虫ん坊

手塚マンガあの日あの時+(プラス)一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!!  第3回:ニュースの真相を知ると8倍楽しめる!!

2019/10/31

一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!!
第3回:ニュースの真相を知ると8倍楽しめる!!

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 代役専門の名役者にしてじつは大泥棒! そんな奇妙な主人公が活躍するマンガ『七色いんこ』。この埋もれた名作を楽しむためのヒントとコツを伝授するコラム。最終回の今回は、作中で語られているニュースの真相に迫ります! 連載当時、世の中ではいったい何が起こっていたのか。それを知ることで『七色いんこ』が8倍楽しめます!!


◎1981年8月、テレホンカードが発売された!


『七色いんこ』には、当時の世相や流行を反映したセリフが数多く出てくる、というのは第1回のコラムで紹介しました。連載当時の流行語やテレビCMのキャッチフレーズなど。
 でもそれだけじゃないんです。連載当時のニュースを知ることで『七色いんこ』がより深く楽しめる。今回はそんなお話をいたしましょう。
 と、その前に予備知識として『七色いんこ』が連載されていた1981~82年ごろというのがどんな時代だったのかをざっと振り返っておこう。
 当時の総理大臣は鈴木善幸。前任の大平正芳総理が在任中の1980年6月に急死したために、ドタバタの混乱の中で鈴木がその後を受けて総理となった。
 1981年8月には、当時の電電公社がプリペイドカードの先駆けとなる「テレホンカード」を発売。
 東京ディズニーランドのオープンは83年4月なのでこの時はまだオープンしていない。

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1948年に公開された映画『ハムレット』の日本版劇場パンフレット。日本では翌1949年9月に公開された。ローレンス・オリヴィエが製作・監督・脚本を務め、アカデミー作品賞など4つの栄冠に輝いた

◎あのころ、三億円もするピーナッツがあった!?

 こんな時期に連載が始まった『七色いんこ』。その第1話「ハムレット」は、代役として舞台に立ったいんこが、お芝居のセリフを借りて、客席にいる悪徳財界人の悪事を告発するというお話だ。
 そこでいんこが叫ぶセリフ。
「たとえば昔 ある大臣が三億円ものピーナッツを...」
 このセリフは、1976年に発覚し世界中を騒がせた国際的な汚職事件「ロッキード事件」のことを指している。
 アメリカの航空機製造会社ロッキード社が航空機受注のために多額の裏金をばらまいた。日本でも政財界の大物がそれに多数関与していたとされ、マスコミによる報道合戦が連日のように続いた。
 この報道の中で出てきたのが、商社の丸紅がロッキード社から受け取った裏金を「ピーナッツ100個」などという暗号で領収書に記載していたというものだった。
 いんこがこのピーナッツの話題を持ち出すと、悪徳財界人もたまらず「やめろ!」と叫んで芝居を中断させようとするのだが......。と、この続きはぜひマンガを読んでみてください。

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『七色いんこ』第1話「ハムレット」より。左下、終わりから2コマ目のコマでいんこが「三億円のピーナッツ」に触れている。だがそのセリフを言い終わる前に、財界のキング・鍬潟隆介(くわがたりゅうすけ)は「やめろ」と叫んだ。※以下、マンガの画像はすべて講談社版手塚治虫漫画全集『七色いんこ』より

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1976年のロッキード事件を紙面トップで報じた当時の新聞記事。疑惑に関与したとされる商社の幹部が「ピーナッツ」という暗号を使って裏金をやり取りしていたと証言(『朝日新聞』1976年7月3日号より)

◎ニュースを騒がせた巨額詐欺事件!

 第24話「タルチュフ」は、大企業の社長の娘が、ジゴロのような男にだまされて、父の会社の金1億円を盗み出し、マニラへ逃亡しようとするお話だ。
 しかし逃亡直前に男は空港で逮捕される。この時、騒動を見ていた野次馬たちの間で関西弁のこんな会話が交わされている。
「なんや ニュース種をマンガにするなんて手塚もおちぶれたもんやな──」
「アホ ニュースをマンガに使うところがマンガらしいとこやないか」
 ここで語られているニュース種というのは、1981年9月5日に発覚した巨額詐欺事件のことだ。当時の三和銀行茨木支店に勤めていた女子行員が、男に貢ぐために銀行のオンラインシステムを利用して1億3千万円を詐取した。女性は金をほぼ全額男に渡し、自分はマニラへ逃亡する。男も後から行くという話だったが真っ赤なウソで、男は家族とともにちゃっかり日本にとどまったままだった。
「タルチュフ」が掲載されたのは『週刊少年チャンピオン』1981年10月9日号なので、まさに事件発覚直後に執筆されたことになる。

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第24話「タルチュフ」より。恋人を装って婚約者の父親の金を盗み出す手助けをさせようとする卑劣な男......!

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これはその詐欺師の男が空港で捕まった後の場面。野次馬に「ニュース種をマンガにするなんて......」と言われているが......

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その「ニュース種」を報じた当時の新聞記事がこちら。当時「三和銀行オンライン詐欺事件」と呼ばれて有名になったこの事件では、発覚からマニラでの犯人逮捕、そして日本への送還までマスコミによって逐一報道された(いずれも『朝日新聞』より引用。上から1981年9月6日号、9月9日号、9月11日号)

◎北海道の炭鉱で悲しい事故があった......


 第36話「仮名手本忠臣蔵」では、元は炭鉱で飼われていたネコたちが野生化し、いんこを襲って金を奪う、というシュールな展開から始まるお話だ。
 ネコイラズを食べさせられたいんこが悶絶しながら叫ぶ。
「ネコのぶんざいでおれを殺す気かーっ」
 するとネコのボスがこんなセリフでそれに答える。
「人間も七十人あまりの炭鉱員を坑内に見殺しにしたではニャアか」
 これは1981年10月16日に、北海道の夕張新炭鉱で発生したガス突出事故のことを指している。
 この日、地下800メートルの坑内で大規模なガス突出が起こり火災が発生した。坑内には59人が取り残されたが鎮火の目途は立たず、救出に当たった人にも死者が出るなど救助は難航した。そこで会社側は「坑内に注水して鎮火させる」ことを発表する。生存者がいるかも知れない中での非情の決断に家族たちは猛反発したが、10月23日、注水は決行された。この事故での最終的な死者数は93人。日本の炭鉱事故としては史上3番目の死者数を数える大惨事となった。

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第36話「仮名手本忠臣蔵」より。炭鉱の従業員たちに飼われていた猫たちが、いんこの前で人間に対する不満をぶちまける

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猫たちのセリフに出てきた夕張新炭鉱のガス突出事故を報じた新聞記事。(上)『朝日新聞』1981年10月17日号、(下)『朝日新聞』1981年10月19日号より

◎「日本の国土っ!」の謎に迫る!

 次は、このコラムの編集担当である手塚プロI藤プロデューサーが以前から気になっているという、この作品の登場人物たちの「日本の国土ッ!」という謎の叫びについて、今回の調査であるヒントを得たので紹介しよう。
『七色いんこ』の登場人物たちは、感情が激したときに、会話の文脈を無視して「日本の国土ッ!」と叫ぶことがある。この叫びはいったい何を意味しているのか? これまでファンの間でも様々な憶測がなされているがいまだ結論は出ていない。
 しかし今回、当時の新聞を調べていてあるニュースが目にとまった。
 それは1981年1月6日の閣議で、日露和親条約を締結した2月7日を「北方領土の日」にすることが決まったというニュースである。
 そして1か月後の2月7日、初めての北方領土の日となったこの日、超党派の集会が開かれ各界の代表500人が集まったという。
『七色いんこ』の作中でこの北方領土問題が話題となるのは、このニュースからおよそ1年後の1982年1月1日号に掲載された第33話「結婚申込」以降のことだ。ここではまだ誰も「日本の国土ッ!」とは叫んではいないが、この2話後の第35話「ベニスの商人」では、カラシを食べたライオンが「日本の国土っ」と叫んでいる。さらに「日本の国土ーっ」というセリフが2度目に出てくるのが、第37話「幕間II」だ。
 この第35話と第37話が掲載された『少年チャンピオン』はそれぞれ1982年1月15日号と1月29日号。すなわち2冊とも2度目の北方領土の日を迎える直前のことなのだ。
 彼らの叫びはやはり、にわかに返還の機運が高まった北方領土について叫んだものだったのだろうか。

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第33話「結婚申込」より。アメリカと当時のソ連から同時に警備の仕事を頼まれた万里子刑事。それが嫌な万里子は、ソ連の高官をわざと怒らせるためにいきなり北方領土問題を話題に出した

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第35話「ベニスの商人」より。カラシを食べたライオンが前後の脈絡にまったく関係なく「日本の国土っ」と叫んでいる

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第37話「幕間II」より。いんこが寝ているところへ、謎の同居人であるホンネたちが拡声器で(なぜか)北方領土返還を訴えながら「日本の国土ーっ」と叫んでいる場面。

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第44話「十一ぴきのねこ」より。ここでもいんこが前後の脈絡を無視して「日本の国土ッ」と叫んでいる

◎いんこより先に無人島を買ったミュージシャン!


 暗い話と硬い話が続いたので、最後は明るい芸能ネタ(?)で締めくくろう。
 第20話「オンディーヌ」では、いんこが泥棒で稼いだ金で、伊豆あたりの無人島を買ったという場面から物語が始まる。
 そのボートの上での玉サブローとの会話。
「さだまさしが九州の小さな島を四千万円で買って......」
「そこに自分の王国をきずいたそうだ さだまさしファンの女の子がワーーっとおしかけてるそうだ」
 この元ネタとなったニュースを、およそ1年前の「読売新聞 縮刷版」を検索して見つけることができた。
 そのころ『関白宣言』、『親父の一番長い日』、『道化師のソネット』と立て続けにヒットを飛ばしていた歌手のさだまさしが、長崎県の無人島を買ったという記事だ。以下、同記事より。
《長崎県・大村湾にある七千平方メートルの小島を二千万円で買った。約一億円をかけてさまざまな工事を。「九州から手こぎボートで二十分、泳いで七百メートル。見張り台があってロッジがあるんです。ロッジのベランダは海に面していて、ベランダからションベンができるんですよ。え? 汚い? もちろんしませんよ。だって五十人が同時に暮らしても平気なように浄化そうを作りましたもの(中略)。島の名は『詩島(うたじま)王国』。もちろんビザがなくては入れません》(『讀賣新聞』1980年3月17日号夕刊)
 島の購入金額はいんこの記憶とは若干違っていたようだけど、ほんの数千万円程度の差は、いんこにとっては誤差の範囲だろう。
 ちなみにさだまさしのこの島は、ネットの情報によれば、かつては管理者も常駐しファンが宿泊に訪れていたというが、現在はまた無人島に戻っているらしい。

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第20話「オンディーヌ」より。いんこは何の前フリもなく、いきなり「さだまさしが九州の小さな島を四千万円で買って......」と語り出している。このニュース、当時はわりと有名だったのか?

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ミュージシャンのさだまさしが長崎県に無人島を買ったことを報じた『讀賣新聞』1980年3月17日号夕刊の記事。

◎だから『七色いんこ』はやめられない!


 ということで3か月連続で展開してきた『七色いんこ』の楽しみ方のあれこれ。最後までおつきあいくださってありがとうございます。これを読んで皆さんもきっと『七色いんこ』が8倍好きになったのではないでしょうか。まだ読んでいないという方、過去に読んだけどもう忘れたという方、ぜひ本を手に取って読んでみてください。そこにはきっとあなたなりの新たな発見があるに違いありません。
 ではまた次回のコラムにも、ぜひお付き合いください!!

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今月のおまけ。「ハムレット」は戦後間もない1949年、宝塚の歌劇としても公演されていた。画像は雪組公演(出演:故里千秋、梢音羽、東郷晴子など)の特集を掲載した『宝塚歌劇』1949年1月号。この時期手塚は駆け出しのまんが家として宝塚の歌劇雑誌に寄稿しており、宝塚大劇場へ足しげく通っていた。なのでこの公演も恐らく観ていたに違いない


黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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