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手塚マンガあの日あの時+(プラス) 手塚マンガのルーツを調査せよ!  第3回:手塚SFに多大な影響を与えた古典ファンタジーの傑作とは!?

2019/04/24

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手塚マンガのルーツを調査せよ!

第3回:手塚SFに多大な影響を与えた古典ファンタジーの傑作とは!?

 手塚治虫のマンガに影響を与えた3冊の本。その3冊目はSF小説だ。新版ならば今でも普通に買えるけど、手塚が読んだ日本語の初訳本を手に取ってみたい。そんな思いから探し求めてようやく巡り会えた1冊。今回はそんな1冊を読みながら手塚マンガのサイエンスファンタジーについて考えてみたい。


◎手塚がエッセイで語った1冊のSF小説!

 手塚治虫のマンガに大きな影響を与えた幻の本を探し求めて幾千里......前回までに2冊の本を調査し終えた我々あの日あの時+(プラス)調査隊に、最後のミッションが与えられた。ということで今回はSF小説の古典について探ってみよう。

 手塚がその本のタイトルを挙げているのは1983年に映画雑誌『キネマ旬報』に掲載されたエッセイである。

「レイ・ブラッドベリ。

 SFという言葉がまだ日本になくて、科学空想小説、といわれていたころ、この作家の書いた『火星人記録』という本を読んで、熱中して、感動して、SFの味を満喫した男たち......。星新一ほししんいち小松左京こまつさきょう筒井康隆つついやすたか北杜夫きたもりお半村良はんむらりょう都筑道夫つづきみちお、etc.etc.......もう挙げればキリのない人間が、結局、作家になり、老大家になってしまった。

 そして、マンガ家では、ぼくもそのひとり。『鳥人大系』から『火の鳥』まで、小生のマンガには『火星人記録』の影響がバッチリ出ている、出てしまうのだ」

(講談社版手塚治虫漫画全集『手塚治虫エッセイ集』第8巻所収「火星年代記」より。※初出は『キネマ旬報』1983年1月下旬号)

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モンダイのSF小説について語った手塚治虫のエッセイが収録されている、講談社版手塚治虫漫画全集『手塚治虫エッセイ集』第8巻

◎ファンタジーSFの旗手が描いた永遠の名作!!

 レイ・ブラッドベリの『火星人記録』という本を聞いたことのない方でも『火星年代記』なら良く知っているという方は多いだろう。

『火星年代記』はブラッドベリが1950年に発表した小説で、日本では1956年(昭和31年)に『火星人記録』というタイトルで、元々社の「最新科学小説全集」の1冊として刊行された。翻訳は斎藤静江。

 原題は"The Martian Chronicles"なのでそのまま直訳して「火星年代記」で良かったような気がするが、当時は「年代記」という言葉は分かりにくいと判断されたのか『火星人記録』という邦題で刊行されたのである。

 結果的に日本のSFファンにとっては、世代ごとに記憶しているタイトルが異なる作品となってしまった。

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最新科学小説全集『火星人記録』(1956年、元々社刊)より。シュールな挿し絵は白木正一によるものだ

◎SF黎明期に出た先駆的な翻訳SFシリーズ!!

『火星年代記』が『火星人記録』という邦題で刊行された1956年当時、日本のSF小説はいまだ夜明け前の状況だった。戦前の日本には子どもたちを熱狂させた押川春浪や海野十三の空想科学小説があったが、戦後それらを超える新しい作品はいまだ登場しておらず、手塚もエッセイに書いているように日本ではSF(サイエンス・フィクション)という言葉すらほとんど知られていない時代だった。

 元々社の最新科学小説全集は、そんなSF夜明け前の時代に刊行された先駆的な翻訳単行本シリーズだったのだ。手塚がエッセイで名を上げているような後のSFやミステリの巨人たちがこれをむさぼるように読んだことは想像に難くない。

 ちなみに柴野拓美らによって日本初のSF同人誌である『宇宙塵』が創刊されたのがこの翌年の1957年、早川書房のSF雑誌『S-Fマガジン』が創刊されたのは1959年のことである。

 SFがいまだほとんど認知されていない時代ということで、我々あの日あの時+(プラス)調査隊も、なかなかこの本を見つけられずに苦労したが、数年越しの調査でようやく手に入れることができたのだった。

 それがここに紹介した元々社の『最新科学小説全集10 火星人記録』である。箱入りで本体はセミハードカバー。表紙には英語で原題と作者名が入っているだけで日本語は書かれていない。たいへんお洒落な本である。

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『S-Fマガジン』創刊号(1959年12月刊)アシモフやA・C・クラークの翻訳小説のほか、日本のロケット開発の父・糸川英夫の随筆などを掲載している

◎18冊が刊行された時点で惜しくも未完に......!!

 元々社の最新科学小説全集は1956年中に第1期全12巻が完結し、56年から57年にかけて第2期全12巻の刊行が始まったが、残念ながら第2期の6冊目を刊行した段階で元々社が倒産、結果未完結となってしまったのだった。参考として以下に刊行された18巻のタイトルを挙げておく。書名と著者名表記は当時の表記に従っている。

第1期

1.『宇宙航路』ロン・ハバード、尾浜惣一訳

2.『人形つかい』ハインライン、石川信夫訳

3.『発狂した宇宙』ブラウン、佐藤俊彦訳

4.『海底の怪』ウィンダム 、国松文雄訳

5.『地球脱出記』ロージャー・ディー、山田純訳

6.『人工衛星物語』ダンカン、間野英雄訳

7.『華氏四五一度』レイ・ブラドベリー、南井慶二訳

8.『憑かれた人』アラン・エー・ナース、下島連訳

9.『人間の手がまだ触れない』シェクレイ、松浦康有訳

10.『火星人記録』レイ・ブラドベリー、斎藤静江訳

11.『月世界植民地』アーサー・クラーク、石川・船津訳

12.『新しい人類スラン』ヴァン・ヴォーグト、尾浜惣一訳

第2期

1.『未来世界から来た男』タッカー、落合鳴彦訳

2.『脳波』アンダースン、山田純訳

3.『百五十年後の革命』ハインライン、南井慶二訳

4.『地球の緑の丘』ハインライン、石川信夫訳

5.『沈黙せる遊星』シー・エス・ルイス、大原龍子訳

6.『文明の仮面をはぐ』ブラッケット、松浦康有訳

◎この小説の影響下にある手塚マンガは数知れず......!!

『火星人記録』の内容は次のようなものだ。物語は西暦1999年に始まる。地球初の火星探検ロケットが火星に到着。だがテレパシーと催眠術を駆使する火星人によって全滅させられてしまう。だが地球人は火星探検をあきらめずに繰り返す。そんな地球人と火星人との間で起こる様々な出来事を年代記として描いた壮大な物語である。

 物語の構成としては、ひとつの壮大な歴史の中で様々な登場人物たちが織りなす13の短編がつなぎ合わされたオムニバス形式の作品となっている。

 手塚がこの小説の影響を受けた作品としてタイトルを挙げた『鳥人大系』などは、はっきりと『火星人記録』を意識した作品となっている。『鳥人大系』は『SFマガジン』に連載された作品だ。手塚は同誌の読者に向けてあえて直球勝負でこの作品をぶつけてきたのである。

 ほかにも『ロック冒険記』や『白いパイロット』、『ナンバー7』など、『火星人記録』の直接的な影響を受けたとみられる手塚マンガは枚挙にいとまが無い。

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『鳥人大系』(1971-75年)より。進化した鳥たちによって人類文明が少しずつ脅かされていく......!! ※以下、特記していないマンガの画像はすべて講談社版手塚治虫漫画全集より

◎『火の鳥 未来編』の猿田博士の元祖!?

 前出のエッセイの中で、手塚は『火星人記録』のお気に入りのエピソードも紹介している。

「(『火星人記録』の)挿話の中でもっとも好きなのは、五つめのエピソードで、ロボットと人間の邂逅かいこうの話である。調査隊の生き残りの男が先に死んだ妻と娘のおもかげをしのんで、ふたりの生きうつしのロボットをつくっていっしょに暮らしている。そこへ男の古い仲間がたずねてきて、何十年もすこしも年をとっていない妻子に出会っていぶかるのだ。老いた男は、やがてロボットの妻の膝のなかで満足げに生涯を閉じる」

 これなどはまさしく手塚の『火の鳥 未来編』に登場する世捨て人の猿田博士や、『鉄腕アトム』「イワンのばかの巻」にその影響を見ることができるだろう。

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『火の鳥 未来編』(1967-68年)より。荒廃した大地でただひとり人工生物の研究に明け暮れる猿田博士。その孤独を分かってくれるのはロボットのロビタだけだった。人工生物に「ブラドベリイ」と名付けているところにも影響が見える

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『鉄腕アトム』「イワンのばかの巻」(1959年)より。50年前に月面に降り立った宇宙飛行士の女性ミーニャは、帰還不能となり、召使いロボットとともにたったひとり月面で生活をしていた

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『宇宙狂想曲』(『少年画報』1953年9月号別冊付録)。宇宙を舞台とした幻想的な物語。ブラッドベリの『火星人記録』が邦訳される3年前に、手塚は同じような手法のオムニバス作品を発表していた。昔から相当な空想好きだったことが伺える。※表紙画像は『別冊太陽 子どもの昭和史 手塚治虫マンガ大全』(平凡社刊)より

◎手塚マンガのルーツ探しの旅はこれからも続く!!

 手塚がマンガ家としての創作活動の中で、その節目節目で大きな影響を受けたと語っていた本やマンガ。今回の「あの日あの時+(プラス)」では、その中から3冊を選んでその原著を探ってみた。

 手塚が人生の節目節目で巡り会った1冊の本。彼はその出会いを決して無駄にせず、その本の魅力を貪欲に吸収し、自らの作品に反映していった。そんなところにも手塚がマンガ家として常に第一線で活躍できた秘密が隠されているのではないだろうか。

 ということで手塚治虫に影響を与えた3冊の本を探す今回のミッションはすべてクリアした。

 次回、あの日あの時+(プラス)調査隊はどこへ向かうのか!? ぜひまた次回の調査にもおつきあいください!!


黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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