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手塚マンガあの日あの時+(プラス)『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第3回:下水道迷宮の行きつく先は──!?

2020/11/27

『ばるぼら』に描かれた幻想の東京をさんぽする!! 第3回:下水道迷宮の行きつく先は──!?

写真と文/黒沢哲哉

映画「ばるぼら」公開記念・ばるぼら幻想さんぽ第3回は、いよいよクライマックスシーンを追体験します。ばるぼらの正体を示唆する書物を国立国会図書館に訪ね、足取りは皇居・千鳥ヶ淵へ向かいます。

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映画「ばるぼら」11月20日(金)よりシネマート新宿、ユーロスペースほか全国公開!
 
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◎図書館で出会った1冊の本!

 バルボラの正体を魔女ではないかと疑い始めた美倉は、ある日図書館で一冊の書物と出会う。その書物の名はピーター・へイニングの『魔女』──

 この図書館の名前は作中には明記されていないが、館内ロビーの真上を貫く渡り廊下の様子などから、恐らくここは千代田区永田町にある「国立国会図書館」東京本館だと思われる。

 この建物は前川国男建築設計事務所の田中誠らの設計で1961年に第一期工事が完了、1968年には第二期工事が完了した。また『ばるぼら』の連載終了後の1986年には新館も開館している。

 館内は撮影禁止なので写真では紹介できないが、訪れる機会があればぜひ『ばるぼら』の絵と見くらべてみていただきたい。

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バルボラを魔女ではないかと疑った美倉は図書館へやってきた。そこで出会った本を読んだ美倉は、いよいよバルボラが魔女であるという確信を強める

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現在の国立国会図書館東京本館。古今の膨大な書物を収蔵し閲覧できる。手塚治虫が作品を執筆する際の資料調査にも大いに役立ったことだろう

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ピーター・へイニング著、森島恒雄訳『魔女と黒魔術』(1973年、主婦と生活社刊)。手塚治虫が『ばるぼら』の中で参考図書として本書の名前を挙げている。美倉が出会ったのもこの本だったのだろうか

◎出口のない地下迷宮へ!!

 謎のフーテン少女・バルボラと付き合いだしてからは作家として絶好調だった美倉洋介だが、ちょっとしたボタンの掛け違いからバルボラに去られてしまった。そしてそれ以来ツキにも見放され、一気にスランプに陥ってしまう。

 その美倉がバルボラと再会を果たし、彼女をムネーモシュネーの店から連れ出そうとする場面で出てくるのが、下水道の迷宮である。

 バルボラの手を引いて下水道を逃げる美倉。だがそこはまるでメビウスの輪のような迷宮となっており、逃げても逃げても出口が見つからないのだった。

 閉所恐怖症ならばこの状況を想像しただけで叫びたくなるような閉じられた空間の恐怖が迫る!!

 ヨーロッパの地下水道のようなこんな下水道が東京の地下にあるのかと思われる方もおられるだろうが、じつは東京の地下には想像以上の迷宮が広がっているのだ。今回はその深淵のごく一部を覗き見てみた。

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美倉はムネーモシュネーの制止を振り切ってバルボラを骨董屋から連れ出そうとする。ところが出口が見つからず、いつしか下水道の中へと迷い込んでしまった

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複雑に入り組んだ下水道の地下迷宮。こんな水路が東京の地下を縦横に走っているのだ

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行けども行けども出口は見つからない。それはまるで終わりのないメビウスの輪のような空間だった......!!

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ようやく地上への出口が!? と思えば、そこもまた行き止まりの袋小路だった

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美倉は5時間という時間制限付きでようやく呪いを解かれた。その瞬間、目の前に太陽の光が見えた......!!

◎地下迷宮が通じていた意外な場所とは!?

 その後、時間制限付きで呪いを解かれた美倉は、ようやく下水道の出口にたどり着くことができた。

 鉄柵の隙間を抜けて外へ出ると、何とそこは、皇居北西の角にあるお堀の一角「千鳥ヶ淵」だった。新宿歌舞伎町の地下を流れていた下水道が千代田区の皇居まで続いていたということか!?

 とある真夏の午後、ここ千鳥ヶ淵を尋ねてみた。千鳥ヶ淵は桜の名所であり、春には淵沿いの遊歩道に700メートルにわたる桜のトンネルができ、多くの人で賑わう場所である。しかし真夏の平日だったこの日は貸しボート屋さんも営業しておらず、木陰に車を停めて休憩するタクシーの運転手さんがチラホラといるだけで、あたりはひっそりと静まり返っていた。

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排水口を出た先は何と皇居のお堀、千鳥ヶ淵だった!

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現在の千鳥ヶ淵。真夏の平日で人気(ひとけ)は全くなかったが、このあたりの風景は1970年代とほとんど変わっていないだろう

◎芸術の本質とは何なのか!?

 さて『ばるぼら』に描かれた幻の東京をめぐる幻想さんぽもいよいよ最後の場所となる。第21話「大団円」の重要な舞台として登場するのが上野の東京国立博物館だ。

 この『ばるぼら』の連載最終話が雑誌に発表される直前の1974年4月から、ここ東京国立博物館で「モナ・リザ展」が始まっていた。

「モナ・リザ」は言わずと知れたイタリアの画家レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた油絵で、フランスのルーブル美術館に収蔵されている。それがこの時初めて日本で公開されたのだ。

 しかし作中にも描かれているように、公開初日の4月20日にあるハプニングがあった。若い女が展示ケースにスプレーを吹き付けようとして逮捕されるという事件が起こったのだ。

 物語の中では、マンガ家で本の収集家でもあるという松本麗児なる人物が、この博物館前でテレビリポーターの取材を受けており、そこでこの事件にも言及しながら芸術の本質について語っている。

 松本は芸術の本質的な価値は世間的な評価とは一致しないということを強く主張する。それは美倉洋介の苦悩を代弁した言葉であり、まさにこの『ばるぼら』という作品のテーマでもあった。

 ちなみにこの「モナ・リザ展」であるが、前評判が高かっただけに、開催直後は混雑を嫌ったのか出足は予想より鈍かった。

 だが間もなくゴールデンウィークが始まると一気に好調に転じた。

 当時の新聞は、この前年の73年に来日した上野動物園のパンダとからめ、パンダ、モナ・リザのダブル人気でGW初日、上野の森には10万人が繰り出したと報じていた。

 パンダとモナ・リザを同列に扱ったこの記事は、はからずも作中で松本麗児がテレビリポーターに語った、芸術と商業主義との皮肉な関係を浮き彫りにしたと言えるだろう。

『ばるぼら』の連載が終了した後の6月10日、「モナ・リザ展」は2ヵ月間の会期を終了。総入場者数は150万5239人だった。

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そして迎えた大団円。上野の東京国立博物館では「モナ・リザ展」が始まっていた!

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マンガ家で本の収集家でもある松本麗児がテレビリポーターのインタビューに答える

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手塚は「モナ・リザ展」開催初日に起きたハプニングをすぐさまマンガの中に取り入れた

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「モナ・リザ展」開催当時の図録(左)と、初日に起きたスプレー噴射事件を報じた新聞記事

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現在の東京国立博物館本館。旧本館が関東大震災で被災したため1937年に再建されたもの。木造建築のように見えるが鉄筋コンクリート造りである。2001年に国の重要文化財に指定された

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美倉の元を離れ、再び新宿の雑踏の中へと消えていったバルボラ。彼女はいまどこでどうしているのだろうか

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今回のコラム画像はすべてこの本から引用した。『ばるぼら オリジナル版』(20191120日発売、小学館クリエイティブ刊、定価5,400円+税)。過去の単行本化の際に改変された部分をすべて雑誌連載当時の状態に復元したオリジナル版。巻末には『ばるぼら』と同時期に発表された単行本未収録短編も収録している

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今月のおまけ。こちらは講談社版手塚治虫全集の『ばるぼら』より。先ほど紹介した雑誌連載当時の同じコマとくらべてみていただきたい。単行本化の際にテレビリポーターの顔が描き変えられたのだ。


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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