく地球へたどり着いたものの、ロミの余命があとわずかしかないと知った直後のことだ。暴走族たちに捕えられてしまったロミとコム。そこで暴行されそうになったロミを助けたのが、フォックスと名乗る暴走族のリーダーであり、それを演じていたのがブラック・ジャックだったのだ。

 フォックスはロミの最後の願いだった昔の地球の自然が残る場所へと案内してやる。ロミはそこで湖を眺めながら森の空気を吸い、鳥のさえずりを聞く。

「あれは小鳥のさえずりだわ!」

「あれは十姉妹だわ!!

「これはブナの木っていうの」

「そしてクローバーの花.........」

 ロミはこうしてフォックスの助けによってついに懐かしの地球の風景と再会することができたのだ。

 人間らしい感情を捨てて生きてきたロミが最後に人間らしい望郷の思いを抱いた時にそれを手助けしてくれたのがブラック・ジャック(の演じている男)だったというのも何とも気の利いた演出である。

 今回のコラムを読んで『火の鳥』望郷編と『ブラック・ジャック』の関係が気になった方は、ぜひとも読み返してみていただきたい。

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 それではまた、次回のコラムでお会いいたしましょう!!

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黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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