洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!
写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
謎の招待状にみちびかれ、手塚治虫と手塚マンガに関わる場所を訪ね歩く虫さんぽ+(プラス)。今回の旅は東京の西部、奥多摩から始まった。奥多摩で『鉄腕アトム』に登場した大洞窟を探検した我われは、続く第2話でそこから1,000kmも離れた山口県の秋吉台へと飛ばされた。そしていよ今回の旅の完結編、招待状の3つ目のキーワードが指し示すその場所とは!? さっそく出発しよう!!
◎逃げる手塚治虫、追いかけるロック!!
奈良の山奥でもらった虫さんぽ+(プラス)の招待状。そこに書かれた3つのキーワードのうち、2つ目のキーワード「吉」が示した場所は『バンパイヤ』の舞台となった「秋吉台」だった!
『バンパイヤ』は、オオカミに変身する能力を持ったバンパイヤ族の少年が主人公の怪奇マンガで、この物語に登場する悪魔の心を持った青年が間久部緑郎(通称=ロック)である。そのロックが誘拐した資産家の娘を消すためにやってきたのが、前回さんぽした秋吉台だったのだ。
ところが、その現場を目撃していた人物がいた。東京からタクシーでロックを尾行してきたマンガ家の手塚治虫である。
ロックは手塚治虫を殺そうとナイフを振りかざして迫ってきた! 逃げる手塚治虫。その彼が向かった先は......!?
◎ドラマの舞台はまたも洞窟の中へ!!
手塚治虫が逃げ込んだのは、秋吉台の地下に広がる巨大な鍾乳洞「秋芳洞」だった。そう、3つ目のキーワード「芳」の示す場所。それは「秋芳洞」だったのだ!
秋芳洞は秋吉台国定公園の地下100mに広がっている巨大な鍾乳洞である。その総延長は10.7km以上もあり、岩手県の
洞内の気温は、第1話で歩いた日原鍾乳洞よりも6度高い17度。こちらも年間を通して快適な気温となっている。
秋吉台からいったんバス停付近まで戻り、今度は秋芳洞へと向かう。ちなみに洞窟の中からエレベーターで秋吉台のカルスト展望台へ出ることもできる(観覧券を見せれば再入洞可)
お土産屋さんの通りを抜けた先に秋芳洞の入り口がある。秋芳洞 入洞受付時間 8:30-17:3(3月~11月)、8:30-16:30(12月~2月)、休業日:年中無休、入洞料金:大人(高校生以上)1,200円、中学生950円、小学生600円、問い合せ:秋吉台観光交流センター総合案内所 0837-62-0115
うっそうとした木々の間を秋芳洞に向かって歩く。気持ちが高まってきます
◎日本有数の巨大鍾乳洞!!
『バンパイヤ』の作中では、手塚治虫がロックの乗ってきたトラックを奪って逃げようとするが、手塚は免許を持っておらずあえなく事故を起こしてしまい、目の前の巨大洞窟へと逃げ込んだ。それが秋芳洞だったのだ。
さっそく我われも秋芳洞に入ってみよう。受付で料金を払って駅の改札口のようなゲートを通過すると、目の前にうっそうとした森が広がっている。その森の中をうねるようにのびている1本道。魚が泳ぐ小川に沿ってその道をしばらく歩いて行くと、その先には見上げるような断崖があり、そこに巨大な岩の裂け目があるのが見えてきた。
ここが秋芳洞への入り口だ。『バンパイヤ』に描かれた当時とは、架かっている橋の形が違っているが、マンガの中で手塚治虫が逃げ込んだ入り口も確かにここに違いない。
『バンパイヤ』より。大西ミカの殺害現場を目撃した手塚治虫は、ロックの乗ってきたトラックを奪って逃げようとするが......! ※以下、マンガの画像はすべて講談社版手塚治虫漫画全集より
トラックが大破してしまったため、手塚治虫は秋芳洞へ逃げ込んだ!
現在の秋芳洞入り口。『バンパイヤ』に描かれたころとくらべて歩道に屋根が付き、かなり立派になっているようだ
◎ロックの哄笑が「百枚皿」に響き渡る!!
洞窟内へ入って少し歩くと、いきなり広大な空間に出る。ここは「長渕」と呼ばれる場所で、長さ80m、幅15mという洞内最長の渕だそうである。昭和30年代ごろの古いパンフレットを見ると、かつてはここを通路ではなく渡し船で渡っていたらしい。
この壮大さに感動していたところ、まだまだそれを上回る感動が待っていた。水をたたえた大きなお皿が斜面いっぱいに無数に並んだ光景「百枚皿」だ。
これは石灰成分を含んだ水が斜面を流れ落ちてくる際、その水が波紋の形に広がり、石灰成分が波紋の終端で固まる。それを長い年月の間に繰り返されてこうした光景を形作ったのだという。
理屈を聞けばなるほどと思うけど、実際にこれを目にしたときの不思議さと驚きには、どんな芸術家もかなわないと思ってしまう。
マンガでは、洞窟内へ逃げ込んだ手塚治虫がこの百枚皿の横を逃げるシーンが見開きで描かれていた。洞窟内に響き渡るロックの哄笑。逃げ場のない地下洞窟の中でこんな風に殺人鬼に追いかけられたら、もう絶望しかありません。
入り口を入って右に折れるといきなり広々とした空間に出る。ここが「長渕」だ
昭和30年代のものと思われる観光小冊子より。この時代は長渕を渡し船で渡っていたようだ
「長渕」に続いて現われるのがここ「百枚皿」と呼ばれる場所だ。人工的に作られたとしか思えない不思議な造形に魅了される
「百枚皿」の脇を走って逃げる手塚治虫。ロックの笑い声が洞窟内に不気味に響き渡る!
鍾乳石が作り出した奇妙な光景が至るところにある。日原鍾乳洞のようなカラフルなライトアップはされていないが、それがかえってひとつひとつの岩の個性を際立たせている
◎必死の追跡劇は意外な形で終わった!!
ロックと手塚治虫の洞窟内での息詰まる追跡劇。手塚はその後、鍾乳石の断崖をよじ登るが、うっかり足を滑らせて、深い穴へと転落してしまう。もはや最後かと思われたのだが......じつはその先には新たな洞窟があり、そこで手塚は、ある者と出会うのだった。洞窟の奥に潜んでいた謎の人物とは──!?
この先はぜひマンガを読んでみてください。
手塚治虫は鍾乳石の斜面を駆け上るが、次の瞬間、奈落の底へ滑り落ちてしまった!
ゴジラが後を振り返っているような形の岩。「巌窟王」と名付けられている
高さ15mもあるという石灰華柱「黄金柱」。周囲に立つ人の大きさでこの迫力が伝わるだろうか
天井からつららのような鍾乳石が何本も垂れ下がっている「傘づくし」
約1時間の洞内さんぽを終えてようやく元の場所へ戻ってきた。ディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」が好きな人なら絶対にハマると思います
マンガとそれに近い秋芳洞周辺の風景を並べて紹介しよう。手塚治虫がロックに追い回されているころ、トッペイと弟のチッペイ、トッペイの父親の元秘書だった女性・岩根山ルリ子の3人は、ヒッチハイクでトラックに便乗し、秋吉台を目指していた
一方、何とか命拾いした手塚治虫は走って山道を下る。ところが崖の上でその様子をうかがう一匹の蛇がいた。じつはこの蛇はただの蛇ではなく、蛇に変身したバンパイヤ族だったのだ!
秋吉台・秋芳洞の観光パンフレットより。洞内の総延長10kmのうち、約1kmが観光コースとして開放されている
ということで今回も招待状に書かれていた3つのキーワードすべての場所を巡ることができたのだった。
◎本州最南端の地から次なる旅へ!
3つのキーワードを解き明かしたぼくは、帰途に就くべく秋芳洞のバス停へ戻ってきた。するとバス停の土台の上に、身長50cmほどの謎の生物がちょこんと立っていた。真っ黒な胴体に長い鼻。頭のてっぺんから生えた1本の毛が初夏の風になびいている。その生物が口を開いた。
「オムカエデゴンス」
な、なんだこいつは、人間の言葉をしゃべるのか!?
ぼくが驚いていると、そいつはぼくに赤茶けた紙片を差し出してこう言った。
「北の大地には美味しいものがいっぱいあるでゴンス」
「手塚治虫は満腹になったでゴンス」
その謎の生物がくれた紙片がこれだ。
それは新たな虫さんぽ+(プラス)への招待状だった。キーワードは「登」、「62」、「摩」の3文字。またしても「摩」の文字が入っているが、これはいったいどういうことなのだろうか。そしてまたしても謎の動物のシルエットが!!
いくつもの謎を抱えつつ、我われの旅はこれからも......続く!!
ではまた次回の虫さんぽ+(プラス)で皆様とご一緒いたしましょう!!
取材協力/秋吉台観光交流センター
■バックナンバー
虫さんぽ+(プラス)
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