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手塚マンガあの日あの時+(プラス)『ばるぼら』が描いた1970年代という時代 第2回:政治、カネ、そしてストレス!!

2019/12/25

『ばるぼら』が描いた1970年代という時代

第2回:政治、カネ、そしてストレス!!

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 1973年に発表された手塚治虫のマンガ『ばるぼら』。そこに封じ込められた1970年代という時代を読み解くコラム。前回の"フーテン"に続いて今回は、『ばるぼら』が描かれた時代の世相と、作品中にさりげなく描かれている当時の事件やニュースなどを振り返ります


◎順法闘争に庶民はウンザリ......!

『ばるぼら』の連載は雑誌『ビッグコミック』の1973年7月10日号から始まった。

 その『ばるぼら』の冒頭、新宿駅の柱にもたれてうずくまるバルボラの背後に「順法闘争中」と書かれた貼り紙や看板が見えている。

 これは当時、盛んに行われていた国鉄ストライキの風景を切り取ったものだ。

 当時、慢性的な赤字体質に陥っていた国鉄では労働運動が年々激しさを増しており、春の春闘の時期になると過剰な順法闘争が行われるのが毎年の恒例となっていた。

「順法闘争」とは、ストライキ権を持たない国鉄の労働組合がとった抵抗戦術である。法律や規則をあえて杓子定規に解釈して励行することによって、合法的に生産その他の業務を渋滞させる。例えば安全確認が必要だと言ってわざと列車の運行を遅らせたり、業務を停止させたりするなど。

 これによって毎年数百万人の乗客が足止めを食らうなどの被害を受け、ストレスは最高潮に達していた。

 そして73年3月13日、ついにその怒りが爆発した。午前7時半ごろ、埼玉の高崎線上尾駅で暴徒と化した乗客の一部が駅長室へなだれ込み、電話機や信号機器類を破壊。未使用の切符を窓からばらまいた。またホームに停車していた車両からは運転手が引きずり出されて暴行され、車両が次々と破壊されていったのだ。

 この日の騒動は午後7時ごろにはおさまったが、騒ぎはこれで終わりではなかった。4月24日の夜、こんどは赤羽駅で順法闘争による列車の大幅遅延に信号機故障が重なり、21時ごろ列車の窓ガラスを破壊するなどの暴動が始まった。

 この騒動は東北線から高崎線、山手線へと波及し、国電の各路線が次々と運転を中止。上野駅、新宿駅などでも暴動が起こり、最終的には38の駅で破壊・放火などが行われたのだった。

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『ばるぼら』より。新宿駅の片隅にうずくまるフーテン少女バルボラ。その背後では順法闘争の喧噪が巻き起こっていた。以下、『ばるぼら』の画像はすべて小学館クリエイティブ刊『ばるぼら オリジナル版』(2019年刊)より

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『朝日新聞』1973年3月13日号夕刊より。順法闘争による鉄道の混乱に乗客の怒りが爆発、上尾駅では暴動が起こった!

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『朝日新聞』1973年4月25日号夕刊より。この前日も首都圏の鉄道ダイヤが乱れ38駅で破壊や放火が起こった

◎見せかけの平和というストレス!

 1970年代という時代は、太平洋戦争の終結から30年近くが経ち、世の中が一見平和になった時代だった。

 しかし人々の抱えるストレスや不安が消えたわけでは決してなく、心の中に澱のように少しずつ貯まり、こんないびつな形であちこちに噴出していたのだ。

 この見せかけの平和に『ばるぼら』の美倉洋介はこう叫んでいる。

「このうす汚れた太平楽に浸って何にふるい立てというのだ ショパンは祖国の危機を叫び ルネ・クレマンはレジスタンスに加わった いまのわれわれにはデカダンスしか与えられない! 泡沫の世紀の袋小路にすぎない!」

 物語の中で終始不機嫌な態度を取り続けている美倉の心の中には、あのころの現代人が抱えていたストレスが音を立てて渦巻いていたのである。

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見せかけだけの平和に安穏とした世の中で芸術家は何を表現すれば良いのか。『ばるぼら』の主人公・美倉洋介はそのジレンマを夜の街で吐露した

◎"今太閤"ブームで政治に注目が集まった!!

『ばるぼら』の中では、売れっ子小説家である主人公・美倉洋介のもとへ、政治家たちが次々とすり寄ってきては盛んに政界への進出を求める。

 彼らは美倉に、このまま文壇に居続けるよりも、その名声を利用して政界へ進出した方がずっと甘い汁が吸えると強調するのだ。

 美倉がその誘惑に乗って政治家になることはなかったが、この当時の政界は、権力志向の強い人間ならば相当に魅力的な世界として映っていたことは間違いない。

 というのも『ばるぼら』の連載が始まるちょうど1年前の1972年7月7日、田中角栄が総理大臣に就任して第一次田中角栄内閣が誕生、世間は"今太閤ブーム"に沸いていたからだ。

 田中角栄を"今太閤"と呼んだのはこのときの自民党総裁選に敗れた福田赳夫だった。田中は福田にとって天敵ともいえる存在であったが、それでも福田は彼の政治家としての実力を認めざるを得ず、田中を「いずれは太閤になる器」「今太閤」と評したのだった。

 その田中は就任わずか3か月後には、初めての外交成果として日中国交回復を実現、国内では通商産業大臣(現・経済産業大臣)時代から提唱していた「日本列島改造」に乗り出した。

 一方で総裁選当時から、田中の背後で多額の金銭が動いていたとされ、田中の金権体質を懸念する声が早くも広がっていたのだ。

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都知事への選出馬を目論む政治家の里見権八郎は、美倉洋介の名声を当て込んで、後援会長になるよう説得するが......

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第一次田中角栄内閣の発足を報じた当時の新聞(上:『朝日新聞』1972年7月7日号外、下:『朝日新聞』1972年7月7日号夕刊より)

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田中角栄著『日本列島改造論』(1972年、日刊工業新聞社刊)。日本列島改造は田中角栄が通産大臣だった時代からの悲願だった

◎作家が政治家へ転進するとき

 美倉への政界からの最初の誘惑は、美倉に選挙の後援会長になってもらいたいというものだった。

 美倉はその誘惑には乗らなかったが、その政治家が急病で倒れると、こんどは美倉自身に、東京都知事選への出馬要請が舞い込んだ。

 このときのセリフに出てくるのが「対抗馬の石原慎二郎くん」という名前だ。これは当時作家から政治家へ転身した石原慎太郎の名前をもじったものだろう。

 石原は1955年、一橋大学在学中に小説『太陽の季節』を書いて翌年芥川賞を受賞、ベストセラー作家としての地位を高めていったが、68年、参議院選挙に自民党公認で出馬し史上最高の301万票を集めて初当選を果たし、以後は政治の世界に没頭していった。

『ばるぼら』が連載されていた73年当時は衆議院に籍を置いていたが、当時都知事2期目を務めていた美濃部亮吉が次の都知事選には出馬しないことを表明したため、各方面から次期都知事は石原慎太郎にという声が高まっていたのだ。

 現実世界に美倉洋介のような人気も人望もある売れっ子作家がいたら、石原慎太郎の対抗馬として当然の如く白羽の矢が立っただろう。

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美倉洋介は、里見権八郎に押されて後援会長を引き受けるはめになった。ところがその直後、里見は急病に倒れてしまう

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里見が病に倒れると、その取り巻きは、美倉自身に都知事選に出馬するよう求めてきた

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1975年3月、都知事選に出馬すれば当選確実と言われた石原慎太郎が、ついに出馬を表明した。『朝日新聞』1975年3月7日号より

◎政治家・石原慎太郎のその後!

 ちなみにその後の石原慎太郎の都知事選出馬の顛末はどうなったかというと......73年当時は出馬をかたくなに否定していた石原だったが、75年、一転して都知事選への出馬を表明する。そして230万票を獲得したものの、締め切り直前に前言を撤回して出馬表明した美濃部亮吉に33万票の差をつけられて敗れたのだった。

 それまで選挙で負けなしを誇っていた石原の、これは初めての敗北だった。しかし99年、石原は再度都知事選に挑み、このときは166万票を獲得。2位の鳩山邦夫(85万票)に大差をつけて圧勝し、以後4期12年にわたって都政で権勢をふるったのである。

 こうした時代の中で、美倉にも権力欲や金銭欲あったとしたら、『ばるぼら』は全く違う物語になっていただろう。

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しかし結果は美濃部亮吉氏に惜敗してしまった。石原慎太郎の無敗神話はここに敗れた。『朝日新聞』1975年4月14日号夕刊より

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石原慎太郎の都知事選敗退は、若者のホープだった石原慎太郎の人気に翳りが見えたからだったのか? 『朝日新聞』1975年4月15日号より

◎創造力が枯渇した作家の末路とは......!?

 では、もしも美倉が政治の世界へ落ち込んでいたとしたらどうなっていたのか......じつはその答えも『ばるぼら』の中にはしっかりと描かれている。

 それがかつて美倉と交流があったという黒人作家のルッサルカだ。かつて人気作家だったルッサルカは、いつしか過激な革命思想に感化されて反政府運動に加わり、国家の特務機関から命を狙われる存在となっている。

 来日したルッサルカは美倉に、自身の信条を貫くために政治活動に没頭しているのだと語るが、本音はまったく違うことを美倉は見抜いていた。

 彼はミューズに見放され、作家としての才能が枯れてしまったために、政治の世界に逃避したに過ぎなかったのだ。

 美倉は、その姿に自分自身の未来を見たように感じて嫌悪感を抱き、彼を遠ざけようとするが、彼の周りで、こうした俗物的な誘惑が止むことは最後までないのだった。

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かつて人気作家として名を馳せた美倉の古い友人で作家のルッサルカが来日した。だが彼は今や作家ではなく、反政府運動に加わるお尋ね者となっていた

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美倉の何気ない言葉に過剰に反応するルッサルカ。作家であることをやめた自分への苦悩と後悔は誰よりも自分が知っていることなのだ

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『ばるぼら オリジナル版』(20191120日発売、小学館クリエイティブ刊、定価5,400円+税)。判型を雑誌連載当時のB5版サイズとし、過去の単行本に収録されなかったトビラや削除されたページを連載時のまま復元した完全版

 さて次回は、『ばるぼら』の時代を象徴する終末思想とオカルトブームについて振り返ります。ぜひまた次回のコラムにもお付き合いください!!


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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