2020/03/27
手塚治虫のマンガには、物語の展開を無視してコマに割り込んでくる正体不明の不思議生物が何種類かいる。ツギハギだらけの食用キノコ(?)"ヒョウタンツギ"が有名だが、それに次いで気になる生物が"ママー"だ。手足はなく下半身がしっぽのように尖っていて目玉は1つ。『七色いんこ』では、主人公いんこの本音を代弁する重要なキャラクターとして準レギュラー出演していた。今回は全3回にわたりこの謎生物ママーの秘密を深堀りいたします。次号では手塚プロ資料室からもたらされたママーの大スクープも!! ママーを単なるおジャマキャラだと思っていたあなた! 今回のコラムを読めば、そんなあなたの見方が大きく変わりますぞ!!
手塚マンガのコマの片隅に登場する奇妙な生物たち......手塚作品を2ケタ以上読んだことのある方なら、さまざまな手塚マンガの隅っこに彼らがチョロチョロと顔を出しているのをご覧になったことがあるだろう。
じつは彼らにはそれぞれちゃんとした名前もある。ヒョウタンツギ、ママー、スパイダー、ブクツギキュ、ロロールル、ブタナギなどなど。いずれのキャラクターも、物語の流れをぶった切るように唐突に画面に登場しては、多くの場合、無意味なセリフを吐いて主人公のジャマし、その場の緊張感をぶちこわして去っていく。
そんなおじゃま虫の彼・彼女らは、手塚治虫が少年時代に弟や妹と一緒に落書きをしている中から生まれたもので、手塚マンガにおける最古参のスターたちなのである。
中でも出演頻度が高く、手塚ファンにもっともよく知られているのが"ヒョウタンツギ"だ。その名の通りツギハギだらけのひょうたんのような形をした生物で、食用にもなるという。
食用としてのヒョウタンツギについては過去のコラムで紹介しているのでそちらも参照していただきたい。
・手塚マンガあの日あの時 第45回:グルメな手塚マンガ、ア・ラ・カルト!!
また現在放送中のTVアニメ『GO!GO!アトム』(テレビ東京系の番組「プリスクタイム」内で放送)では、ヒョウタンツギが事件の始まりを知らせる重要なキャラクターとしてレギュラー出演している。このアニメに登場するヒョウタンツギは無愛想なオリジナルのヒョウタンツギから一転、赤ちゃんっぽいキュートなアレンジが加えられている。ヒョウタンツギファンは必見だ。
しかーーーし! 今回メインとして取り上げる謎生物はこの有名なヒョウタンツギではない。今回は、手塚マンガに登場する謎生物の中で唯一、物語の中できちんとした役柄をもらって活躍した"ママー"に焦点を当ててみた。
ママーは、キャラクターデザインもごくごくシンプルで、他の謎生物と同様に、さまざまな作品にチョイ役として顔出ししている際には存在感はほぼないといっていい。ところがひとたび役柄をもらって役者として作品に顔を出すと、ときには主人公を食ってしまうほどの強烈な個性を発揮するのだ。
中でもママーが準レギュラーとして存在感を放った手塚マンガが1981年から82年にかけて『週刊少年チャンピオン』に連載された『七色いんこ』である。
ママーはこの作品では"ホンネ"という役名を与えられ、主人公いんこの心の声を代弁してはいんこをノイローゼにしてしまうというおジャマキャラぶりで強烈な存在感を放っていた。この作品における登場人物の重要度で言うと、いんこ、千里刑事、玉サブローに続くのがママーだったのではないか。
ということで今回は、この『七色いんこ』を読みながら、ママーという謎生物の生態に迫ってみよう。
『七色いんこ』でママーが初登場したのは第23話「棒になった男」からだ。ある日いんこが街を歩いていると通行人から「カバンを落としましたよ」と言われる。そのカバンに見覚えがなかったいんこはそれを捨てようとするが、なぜかどうしても捨てることができず、鍵を開けてみたところ中から出てきたのがママーだった。
ママーはさっそくいんこと会話を始めるが、いんこ以外の人間にはまったく見えない。そしてそのままいんこにつきまとい、いんこの舞台(ステージ)を台無しにしてしまうのだった。
またこの回のラストではママーがいんこに妻と子どもを紹介する場面があって、ママーが家族で生活をする生き物であることが分かる。
第28話「セールスマンの死」では、ママーは物語の冒頭から家族で登場し、自分の名前が"ホンネ"だと初めて名乗っている。
病院でノイローゼと診断されさたいんこは鎮静剤を処方されるが、症状は悪化する一方で、ママーの妨害はさらにひどくなる。
家の中で火遊びを始めて火事にされそうになったり、果ては街角から雑誌の自動販売機を盗んで持ち帰ってきたりなど悪行の限りをつくしている。
ちなみにこれは余談だけど、このマンガが連載されていた1981年当時、巷では自販機専用に出版されたアダルト雑誌、いわゆる"自販機本"がブームとなっていた。商店街の裏道などにこの自販機本を入れた雑誌の自動販売機が設置され、未成年でも簡単に買えてしまうとして社会問題となっていたのだ。
手塚プロがある高田馬場駅周辺には当時この自販機本の出版社や印刷所が複数存在していて、雑誌自販機もあちこちに置かれていた。手塚先生も恐らくそんな状況を目にしていてこれをネタにしたのだろう。
ここまで見てきただけでも、おじゃま虫にもほどがあるママーの暴れっぷりであるが、今回、このママーに関して手塚プロ資料室の田中創さんから新たな事実がもたらされた。
それは『七色いんこ』の作中に頻出する謎の言葉「日本の国土ッ」というセリフに関するものだ。
『七色いんこ』の作中には、物語の流れを無視して登場人物が「日本の国土ッ」という謎のセリフを叫ぶ場面が何度か出てくる。このセリフは一体何なのか、どんな意味があるのか!? 熱心な手塚ファンの間では手塚マンガの謎のひとつとして以前から話題になっていたものだった。
そこで昨年の本コラムで『七色いんこ』を特集した際にこの「日本の国土ッ」についても、ぼくなりに調べてその見解を紹介した。それを要約すると、このセリフは当時の北方領土返還運動と関わりがあったのではないかというものだったのだが、詳しくは以下のコラムをお読みいただきたい。
・手塚マンガあの日あの時+(プラス)一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!! 第3回:ニュースの真相を知ると8倍楽しめる!!
当初から予想していた通りこのコラムを公開した直後の「日本の国土ッ」についての反響は大きく、知り合いの手塚ファンからもいろいろな感想をいただいた。
ところがそれだけではなかったのだ。この記事が公開された直後に、手塚プロ資料室の田中創さんから1通のメールが送られてきた。するとそこには驚くべき内容が書かれていたのだ。今回は気を持たせてその冒頭だけを紹介しよう。
「『あの日あの時』拝見しました。
謎の「日本の国土ッ」とのことですが、実は(手塚先生が)デビュー前に創作した"ママー語"なのです!
添付画像をご覧ください。」
※カッコ内は黒沢注
この田中さんのメールに添付されていた画像(一部)が以下である。
「ママー國語辞典」と題された手書きの単語表の中に、たしかに「日本の国土ッ」という文字がある。田中さんの言うママー語とはいったい何なのか!? そしてママーと「日本の国土ッ」の関係は!?
それらはすべて次回コラムで明かされる!! 以下、次号を待て!!
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
手塚マンガあの日あの時+(プラス)
■バックナンバー
・第1回:手塚ファン1,000人が集結! 手塚治虫ファン大会開催!!
・第2回:ファン大会再び! 手塚治虫、アトム復活にかける思いを語る!!
・手塚マンガのルーツを調査せよ! 第1回:手塚治虫を自然科学に目覚めさせた1冊の本!
・手塚マンガのルーツを調査せよ! 第2回:手塚治虫が習作時代に影響を受けた幻のマンガ!
・手塚マンガのルーツを調査せよ! 第3回:手塚SFに多大な影響を与えた古典ファンタジーの傑作とは!?
・"テレビっ子"手塚治虫を読もう!!(1960年代編) 第1回:『鉄腕アトム』に出てきた謎のおじさんの正体は!?
・"テレビっ子"手塚治虫を読もう!!(1960年代編) 第2回:地球調査隊が出会った"テレビっ子"少年!!
・"テレビっ子"手塚治虫を読もう!!(1960年代編) 第3回:カラーテレビ時代の幕開けに登場した不謹慎番組とは!?
・一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!! 第1回:世相と流行を知ると2倍楽しめる!!
・一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!! 第2回:キャラクターの元ネタを探ると4倍楽しめる!!
・一読三嘆!! 『七色いんこ』を8倍楽しむ読み方!! 第3回:ニュースの真相を知ると8倍楽しめる!!
・『ばるぼら』が描いた1970年代という時代 第1回:1960-70年代の新宿を闊歩していたフーテンとは!?