2021/04/30
写真と文/黒沢哲哉
『マグマ大使』の読みを再発見しようというコラム「手塚マンガに新たな光を! 『マグマ大使』編」第2回。前回はマグマたち「味方」に焦点をあてて考察を試みましたが、今回は「敵側」のキャラクターにもスポットを当ててみます。既読の方なら絶対に印象に残っている「人間モドキ」とは、いったい何者なのか? 当時の社会情勢も振り返りつつ、考えてみましょう。
前回はヒーローらしからぬ"変形"ヒーローとしてのマグマ大使の魅力を紹介したが、今回は宇宙人ゴアが地球へ送り込んだ複製人間・人間モドキに注目してみよう。じつは彼らもまた他のヒーロー作品ではあまり見かけないタイプの悪役なのだ。
人間モドキとは、ゴアが地球へ送り込んだ複製人間だ。見かけは実在の人間そっくりに作られていて、それが人知れずひとりまたひとりと本物の人間と入れ替わっていく。
彼らは人間を模しているだけなのでひとりひとりに個性はない。悪役としての立ち位置は下っ端も下っ端で、『仮面ライダー』や東映のスーパー戦隊シリーズの中では集団でヒーローに襲いかかっては次々と倒されていくザコ戦闘員に近い存在と言えるだろう。
ところが『マグマ大使』の中ではこのザコ戦闘員がじつに怖いのだ。
たとえば、物語が始まって間もなくのこと、ゴアの円盤を尾行していたガムが謎の島へ迷い込んでしまう場面がある。ガムはそこで人間モドキたちが人間社会に慣れるための訓練している姿を目撃してしまうのだ。
彼らは誰も見ていないところではまるで感情のない人形のような存在なのだが、ガムが目を向けるとその瞬間に笑顔になって談笑を始める。
現実世界でも、軍事国家がスパイや工作員を養成するために、秘密の場所にこうした本物そっくりの町を作り、そこでごく普通の生活をさせてスパイを養成するということは本当にある。特に『マグマ大使』が発表された1960年代後半はアメリカとソ連が対立する東西冷戦の真っ只中であり、こうした恐怖もよりリアリティを持って感じられたことだろう。
そんな人間モドキたちは島での訓練を終えると次々と人間社会へ入り込んでいく。そしてひとりまたひとりと本物の人間と入れ替わっていくのである。
やがてその魔の手はまもるの身辺にも及ぶ。ゴアの攻撃で荒廃した東京から逃れて長野に疎開したまもるは、そこで母親と再会するのだが、じつはまもるの母もこのときすでに人間モドキと入れ替わっていたのだ。
まもるが最初に母親と対面したときに感じたささいな違和感。それがだんだんとふくらんでいき、やがて確信に変わる。
最愛の人さえもがまるで信用できなくなっていく恐怖。どこまで逃げても安全な場所などどこにもない。これこそが人間モドキの真の恐怖なのである。
この人間モドキの恐怖が最高潮に達したのが、単行本では第13章となる「ふたりのゆき枝」と題された章だ。この章ではまもるとその父親の村上記者が、人間モドキに追われて山奥の寺へ逃げ込む場面がある。
そこでふたりが出会ったのは、何ともうひとりのまもるだった! それだけではない。その寺には顔も体つきも瓜二つの2人の少女がいた。寺の住職によれば、その少女・ゆき枝は住職の娘で本来は双子ではなくひとり娘なのだという。ところがある日からなぜか2人になってしまっていたのだ。
ふたりのまもるとふたりのゆき枝。もちろん両方ともどちらかひとりが人間モドキに違いないのだが、果たしてどっちが本物なのか......!?
『マグマ大使』というと、マグマと怪物たちの激しい戦いが注目されがちだけど、じつはこの人間モドキとの腹のさぐり合いや、彼らが静かに迫りくる恐怖とサスペンスの魅力はとても大きい。人間モドキは『マグマ大使』を単なるヒーロー活劇ではない独自の存在感のある作品とした影の立役者なのである。
これは余談だけど、2020年4月頃、ツイッターであるツイートが話題になったのをご存知だろうか。元ネタはアメリカ在住のロシア人のツイートだったらしい。
「先日、うちの猫が消えた。1週間前に見つけたので連れて帰ってきた。今日、猫が帰ってきた。現在、同じ猫を2匹飼っている」
そしてこのツイートには瓜二つの2匹の猫の写真が添えられていた。確かに2匹はどう見ても同じ猫で、飼い主が見ても見分けがつかないのだから実物も本当に瓜二つなのだろう。ということは、この2匹のうち1匹は......!?
ちなみに『マグマ大使』の連載が始まった1年後の1966年7月、ピー・プロダクションの製作で実写特撮ドラマとしてテレビ放送も始まった。
このテレビ版『マグマ大使』もとても良く出来た作品で、人間モドキの怖さはこちらでもじつにうまく表現されていた。
テレビドラマには原作にはいない、まもるの父親の同僚の木田記者という登場人物がいたのだが、彼がある日突然、人間モドキと入れ替わってしまうのだ。
何度もまもるを助けてくれた信頼できるはずの木田記者がじつはニセモノ! テレビを見ているぼくらはそれを知っているのに、まもるたちはそのことにまったく気付いていない!
当時の特撮ヒーローの多くが毎週、出現した怪獣を倒して終わりとなる中で、『マグマ大使』では、こんなハラハラドキドキの展開が数週間にわたって延々と続いたのである。
その人間モドキの特撮表現も凝っていて、原作マンガの人間モドキは倒されると液状になって溶けるが、テレビドラマでは溶けた体が水色のゼリー状になってグツグツと崩れていく表現が使われていた。これがまた人間モドキの不気味さを見事に表現した恐ろしい場面だったのだ。
ところで『マグマ大使』の連載当時、手塚はアニメ制作会社「虫プロダクション」を創設して自らアニメ制作の最前線に立っていた。なのになぜ『マグマ大使』は虫プロが制作せずにピー・プロダクションに委ねられたのか。その経緯については過去の↓こちらのコラムで紹介しています。
・手塚マンガあの日あの時 第14回:『マグマ大使』と特撮怪獣ブームの時代
さて次回は『マグマ大使』の新たな魅力を掘り起こすシリーズの最終回として、われわれの想像をはるかに超えるこの作品の大きな大きなテーマについて話したいと思います。手塚マンガならではの大風呂敷はいったいどこまで広がるのか。お楽しみに!
そして今回もオマケとして懐かしのマグマ大使グッズをご紹介しよう。今回は特撮テレビドラマに関連した商品の数々をご覧ください。
それではまた!!
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
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