ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第3話:ニセ警官はタクシーで庚申塚を目指す!!
写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
真夜中の大都会東京を当てもなく流すタクシードライバー、ミッドナイト。彼が客を乗せるとき、また事件が起こる予感がする......。手塚治虫のマンガ『ミッドナイト』の舞台となった東京の各地を、本物のタクシーに乗って訪ね歩くタクシーさんぽ。その完結編となる今回は、いきなりスタート地点から超危険な犯罪事件の匂いが......!!
本物のタクシーに乗って都内を巡る今回の『ミッドナイト』さんぽ。2つのキーワードの謎は解明し、残るは「申」という文字と招待状の左下に描かれたピストルのシルエットが指し示す場所だけだ。
それが示す場所はどこなのか、タクシーの運転手は何も言わないまま、後部座席にぼくを乗せ、新宿区早稲田近くの路地裏を走っていた。
やがて停車したのは小さな会社や倉庫が建ち並ぶ殺風景な街角だった。電柱に書かれた住所表示を見ると「山吹町」とある。
タクシーの運転手が口を開いた。
「とある正月のことです。この先で強盗事件がありましてね......。ひとりの男が交番を襲撃して警官のピストルと制服を強奪したんです。男はそのまま警官に成りすましタクシーを拾って運転手にこう告げました......。
『山吹町まで行ってくれ』......と」
『ミッドナイト』ACT.37より。正月の深夜、制服警官がタクシーを止めた!? ※『ミッドナイト』にはサブタイトルがなく、連載時は「ACT.XX」で始まる通番が付いていた。ただし単行本化の際に各巻ごとに「ACT.1」から始まる番号が振り直されたため、連載時のACT.37は、講談社版手塚治虫漫画全集では『ミッドナイト』第4巻の「ACT.3」に相当する。以下、マンガの画像は全て講談社版手塚治虫漫画全集『ミッドナイト』より
運転手の言葉にぼくは驚いた。
「ちょっと待ってくれ運転手さん、確か『ミッドナイト』にそんな話があったような気がするんだ......!!」
それは『週刊少年チャンピオン』1987年1月23日号に掲載されたACT.37だ。
ある正月の深夜、シャッターの降りた商店街の片隅でミッドナイトのタクシーを制服警官が止めた。警官は山吹町へ行くように告げ、車は間もなくそこへ到着したのだが......警官はなぜかそこでは降りず、行き先を「庚申塚」に変更した。
じつはその男は警察官ではなく、交番を襲撃して警官の制服とピストルを奪った強盗犯だったのだ!! だが男が庚申塚を目指す目的はいったい何なのだろうか......!?
山吹町へ向かっていたはずの警官は、行き先を庚申塚へと変更した
新宿区山吹町。マンションと小さな会社や倉庫が建ち並ぶ静かな町である
警官を装っていた男がついに正体を現わした!
「庚申塚」という地名は都内やその近郊に複数ある。中でも豊島区西巣鴨の庚申塚は都電の駅名にもなっており、都内在住の人ならばよく知っている場所だ。
しかし『ミッドナイト』のこの物語には「庚申塚のバス停」というセリフが出てくる。西巣鴨に「庚申塚」というバス停はないのでネットで検索したところ、練馬区石神井台5丁目の庚申塚近くに西武バスの「庚申塚バス停」があることが分かった。
ぼくを乗せたタクシーは、山吹町から西へ向かって走った。ピストル強奪犯を乗せたミッドナイトも、恐らくこのような道筋をたどったに違いない。
マンガの中では途中でタクシーが踏切を渡っている。絵柄のイメージから、ぼくはこの踏切を、西武新宿線上井草駅近くの踏切だと推理した。
ぼくが乗ったタクシーもその踏切を渡り、狭い住宅街の道を進んでいく。やがて前方に「庚申塚」という看板の掲げられた交差点と、その近くのバス停が見えてきた。
タクシーはニセ警官の男が向かった庚申塚を目指して西へ走る!
庚申塚へ向かう途中でミッドナイトのタクシーが渡った踏切
周辺で似た風景を探したところ、上井草駅近くの踏切の風景がマンガの絵によく似ていることがわかってそこを走行
練馬区石神井台5丁目の庚申塚に到着。庚申塚とは、道の端などで青面金剛(庚申)を祀った塚のことだ。画像の通りバス停もある
マンガの中で庚申塚まで来たピストル強奪犯は、ミッドナイトにすぐ近くの児童公園へ向かうように告げた。
マンガの絵を見ると、その公園には小さなブランコがある。そこでぼくもこの庚申塚周辺でブランコのある児童公園を探したところ、500メートルほど南の児童公園が見つかった。
さっそくタクシーでその公園へ向かう。マンガでは、ピストル強奪犯の男は、この公園に幼なじみの青年を呼び出していた。じつは男はその青年に恋人を奪われたと思い込み、青年に復讐をするためにピストルを強奪したのだった。
ところが、男がその場で青年から聞かされたのは意外な事実だった......!! そしてそれを聞かされたピストル強奪犯の男は、激しい後悔を感じ、その場に泣き崩れた。青年が男に語った真実とはいったい何だったのか!? その結末はぜひマンガで読んでみてください。
ニセ警官の本当の目的地は、庚申塚近くのこの児童公園だった!
庚申塚から500メートルほど南の石神井台4丁目にある小さな児童公園に到着した。公園内にはマンガと同じようなブランコもある
ニセ警官に呼び出され、深夜の児童公園へひとりの青年が現われた
ニセ警官の男は、気絶させられたミッドナイトをおとりにして青年を呼び寄せたのだった
そして正体を現わした男は青年にピストルを向けた!
ということで、3つ目のキーワード「申」は庚申塚のことを指していたことが判明、禍々しいピストルのシルエットの意味も分かった。タクシーで都内を巡ったミッドナイトさんぽはどうやらここがゴールのようである。
夕闇が迫る中、都心へ戻るタクシーの車内で、ぼくはぼんやりと考えていた。『ミッドナイト』の舞台となった東京の場所はまだ残されている。いつかその場所もまた訪ねることになるのだろうか......と。
その時である。タクシーがいきなり急ブレーキをかけ、ぼくは激しく前のめりになった。目の前に急にトラックが割り込んできたのだ。トラックの車体には「カササギ運輸」という文字が書かれている。
「危ねえじゃねえか! 気をつけろ!!」
そう言って運転席から身を乗り出したのは、北海道で出会ったあの勝ち気な女性運転手だった。
言葉の乱暴さとは裏腹に、その声にはあどけなさが残り、どこか無理をしているようにも感じられる。それも北海道で出会ったあの時の彼女と同じだった。
しかし彼女はぼくの乗っているタクシーの運転手の顔を見るなり急に態度を和らげた。
「なんだ、あんたか!」
彼女は無謀な運転をわびると、タクシーの運転手に1枚の紙片を手渡してすぐに走り去った。
「ごめんよ、また会おうぜ!」
タクシーの運転手はその紙をチラリと一瞥しただけで興味なさそうにぼくの方へ投げて寄こした。
「この紙が必要なのはあんただろ......」
何と......それは新たなさんぽへの招待状だったのだ。
すべてのさんぽを終えたぼくはタクシーで都心へ戻ることにした。夕闇が迫る。と、その時、1台のトラックがタクシーの前に突然割り込んできた!
トラックの女性ドライバーがくれた招待状。そこには北海道のシルエットが! 次の目的地はもしかして......!?
ぼくは駅前で料金を精算してタクシーを降りた。大都会東京はすっかり夕闇に包まれている。
「今日はもう上がりかい、運転手さん?」
ぼくが運転手にそう尋ねると、運転手はフフンと笑って首を横に振った。
「とんでもねえですぜお客さん、タクシーはこれから深夜にかけてが稼ぎ時なんですよ」
そう言うとタクシーは走り出し、イルミネーションの洪水の中へと消えていったのだった。
さて次回からはまた虫さんぽ+(プラス)の新たな旅が始まります! 次回のさんぽでもぜひご一緒いたしましょう!!
都会の喧噪の中へ帰ってきたぼくはそこでタクシーを降りた。そしてタクシーはそのままイルミネーションの洪水の中へと走り去っていったのだった
今回の虫さんぽ+にご協力いただいた「新東タクシー」。時間貸し料金は初乗り運賃が1時間4,700円で以後30分ごとに2,150円が加算されます。時間貸し中もメーターを回して走行し、精算時に時間貸し料金とメーター表示料金のいずれか高い方の金額でのお支払いとなります(走行距離が長くなった場合にメーター表示料金の方が高くなります)。問い合せ:03-3880-1161
取材協力/新東タクシー株式会社、黒沢幸司
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虫さんぽ+(プラス)
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・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
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・北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!
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