写真と文/黒沢哲哉 地図/しげとも(手塚プロダクション) 絵/MJ・K(手塚プロダクション)
招待状に導かれ、『ブラック・ジャック』アナフィラキシーの舞台・横田基地周辺をめぐる虫さんぽ+、第3話はのこる一つのキーワードを調査! アメリカならではのグルメもご紹介します!
さいたま緑の森博物館で2つ目のキーワードの謎を解き、ぼくはふたたび横田基地沿いの国道16号線=福生ベースサイドストリートへ戻ってきた。
気がつくと横田基地のゲートの看板に灯りがともり、「U.S.AIR FORCE」という文字が夕闇に青々と浮かび上がっていた。
残るキーワードは1つ。「Di」とはいったい何のことなのか。
それにしてもお腹がぺこぺこだ。福生アメリカンハウスを出た後、どこかでお昼にしようと思いながら16号線を歩いていたところ、いきなりアメリカ軍の憲兵に誰何され、ショックのあまり昼食を食べそびれていたのだ。
どこかに食事ができるお店はないかと探しながら歩いていたところ、"ダイナー"と書かれた看板が目に止まった。
「ダイナー(diner)」とはサンドイッチやハンバーガーなどを提供する簡易食堂で、アメリカで1950年代から60年代にかけて流行したスタイルのお店である。当初は電車の食堂車やトレーラーハウスを流用した簡素な店が多く、店内がうなぎの寝床のように細長いことが特徴だった。1982年にはそんないにしえのダイナーを舞台としたアメリカ映画『ダイナー』(監督:バリー・レヴィンソン、主演:ミッキー・ローク、日本公開は1984年)も公開されている。
ちょうどいい、ここにしよう。
そう思って店内へ入る。お店の名前は「デモデダイナー 福生店」である。
ぼくはこのお店の定番の人気メニューだという「ベーコンチーズバーガー」と「ベリーライチグレープフルーツ」ドリンクを注文した。
先に届いたドリンクを飲みながら店内を見回してみた。夕食には少し早いため店内は空いている。清潔で広々としているが、装飾やインテリアなどはまさしく50~60年代アメリカのダイナーをイメージしたものになっている。
と、そのときだ。ぼくはハッとした。この店内の景色に既視感があったからだ。この雰囲気、どこかで......。ぼくはカバンから『ブラック・ジャック』の単行本を取り出し、あるページを開いた。その瞬間、「ここだ!」という言葉が思わず口をついて出た。
そのページとは『ブラック・ジャック』「アナフィラキシー」の中盤、息子が死んだことにより冷静さを失ったメイスン大佐が車で横田基地を飛び出し、B・Jの行方を追いかける。
その次の場面、メイスン大佐は道路脇のレストラン前に駐車されたB・Jの車を発見し、銃を持ってその店に飛び込む。
まさしくその場面、B・Jのいたお店はアメリカンダイナーではないだろうか。
そう思いながらあらためて店内を見回すと、マンガのイメージがよりリアルに感じられてくる。
やがて目の前にハンバーグとベーコンがてんこ盛りとなったベーコンチーズバーガーが運ばれてきた。店員さんによると「ナイフとフォークもご用意しておりますが、こちらのバーガー袋を使って手づかみで食べるのがおすすめです」とのことだ。
バーガー袋というのは四角形の2辺が袋状になった紙ナプキンで、油や水分が染みないように片面にツルツルのコーティングがされている。おすすめ通りこのバーガー袋の中に分厚いハンバーガーをぎゅっと押し込んで、思い切りかぶりついた。
これはうまい!
バーガーの肉は粗挽きの赤身肉で、いかにもお肉を食べているという充実した食感が味わえる。
個人的な話だけどぼくはかつて90年代にミリタリーコミック雑誌で編集長をしていたことがあって、厚木基地など各地の基地祭を取材した際に、アメリカ兵が作った"本物の"アメリカンバーガーを食べたことが何度もある。このお店のハンバーガーも、まさにそのとき食べたのと同じ本場の味だった。
さらにそこへチーズとベーコンのコクと塩気が加わって、甘いドリンクとの相性もバッチリだ。これはお酒やビールにもよく合うことは間違いないだろう。
マンガの中でダイナーのカウンターに座っていたB・Jはストローの立ったソフトドリンクしか飲んでいなかったが、もしかしたらそのドリンクを飲む前に、こんなアメリカンなハンバーガーを食べていたのかも知れない。
お店を出ると、基地の町はすっかり夜の帳に包まれていた。
お店の看板のネオンと16号線を行き交う車のヘッドライトやテールランプの光が幻想的に入り混じり、昼間にも増して外国を歩いているような気持ちになってくる。
最後にぼくは、福生アメリカンハウスの五十嵐さんからうかがった、かつてアメリカ兵で賑わっていたという飲食店街を歩いてみることにした。
その飲食店街は福生駅から東へ200メートルほど歩いたところの細い路地にある。このあたりは今も多くの飲食店が建ち並んで賑わっているが、今は中華料理や韓国料理、アジア料理などのお店も多く、アメリカ風というよりは無国籍な町並みとなっている。しかしここが『ブラック・ジャック』「アナフィラキシー」の舞台となった70年代までは、ここも16号線沿いと同様にアメリカ兵向けのお店が多く立ち並ぶアメリカンな場所だったのだ。
さてこうして今回も3つのキーワードすべての謎を解くことができた。最後のキーワード「Di」は「ダイナー」の「Di」だったのだ。
ちなみに今回作品の舞台を訪ね歩いた『ブラック・ジャック』第4話「アナフィラキシー」であるが、このお話は連載当時初めてのカラー回だった。
『ブラック・ジャック』は当初4~5回の短期連載予定だったが、手塚はこのカラー回に全力投球し、その本気の意欲とブラック・ジャックというキャラクターの魅力は読者にも編集部にも確実に伝わったに違いない。
その結果、連載は継続されることとなり『ブラック・ジャック』は手塚マンガの70~80年代を代表する名作へと成長していったのだ。
今回の虫さんぽ+(プラス)は、ブラック・ジャックというひとりの無名俳優が世に知られることとなり、やがてビッグスターへの階段を駆け上がっていく。そのスタート地点を目撃する旅だったのである。
それではまたいずれ、新たなさんぽでご一緒いたしましょう!!
※虫さんぽ+(プラス)の定期連載は今回で終了いたします。今後は不定期に掲載される予定ですので、その際はぜひまたおつきあいください。
協力/デモデダイナー福生店
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
■バックナンバー
虫さんぽ+(プラス)
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・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!
・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!
・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!
・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?
・洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!
・北海道・道南-道東横断編 第1話:標高550メートルの山頂でヒグマに囲まれる!?
・北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!
・北海道・道南-道東横断編 第3話:財宝が隠されている神秘の湖はココだった!!
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第1話:早稲田で乗せた老女は幽霊だったのか!?
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第2話:杉並から早稲田へ、時限爆弾を追え!?
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第3話:ニセ警官はタクシーで庚申塚を目指す!!
・北海道・道東-道央-津軽海峡編 第1話:鉄格子の中から愛を込めて!?
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