2020/05/22
手塚治虫のマンガの片隅にちょくちょくと顔を出す謎生物"ママー"。その正体をあれこれと探ってきたシリーズもついに完結。今回はいよいよママーの正体に迫る! そもそもママーとは何者なのか、手塚治虫はどこからこの奇妙な生物を発想したのか!? さらにはママーが登場する手塚マンガを総ざらいします。あんなところやこんなところに顔を出していたママーにあらためて注目していただこう!! それでは皆さん、心の準備はいいですかー!? 「ハハウイ ウハハイ ウハハイ ウイ」(ママー語で「ハイ」の意味)。
前回の手塚プロ資料室・田中創さんからもたらされた情報で、謎生物ママーには国家があって国語もあることが判明した。
だがそもそも"ママー"という謎生物を手塚はいつどこで発想したのだろうか。じつはその誕生について、手塚のエッセイにこんな記述がある。中学生時代の思い出を記した一節である。
「そのころ、虫クダシかなんかのクスリの名前にママーというのがあって、そのマークがフクロウみたいなチンマリした小鳥であった。ボクはこれを使って、ママーという独特の生物(?)を発明した。とにかく、ほかの人が見ると、なにがなんだかワケのわからないような生物だったので、どうせ人に見せたっておもしろくないだろうと思って、家でこっそりひとりで描き続けた。この人物(?)は描きやすいとみえて、弟や妹もさかんに描きだした。ママー探偵というのが主役で、わき役に、フーラー博士だの、大僧官だの、ヨッツンだの、クモ男だのを、ゾロゾロと出すマンガのシリーズであった。おもしろいことに、セリフが全部大阪弁であった(これはテレビの関西喜劇なんかのハシリだと思っている)」(講談社版手塚治虫漫画全集『手塚治虫エッセイ集6』より。※初出は1965年鈴木出版刊『手塚治虫全集2 0マン1』)
1993年、この記述を裏付ける「ママー」という商品名の薬の新聞広告が、手塚プロのアニメーター・小林準治さんによって発見され、当時の手塚治虫ファンクラブ会報『手塚ファンmagazine』Vol.97(1983年5月10日号)に掲載された。
これによって「ママー」というのがじつは虫下しではなく咳止め薬だったことが明らかとなったのだ。そして確かにその広告にはフクロウのようなデザインの絵が描かれていた。しかしこれを単にフクロウを図案化したものと見ないで、これを元に不思議な生物を考え出してしまう手塚先生の発想力はさすがと言えるだろう。
一方、じつはぼくも手塚先生のこのエッセイを読んで以来、小林準治さんとは別に、ず~~~っとその元ネタとなった"虫下し"を探していたのだ。同じような手塚ファンはほかにもきっといただろう。ところが悔しいことに、小林さんに先を越されてしまったのである。まさか虫下しではなく咳止め薬だったとは!!
ともかく、その後、ぼくもその現物(の空き容器)と当時のチラシを入手したのでそれをここで紹介しよう。ぼくが見つけたのは新聞広告ではなくて現物ですよ、現物! エーッヘン!!
こうしてママーという奇妙なキャラクターを生み出した手塚は、このころママーを主役としたマンガをいろいろと描いていたようだ。
そのうちのひとつが1941年ごろに描かれたと言われている『ママー探偵(タムテイ)モノガタリ』と題された作品だ。鉛筆描きの漫画を自分で綴じて製本したもので現在も手塚プロに保管されている。
これはママーが全編にわたって活躍する大活劇物語であり、手塚のこの当時の習作の中でもかなり力の入った作品だ。『オヤヂの宝島』(1945)、『幽霊男』(1945)など、この時代の習作はいくつかが刊行されているが、この『ママー探偵モノガタリ』もいつかどこかで陽の目を見る機会が待たれる隠れた名作である。
また題名だけではあるが、今回、この記事のために手塚プロで閲覧させてもらった昆虫手帳のコピーの中にも、ママーが主役と思われる作品の題名が記載されていた。
それは手塚が1943年~44年にかけて使用していた昆虫手帳で、その中に当時手塚が手がけたマンガや小説、昆虫図鑑などの作品リストが書かれており、そこに『ママーの寶島發見(ママーの宝探し)』と題された漫画のタイトルが記載されている。題名から推測すると恐らくこれも大冒険活劇だったに違いない。
さて、暗い戦争の時代が終わり、戦後間もなくして手塚治虫はプロのマンガ家としてデビューする。ではそれ以後ママーとのつき合いはどうなったのか?
商業出版された手塚作品で最初にママーが登場するのは1948年に東光堂から刊行された描き下ろし単行本『ターザンの秘密基地』である(講談社版手塚治虫漫画全集など、後年の単行本では『シャリ河の秘密基地』と改題)。
この作品は、ヒゲオヤジひきいる探検隊がアフリカの奥地へと分け入っていく秘境探検物語としてストーリーが始まる。
ところが物語の中盤からいきなり流れが変わってSF的な展開となり、月世界人の役でママーが登場してくるのだ。
なぜいきなり途中から展開が変わったのか。それについては、手塚が講談社版手塚治虫漫画全集のあとがきで次のように書いている。長いので要約すると、おおよそこんないきさつだったようである。
・「ターザン」というのはエドガー=バロウズの原作で、著作権はバロウズと映画会社にある。
・出版社の社長が「ターザン」という名前を使って莫大な著作権料を請求されるのを恐れ、登場人物の名前を"タアザ"に変えてしまった。
・ところが表紙はすでに刷り上がっており、また"タアザ"では売り上げにも影響するということで「ターザン」のまま刊行することにした。
・その結果、表紙だけが"ターザン"で本編は"タアザ"というアンバランスな本になってしまったのである。
以下、手塚の文章はこう続いている。
「この作品が前半と後半でがらりとムードが違うのはそのためです。後半には『七色いんこ』などに登場するママーという生物(『七色いんこ』ではホンネという名まえ。)がやたらと出てきて、それまでの劇画的な雰囲気をぶちこわしてしまいます。このキャラクターはもともと小学生のころにつくったもので、ほんらいドタバタコメディー用の人物ですから、ジャングルもののバーバリスティックな方向とはおよそ違います」(『シャリ河の秘密基地』所収の講談社版手塚治虫漫画全集『ジャングル魔境』あとがきより)
こうして妙ないきさつから1940年代の初期作品で商業誌デビューを果たしたママーであるが、なぜかその後ぱったりと出演がなくなる。ママーと同じころに生まれた謎生物のヒョウタンツギがこの時代から後年まで継続的にさまざまな作品に出演していたのとは対照的である。
ママーが再び手塚マンガにひんぱんに登場するようになったのは、手塚が人生最大のスランプを脱して奇跡の復活を果たした、『ブラック・ジャック』以降のことなのである。
ぼくが調査した範囲(主に既刊単行本による)では、1975年に『ブラック・ジャック』でチョイ役として1コマ出演を果たしたのがママーの27年ぶりの出演だった。そしてこれ以後は『ブラック・ジャック』と『三つ目がとおる』の中にたびたび顔を出すようになり、それが『七色いんこ』におけるあの怪演へとつながっていったのである。
その理由は不明だが、ぼくが推測するところでは『ブラック・ジャック』が手塚のマンガ家生活30周年記念作品として始まった手塚オールスター出演作品だったことと深い関わりがあるのではないかと考えている。
つまり手塚は、この作品で手塚マンガの常連キャラクターたちを様々な役柄で次々と出演させた。そうした流れの中で長らく出番のなかったママーもまた数十年ぶりの銀幕(マンガ)再登場となったのである。
謎生物ママーの正体に迫る今回のコラム。最後までお付き合いくださった皆さんはきっとこの奇妙なキャラクターにさらなる好感を持っていただいたことだろう。
あなたが手塚マンガの片隅でいつか彼らに出会ったときは、ぜひママー語で彼らにこのように声をかけてみていただきたい。
「ウワーシイハー、○○○○ダゾヤ」(○○○○には自分の名前を入れる)
すると彼らは大阪弁なまりのママー語でこう答えてくれるだろう。
「よーきなはったあそびにきなはった。」
ではまた次回のコラムにもぜひお付き合いください!!
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
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