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手塚マンガあの日あの時+(プラス) シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第1回:『スター・ウォーズ』とスペースオペラの復権!

2022/04/01

シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第1回:『スター・ウォーズ』とスペースオペラの復権!

写真と文/黒沢哲哉

 手塚治虫のマンガは発表された時代の流行を敏感に取り入れながら描かれていました。そこで今回から手塚マンガとブームの関わりを振り返る企画をシリーズでスタートいたします。第1弾は1977年に公開された映画『スター・ウォーズ』とそこから始まったSFX映画ブームについて深堀りしてみましょう。


◎日本のSFファンは公開まで1年も待たされた!

 ジョージ・ルーカス監督・脚本による映画『スター・ウォーズ』の第1作が日本で初公開されたのは1978年6月24日のことだ。日本のSFファン・映画ファンにとって、それは文字通り首を長くして待ちに待った待望の公開だった。
 というのは、この映画はアメリカ本国では日本公開より何と1年も前の1977年5月25日に公開されていたからだ。

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映画『スター・ウォーズ』公開当時のチラシ

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映画『スター・ウォーズ』プログラム

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カナダのThinkway Toys社製C3-POとR2-D2のトーキング貯金箱


 そして同時期にもう1本、SFファン、映画ファンが公開を待ち望んでいたSF映画があった。スティーヴン・スピルバーグ監督・脚本の『未知との遭遇』である。この映画もアメリカ公開は77年11月16日で、日本公開は78年2月25日と3か月以上もの遅れがあった。
 公開までの間、日本にはこの2本の映画がいかに面白いか、そしてアメリカの若者の心を捉えているかを伝えるニュースだけが入ってきていた。日本の映画雑誌やSF雑誌はそんなアメリカの記事を翻訳し、わずかなスティル写真を添えてこれらの映画を繰り返し紹介していた。しかしそれでも満足できない人たちの中には、この映画を見るためにわざわざアメリカへ行く人まで現れた。

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78年8月1日発行の『スターログ日本版』創刊号。巻頭特集はもちろん『スター・ウォーズ』

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映画『未知との遭遇』プログラム

◎手塚治虫、映画見たさにロスへ飛ぶ!

 その待ちきれないひとりが手塚治虫だった。以下、当時の手塚のエッセイから引用しよう。
「ぼくは大みそかも近いころ、アメリカへ飛んだ。そして、大みそかの夜、日本へ帰ってきた。ほんの数日、ロスに滞在しただけである。それも、目的は、映画をみるためだった。目的はただふたつ。『スター・ウォーズ』と、この映画(黒沢注:『未知との遭遇』のこと)。つけたしの仕事もあるけれど、正真正銘、このふたつがみたいために出掛けたのだ。事の起こりは、石上三登志ダンナが年末にハワイへ行って、この映画をみてくると、のたまったからだ。『スター・ウォーズ』を伊藤典夫ダンナや野田大元帥がみちまった後塵を拝するのはゼンゼン気がすすまないから、『未知との遭遇』のほうこそだれよりも一番乗りしてみてやるのだ。SF映画にハマると、こういうバカな競争もやらなけりゃァならんのですぞ。もうすぐ日本でも封切るというのに。」(『SFマガジン』78年3月号所収「宇宙的ヒューマニズムの謳歌『未知との遭遇』」より)
 以下、手塚はこのエッセイの中で『未知との遭遇』の物語をネタバレスレスレ(一部アウト?)まで詳しく紹介しながら、この映画の魅力を熱く語っている。
 このエッセイの載った『SFマガジン』が発売された時点ではまだ映画を見ていない人がほとんどだったはずで、「手塚先生、もうそのへんでやめてください!!」と絶叫していた読者も多かったに違いない。だけどこのときの手塚は、読者への気配りよりも、この映画を見た感激と興奮の方がはるかに大きかったようだ。

◎SF映画冬の時代に春が来た!?

『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』は日本でも公開されるや大ヒットとなった。この2作がここまで注目されたのは、SFファンが待ち望んでいたひさびさのSF映画大作だったからだ。
 SF映画は50年代から60年代にかけて一度流行した時期があった。だけどあまりにも量産され過ぎたためか、日本だけでなく世界中で飽きられていき70年代にはすっかりすたれてしまっていた。
 その70年代にSFに代わって人気が集まったのがパニック映画だった。墜落寸前の旅客機内の恐怖を映画いた『大空港』(70)、転覆した豪華客船からの脱出を描いた『ポセイドン・アドベンチャー』(72)、超高層ビルの火災を描いた『タワーリング・インフェルノ』(75)など。SF映画で培われた特撮技術を駆使したスリル満点の映像は遊園地の絶叫マシン感覚でもてはやされ多くの観客の足を映画館に運ばせた。スピルバーグの出世作となった『ジョーズ』(75)も巨大なサメが人間を襲うパニック映画だった。


 そのパニック映画もマンネリ化して食傷気味になったころに突如公開されたのがこの2本の大作SF映画だったのである。しかも『スター・ウォーズ』は当時すでに古臭いと思われていたスペースオペラ作品だった。


「スペースオペラ」とは宇宙を舞台にした冒険活劇である。1928年にE・E・スミスの小説『宇宙のスカイラーク』が発表され、37年には同じスミスの『銀河パトロール隊』(のちの「レンズマン」シリーズ第1作)が発表された。そして40年にエドモンド・ハミルトンの小説『キャプテン・フューチャー』シリーズが始まると同様の作品が数多く世に出るようになった。これら一連の作品がやがてスペースオペラと呼ばれるようになったのだ。スペースオペラの特徴は、未来世界が舞台でありながら騎士道物語や西部劇、メロドラマなどの通俗的なストーリーを下敷きにしていることだ。


『スター・ウォーズ』はこの古色蒼然としたSFジャンルを当時最新の映像技術を用いて映画化したことで、若い人にとっては「こんな面白い世界があったのか!」という新鮮な驚きをもたらし、昔からのSFファンには忘れかけていたいにしえの感動と興奮をよみがえらせた。パニック映画にはとうてい描けない夢とロマンあふれるSF映画の魅力、この映画はそれを多くの人に再認識させたのである。

◎手塚流スペースオペラを見よ!

 手塚が『スター・ウォーズ』を見た影響はすぐにマンガに反映された。『スター・ウォーズ』日本公開より前の78年4月、手塚は『週刊少年マガジン』で『スター・ウォーズ』に真っ向勝負を挑むかのようなスペースオペラ作品の連載を始めたのだ。
 それが『未来人カオス』だ。親友の裏切りに遭い、宇宙の最果ての流刑地へ流された青年が、星々を友情の絆でつなごうとするお話だ。
 SFというジャンルそのものがあまり歓迎されない時代を長く過ごしてきた手塚にとって、SFを堂々と連載できる時代がやっときたと思ったに違いない。

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『未来人カオス』連載第1話トビラ


『未来人カオス』をあらためて読み返してみると、手塚がこの作品に大いに入れ込み乗って描いている様子がよく分かる。
 そんな見所のひとつが個性豊かな宇宙人たちのデザインだ。『スター・ウォーズ』には個性的な宇宙人がたくさん出てくるが、手塚もそれに負けじと張り切って造形したキャラクターたちが数多く登場する。そんな彼・彼女たちの何ともユニークで愛らしく魅力的なことだろうか。

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これ以下の画像6点すべて『未来人カオス』より。さまざまな宇宙人のユニークな造形に注目していただきたい

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 またこのマンガを読んですぐに『スター・ウォーズ』の影響だと気づくのが、宇宙船の描き方だ。それまでの手塚マンガに多く見られた流線型のロケットから一転、機体の表面に様々なパーツを貼り付けたような複雑な形の宇宙船に変わったのである。

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以下4点は『未来人カオス』に描かれた宇宙船の数々。画面の構図から宇宙船の細部の表現まで明らかに『スター・ウォーズ』を意識しているのがうかがえる

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 ただしこれは手塚マンガに限ったことではなく、『スター・ウォーズ』の宇宙船やロボットなどのメカの造形は多くの映画やマンガに強い影響を与えた。それが普通になってしまった現代から見るとなかなか理解しにくいのだが、『スター・ウォーズ』のメカデザインはそれ以前のメカデザインを一気に古びさせてしまうほどのインパクトがあったのだ。

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 さて、次回は『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』のヒットから始まった新たなSF映画ブームの時代を振り返ります。


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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