没後31年を経た今も毎月のように新刊が刊行され続けている手塚治虫マンガの復刻版。しかし最近、出される作品の傾向や本のイメージが数年前とかなり変わってきた──そんな印象を持たれる方も多いだろう。それはなぜなのか!? あの日あの時+(プラス)では2020年を手塚マンガ復刻新時代と名付け、復刻の最前線で仕事をされている方々を直撃、その新しさの秘密に迫ってみた! 今回は、本の顔であるブックデザインの立場から、手塚本の新たな魅力を引き出している気鋭のブックデザイナー、米川裕也さんに話を聞いた!!
手塚治虫の"幻の名作"といわれた初期作品群の復刻が落ち着いて、ここ数年手塚マンガの復刻で注目されているのが、手塚が1970年代前後に主に青年コミック誌に発表したシリアスタッチの作品群だ。
そんな1970年代の手塚マンガの復刻本で最近立て続けにデザインを手がけ、復刻新時代の手塚本の新たな"顔"を作っているのがデザイナーの米川裕也さんである。
米川さんは1984年東京都生まれ。日本デザイン専門学校を卒業して現在はオフィスアスクに所属している。米川さんがこれまでデザインを手がけてこられた主な作品(手塚マンガ以外)には次のようなものがある。
『べーしっ君 完全版』(立東舎)、『ショーケン 別れのあとに天使の言葉を』(立東舎)、『あの子と遊んじゃいけません』(小学館クリエイティブ)、『聖闘士星矢30周年記念画集 聖域-SANCTUARY-』(宝島社)、『明治150年記念 日本を変えた千の技術博 展示会図録』(国立科学博物館)。
ぼく(黒沢)が編集者として米川さんにデザインをお願いした作品では、たとえば2016年刊行の『宇宙海賊キャプテンハーロック 完全版』や、2018年刊行の『カラー完全版 ふしぎな少年』(いずれも小学館クリエイティブ刊)などがある。
今回はその米川さんに電話インタビューを行なった。
米川さんが、1970年代の手塚復刻マンガのデザインを手がけた最初の作品が、2018年7月に立東舎から刊行された『ダスト18』である。まずはこの本のデザインの話からうかがおう!
「立東舎さんから最初にこの本のお話をいただいたとき、それまでの他社の(手塚復刻)本より定価を低めに抑える予定だとうかがったんです。
そういうことなら、いわゆる手塚世代ではない若い世代の人たちにも手に取ってもらえる機会が増えるだろうと思い、どの世代でも興味を引く装いにしようという考えが最初からありました。
大前提として手塚先生に限らず、マンガ家が描いた絵をデザイナーが大きくいじってしまうようなことはご法度だと考えますが、このときは手塚先生の絵をきっちりと生かした上で何か新しい方向性を打ち出せないかと思案しました。
そこで考えたのがトリミングです。要するに構図を変えてみる、ということですね。キキモラの2人をグッと寄りにして顔を半分ずつ表紙からはみ出させてみたんです。それがいま出版されているビジュアルです。
編集さんにはこれを含めて3案くらい出させていただいたんですが、自分的には最初からこれが作品(の雰囲気)にも合っているし、何よりシンプルで力強い印象がある。手塚先生の既刊の単行本でもあまり見ない構図だったのでベストではないかと考えていました。
反面この構図自体、先生の絵の本質を損なう危険性もあり、『メインキャラの絵を半分にぶった切るようなデザインを理解してもらえるのか』という不安は拭えなかったのですが、結果的には皆さんにも好評で、これでいきましょうということになったのでぼくとしてもうれしかったですね」
こうして出版された立東舎版『ダスト18』は書店の店頭でも大いに目立ち、この手の復刻本には珍しく発売してすぐに重版がかかるという人気を博した。
そして米川さんが『ダスト18』の次に立東舎で手がけたのが、2018年12月刊行の『アラバスター オリジナル版』だ。
この本では皮膚が半透明になってしまった怪人アラバスターの超アップの顔が大きく表紙に使われている。この表紙カバーにはUV加工という特殊な印刷加工技術が使われていて、カバー表面に手を触れるとアラバスターの顔の輪郭や血管の筋が立体的に浮き出ているように感じられるのだ。
2冊目にしてまったく新しい方向性を打ち出したそのユニークさに読者はかなり驚かされたのだが、米川さんとしては、それも当初から織り込み済みだったのだろうか。
「いえいえ、そうではなかったです(笑)。
じつは立東舎さんから『ダスト18』のデザインの依頼をいただいたときはシリーズものとはうかがっていなかったんです。
なので次に『アラバスター』をお願いしますと言われたときには、あー、ちょっと困ったなと思いました。『ダスト18』は完全にワンオフとして作っていたので、それを引きずった形で『アラバスター』もデザインすると作品の雰囲気に合わない可能性があると思ったんですね。
ですから、手塚先生が描かれたタイトルデザインを必ず使用することや背デザインの方向性の統一など、シリーズの骨組みとして『ダスト18』から継承できる部分はしつつ、デザインはそれぞれの作品に合うものにさせてください、と編集サイドにも相談して、まったく新たに『アラバスター』のデザインに臨んだという形ですね。
米川さんのブックデザインは、まずその作品を徹底的に読み込むところから始まるという。作品を何度も何度も読み返す中で少しずつその作品のテーマとなるキービジュアルが絞り込まれていき、それが表紙のデザインとなって一気に放出されるのだ。
その読み込みの結果が特に生きたのが、ぼくが担当編集として米川さんにデザインをお願いした『ばるぼら オリジナル版』(2019年11月、小学館クリエイティブ刊)である。
このとき米川さんが表紙の素材に選んだのは手塚のカラーの原画ではなく、マンガ本編から切り取った主人公バルボラの、モノクロの小さな横顔のカットだった。
米川さんがこの絵を表紙に選んだ意図は何だったのだろうか。
「『ばるぼら』のときは、じつは予算がもっとあればカラーの絵を使っていたと思うんです。『ばるぼら』の場合、4色カラーの絵の魅力を最大限に引き出そうとすると、ベーシックなコストでは、どうしてももったいない感じにしかならなそうだなと思いまして。それであえて1色の絵を使い、全体的には黒をベースにして、そこにビビッドな差し色を入れてシンプルな構成にしたんです。
あのカットを選んだ理由は、『ばるぼら』を全ページを通して何度も読んだ中で、端的に言うとこれこそがバルボラだなと思ったんです。
『ダスト18』も『アラバスター』も全部そうですが、(表紙に)この絵を使おうと思って選ぶ理由は、もうほぼほぼシックスセンスといいますか......これはいけるな、というほとんど直感で選んでいる感じなんです。
さらに『ばるぼら』の場合は、あれは本編のいちばん最後の方にでてくるバルボラの絵なんです。つまり作品の締めの絵であるというストーリー性もあって表紙にぴったりだなと。それであのカットを選んだんです」
米川さん、ぼくのお願いする仕事は毎度予算が少なくて誠に申し訳ない。しかし結果は大変素晴らしいデザインにしていただき、書店では立東舎の本と並んで売れ行きも大変好調でした。
そして2020年3月に刊行された国書刊行会『アドルフに告ぐ オリジナル版』でも米川さんは辣腕を振るっている。
上下2冊に本編が収録され、さらに別冊が付属。その3冊がしっかりしたつくりの箱に入った豪華な本である。
立東舎の本とは編集方針も価格も全く方向性の違うこの本で、米川さんはどのような姿勢でデザインに臨まれたのだろうか。
「国書刊行会の本は高価な本が多いと思いますが、それに比例して本の造りもとてもしっかりしている、という印象があります。なのでそうした国書刊行会のお客さんに向けてという意味でも、(価格が)高いなら高いなりに一定水準以上のものを作らないと失礼だなという考えがいつも以上にありました。
それと『アドルフに告ぐ』を読み返してみて、この作品は今まで立東舎さんや小クリさんで担当してきた作品よりもはるかに重厚な作品だなと感じたことですね。
それで一度予算を度外視して、自分が考えられる最高の造本仕様を提案させていただきました。その上で予算的な折り合いをつけていけたらなと。そうしたら編集部からしばらく返事がなくて(笑)、あ、やっぱりこれはNGかなって思っていたころに、なんとほぼ修正なしでOKのお返事をいただいたんです」
この本のデザインで特に目を惹くのは、真っ赤な箱の真ん中に大きく配置された鉤十字=ハーケンクロイツである。鉤十字というのは、言うまでもなく『アドルフに告ぐ』の時代にドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーが率いるナチスが掲げていたシンボルマークだ。
「ハーケンクロイツは担当編集の樽本(周馬)さんにお見せし、関係各位の反応を聞くまでいちばん胃が痛かった部分です。このマークには ナチズムと直結するという思想的な問題があって軽々には使えませんから。
しかしこのデザインを提案させていただいたときには ぼくは知らなかったのですが、過去に和田誠さんが書籍の表紙にこのマークをデザインした本があるそうですね。樽本さんが教えてくださったんです、こんなイメージが良いんじゃないかと。それで、ぼく自身も『アドルフに告ぐ』を読んで最終的に思い浮かぶイメージがいつも強烈な赤とハーケンクロイツだったのもあり、目指す方向が一致していると確信できました。最終的に「これでいきましょう」と言っていただけたので、そこからは迷わずデザインを進められました」
このデザインでさらに凝っているのが、本に目を近づけてよくみると、黒い鉤十字の中に、作品に出てくる登場人物たちの顔が細かくコラージュされていることだ。国書刊行会の樽本さんに聞いたところでは、米川さんはこの部分にもかなりこだわっておられたというが。
「あれは、遠目に見るとハーケンクロイツが全面に押し出されていて、よく見るとそこに登場人物の顔がある、という線を狙いました。イラストはお客さんが本を手に取って見ないと見えないというギリギリの線ですね。
そのギリギリを攻めるために、あの部分は実際に印刷所へ行って印刷に立ち会わせてもらいました。その場で3パターンくらい試し刷りを見て、(背景の)墨ベタの濃度とキャラクターのイラストの濃度差をチェックして最適値を決めました。なのでこのイラストに関しては結果的に思い通りの効果となりましたね」
さらに米川さんによると、今回の『アドルフに告ぐ オリジナル版』で、表紙に手塚先生の絵を大きく使わなかったことにも明確な理由があるという。
それはこの本の「別冊」に収録された『アドルフに告ぐ』連載時の二代目担当編集者・池田幹生さんへのインタビュー記事を米川さんが読まれたことだった。
1985年に『アドルフに告ぐ』の最初の単行本が文藝春秋から全4巻で出版された。じつはこのときも表紙絵は手塚自身ではなく、横山明の描いた油彩風の絵が使われていたのだ。
米川さんの目に止まったのは、そのことについて池田さんが語っておられた以下の部分である。
池田 ちなみに『アドルフ』の単行本のカバーが、横山明さんの絵になったのは、その編集者と先生の相談の上で決まったことのようですよ。先生たっての希望で、『アドルフ』を書店の漫画コーナーではなく、一般書のコーナーに置いて欲しかったようなんです。単行本化が決まった当初から、カバーに自分の絵は使わないということを決めていたみたい。
そして米川さんは言う。
「この池田さんのインタビューを読んでぼくは妙に腑に落ちたところがあったんです。ぼく自身も『アドルフに告ぐ』を読んでいて、これは恐らく手塚先生の絵が重要なのではないなと思っていたんです。ストーリーがずば抜けているので先生の絵を全面的に使うよりは、もっとストーリーに寄ったデザインを前面に押し出した方が先生も納得されるんじゃないかと。また劇中ラストで主要人物の峠の『この物語を後世に残し、正義の正体について考えてほしい』という胸中が描かれていますが、ぼくはこれは手塚先生自身の想いでもあるのかなと。そうした時に、このハーケンクロイツというマークからは目を背けるのではなく向き合い続けるべきだ、と思えたんです。そう自分の中で対話をしまして、それでハーケンクロイツというモチーフを選びました」
最後に米川さんに、次にまた手塚復刻本の依頼が来たらチャレンジしてみたいデザインはあるのかを聞いてみた。
「ありますけど、ぼくはデザインをひとりよがりで完結させるのが好きではないんです。もちろん『絶対にこうするべき』という部分は譲ってはダメですし、しっかりとデザインに責任を持つためにもデザイナーの思考が優位に立たなければなりませんが、本を作るというのは編集さんとか印刷所、製本所などのチームで取り組んで初めてできることじゃないですか。
ぼく個人がやりたいことはたくさんあっても、その本作りに関係するみんなはどう考えているのか、あるいはどういうチームで作るかによって大きく変わってくる部分なのかなって思います。
自分としては自信作でも、みんながそれを喜んでくれないんだったらやりたくはない。逆にチームのみんなが納得できたものを世に出せさえすれば、それが世に出てどれだけ批判されても耐えられるじゃないですか(笑)。そういう仕事の方が本ができた後に達成感があるので、ぼくはそういう部分で楽しみながらやらせてもらっていますね」
米川さん、ありがとうございました!
今回のインタビューで、米川さんのデザインはいたずらに新奇さを狙っているのでは決してなく、作者と作品に徹底的に寄り添った上で、その本をどんな形で読者に届けるのが最良の選択なのかを決めておられることがよく分かった。今後、手塚先生の復刻本を手にされる際には、皆さんぜひデザインにも注目してみてください。
次回は、小さな出版社ならではの特性を生かして大手出版社には作れないこだわりの手塚復刻本を出版したプロデューサーにお話をうかがいます。ではまた次回!!
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
手塚マンガあの日あの時+(プラス)
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