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再録・手塚マンガあの日あの時 第5回:"悪魔のような男"はこうして生まれた -バンパイヤからMWへ-(その2)

2021/03/19

再録・手塚マンガあの日あの時 第5回:"悪魔のような男"はこうして生まれた -バンパイヤからMWへ-(その2)

写真と文/黒沢哲哉

手塚マンガというと、正義の心を持ったヒーローが活躍する活劇や、人間愛にあふれた感動的なドラマを思い浮かべる方は多いだろう。仮にそれを手塚マンガの"表の顔"とすると、実は手塚マンガにはもうひとつ、"裏の顔"ともいうべき作品群が存在する。それが、現在映画化されて公開中の『MW』に代表される、人間の"悪"を描いた一連の作品たちである。『MW』の主人公であり、あらゆる悪を内包した究極の"悪役"結城美知夫──。この悪魔のような人物が、いかにして誕生したのか。今回は『MW』が描かれた時代へとタイムスリップいたします!!

(※この記事は2009年8月当時の内容をそのまま再録したものです。記事内でご紹介した事実などはすべて取材当時のものとなります)


◎"同性愛"シーンの衝撃!!


『MW』の結城美知夫には、悪事を働く根拠として復讐心や欲望といった個人的な動機がない(少なくとも、それが動機の核心ではない)。いわば"純粋な悪人"であり、そうした意味で、『バンパイヤ』のロックのまさに直系の子孫と言える存在だ。


 さらにここでは少年誌という制約からも開放されて、悪を描く表現はより直接的なものになっている。
 中でも衝撃的だったのは、当時の社会常識では、今の状況からは考えられないほどタブー視されていたホモセクシュアル(同性愛)が主題のひとつとして登場することだ。
 近代以前の日本には、同性愛を性文化のひとつとして捉えるおおらかな風潮があったというが、明治以後の西洋化の流れの中でそれは次第に忌むべき行為とされてゆき、1970年代は、同性愛に対して社会がもっとも不寛容だった時代と言えるだろう。
 今回の映画版『MW』では、結城と賀来のホモセクシュアルな描写は暗喩的な表現にとどまっていたが、原作マンガ『MW』を読み解くには、こうした作品発表当時の同性愛をめぐる社会状況を見落とすわけにはいかないのだ。
 賀来が世俗を捨てて神父となった理由。そして神父となってなお、悩み苦しみながらも結城の悪事に加担してしまうという構図は、同性愛をタブー視する社会背景があってこそのものだからである。

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『MW』連載当時のカラー扉絵コレクション。2色カラーの扉絵は連載中4回あった(4色カラーはなし)。最終回は冒頭4ページが2色カラーだったが、本編にタイトル入れこみだったため、単独の扉はない

◎実際の事件をリアルタイムで"引用"

『MW』には、当時の世相や社会背景というものがリアルに切り取られている。そのいくつかを見てみよう。
 まず、講談社版全集でいうと第2巻の中盤あたり、賀来が結城の無差別殺人計画を心配する場面で、「毒入りチョコ」と「毒入りコーラ」という話題が出てくるが、これは1977年1月と2月に東京で起きた事件を指している。


 1977年1月、東京・品川で電話ボックスに置かれていたコーラを飲んだ男子高校生が死亡。そのすぐ近くでも47歳の男性が死亡しているのが発見された。死因はふたりとも、コーラに混入された青酸系毒物によるものと判明。
 またその翌月、2月14日のバレンタインデーに、今度は東京駅でチョコレートが大量に入ったバッグが放置されているのが見つかった。包装に不自然な点があったことからメーカーが調べたところ、全てのチョコから致死量の青酸化合物が検出された。
 手塚治虫は、この事件をすぐに『MW』に取り入れたわけだが、驚くのはその掲載号が、何と事件から1か月もたたない3月10日売りの『ビッグコミック』だったことだ。
 手塚マンガは、こうした現実とのセッションによるライブ感も大きな魅力のひとつとなっている。お読みになるときは、ぜひこの点にも注目していただきたい!!
 ちなみに、これら2つの事件はいずれも未解決のまま1992年に時効が成立している。

◎本当にあった毒ガス流出事故の恐怖!

『MW』の物語は、沖ノ真船島での毒ガス"MW"流出事故から始まるが、実はこれにもモデルとなった事故がある。
『MW』の連載が始まる7年前の1969年7月、沖縄の米軍基地・知花(ちばな)弾薬庫で、保管していた毒ガスが流出し、米兵24人が病院へ運ばれるという事故が発生した。
 流出したガスは、致死性のきわめて高い神経ガスのVXガスやサリン(当時はGBガスとも呼ばれていた)であり、CN、CS、DMといった催涙ガス類まで含めると、何とここには1万3000トンもの毒ガスが保管されていたことが明らかになったのだ。


『MW』の連載が始まったとき、毒ガスの恐怖は、決して絵空事ではなかったのである。


 また、講談社版全集でいうと、第1巻の後半から第2巻にかけて、結城美知夫に利用される過激派テロ集団の若者たちが登場するが、これも当時、世間を騒がせていた連続爆弾テロ事件が下敷きとなっている。
 1974年から1975年にかけて、東アジア反日武装戦線を名乗る過激派グループが、企業に対する爆弾テロ事件を相次いで起こした。
 その最初の事件が、1974年8月30日に東京丸の内で起きた三菱重工ビル爆破事件だった。真夏の昼下がりの午後0時45分、三菱重工東京本社ビルの玄関に仕掛けられた時限爆弾が爆発、8名が死亡し385人が重軽傷を負った。

 当時、東京のビジネス街としての機能は、ほとんどが大手町・丸の内周辺に集中していた。だから、東京のサラリーマンの多くがここで働いており、東京に暮らす人々にとっては、この事件は心臓を撃ちぬかれたようなショックだったのである。

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三菱重工ビル爆破テロ事件を報じた『週刊朝日』1974年9月13日号。血まみれのOLたちの写真が生々しい

sai_anohi05_06.jpg沖縄米軍基地の毒ガス流出事故を報じた『週刊文春』1969年8月11日号の記事。僕らは毒ガスの恐ろしさをあらためて知った

◎結城が現代に甦った意味は!?


 一見、ばらばらに見えるこれらの出来事を結びつけることで、手塚治虫は、結城美知夫という前代未聞の"悪党"を生み出した。
 正直言うと、僕の印象では、連載当時は、この結城美知夫というキャラクターはあまりにも異端すぎて拒否反応を示す人が多かったように思う。
「こんな悪魔のような人間が実在するはずがない」「いくら何でもやり過ぎだ」など。


『バンパイヤ』のロックに憧れていた僕にはそれほどの拒否感はなかったが、それでもやはり、結城の気持ちが理解できるところまではいかなかった。

 ところがその10数年後、あのオウム真理教事件が起きた。無差別殺人を現実に実行してなお、テレビカメラの前で平然としている彼らの厚顔さ。僕らはそこにはっきりと、あの結城美知夫の影を見た! そう、手塚が描いた悪魔のような人間は本当に実在したのである。

 そしてふたたび時は流れ、『MW』の連載から30数年の歳月が流れた。僕らは今、『MW』の時代とも、オウムの時代とも違う新たな社会不安の中を生きている。

 そんな今、映画とともに甦った結城美知夫(映画では結城美智雄)は、現代の僕らに、いったい何を伝えようとしているのだろうか。

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sai_anohi05_08.jpgsai_anohi05_09.jpg『MW』の第21章以降は、単行本化の際に、かなり大胆にページやエピソードの順番が入れ替えられている。その際カットされたシーンに、何と手塚治虫本人が登場していた。結城が金庫破りの名人を脱獄させるシーンの前後の部分である

(初出:2009/08/05)


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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