北海道・道南-道東横断編 第3話:財宝が隠されている神秘の湖はココだった!!
写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
招待状に書かれた3つの文字の謎を解きながら、手塚治虫と手塚マンガに関わる場所を訪ねる虫さんぽ+(プラス)。今回は、前々回から続く北海道横断旅の第3話として最後のキーワードの謎に挑戦する! 第3のキーワード「摩」で始まるあの有名な湖に、手塚マンガといったいどんな関係が!? 「いや~、びっくりしました」と、黒沢自身が驚きの感想をもらした、その言葉の意味とは!? さあ、今すぐ出発だ~~~~っ!!
◎神秘の湖が舞台の手塚マンガは......!?
手塚マンガ『山太郎かえる』の舞台として描かれた街・根室で1泊したぼくは、翌日再び寂しい平原の中を突っ走る直線路を車で走っていた。
北海道横断虫さんぽ+(プラス)では、前回と前々回で2つのキーワードの謎が解き明かされた。そして第3話の今回目指すのは、3つ目のキーワード「摩」が指し示す場所である。この「摩」というキーワードからぼくが推理したのは、北海道川上郡弟子屈町にある神秘の湖「摩周湖」だ。
なぜここ「摩周湖」が手塚スポットなのか!? 話すと少々長くなってしまうのだが、ぜひともお読みいただきたい。
今回の北海道旅は、毎日、朝の洗車から1日が始まる。何しろ虫が多くて車の前が虫の死骸だらけになってしまうのだ
◎『勇者ダン』に描かれたカルデラ湖とは!?
時は2017年のゴールデンウィークにさかのぼる。旧「虫さんぽ」において、この摩周湖の北西約10kmほどの場所にある「屈斜路湖」を手塚スポットとして訪ねた。
・虫さんぽ第53回:北海道さんぽ(前編)昭和新山とカルデラ湖に大自然の驚異を見た!!
それは、手塚治虫が1962年に雑誌『週刊少年サンデー』に発表した、北海道を舞台とした少年マンガ『勇者ダン』に、アイヌの財宝が隠されている湖として、屈斜路湖と思われる湖が登場していたからだ。
このとき情報ソースとしたのは講談社版手塚治虫漫画全集の『勇者ダン』である。しかしそこに地名は表記されておらず「カルデラ湖」とだけ書いてあった。カルデラ湖とは火山の噴火によってできた火口付近の陥没に水がたまってでできた湖のことだ。なのでマンガに描かれた絵柄や周りの状況から、ぼくはこのカルデラ湖が屈斜路湖だと推定してここを訪れたのである。
講談社版手塚治虫漫画全集『勇者ダン』より。
湖の名前は明記されておらず、単に「カルデラ湖」となっていた。そこで2017年の北海道虫さんぽでは、地形からこの湖を屈斜路湖と推測し、屈斜路湖を訪ねた
◎正直に言おう......私が間違っていました!!
ところが! それからおよそ1年半後の2018年10月のある休日のことだ。旧「虫さんぽ」読者の皆様におわびしなければいけない出来事があった。
その日、ぼくは自宅でこたつに入り、明治のチョコレートをつまみながら、小学館クリエイティブから2012年に刊行された『少年サンデー版 勇者ダン』を読み返していた。
手塚治虫は連載マンガを単行本化する際、マンガの絵やセリフを書き変えたりコマの順番を入れ替えるなど、様々な改変をすることで知られている。
『少年サンデー版 勇者ダン』は、単行本化の際の改変がなされる前の雑誌連載版を複刻したものなので、当時のセリフやコマ割りがそのまま味わえる。
「手塚先生、このマンガもやっぱりいろいろと描き変えているなあ......」
などと思いながらマンガを読み進めていたときのことだ。あるページを読んで思わず飛び上がった。
「な、何だってええええ!?」
何と、この本には、アイヌの財宝が隠されている湖の名前が、カルデラ湖ではなく「摩周湖」とはっきり書かれていたのである。
例によって、手塚先生が「摩周湖」を「カルデラ湖」と改めた理由は不明だが、いずれにしても、ぼくはこの誤りを訂正するために、なるべく早く、できることなら今すぐ摩周湖へ行かなければならない。
そう思っていたところへ、それを見透かしたかのようにこの招待状が届いたのだ。果たしてこれは単なる偶然か。それとも......!?
2017年に訪れた屈斜路湖。濃霧が立ちこめる中、粘ってようやく霧が晴れた湖を撮影できたのだが......じつは後日、これが誤りだったことが判明した!
ということで今回の虫さんぽ+(プラス)では、『勇者ダン』連載版に描かれた摩周湖を目指す!
摩周湖まで9kmの標識。はやる気持ちをおさえつつ安全運転で山道を登る
摩周第一展望台へ到着。駐車料金:乗用車1日500円、バイク200円。冬期期間(11月下旬-4月上旬)は無料
◎季節によって姿を変える神秘の湖!!
ともかく、この日の午前中に車で根室を出発したぼくは、午後1時過ぎ、「摩周湖」の摩周第一展望台に到着した。
カルデラ湖である摩周湖は周囲がけわしい崖になっていて国立公園の特別保護区域にも指定されているため、湖に近づくことはできない。湖を見ることができるのはこの第一展望台とその先にある第三展望台、そして湖の反対側にある裏摩周展望台の3ヵ所だけなのだ。
ただし第三展望台と裏摩周展望台は11月から4月までは冬期通行止めとなっており、さんぽ当日も見学できたのはこの第一展望台のみだった。
展望デッキへ上がると、湖面が真っ白に凍った神秘的な湖の光景が眼前に広がっていた。思わずため息が出る光景というのはこのことだろう。この神々しい雰囲気が写真でなかなか伝わらないのがもどかしい。
摩周湖とその周辺の観光スポットを紹介するウェブサイト「弟子屈なび」によれば、春から夏にかけては、冬とは違う景色が見られるらしい。以下、紹介文の一部を引用しよう。
「摩周湖は、アイヌ語で「カムイトー」。神の湖と呼ばれる、神秘の場所です。展望台に立つと、吸い込まれそうなほどの深い青色の湖水が広がり、雲の動きによって刻々とその表情を変えていきます。この青は「摩周ブルー」と呼ばれ、世界でも一級の透明度を誇る湖水に、空の青が映りこんで生まれる独特の色。風のない日はその青さがいっそう際立ちます」(一般社団法人摩周湖観光協会「弟子屈なび」より)
ほー、こんな光景が見られる季節に、ぜひまた再訪してみたいと思います。
雑誌連載当時の形で複刻された『少年サンデー版 勇者ダン』(小学館クリエイティブ刊)より。これを読むと単なるカルデラ湖ではなく「マシュウ湖」とはっきり書かれている
摩周湖を見下ろす第一展望台に立つ。確かに湖の向こうに見える山の形がマンガに描かれた通りだ
ここを訪れた4月上旬、湖は一面の氷に覆われていた。湖面が深い藍色を示すという摩周ブルーは見られなかったが、静寂に包まれた氷の湖もまた言葉を失うほどの神秘的な絶景だった
物語のクライマックスで、アイヌの秘宝のありかはマシュウ湖と特定された。敵も味方も全員がマシュウ湖へと集まっていく......!!
摩周湖は四方が切り立った崖で囲まれているため、人が近づくことは一切できない
しかしマンガの中ではダンたちがアイヌの宝を求めて湖を行く。その先で見つけたものは......!?
昭和30年代ごろのものと思われる摩周湖の観光絵ハガキ。これを見ると夜景も素晴らしく美しいようである
展望台の売店で少し早い昼食を食べる。買ったのは半熟たまごが丸ごと1個入っている半熟たまごカレーパン(300円)と、地場産のじゃがいもで作ったという、いもだんご(250円)。両方とも見た目より食べごたえがあってお腹いっぱいになってしまった
第一展望台からさらに山道を北上すると第三展望台があるのだが、そちらへ向かう道はいまだ冬期閉鎖中
お腹がいっぱいでもソフトクリームは別腹ということで、摩周ブルー色のソフトクリーム(300円)を購入。展望台で湖を眺めながら食べようと思ったら、思いのほか日射しが強く、アッという間に溶け出して、展望台に着くころにはこのありさま。見苦しくてスミマセン
◎トラックドライバーの女性が目の前に!?
3つ目のキーワード「摩」の場所を解明したことで、今回の招待状の3つの謎もすべてクリアした。
あとはまた1,000kmの道をひたすら走り東京の自宅へ帰るだけだ。そう思いながら駐車場へ戻ってくると、観光地の駐車場には不似合いな大型トラックが駐車していた。トラックの脇には、タオルを鉢巻きのように頭に巻いた女性ドライバー立っていて、ぼくの方をジッと見ていた。
「何か用ですか......」
「オレについてきな!」
「ええと......どこへです?」
「じれってえな、来れば分かるよ!!」
女性はたったひとことそう言うと、トラックの運転席へ乗り込み、すぐに走り出した。わけが分からぬまま、ぼくも急いで自分の車に乗り込み、トラックの後を追った。先ほどまで晴れていた空に急に黒い雲が広がり、雨が降ってきた。
女性はまだ10代後半くらいだろう、かなり若そうに見える。乱暴な言葉づかいも無理をして使っているようだ。トラックの後部に運送会社の名前が書かれているが雨に霞んでいてはっきりとは読み取れない。「カササギ運輸」と書かれているのだろうか。
摩周湖の駐車場を出た彼女のトラックはひたすら北を目指して走り続け、数十分後、ようやく車を駐めた。
そこはぼくもテレビや雑誌で見たことのある風景だった。「天に続く道」と呼ばれる人気の観光地だ。斜里郡斜里町の峰浜から大栄まで、およそ18kmにわたり一直線の道路が延びている。峰浜側の端に立ってその道を見ると、道の先がまるで天に向かって駆け上っていくように見えるために「天に続く道」と呼ばれているのだ。
天気の良い日には、まさにそんな光景が見られるというが、この日は車から降りるのさえ危険なほどの荒天だ。彼女も停車したトラックから降りてこようとはしない。
だがまあせっかく来たんだ。写真の1枚くらい撮ってみるか。そう思って車から降りてはみたが、服もカメラもあっという間にずぶ濡れになり、あわてて車へと戻った。
◎暴風雨の中で渡された新たな旅の招待状!!
すると、運転席に1枚の紙片が置かれていた。
こんなもの、さっきまでなかったのに......。
見るとそれは......新たな招待状だった。
女性がトラックの運転席の窓を開けて何か叫んでいる。
ぼくも窓を開けてみると、彼女はこう言っていた。
「東京へ帰ってタクシーに乗りな!」
「タクシー? なぜタクシーに?」
「行けば分かるよ!」
そう言い終えると彼女は運転席の窓を閉め、そのまま猛スピードで走り去ってしまった。
ともかくぼくは急ぎ東京へ戻るしかないだろう。そして彼女の言うタクシーに乗らなければならない。
新たな虫さんぽ+(プラス)の旅が東京で始まる──!! ぜひまた次回の旅にもおつきあいください!!
■バックナンバー
虫さんぽ+(プラス)
・大阪編 第2話:大阪・中津の軍需工場跡地で、辛かった戦争時代の想い出を歩く!
・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!
・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!
・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!
・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?
・洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!