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手塚マンガあの日あの時+(プラス) Theインタビュー:『手塚治虫とトキワ荘』の著者、中川右介の執筆手法を探れ!! 第2回: テリトリーは気にしない! 縦横無尽な在野精神!

2021/11/23

Theインタビュー:『手塚治虫とトキワ荘』の著者、中川右介の執筆手法を探れ!! 第2回:テリトリーは気にしない! 縦横無尽な在野精神!

写真と文/黒沢哲哉

第1回からひきつづき、『手塚治虫とトキワ荘』著者、中川右介氏の執筆手法をインタビューで御紹介する第2回目。紹介の作品のみならず、中川氏にはクラシック音楽から日本の歌謡曲、映画界まで幅広いジャンルを手掛ける理由もうかがってみました。


◎何でも知りたがるタイプ

 さて、中川氏がこのように綿密な文献調査を基本として本を書くというスタイルを確立した根本はどこにあるのか。それをうかがってみた。

「ぼくはね、いろいろと知りたいタイプなんですよ。トキワ荘について書くとなると、普通はトキワ荘に手塚先生が入居して、その後寺田さんが住んで......というところから語り始めるのが普通だと思います。だけどぼくとしては、それ以前のことも知りたい。手塚先生がどういう風にしてマンガ家になったのか、そしてどんな経緯でトキワ荘に入居したのか。他のマンガ家たちはいつどこで手塚マンガと出会って、その後にトキワ荘に集まることになったのか、そこもぜひ書きたいと思ったんです。

 さらにそうやって調べていくと語らなければならないことがどんどん増えてくるんです。たとえば講談社の成り立ちを調べると、そのころライバルの小学館はどうだったのかが気になってくる。そこでそっちを調べてみると偶然にも社長の交代時期がほぼ同じだったりとか、さまざまなことが見えてくるんです。ではそのとき手塚治虫はどこにいて何をしていたのかと。それを調べるとこれまた新しい事実が見えてくる。

 この本は最初の予定ではこの半分以下の分量で半年くらいで書き上げるつもりだったんですけど、結果的には1年半をかけて(その間、別の本も執筆していましたが)こんなに分厚い本になってしまいました(笑)」

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◎在野の作家ならではの自由度

 中川氏のこうした知りたがり精神は、執筆した本のジャンルの幅広さにも現れている。その代表作をいくつか並べてみると、

『松田聖子と中森明菜』(2007年、幻冬舎

『カラヤンとフルトヴェングラー』(2007年、幻冬舎)

『歌舞伎座物語 明治の名優と興行師たちの奮闘史』(2010年、PHP研究所)

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『江戸川乱歩と横溝正史』(2017年、集英社)

『阿久悠と松本隆』(2017年、朝日新聞出版)

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『萩尾望都と竹宮惠子 大泉サロンの少女マンガ革命』(2020年、幻冬舎)

『アニメ大国 建国紀 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(2020年、イースト・プレス)

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『プロ野球「経営」全史 球団オーナー55社の興亡』(2021年、日本実業出版社)

『市川雷蔵と勝新太郎』(2021年、KADOKAWA

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 このラインナップを見ると、あまりの振れ幅の大きさに驚く。さらに『カラヤンとフルトヴェングラー』や『江戸川乱歩と横溝正史』のように、ひとりだけを語るのも並大抵のことではないのに、その世界の巨人を2人(あるいはそれ以上)並べて語るというのも中川氏の本の基本的なスタイルになっている。これについてうかがうと......、

「そうね、他の人はこんな面倒なことはやらないだろうな、と思いながら書いていますね(笑)。

 あと、学者の世界だと自分の専門分野というものがあるから、そこから踏み外せないんです。それは能力的に書けないのではなく、たとえば明治は明治史の専門の先生がいるから、そのテリトリーを荒らしちゃいけないってなるわけ。

 日本史を研究している先生であれば専門は幕末でも、戦国時代についても普通の人よりはるかに詳しいはずじゃないですか。でもそれは書いちゃいけないんですね。

 じつはこれはマンガ研究の世界も同じで、手塚治虫専門っていうふうに銘打って研究されている方は当然石ノ森先生についても普通の人よりは詳しいはずだけど、そちらはあまり書かない。

 だけどぼくは完全に在野の人間ですから(笑)、そういうことを気にせず書けるわけ。もちろん批判されたこともありますよ。マンガ関連の本ではなかったですが、歌舞伎の本のときにはありましたね。

 あと『松田聖子と中森明菜』のときにはファンからお叱りを受けました。松田聖子ファンはあの本を読んで「この本は中森明菜をひいきしていてけしからん」と言うんです。で、中森明菜のファンは「この本は聖子ちゃんばかり良く書いてる」って言うんですね。しかしぼくはむしろこの意見を聞いて中立に書けたという自信を深めました(笑)」


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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