2022/08/12
写真と文/黒沢哲哉
70年代末、SFブームから変則的に発生した「美少女ブーム」。80年代になると漫画読者の中でもマニアックな人々の間で「ロリコン」ブームが沸き起こる。手塚治虫が『七色いんこ』を連載していた『週刊少年チャンピオン』も、その流れを無視できなくなっていた――今回は、「ロリコン」ブームの火付け役の一人であり、同誌に『あんどろトリオ』を連載、少年誌に堂々「ロリコンマンガ」を持ち込んだマンガ家、内山亜紀さんに当時のお話や、手塚治虫との思い出などを詳しく伺いました!
東京の北部近郊にある静かな住宅街。そこに建つ2階建ての家が、マンガ家・内山亜紀先生の住まい兼仕事場だ。
某日、われわれあの日あの時+(プラス)調査隊がおじゃますると、先生はわれわれを2階の角部屋の広々とした応接間に案内してくれた。大きく開いた窓からは、連なる屋根の向こうに、遠く秩父の山並みが青く霞んで見えている。
まずは内山先生に、『週刊少年チャンピオン』で『あんどろトリオ』を連載することになった経緯をうかがった。
「1981年の夏ごろだったかな、電話がかかってきたの。「『週刊少年チャンピオン』の阿久津です」って」
阿久津氏とは、当時『週刊少年チャンピオン』の編集長をしていた阿久津邦彦氏のことだ。
「ぼくはね、そのころいろんなエロ劇画誌で仕事をしていたから、あちこちの劇画誌からしょっちゅう仕事の依頼があったの。で、『チャンピオン』っていうのもどこかのエロ劇画誌かなと思ってね、断っちゃったの。
せっかくお声がけくださってありがたいんですけど、仕事がいっぱいいっぱいでお受けできませんって。
で、受話器を置いたあとによく考えたら、あの『週刊少年チャンピオン』か、と思ってね。もったいないことをしたな、と思ったけど、断っちゃったものはしょうがないとあきらめたのね。
そうしたらしばらくして阿久津さんがいきなり家までやって来たんです。当時ぼくはマンガの中に自宅の住所を書いてましたからね(笑)。
それであらためて「描いてよ」と言われて話が進むことになったという感じです」
こうしてさっそく案を練り始めた内山先生だったが、さっそく行き詰まってしまったという。
「だって少年誌でしょ。エロならすぐに話ができるけど、何を描いたらいいか分からなくてね。ストーリーマンガのできそこないみたいなものを描いて持っていったのね。だけど阿久津さんに見せたら「なにこれ」っていう顔をされちゃって。やっぱりだめかとぼくはあきらめかけたんだけど、阿久津さんがあきらめないんだ。「もうちょっと何か考えてよ」って言うのね。
それでもどうしてもできなくて切羽詰まったっていうかね、もう断られてもいいやと思って開き直って「エロマンガ描いてもいい?」って聞いたの。そしたら「いいよ」って2つ返事で言われて。「え、いいの?」ってこっちが驚いたの。むしろ困ったなーって(笑)。
だってエロ劇画をそのまま描くわけにいかないでしょ。じゃあどうしようかなって。
そこで思いついたのが、もともと吾妻ひでお先生が好きだったから、じゃあ吾妻先生のようなギャグだったらエロ度も中和できるかもって考えて、それでエロマンガなんだか少年まんがなんだかわけの分からない『あんどろトリオ』というマンガがね、できあがったわけですよ」
このころ『週刊少年チャンピオン』は他誌に人気を奪われ、70年代後半の黄金時代から少しずつ下降線をたどっていた。その70年代に黄金時代を築いた壁村耐三編集長の後に、テコ入れを任されたのが阿久津邦彦編集長だったのだ。
編集長になったばかりの阿久津氏にとっても、内山先生への執筆依頼は大きな賭けであり挑戦だったに違いない。
ちょうどこれと同じころ、手塚治虫が『七色いんこ』の次回作を練っている時には、これも阿久津氏の意向だったのだろう、『チャンピオン』編集部の要望として「程度を下げて(読者の対象年齢を下げて)少年漫画にして欲しい」という編集方針を伝えられたことを、当時のインタビューで手塚先生が語っている。(『手塚ファンmagazine』1982年8月号「『プライム・ローズ』は久々の大河ロマン」より)
マンガ界の重鎮には少年誌らしい作品への回帰を求める一方、ロリコンマンガ界の第一人者には型破りな美少女マンガの執筆を依頼する。この極端な振幅の中で『チャンピオン』を再び活性化させようというのが阿久津氏の狙いだったのではないだろうか。
そして『あんどろトリオ』の連載開始から半年後、手塚治虫の『プライム・ローズ』の連載が始まった。
前回のコラムでも書いたように、この作品が発表されると、多くのマンガファンから、手塚が美少女マンガ・アニメブームに便乗したのではないか、という声が上がったが、当の内山先生は、当時『プライム・ローズ』という作品をどう見ていたのだろうか。
「いやあ、それがねえ、申し訳ないんだけど、あのころは、ほかのマンガ家さんの作品についてあれこれ考える余裕がまったくなかったの。自分のマンガを描くのが精一杯でね。
だから手塚先生のマンガだけじゃなくて、ほかのマンガ家さんの作品もほとんど読んだ記憶がないの。
それから、ぼくはほかの人の面白いマンガを見ると、すぐに影響を受けちゃうから、極力他人のマンガを見ないようにしてるんですよ。これはプロでもアマチュアでも関係なくてね、たとえば今ならアマチュアの描いた同人誌でもキラッて光る絵を描く人がいるでしょ。そうするとね、マネをしたくなっちゃうの。パロディっていうと聞こえがいいけど、ぼくの場合はマネだね。だってそのまんまなんだもん(笑)。
だから手塚先生の『プライム・ローズ』と(同時期の連載で)ご一緒させていただいていたときも、プライム・ローズを(作品の中に)ちょこっと描いたりしてね。
そうやって他のマンガ家のキャラクターをゲスト出演させるというのは手塚先生もよくやっておられましたけど、あれは天下の手塚先生だから許されるんだよって、編集さんからさとされました(笑)」
その内山先生、当の手塚先生とは当時、秋田書店のパーティで同席したことがあったという。
「たしか『あんどろトリオ』の連載が始まる直前の81年の忘年会だったと思うけど、『チャンピオン』の作家が集まるパーティがあったの。ぼくはそういうの苦手だったんだけど、手塚先生も来るっていうんで、行くことにしたんです。
そこで担当さんに手を引っ張られて、手塚先生のいらっしゃる席に案内されたんです。
丸いテーブルで、ほかの席には若手のマンガ家さんたちが何人か座っていたんだけど、手塚先生の正面の席だけ空いていたんです。みんな遠慮しちゃって誰も座ってなかったのね。
そこにぼくが座らされて、その瞬間「あ!」と思ったけど、もうしょうがないからね、開き直りましたよ。
ぼくのほかには『らんぽう』を連載していた内崎まさとし先生や、『アノアノとんがらし』を連載していたえんどコイチ先生がいました。
手塚先生はその若手に対して、ひとりひとり順番に質問していくの。あなたはどういうマンガを描かれるんですか、って。
それでぼくのところに順番が回ってきて、ぼくが「エロマンガです」って答えたら、手塚先生は「ああ、エロマンガですか!」ってね、明るくおっしゃっていました。
その後、手塚先生がみんなに「ネームはどうやって描いているの?」という質問をされて、よせばいいのにぼくはまた「ネームなんて描いたことがないんですよ」って答えちゃったの。
手塚先生は「そうなんだ!」って言ってね。そんなに驚いている様子はなかったけど、内心「こいつは何を言ってるんだろう」って思ってたかも知れないですね」
ネームというのは、マンガを描き始める前に、紙の上に大まかなコマ割りをして、そこにキャラクターの配置とおおよそのセリフを書き入れたマンガの下描きのようなものだ。
商業マンガ誌の場合、普通はこのネームの段階で一度編集者に見せて意見を聞き、展開や構図などを調整した上で初めてペン入れに入る。
だが内山先生はネームを描いたことが一度もないという。原稿用紙にいきなり鉛筆でアタリをつけたらすぐにペン入れに入るのだ。エロ劇画誌の時代からずっとそうやってきたということで、『あんどろトリオ』のときもそのやり方を変えずに描いていたという。エロ劇画誌ではベテランでも、少年誌初連載の作家としては、これは異例中の異例だったといっていいだろう。
内山先生、今回は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
80年代初頭、マンガとアニメの世界がかつてないほど急激な拡大を見せ、マンガとアニメはこれからいったいどこへ向かって行くのか、それを多くの人々が模索していた。
そんなあのころの先進的なクリエイターたちの挑戦のひとつが美少女マンガ・アニメと呼ばれる作品群だったのだ。そしてそのブームの中でも特に異彩を放っていたのが、内山亜紀の『あんどろトリオ』と手塚治虫の『プライム・ローズ』だった。
時代の先端を走っていた2人は、この2つの作品でいったい何を語ろうとしていたのか。機会があればぜひこの2つの作品を読みくらべてみていただきたい。
さて、次回は美少女マンガ・アニメブームの完結編として、ブームの始まりから終焉までを俯瞰しつつ、手塚マンガに登場した美少女たちの系譜を振り返ってみたい。
それでは次回のコラムもお楽しみに!!
取材協力/稀見理都、青江ぷり子(チーム内山)
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
手塚マンガあの日あの時+(プラス)
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