虫ん坊

再録・虫さんぽ 第3回:高田馬場・その1

2021/02/22

再録・虫さんぽ 第3回:高田馬場・その1

写真と文/黒沢哲哉

手塚治虫先生と手塚マンガにゆかりの地をぶらりとお散歩するこのコーナー、最初のお散歩は、手塚プロダクションの地元、高田馬場を歩いてみました。
いったいどんな出会いと発見があるでしょうか。

(※この記事は2009年2月当時の内容をそのまま再録したものです。記事内でご紹介した施設や事実などはすべて取材当時のものとなります)


◎アトムの発車メロディーがお出迎え

 新宿区高田馬場駅は、JR山手線、西武新宿線、東京メトロ東西線が乗り入れる大きな駅です。駅の周辺には、早稲田大学、学習院大学、学習院女子大学、東京富士大学があり、学生の街として賑わっています。
 そしてもうひとつ。ここは1976年から88年まで、手塚治虫先生が仕事場を構え、数多くの名作を生み出した場所でもありました。現在の手塚プロダクション本社も高田馬場にあります。


 ですから街のあちこちに手塚先生ゆかりのお店があったり、先生との思い出を大切にしている人がいます。また先生が亡くなった後も、先生を慕う人々によっていくつものモニュメントが作られています。
 今回は、それらを訪ねて歩いてみたいと思います。


 まずJR山手線に乗って高田馬場駅を降りると、さっそく手塚作品が出迎えてくれます。電車の発車の合図に使われているチャイムが『鉄腕アトム』のメロディーなのです。高井達雄作曲による最初のテレビアニメの主題歌で、誰もが知ってる名曲ですよね。ぼくも小学生のころには夢中になってアニメを見て、シールを集め、ソノシートをすりきれるまで聴きました。
「じゅうま〜ん、ばりき〜だ♪」と頭の中で歌詞を口ずさみながら、早くも気分が盛り上がってまいります。


 が! ここで焦ってすぐに駅を出てはいけません。実はこの曲、外回りの電車と内回りの電車で、流れる曲のアレンジがビミョーに違っているのです。手塚ファンとしては、しっかりと両方の曲をチェックしてから出口へ向かいましょう。

sanpo_baba0101a.jpg

高田馬場駅では、さっそくアトムのメロディが出迎えてくれた

sanpo_baba0101b.jpg子どものころに夢中で集めた自慢のアトムシール

◎手塚治虫壁画の前で待ち合わせ

 JR高田馬場駅には改札口が2つあり、目白寄りにある大きい方の改札が早稲田口です。
 早稲田口の東側はロータリーになっていて、その中州には「平和の女神像」という銅像が立っています。かつてこの場所には噴水があり、銅像はその噴水の真ん中に建っていました。
 そして、野球の早慶戦で早稲田が勝つと、酔った早大生がこの噴水に飛び込むのが風物詩だったんですが、やはり危険だから埋められてしまったんでしょうか(笑)。

sanpo_baba0102.jpg平和の女神像。高田馬場の再開発のシンボルとして1974年に建立。前は噴水の中に立っていた


 さて、この早稲田口から道路を渡った北側のガード下には、手塚マンガのキャラクターが勢揃いした2枚の大きな壁画がドドーンとかかっています。
 なぜここに手塚作品の壁画があるのか? その製作にたずさわった方と壁画の前で待ち合わせをしました。しばらくしてやってきたのは、高田馬場で司法書士をされている大竹由美子さん。大竹さんは、高田馬場西商店街振興組合のメンバーとして、壁画の実現に奔走したひとりです。

sanpo_baba0103a.jpg壁画の作成に尽力した大竹由美子さんと、壁画前で待ち合わせ


「商店街で最初に『手塚作品の壁画を高田馬場にかけたい』という話が出たのは1993年の夏でした。手塚プロにはそれ以前から"アトム祭り"を開催して神田川のゴミ清掃をするなど、地域振興に協力いただいていたのですが、それをより発展させて、社会的意義のある形のあるものを作りたい、ということで"壁画"の話が持ち上がったのです」と大竹さん。


 しかし実現まではいくつものハードルがあったといいます。 「手塚プロからは内諾をもらったものの、JRに話をすると、壁面を使うのは広告扱いとなるから広告料がかかると言われるなど、関係各所に壁画の意義を理解していただくまでには本当に時間がかかりました」
 一時は「もう実現しないかも」とあきらめかけたこともあったそうですが、当時の早稲田大学総長など、多くの人が計画に賛同し協力してくれて、努力の結果、4年半後の1998年4月、ついに最初の壁画が完成したのでした。

sanpo_baba0103b.jpg最初に製作されたJR側の壁画は四季の流れの風景の中で自然との共存を描いている

sanpo_baba0103c.jpg2008年に新たに作成された西武側の壁画は高田馬場にゆかりのある文豪や、高田馬場の歴史がテーマ

sanpo_baba0103d.jpg壁画の地紋にも注目。新宿区の伝統工芸である江戸友禅の紋になっている


「私たちは、未来の子どもに残す高田馬場がどうあって欲しいかを50のコンセプトにまとめて手塚プロに提出しまして、手塚プロでも社内コンペで内容を検討し、その結果、四季のうつりかわりと暮らしをおりまぜたあの絵になったんです」
 その壁画は2005年に駅の改修工事のためにいったん撤去されましたが、2008年3月、歩道の拡幅工事が終わった目白側のガード下に、新たに製作された2枚目の壁画とともに、再び2枚並んで掲げられることになったのです。


 ちなみに冒頭で紹介した高田馬場駅の『アトム』の発車メロディーも西商店街が発案し、JRを口説いて実現したものでした。


 これも当初は「盲人の方が聴き取りにくいのではないか」という理由からJR側が難色を示したそうですが、2ヶ月間だけ試行してみようということになり、やってみた結果、心配されたような問題はまったくなく、大好評だったため、逆にJRの方から「ぜひこのまま継続を」という話になったのだそうです。


 今ではいろいろな駅で、その駅にちなんだ曲が発車メロディーに使われていますが、そのハシリが高田馬場のこの『鉄腕アトム』のメロディーだったのです。


 高田馬場さんぽ、後編へ続きます!

協力/戸塚地区協議会、高田馬場駅早稲田口の環境整備に関する地域会議

(初出:2009/02/09)


黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。

手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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