2021/01/29
写真と文/黒沢哲哉
『鉄腕アトム』連載時代、多忙を極めた手塚治虫の代わりに『鉄腕アトム』の筆を執った作家たちを調査する連載第2回。今回は単行本収録の際には手塚の自筆原稿と差し替えられてしまった、雑誌版のみの「幻の」代筆ページをご紹介します。
前回のコラムでは、後の大物マンガ家が新人だったころに『鉄腕アトム』を手伝った事例を2つ紹介したが、今回は多忙や体調不良でやむなく代筆を依頼したものの、後年の単行本では手塚自身が描きなおしたという事例を3つ紹介しよう。
ひとつ目は『少年』1956年1月号の別冊付録として発表された「アルプスの決闘の巻」である。
前回紹介した「電光人間の巻」も1955年1月号の別冊付録だったが、この当時の月刊マンガ誌は12月に発売される1月号(新年号)が1年でもっとも売れるため、豪華な付録を付けてライバル誌との差別化をはかるのが恒例となっていた。そこで人気作家には分厚い別冊付録の依頼が殺到するのだが、ただでさえ多忙なのに年末年始は印刷所や流通が休みになってしまうために締め切りが通常よりも大幅に早まる。
そんな折も折、体調を崩してしまった手塚がやむなく代筆を依頼したのは、当時21歳の若手マンガ家でこれまた手塚マンガとよく似た絵柄で知られた桑田次郎(桑田二郎)だった。
この別冊付録の最終ページの柱にはこんな断り書きが掲載されている。
「☆手塚先生、ご病気のため、三十五ページから、先生の案を、桑田次郎先生がおかきになりました」
この別冊付録を見ると、全64ページのうち前半の32枚目(ページ番号でいうと34ページ)までは確かに手塚の絵柄であることが分かる。ところが次のページからはタッチがガラリと変わってしまうのだ。ちょうど見開きページなのでその違いがより鮮明に際立っている。
だけど興味深いのは、桑田による代筆部分をページ順に見ていくと、描いているうちにだんだんと手が慣れてきたのか、最初のページではまるで別人に見えたアトムの顔が、物語が進むにつれて少しずつ本物のアトムに見えてくることだ。
しかしそれでも完璧主義の手塚は納得できなかったのだろう。桑田が代筆した後半部分は、後年単行本化される際、手塚自身によって一部の絵以外はほとんど描き直され、物語展開も大幅に変更された。
次いで今回紹介する2人目の代筆作家が登場するのは『少年』1956年12月号から57年8月号にかけて連載された「ロボット爆弾(連載時タイトル:□□□□からきた男)」である。
57年7月号に掲載されたこの作品の最後の見開きにはこんな断り書きがある。
「今月は、手塚先生のつごうで、内野純緒先生が、絵をかかれました。」
この回もそう言われてよく見ると若干の違和感はあるが、全体的には手塚の絵柄をうまくトレースして違和感なく仕上げている。
単行本ではこの7月号の部分は、一部のコマだけを活かす形で展開を大きく変え、再構成されている。
ところで内野純緒とはいったい何者なのだろうか? 聞き覚えのない名前だったので調べてみると、まず1950年代から活躍していたマンガ家だったことが分かった。
1950~60年代にトモブック社という出版社がディズニー映画のコミカライズを多く出版していたが、内野はそのシリーズで『ダンボ』や『ピーターパン』などの作品を手がけたり少女マンガ雑誌に多く作品を発表していたようだ。筆名は「内野純緒」のほか「うちのすみを」も使っていた。
さらに調べると講談社版手塚治虫漫画全集『火の鳥 少女クラブ版』の手塚のあとがきにこんな一文が見つかった。
「この別冊ふろくのとき、ぼくは九州の宿へカンヅメになっていました。群衆シーンがつづくのに、しめきりにまにあわず、やむをえず代筆になってしまったりしました。その代筆はおもに内野澄緒さんでしたが、九州のときは、高井研一郎さんとか、松本零士さんたちに手伝ってもらいました。もちろんまだお二人とも高校生のころのことです」
名前の漢字が「澄緒」となっているがこの人物は間違いなく「ロボット爆弾の巻」の代筆をした内野純緒だろう。
少女クラブ版の『火の鳥』は1956年から57年にかけて連載されていた。内野はまさにこの時期、代筆作家として手塚を強力にサポートしていたようである。
そして驚いたのは内野のその後の経歴だ。何と虫プロでテレビアニメ『鉄腕アトム』の作画監督も務めていたのだ。ここでいきなりマンガからアニメへ転身したのかと思ったら、そうではなかった。それが明らかになったのは、その後入手した内野の著書に本人の詳細な略歴が記載されていたからである。
以下、その内野の著書『基本マンガ』(1980年、鳳山社刊)から要点を抜粋してみよう。
大正生まれの内野は1946年に日本漫画映画株式会社へ入社、妹尾光世のもとでアニメーターとなった。1949年、マンガ家としてデビュー。前出のトモブック社以外にも大手出版社の雑誌で活動した。そして1962年以降は再びアニメの世界へ戻り、虫プロや竜の子プロでアニメーター、演出、後進の指導に当たったということだ。内野はもともとアニメーション畑の人物だったのだ。
虫プロ作品では『鉄腕アトム』の他、『銀河少年隊』(1963年)で動画制作チーフとして、また『展覧会の絵』(1966年)ではプロムナード編設定として内野の名前がクレジットされている。
その後内野は専門学校の千代田学園でアニメーション科の教授となった。内野の著書『基本マンガ』はこの学校の教科書である。
今回最後に紹介する3人目の代筆作家は『鉄腕アトム』単行本でたった1コマだけタイトルカットを代筆した作家だ。
その代筆作家のタイトルカットが掲載されているのは1964年に刊行された光文社のカッパコミクス版『鉄腕アトム』第3巻だ。
カッパコミクス版『鉄腕アトム』というのは、テレビアニメの放送に合わせて光文社から毎月1冊ずつ刊行された雑誌形式の単行本である。
この第3巻に収録されたのは「ZZZ総統の巻」と「赤いネコの巻」だった。そのうち代筆があるのは「赤いネコの巻」の方である。
このタイトルカットの隅に「このとびら絵は 下村 進画」というクレジットが記載されている。
またまたぼくの知らない名前が出てきた。下村進とはいったい何者なのか!?
ネットで検索したところ、下村氏はかつて手塚先生のアシスタントだったらしいということが分かった。そこで関係者に当たったところ、正確な時期までは分からなかったものの、確かに60年代後半の一時期、手塚先生のアシスタントをしていたことが分かったのだ。さらに内野と同様に、虫プロでアニメ制作にも関わっていたことが判明した。
アニメ関係者としての下村の名前は、手塚が虫プロで制作した実験アニメ『しずく』(1965年)の仕上げと『創世記』(1968年)の作画にその名前がクレジットされている。
また下村は、手塚プロが70年代から80年代にかけて作画を担当していた実業之日本社の学習まんがシリーズ『なぜだろう なぜかしら』の何冊かでは「下村風介」のペンネームでマンガを描いている。 またこの「下村風介」というペンネームでは、初期の『少年ジャンプ』にいくつかのオリジナルの読み切り作品を発表していたことも確認できた。下村の作品の掲載が確認されたのは『少年ジャンプ』がまだ月2回刊だった1969年第3号と、週刊化第1号となった1969年第20号、そして1970年第4・5合併号の3冊である。下村はこのころにはすでに虫プロや手塚プロからは離れていたようで、恐らく独立してマンガ家を目指していたのだろう。ここでは『週刊少年ジャンプ』1970年第4・5号に掲載された青春学園マンガ『あすに向かってつっ走れ』を紹介させていただいた。
ちなみにカッパコミクス版『鉄腕アトム』は爆発的に売れたため刊行後に何度も重版が繰り返された。下村が「赤いネコの巻」のタイトルカットを描いた第3巻も同様だ。そしてそのいつの版からかは不明だが、じつはある版からこの下村のタイトルカットが手塚自身の絵に差し替えられたのだ。
単行本が出版された後でも加筆修正をするというのは手塚マンガには間々あることだが、うかつなことにぼくはこの差し替えはつい最近までまったく知らなかった。当時発売直後に買って手元にあった代筆バージョンが唯一だと思いこんでいたのだ。手塚自身による描き変えがあったという事実を知ったのはほんの10数年前のことである。
もしかして他の手塚ファン、アトムファンはこのことをご存知だったのだろうか。だとしたら「もっと早く教えてよ~~!!」とぼくは言いたい。
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
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