虫ん坊

手塚マンガあの日あの時+(プラス)『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第1回:あのころ、新宿は喧騒に包まれていた!!

2020/09/25

『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第1回:あのころ、新宿は喧騒に包まれていた!!

写真と文/黒沢哲哉

稲垣吾郎・二階堂ふみ主演による映画『ばるぼら』がついに一般公開される! それを記念して今月から3回にわたり『ばるぼら』幻想さんぽをお届けしよう。手塚治虫のマンガ『ばるぼら』の物語は、作家の美倉洋介が新宿駅でひとりのフーテン少女"バルボラ"と出会ったところから始まる。ふたりが迷宮のような東京の街を彷徨いながら求め続けていたものはいったい何だったのか。今回、それを探るべく物語の舞台となった東京の場所と風景を訪ね歩いてみた。ただし、そこは現実の東京とはいささか違っていたようである──

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 映画「ばるぼら」11月20日(金)よりシネマート新宿、ユーロスペースほか全国公開!
 
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https://barbara-themovie.com/


◎待望の映画『ばるぼら』全国ロードショー公開!!

『ばるぼら』は手塚治虫が1973年から74年にかけて雑誌『ビッグコミック』に連載した作品だ。

 このマンガには発表当時の世相や風俗、社会情勢がリアルに切り取られている一方で、描かれる風景が全て主人公である作家・美倉洋介の主観の世界となっている。そのためあらゆる空間がいびつに歪み、まるで現実の世界とは思えない風景となっているのだ。

 ある意味マンガだから描けた世界ともいえるこの原作の映画化に挑んだのは、手塚治虫の長男でヴィジュアリストの手塚眞監督だ。主演は稲垣吾郎と二階堂ふみ。2019年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門に出品された際にはチケットが瞬殺で完売。それがついに20201120日から全国ロードショーされるのだ。

◎現実には存在しない幻の東京をさんぽする!!

 映画『ばるぼら』は物語の舞台を現代に置き変えているが、今回は原作マンガのストーリーに沿って、マンガに描かれた東京都内の風景を訪ね歩いてみた。つまりはこの「虫ん坊」に別コラムとして連載している「虫さんぽ+(プラス)」の番外編とも言える企画なのだが、「虫さんぽ+(プラス)」と違うのは、原作マンガと同様に現実には存在しない風景が随所に出てくるということだ。

 ちなみに『ばるぼら』に描かれた70年代の世相や風俗については過去のコラムで深堀りしているので、そちらをご参照いただきたい。

手塚マンガあの日あの時+(プラス)『ばるぼら』が描いた1970年代という時代

第1回:1960-70年代の新宿を闊歩していたフーテンとは!?

第2回:政治、カネ、そしてストレス!!

第3回:日本沈没とノストラダムス

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1974年に『ばるぼら』の初めての単行本が刊行された際に巻頭口絵として描きおろされたイラスト。カラーで描かれた『ばるぼら』の絵は数点しかなく非常に貴重である。画像は2019年小学館クリエイティブ刊『ばるぼら』より

◎新宿駅の雑踏の中で──!!

 それではさっそく出発しよう!

 今回の写真はすべて新型コロナ騒動前の2019年8月から9月にかけて撮影されたものである。

 最初に向かったのは作家の美倉洋介がフーテン少女・バルボラと出会った東京の新宿駅だ。平日の午後10時、新宿駅西口の地下通路は多くの人であふれかえっていた。仕事を終えて家路を急ぐサラリーマン、盛り上がった飲み会の余韻に浸りながら大声で談笑する若者たち。

 さまざまな人々がぶつかりそうになりながら行き交う中、柱の陰にエアーポケットのような空間を見つけた。まるでそこだけ結界が張られているかのように人が通らない場所。あのころ、バルボラがうずくまっていたのもこんな場所だったのだろうか......

 現在の新宿西口周辺は超高層ビルが建ち並ぶマンハッタンばりの光景となっているが、『ばるぼら』の連載当時、新宿西口の高層ビルはいまだ京王プラザホテル1棟だけであり、その周囲には雑草の生い茂った広大な空き地が広がっているだけだった。

 駅からほんの少し離れればほとんど人通りがない、新宿駅西口はそんな寂しい場所だったのだ。

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「ミューズか! それとも魔女か!?」正体不明のフーテン少女バルボラの物語は、ここ新宿西口の雑踏の中から始まった

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今回掲載した『ばるぼら』のマンガ本編画像はすべて本書から引用している。『ばるぼら オリジナル版』(20191120日発売、小学館クリエイティブ刊、定価5,400円+税)。過去の単行本化の際にカットされた雑誌連載時のトビラはもとより、改変された部分をすべて雑誌連載当時の状態に戻したオリジナル版。巻末には『ばるぼら』と同時期に発表された単行本未収録・全集未収録の短編を5編収録している

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黒(墨版)と朱色の2色刷りで印刷された『ばるぼら』連載第1回目のトビラ絵。"ばるぼら"の欧文のスペルが"BARBOLA"となっているが、正しくは"Barbara"である。このトビラの欧文は恐らく編集部の方で後から付けたものだったのだろう

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1970年代、毎年春になると東京都内の国鉄各駅は順法闘争に揺れ、そのたびに交通は大混乱に陥るのだった

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現在の夜の新宿駅西口。今は立ち止まる人もなく多くの人が忙しそうに行き交うだけである

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見せかけの平和の中で、多くの人が自分だけは幸福だと思い込もうとしていた時代──。作家の美倉洋介は夜の盛り場の街角に立ち、芸術家の役割とはいったい何なのかを読者に問いかける!

◎伊豆大島へ向かう連絡船!

『ばるぼら』の物語の中で特に重要な舞台となっているのが港、そして空港である。

 第五 話「砂丘の悪魔」では美倉洋介が、小説を書き始めたばかりのころの思い出を追って連絡船に乗り伊豆大島へ渡る。

 作中では芝浦から乗船したと書かれているが、連絡船を運行する東海汽船に問い合わせたところ、実際は1973年当時も今も大島行きの船は東京の竹芝桟橋から発着しているということだ。

 その連絡船は、現在は大島まで1時間45分で行ける高速ジェット船が1日に数便運行されているが、73年当時は客船しかなかった。客船は現在1日1便、さるびあ丸という大型客船が夜の11時に竹芝桟橋の客船ターミナルを出港し大島の岡田港へは翌朝5時に到着する。

 午後11時前、その竹芝桟橋へやってきた。桟橋を見下ろすデッキに立つと、船の周囲を荷物を満載した作業車が忙しく行き交い、荷物の積み込みを行っていた。乗船口では間もなく乗船客の受付が始まるところで、様々な年齢の人たちがそれぞれの目的で乗船を待って長い列を作っていた。

『ばるぼら』の物語では、この後大島へ渡った美倉が、作家としてずっと背負ってきた重荷を下ろす場面がある。いつか大島まで行って美倉の行動を追体験してみたいと思うが、今回は竹芝でさるびあ丸の出港を見送るところまでとした。

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『ばるぼら』第五話トビラ。雑誌連載当時の話数表記はこの第五話までが漢数字で、第6話から算用数字に変わった。小学館クリエイティブ版『ばるぼら オリジナル版』ではこの話数表記も雑誌連載当時の表記に従っている

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美倉は、過去の自分を振り返ろうとして大島行きの船に乗った。しかしそれは結果的に過去と決別する旅となる

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2019年8月の午後10時過ぎ、竹芝桟橋の客船ターミナルで出港を待つ大島行の客船さるびあ丸。午後11時に出港しおよそ6時間で大島へ到着する

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大島行の連絡船の中で、美倉は絶対に会うはずのない人と会ってしまった......!! 彼女はバルボラが見せた幻影だったのだろうか

◎成田空港で出迎えた客は......!!

 第6話「黒い破戒者」では、海外から美倉の元へ招かれざる客がやってくる。作家のルッサルカだ。ルッサルカは世界的に名の知られた作家だったが反政府運動に加担したことで母国政府から命を狙われていた。

 東京国際空港=羽田空港でルッサルカを出迎えた美倉とバルボラ。3人は車で美倉の自宅兼仕事場へと向かうが、その後を暗殺者たちが尾行していた。

『ばるぼら』の連載当時、成田空港はいまだ開港しておらず、東京の空の玄関は羽田空港1か所だけだった。しかし1978年に成田空港が開港すると国際線は成田空港に移管され、羽田空港は一部の路線を除き国内線専用の空港となったのだ。

 その後空港が拡張され、現在羽田空港は再び国内線、国際線がともに発着する文字通りの国際空港に戻っている。

 ターミナルビルも全面的に建て替えられたため現在の空港はどこを見ても1970年代当時の面影はまったく見られなくなってしまった。

 だが空港からの帰途に描かれる高速道路の風景はどうだろう。京浜運河に沿って首都高速とモノレールが走る風景──。それは沿道のビルが高くなりやや狭苦しくなったほかは、当時とほとんど変わっていないのではないだろうか。

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美倉は空港で旧知の作家ルッサルカを出迎えた。しかしルッサルカは作家活動を捨てて母国の反政府運動に加わっていた

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現在の羽田空港。滑走路が拡張されてターミナルビルも建て替えられ、1970年代当時の面影はまったくない

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ルッサルカを乗せた美倉の車が首都高速道路を疾走する。それをつけねらう謎の人物達。じつはルッサルカは暗殺者に尾行されていたのだ

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『ばるぼら』に描かれたこの風景は首都高速道路羽田線の大井北ふ頭付近だろう。73年当時よりはいささか狭苦しくなったが、京浜運河に沿って首都高速とモノレールが走る風景は当時とあまり変わりがない


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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