虫ん坊

再録・虫さんぽ 第6回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(前編)

2021/03/22

再録・虫さんぽ 第6回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(前編)

写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/野村正

 手塚治虫先生と手塚マンガにゆかりの地をぶらりとお散歩するこのコーナー。今回は、埼玉県飯能市にある鉄腕アトム像とその周辺を歩きます!

(※この記事は2009年9月当時の内容をそのまま再録したものです。記事内でご紹介した施設や事実などはすべて取材当時のものとなります)


◎アトム像の仕掛け人を直撃!


 池袋から西武池袋線急行で43分。埼玉県飯能市の飯能駅に到着します。ここからおよそ1.3kmの場所にある市の中央公園に、今まさに大空へ飛び立とうとする、りりしい姿の鉄腕アトム像が立っています。


 このブロンズ製のアトム像が完成したのは26年前の1983年のこと。除幕式には手塚治虫先生も出席され、大きな話題となりました。当時、出版社の記者だった僕も取材に駆けつけています。
 それにしても、なぜここ飯能にアトム像が立てられたのでしょう? 今回はその謎を調査しつつ、飯能をお散歩いたします。
 そしてこの散歩の中で、何と26年目にして、初めて知る意外な事実も明らかに! さあ、さっそく散歩に出かけましょう。

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今回の虫さんぽは、飯能駅北口から出発です!


 と言いつつ、まずは徒歩ではなく飯能駅北口からバスに乗ってある場所を目指します。名栗方面行きバスに揺られることおよそ15分。到着したのは「野口種苗研究所」という看板が掲げられた、草花や農産物のタネを扱うお店です。

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野口種苗研究所。アトムと火の鳥のパネルが出迎えてくれる

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今回の散歩案内人・野口勲さん

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夜になるとお店の看板の上に、火の鳥のファイバーネオンが光る(画像提供/野口勲)


 実はこのお店のご主人・野口勲さん(65)は、元虫プロ社員で、鉄腕アトム像の建立を企画し、その実現に尽力された方なのです。さっそく野口さんにお話をうかがいました。


「ぼくは子どものころからずっと手塚マンガのファンで、1964年に、当時、手塚先生が社長をしていた憧れの虫プロ出版部に入社しました。
 最初の仕事はアトムファン向けの会報『鉄腕アトムクラブ』の編集でした。その後、すぐに雑誌『COM』が創刊されて、手塚先生の『火の鳥』の担当になったんです」


 野口さんは、虫プロに2年間在籍して退社。その後、フリー編集者として大都社版『奇子』の出版などに関わった後、実家の野口種苗研究所を継がれました。けれども、それからも手塚先生との交流は途切れることなく続いていたそうです。


「手塚先生が結婚記念日に奥様にお花を贈りたいなどというときには、必ずうちに連絡がありまして、いつも手配をさせてもらっていました」と野口さん。


 そんな交流の中で、手塚先生から直々の了解をいただいて、お店には火の鳥のネオン看板など、手塚作品のキャラクターが掲げられているのだそうです。

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野口さんの著書『いのちの種を未来に』(創森社刊)

◎苦労の果てに銅像が完成!


 野口さんの案内で、いま来た道を戻り、鉄腕アトム像へと向かいます。


 飯能駅から直行する場合は、駅からアトム像までは歩いておよそ20分弱。バスで行く場合は、北口から「飯07系統」のバスに乗り、5停留所目の「天覧山下」バス停で降ります。そこからは徒歩で約3分くらいです。車で行く場合は、バス停から天覧山へ向かう坂道を北へ登ったところにある市民会館横の駐車場へ車を止めると、アトム像までは徒歩30秒の距離です。


 野口さんのあとをついて公園の一角へ向かうと、芝生の真ん中にアトム像がりりしく立っているのが見えてきました。

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2003年にここ中央公園内に移転。明るい日差しの中に立つアトム像


 ここで野口さんにアトム像誕生までのいきさつをおうかがいしました。


「このアトム像が立てられた1983年というのは、飯能市青年会議所10周年の年でして、当時、副理事長をしていた私が、記念事業の一環として提案したものだったんです」
 でも、今でこそ日本各地にアニメやマンガのキャラクターの像が立っていますが、当時はかなり珍しいことだったのでは?
「そうなんですよ。どこにも前例がなかったし、そもそも何でアトムなんだと、もっと飯能にふさわしいものがあるんじゃないかと、さんざん言われました。けれども、当時から飯能市周辺には有名なマンガ家さんが何人か住んでおられましたし、マンガは大人から子どもまで、幅広い世代に受け入れられる文化だということを強調して説得しました。
 予算の300万円は『まんがフェスティバル』というイベントを開いて捻出しました。このイベントの目玉が、マンガ家の色紙オークションでした。昔の仕事のツテをたどってマンガ家の先生方にコンタクトを取り、企画に賛同してくださった先生からサイン色紙を提供していただいたんです。それを会場でオークションにかけて売ったんです。坂口尚先生、寺沢武一先生、和田慎二先生、萩尾望都先生など、多くのマンガ家が協力してくれました。本当にありがたかったですね。
 このイベントは1981年、1982年と2年間続けて開催し、2年目には手塚先生も出席してくださいました。先生はその場であっという間に100枚くらいの色紙を描いてくださって、これは寄付をしてくださった方に抽選でプレゼントしました」


 こうして企画から3年目の1983年5月29日、ついにアトム像は除幕式の日を迎えたのでした。

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当時、関係者に配布された鉄腕アトム像の企画書

鉄腕アトム像除幕式当日の風景
--1983年5月29日--

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幕前の記念撮影。野口さん(左)と手塚先生

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アトム像の横に立ち、とてもうれしそうな手塚先生

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当日、手塚先生に取材中の黒沢(右)

撮影/中山慶治

◎台座のプレートに込められた思い


 アトム像を見た手塚先生の感想はどうでしたか?
「立派なものが出来たと、とても喜んでくださいました。除幕式の日はもうずっと目を細めてニコニコしていらっしゃいましたね。
 その後、手塚先生のところには、他の場所からも「アトム像を立てたい」という話が何度もあったそうですが、先生はその都度、「アトム像なら飯能にありますから、あれだけで充分です」と言って断られたそうです」


 なるほど、それで像の横のプレートには『世界で唯一の銅像です』と書いてあるんですね!

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アトム像原型製作中のスナップ。製作したのは飯能市に工房を持つブロンズ鋳造作家・広瀬敬二さん。銅像の耐久性は何と100年以上だそうです!


 ところで、当時アトム像が立っていたのは、この場所ではなかったですよね。


「はい。当時は、青年会議所の事業ということで、公共の土地には立てられなかったものですから、能仁寺の敷地内の公園の一角を、20年間という契約でお借りしてそこに立てました。現在の場所とは道路をはさんだちょうど反対側になります。
「ちなみに、完成当時の像と現在の像には1ヶ所違いがあるんですが、どこだか分かりますか?」と野口さん。


 えーっ、と当時の写真と今の像を見くらべてみると、分かりました。台座の正面の『鉄腕アトム 手塚治虫』と書かれた銅製のプレート。これが完成当初は付いていなかったんですね! でも、どうしてですか?


「実は予算が足りなくなっちゃって付けられなかったんです。その話を、除幕式の後の帰りの車内で手塚先生に話したら、先生が、除幕式の前に行なった講演の謝礼の封筒をスッと差し出しましてね、「これ使ってください」とおっしゃるんです。もう、ほんとにありがたくて涙が出ました」

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台座のプレートにまつわる思い出を語る野口さん


 これを聞いてぼくも思わずジーンとしてしまいました。手塚先生のアトム像に対する思いと、野口さんの情熱に対する心遣いが感じられる素敵なお話ですね。


 そして完成から20年目の2003年11月15日、像の所有・管理は飯能市に移管され、現在の場所へ移転しました。そのときの除幕式には手塚先生の奥様の悦子夫人が出席されたそうです。

 さて次回は野口さんに、さらなる手塚スポットを案内していただきながら、飯能市と手塚先生にまつわる、本邦初公開(多分)の興味深いお話をお聞きしました。また、飯能にある「もうひとつの鉄腕アトム像」ともご対面! お楽しみに!!

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移転前の銅像があった場所で野口さんにポーズを取っていただいた

(初出:2009/09/02)


黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。

手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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