虫ん坊

手塚マンガあの日あの時+(プラス)『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第2回:歌舞伎町五丁目にその店はあった!!

2020/10/30

『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第2回:歌舞伎町五丁目にその店はあった!!

写真と文/黒沢哲哉

映画「ばるぼら」公開記念、ばるぼら幻想さんぽ第2回。今回は、新宿歌舞伎町をさまよい、「ムネーモシュネーの店」から上野・国立西洋美術館を訪ねます。

 作家・美倉洋介の狂気と幻想の旅を辿ってみましょう。

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映画「ばるぼら」11月20日(金)よりシネマート新宿、ユーロスペースほか全国公開!
 
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◎存在しない番地の先に──!!

 さていよいよここからが『ばるぼら』の本格的な幻想さんぽの始まりだ。

 ルッサルカを狙う暗殺者が美倉の家まで迫ってきた。困った美倉にバルボラがある提案をする。親戚が営む骨董屋へ逃げようと言うのだ。その店は、作中の美倉の言葉によれば「新宿歌舞伎町の裏通り」にあった。

 古びたドアを開け、狭い階段を降りた先にその店はあった。窓もない狭い部屋の中は絵画や彫刻、陶器などの美術品で埋め尽くされており、その全てが"本物"なのだという。店の女主人は、実はバルボラの母親でムネーモシュネーと名乗った。

 この店の場所は物語の中で「五丁目の十二番」「小さなくすり屋のすぐとなり」などと妙に具体的に紹介されているが、歌舞伎町に五丁目は存在せず、一度行けたからといって再び訪れた時にもまたそこへたどり着けるかどうかは分からない。

 事実、物語の中でルッサルカは店があったはずの場所までは行けたものの、そこに入り口はなく、暗殺者に追い詰められて銃弾に倒れたのだった。

 ぼくもたった一度だけこの店を訪れることができたのでそのときの写真をこっそりとお見せしよう。

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『ばるぼら』第6話「黒い破戒者」より。ルッサルカを尾行してきた暗殺者はついに美倉の家にまで迫った。新宿の街角を逃走する美倉、バルボラ、そしてルッサルカ......!!

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バルボラの案内で向かったのは、新宿歌舞伎町の裏の飲み屋街を抜けた先だった

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レンガの壁に開いた古いドアを開けて入っていくと、その先にあったのは......

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半地下のさびれた骨董屋には客もおらず、柱時計の音だけが響いている

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骨董に囲まれて出迎えたこの店の女主人。彼女はムネーモシュネーと名乗った

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「新宿歌舞伎町五丁目の十二番」「小さなくすり屋のとなり」。後日、美倉の電話の説明を頼りにここへ逃げ込もうとしたルッサルカ......。だが、そこにあるはずの骨董屋ドアはなくなっていた......!!

◎"死"を予言する占い師!!

 第7話「狼は鎖もて繋げ」は、美倉がバルボラをモデルとして新たな長編小説の執筆を開始したところから物語が始まる。ところがその矢先、美倉は辻占(つじうら)に呼び止められ、小説の結末を変えないと美倉自身が死ぬと予言されるのだ。

 辻占というのは、夜になるとどこからともなく現れて街角に椅子とテーブルを置き、その場で占いをしてくれる街頭占い師のことだ。かつては日本全国のターミナル駅の周辺や観光地、商店街の片隅などどこでもその姿が見られたが、今では新宿や銀座にわずかに残っている程度だろうか。

 物語の中で美倉は、友人とともにビルの谷間の坂道を降りてきたところで辻占に呼び止められる。このビルの谷間の坂道は、新宿の小田急百貨店と京王百貨店の間を通る西口と南口を結ぶ通路だろう。現在はショップが建ち並ぶ明るい通りになっていて「新宿ミロードモザイク通り」などというシャレた名前も付いているが、1970年代当時は昼間でも人通りのほとんどない寂しい抜け道だった。

 ということでぼくも夜の新宿で辻占を探すことにした。蒸し暑い熱帯夜の8月の午後10時過ぎ。辻占はなかなか見つからず、蒸し暑さと人ごみの多さに気持ちが萎えかけてきたころ、閉店したデパートの前でようやく辻占を発見することができた。

 暗がりに小さなテーブルを出し、「運命」と書かれた行灯を灯して座っていたのは50代と思しき男性占い師だった。この暑さの中でも半袖ポロシャツというわけにはいかず、長袖のジャケットを着て、暑そうな顔もせずに黙って客を待っていた。美倉の死を予言した辻占も、このあたりに店を構えていたのだろうか。

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新宿南口と西口を結ぶ抜け道を歩く美倉洋介。この先に彼の過酷な運命が待っているとも知らずに......

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現在の新宿ミロードモザイク通り。こんな華やかな通りになるとは、あのころは想像もつかなかっただろう

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新宿西口の路地の片隅。そこで辻占に呼び止められた美倉は、そこで占い師から""を予言される

◎西洋美術館は狂気の世界だった!?

 第9話「とろいか」では、酒に酔って暴れたバルボラが台東区の上野警察署に勾留され、美倉が引き取りに行くことになる。だが美倉はバルボラのあまりの無軌道ぶりに嫌気がさし、その場から逃げるように上野の森へと向かった。そこでたまたま立ち寄ったのが「国立西洋美術館」だった。

 国立西洋美術館は1959年、フランスから返還された西洋美術の名品「松方コレクション」を収蔵・展示するための美術館として建設された。本館を設計したのはフランス人建築家のル・コルビュジエで、この建物は2016年に世界文化遺産に登録されている。

 中庭にはロダンの彫刻「考える人」が展示されていて作中にもその姿が描かれているが、『ばるぼら』の作中と現在の写真では「考える人」の位置が異なっている。これは1998年に本館とその地下が大規模改修された際に「考える人」が現在の場所に移設されたからである。

 美倉は、人気(ひとけ)のない館内で悪魔じみた展示を見ているうちに、破壊衝動にかられ、展示物に火を放とうとしてバルボラに引き止められる。

 そして気持ちを落ち着けた後、バルボラと2人で屋台のたこ焼きを買って頬張るのだが、その場所がJR中央線御茶ノ水駅横の神田川のほとりだった。

 この時バルボラはお金を1円も持っていなかったので上野からここまでは恐らく歩いて来たのだろう。上野から御茶ノ水までは途中に上り坂があるが4050分ほどの道のりである。

 さて、美倉とバルボラのこの束の間のやすらぎを描いたシーンの後、物語は一気にオカルト色を強め、さらなる不思議世界へと入っていくのだが、その舞台となった場所へは、また次回の幻想さんぽでご案内しよう。

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上野の森の国立西洋美術館。正面に建つ本館の建物は、2016年に世界文化遺産に登録された

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ロダンの「考える人」像と、その奥に見える西洋美術館本館の建物。1970年代当時「考える人」の像は本館に対してこの位置に設置されていた

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現在の国立西洋美術館の「考える人」像はこの位置。

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国立西洋美術館開館当初のものと思われる観光絵はがき。「考える人」像は確かにマンガと同じ位置にある

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国立西洋美術館の中庭にはこの「考える人」以外にもいくつもの銅像や彫刻が置かれていて、不思議な異空間となっている

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美術館の中で展示を見ているうち、美倉の心のなかに不意に破壊衝動が芽生えた!

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バルボラの制止で冷静になった美倉は、上野から御茶ノ水まで歩き、神田川のほとりでたこ焼きを食べた

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2019年8月の神田川。御茶ノ水駅舎の工事中で視界がさえぎられているが、それ以外は当時のままの風景である。ただし作中で美倉とバルボラが座っている場所へ立ち入ることはできない

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今回も『ばるぼら』のマンガ本編画像はすべて本書から引用している。『ばるぼら オリジナル版』(20191120日発売、小学館クリエイティブ刊、定価5,400円+税)。過去の単行本化の際にカットされた雑誌連載時のトビラはもとより、改変された部分をすべて雑誌連載当時の状態に戻したオリジナル版。巻末には『ばるぼら』と同時期に発表された単行本未収録・全集未収録の短編を5編収録している


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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