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手塚マンガあの日あの時+(プラス) シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第2回:スーパーマンの復活とE.T.降臨!

2022/05/06

シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第2回:スーパーマンの復活とE.T.降臨!

写真と文/黒沢哲哉

手塚治虫は時代ごとのブームをどのように作品に取り入れて行ったのか? を探るシリーズコラム、SFブーム編の第2回です。
 現代でも名作として評価の高いジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』とスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』は日本で公開されるや否や、当然のようにブームを生み出しました。
 SFと映画をこよなく愛する手塚治虫が、このブームを見逃すわけはなく...


◎二番煎じ映画が本家より先に公開!?


『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』のヒットは、すたれかけていたSF映画というジャンルに活力を与えた。そして数多くの傑作とそうでない作品を世に送り出した。
 日本では本家『スター・ウォーズ』がいまだ日本で公開される前に二番煎じ的スペースオペラ作品が何と2本も特急で作られた。まず東宝が作ったのが70年代にゴジラシリーズを多く手がけた福田純監督の『惑星大戦争』(77年12月公開)。一方東映は原案を石森章太郎(石ノ森章太郎)と野田昌宏に仰ぎ大作映画『宇宙からのメッセージ』(78年4月公開)を作った。しかし両作品とも内容的にも技術的にも旧態依然とした作品で、残念ながら便乗作品の域を出るものではなかった。
 ちなみに『スター・ウォーズ』は日本では当初『惑星大戦争』という仮タイトルで呼ばれており、日本で公開する際にもこの邦題をつける予定だったという話がある。だけど先に東宝にそのタイトルを使われてしまったために『スター・ウォーズ』になったとも。もっともこれが事実だったとしても、結果的には良かった気がするが......。

◎懐かしのヒーローが新作映画で復活!

 アメリカの古典的スーパーヒーローが活躍する『スーパーマン』(79年6月公開)や、60年代にアメリカで放送されたSFテレビシリーズ『宇宙大作戦』を映画化した『スター・トレック』の第1作(80年7月公開)が作られたのも、この時代のSF映画ブームの流れの中でのことだった。後に『スパイダーマン』や『アヴェンジャーズ』などにつながっていく50~60年代ヒーロー復活の源流は、まさしくこの時代にあったのだ。
 ところでどこからどう話が持ち込まれたのか、手塚はこの映画『スーパーマン』の公開に合わせて発売されたノベライズ本の翻訳を手がけている。とはいえ手塚は翻訳の専門家ではないので名前を貸しただけらしく、手塚のあとがきによれば、どうやら実際の翻訳は翻訳家の浅倉久志がほとんど手がけたようだ。

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手塚治虫が翻訳としてクレジットされているエリオット・マッギン著『原作 スーパーマン』(1979年、講談社刊)


 出版社としては過去のヒーローであるスーパーマンの映画が当たるかどうか自信がなく、手塚治虫の名前を借りて本を売りたいという意図があったのだろう。しかし畑違いの手塚がその仕事をなぜ引き受けたのかは謎である。これは推測だけど、手塚にとってはようやく訪れたひさびさのSFブームを後押ししたい、そして自分もそこに少しでも関わりたい、そんな思いがあったのではないだろうか。
 ちなみに『スーパーマン』は第1作と同じクリストファー・リーブの主演で80年に続編の『スーパーマンII 冒険篇』が公開されている。その翌年に発表された手塚の『七色いんこ』の中にスーパーマンがワンカットだけ出演しているので紹介しておきましょう。

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『七色いんこ』「ピーターパン」より

◎"特撮"から"SFX"へ!

 ちなみにこの時代のSF映画ブームの中では新たな言葉も生まれている。映画の特殊効果を意味するスペシャル・エフェクトを略した「SFX」という言葉だ。それまで日本語では特殊効果撮影を略して「特撮」と呼ぶのが一般的だったが、それまでのミニチュア撮影や映像の合成技術だけでなく、あらゆる最新技術を駆使した映像技術をひっくるめてSFXと呼ぶようになったのだ。
 この言葉は当時アメリカで使われ始めていた言葉を映画評論家の中子真治が日本へ輸入して広めたとされている。それがいつのことだったのかは突き止められなかったが、78年12月発行のSF専門誌『スターログ』創刊3号で「SFX大作戦」という特集が組まれており、恐らくこのころからSFファン界隈でぽつぽつと使われ始めたものと思われる。

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 中子真治はその後83年と84年に『SFX映画の世界』という2冊の本を著し、SFXという言葉をさらに広めた。
 そして手塚も『キネマ旬報』(86年4月下旬号)に発表した「ルーカス・フィルム見学記」の中ではごく普通に「SFX」という言葉を使っているので、このころにはもうすっかり一般的な言葉になっていたことがわかる。

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◎ディズニー映画チルドレンの作ったファンタジー!

 さて『未知との遭遇』をヒットさせたスティーヴン・スピルバーグは80年にまたまた新たな話題作『E.T.』を世に放った。これは地球に落ちてきた宇宙人が少年と友達になるというロマンチックな作品で、日本人好みの"泣ける"映画だったことからまたまた大ヒットとなる。

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映画『E.T.』プログラム


 手塚は、「これはあきらかに"現代"で色づけされたディズニー映画だ」と言いきり、当時のエッセイの中で自分自身の作品と比較しながらこう書いている。


「スピルバーグ監督は『激突!』や『ジョーズ』でみせたバイオレンスな感覚をなぜか『未知との遭遇』以来ひっこめて、かわりにディズニー調という、ノスタルジア趣味で包み始めた。『未知との遭遇』には『ピノキオ』の『星に願いを』の曲が流れるし、今度の『E.T.』でも、全体に流れるヒューマニズムや子どもの扱い、泣かせ場、特に空を飛ぶ自転車とそのバックに大きな月、なんて構図は、どうみてもディズニーなのだ。
 それに、はっきりいわせてもらえば、この子どもと宇宙人のからみは、僭越(せんえつ)ながらぼくのマンガに昔から登場した、よく"手塚流ヒューマニズム"と、うさん臭く呼ばれているタッチなのだ。それはぼくがディズニー映画から強い影響を受けたものだが、はからずも、スピルバーグもぼくと同じ影響を受け、同じ感覚をもちあわせたものとみえる」(『アサヒグラフ』82年11月5日号所収「ディズニー調の人情SF『E.T.』」より)

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◎『ブッダ』にE.T.がゲスト出演!?

 この手塚の文章からは、同じディズニーの影響を受けた作家として、スピルバーグに対するかなりの対抗心が見え隠れする。
 手塚はライバルと認識した作家の作品を自分の作品の中でパロディ的に描くことが間々あるが、やはりというべきか、『ブッダ』の中にはE.T.がゲストで出演している場面がある。このカットではさらに『スター・ウォーズ』のヨーダと『うる星やつら』の錯乱坊が夢の共演を果たすという、カメオ出演ながら豪華キャストのコマとなっている。
 また別のくだりでは、登場人物に『E.T.』という映画のタイトルまで口走らせているのにも注目していただきたい。

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以下『ブッダ』より、『E.T.』への目配せをご覧いただこう

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◎E.T.より前に描かれたE.T.のパロディ!?

 それからもうひとつ。80年7月から12月にかけて『ヤングマガジン』に連載された『こじき姫ルンペネラ』という作品がある。

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『こじき姫ルンペネラ』第1話のトビラと冒頭カット。本編の1コマ目、宇宙空間に浮かぶ文字が画面奥へ流れていくのは『スター・ウォーズ』のオープニングのパロディ


 この作品は連載第1話の冒頭が『スター・ウォーズ』のオープニングタイトルのパロディから始まるというコメディタッチのSF作品である。この連載の最終回、ヒロインのランプの精ルンペネラと大学浪人の学生陣内が別れの挨拶を交わす場面でふたりはお互いの指先を触れ合って心を通わせる。これは明らかに『E.T.』のパロディだろう。だけど『ルンペネラ』が発表されたのは前述したように『E.T.』の公開より2年も前だ。いったいどういうことなのか?

 手塚プロ資料室の田中創さんに問い合わせたところ、すぐに次のようなお返事をいただいた。

E.T.のシーンは、全集(初単行本)収録時(1984年)に描き下ろしたものです。
全集(タイガーブックス8)のp207以後は、ほぼ描き下ろしです。
添付が最終回最終ページで、これの前のページが全集のp206です。
ルンペネラ自身も首から上を全部描き直してます。

 例によってこのシーンは講談社版手塚治虫漫画全集で初単行本化される際に手塚先生が加筆したページだったんですね。田中さんご指摘のようにルンペネラの顔と髪型、陣内の顔も連載と単行本ではかなり変わっています。

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『こじき姫ルンペネラ』雑誌連載時の最終ページ原画。

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講談社版手塚治虫漫画全集版『こじき姫ルンペネラ』。1ページであっさりと終わっていたラストを3ページに伸ばし、『E.T.』パロディも入れつつ2人の別れの場面が余韻たっぷりに描かれた


 さて次回は、手塚先生も協力するハズだったSF映画超大作のお話です。ではまた次回!!


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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